~辿り着く場所~   作:ナナシの新人

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Episode6

「くぅ~! 凍えた体に染みるねぇ~」

 

 四つ折りにした白いタオルを頭に乗せ、熱々の一番風呂に入る爺さんの様だ。俺も習って足を伸ばす。ふぅ、と思わず声が漏れた。

 石畳の床、まるで庭園のような造りの岩風呂の天然温泉。

 湯に落ちる前に解ける雪の欠片が、より一層風情を引き立ててくれる。

 

「やっぱ、足を伸ばせるって最高だよね!」

「それは認める。たまには、銭湯に行くのもいいかもな」

「おっ、いいねぇ。ナイスアイデア!」

「その時は、僕も誘っておくれよ」

 

 隣から自然に会話に入ってきたのは、廊下で俺達を呼び止めた妙に爽やかな男子。さも当然ように、澄まし顔で湯に浸かっている。

 

「どうして、お前が一緒に入ってるんだ?」

「それは、キミたちが温泉に行くと言ったからだよ。裸の付き合いの方が腹を割って話せると思って、ね?」

「てか、そもそも誰だよ? お前」

「えっ? キミたちは、僕の事を知らないのかい?」

 

 春原(すのはら)からの指摘に、余裕のある澄まし顔が崩れた。何を驚いているのか、初対面なんだから知るはずもないだろうに。

 

「では先ず、自己紹介といこうか。僕の名前は、武田(たけだ)祐輔(ゆうすけ)。何を隠そう、旭高校理事長の息子だよ」

「あっそ」

 

 一瞬で興味が消え失せた。元々なかったけど。

 

「もう少し社交性を身に付けた方がいいと思うよ?」

「だってよ、春原(すのはら)

「あなたのことでしょ!」

「で。そのお偉いさんのご子息が、俺達に何の用だ?」

「スルーっすか」

 

 ツッコミをスルーして、わざわざ風呂にまで付いてきた理由を尋ねる。コイツが本当に、理事長の息子だとすれば、もしかすると今後の進退に関わる事を知らせに来たとも考えられる。

 

「キミたちは、上杉(うえすぎ)君と交流を持っているよね? 彼と僕は、ライバルなんだよ」

 

 話しは、思っていたこととは一切関係がなかった。

 

「ライバル? 何の話しだ?」

「恋敵じゃないの」

「恋?」

 

 反応を見る限り、色恋沙汰の話しではないらしい。

 よくよく話しを聞いたところ、スポーツでもなく、学業に関すること。

 

「僕はね、中学まで常に学年トップの成績だったんだ。しかしながら、高校へ進学してからと言うもの、彼にトップの座を明け渡し、試験では毎回学年二位に甘んじてしまっている......」

 

 補習で五つ子全員と一緒になった時、全教科満点の答案用紙をわざと見せられた、と五月(いつき)が大変ご立腹だったことを思い出した。

 

「改めて思ったけどさ。全教科満点って、マンガみたいなヤツだよね」

「同級生で、中野(なかの)姉妹全員の家庭教師を務めてるんだからな。平凡なヤツには無理だろよ」

「それさ。僕が、憂いでいることは――」

 

 雪がチラつく灰色の空を見上げた武田(たけだ)は、物悲しげな顔を見せた。

 

「いくら学年トップの秀才と言えど、両立はあまりにも無理な話しだと思わないかい? おそらく、このままでは成績を落とすことになるだろうね」

「ふーん。なら、トップになれるじゃん。よかったね。めでたしめでたし」

 

 テキトーに言った春原(すのはら)の言葉に、突然、勢いよく立ち上がり、激しい剣幕で声を荒らげる。

 

「それじゃ意味がないんだ、実力で勝ったとは言えないじゃないかっ!」

「......目の前で立つなよ。せめて前を隠せ......」

 

 ――これは失敬、と湯の中で座り直し、やや顔を伏せた。

 

「ライバルとしては、今すぐにでも家庭教師を辞任して勉強に専念して欲しいと言うのが本音だ。けれど、彼の事情は、それとなく聞いているから無理強いも出来ない。そこで、考えたのさ。どうすれば、彼と対等の立場で公平に競えるのかを、ね」

 

 伏せていた顔を上げ、爽やかな笑顔でウインクした武田(たけだ)が、上杉(うえすぎ)と対等に勝負するために思いついた方法。

 それは――。

 

「家庭教師!? お前が、僕達の!?」

「そう。単純な人数では及ばないけど。学力で言えば、キミたちの方が彼女たちよりも劣る」

「......何か、スゲームカつくんですが。一発殴ってもいいっすかっ?」

「退学になるぞ」

「キミたちに取っても悪い話しではないと思うけど、ね。オール赤点の岡崎(おかざき)君と、オール7点の七原君」

春原(すのはら)だよ!」

「惜しい」

「惜しくない! やっぱり、殴っていいっすか......!?」

 

 握った拳を振るわせ、憤りをあらわにする春原(すのはら)。またもや無駄に爽やかな笑顔で、謝罪した武田(たけだ)は、改めて問いかけて来た。

 

「で、どうだろう? 僕からの提案は――」

 

 確かに、双方に利益がある提案だ。俺達は、赤点回避を。武田(たけだ)は、上杉(うえすぎ)と対等に勝負を。どちらも損はしない。

 

「金ないぞ?」

「そんな物を要求するつもりは毛頭ないよ。むしろ逆さ。僕自身の目的を果たすために、キミたちに協力を請う立場なのだから、ね」

 

 さっきから、妙に強めた語尾に合わせてウインクしているが何か意味があるのだろうか。いまいちキャラが掴めない。まぁ、悪いヤツではなさそうだけど。個人情報の取り扱いがザルなことは別として。

 

「そうだな......」

岡崎(おかざき)!」

 

 春原(すのはら)が暑苦しく、首に腕を回してきた。

 

「何だよ?」

「騙されるな。これは、罠だ!」

「罠?」

「僕達を利用して、五つ子ちゃんに近づこうって腹なのさ!」

「と、言っているが?」

「ん? 中野(なかの)姉妹となら既に面識はあるけど? 親同士に親交があるからね。黒薔薇女子から、旭高校へ転入してくることも事前に聞いていたよ」

 

 因みに武田(たけだ)は、一花(いちか)とはクラスメイトで、クラスでは委員長を務めているそうで。正に、画に描いたような優等生。爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 

「だそうだぞ。言っておくが、お前の勉強を見てやる余裕は、俺にはないからな?」

「......すみません。家庭教師、お願いします」

 

 今までで一番の爽やかスマイル。

 

「もちろんさ! これからよろしくね!」

「ああっ。よろしく頼むよ!」

 

 この身代わりの速さ、これぞ春原(すのはら)の真骨頂。

 

「でさ。さっそく質問いいかな?」

「もちろんさ、何でも聞いてくれて構わないよ!」

「5W1Hって、何?」

 

 武田(たけだ)の爽やかスマイルが固まった。

 それはそうだろう。追試も、合格点に僅かに届かなかったところを拝み倒して、慈悲で合格にして貰ったほどだ。

 

「考え直す気になったか? 撤回するなら今のうちだぞ」

「......いや、やり甲斐があるなと思っただけだよ」

 

 引きつった笑顔は、それはそれは痛々しかった。

 

 

           * * *

 

 

 翌朝、驚愕の事実を知ることになった。

 五つ子と上杉(うえすぎ)も豪雪で足止めを食らい、同じ旅館に宿泊していた。

 分散して宿泊していたため、六人は二人ずつに別れバスに乗り、目的地のコテージへ向かうことに。俺達のクラスのバスには、本来乗っている予定の四葉(よつば)上杉(うえすぎ)が乗車。クラスメイトに頼んで席を代わって貰い、一番後ろに四人で座っている。

 

「まさか、本当に同じ旅館だったなんてな......」

「あはは、スゴい偶然ですよね」

「いや、これはもう偶然なんかじゃないよ。運命さ。四葉(よつば)ちゃん、僕達は運命の赤い糸で結ばれていたんだよ」

「えっと、ごめんなさい!」

「速攻でフラれたーっ!」

 

 肩を落とした春原(すのはら)だったが、何ごともなかったかのように一瞬で復活。

 

「ところで、上杉(うえすぎ)。妹ちゃんは、もういいの?」

「ああ。熱も下がったし、今は、親父が看てくれてる」

「そっか。よかったじゃん」

春原(すのはら)四葉(よつば)にフラれたからって......」

「違うわーいっ! 僕にも妹が居るんだよ!」

「ウソ......だろ?」

「嘘じゃねーよ。話したことなかったっけ?」

「ねぇよ」

 

 春原(すのはら)の妹――全く、想像がつかない。どんな妹だ? そもそも本当に実在するのかすらも怪しい。

 

「お前、妹が居るのか。歳は?」

「十三」

「らいはの一個上か。中学ともなると、やっぱりマセてくるのか?」

「そりゃあねぇ~。昔は、お兄ちゃーんって可愛く背中を追っかけて来たけどさ。最近、妙に大人ぶってちゃって。転校することを話した時なんて――」

「うんうん、なるほどな。分かる、分かるぞ!」

 

 春原(すのはら)上杉(うえすぎ)、妹が居る者同士の間に友情が芽生えていた。

 

「いいな~、妹さん」

五月(いつき)が居るじゃないか」

五月(いつき)は同い年ですし、妹と言うより親友みたいな感じですから。岡崎(おかざき)さんは、ご兄弟は?」

「居ない」

「一人っ子でしたか。ご兄弟が欲しいと思ったことはありませんか?」

「......ない」

「あ、そうですか」

 

 やってしまった。事情を知らない相手に、四葉(よつば)に悪気がないことは分かっているのに。こう言った話しになると、どうしても感情的になってしまいがちになってしまう。

 

「でもまあ......そうだな。お前みたいな妹が居たら、たぶん気苦労が絶えないんだろうな」

「ええ~、それ、どう言う意味ですかっ?」

「気を遣い過ぎなんだよ。結構、抱え込むタイプだろ。頼まれ事とか押し切られると断れないんじゃないか?」

「そ、それは......」

 

 とても分かりやすく、窓の外へ目を背けた。

 分かりやすいにも程があるな。

 

「あ、そうだ。昨日こと、ありがとうございました」

「何で、小声なんだよ?」

「それは、その、ですね」

 

 チラッと、春原(すのはら)と妹談義に花を咲かせている上杉(うえすぎ)を見た。やっぱり、気を遣い過ぎだな。いつか、このお人好しで面倒なことに巻き込まれなければいいけど。

 

「二人とも、トランプやろぜ!」

「いやいや、ここはカード麻雀でしょ!」

 

 いつの間にか、妹談義を終えた上杉(うえすぎ)が、ハイテンションでトランプケースを取り出した。負けじと春原(すのはら)も、どこに忍ばせていたのか、カード麻雀の箱を持っている。

 

「トランプとか、お子様の遊びじゃん?」

「シンプルだからこそ白熱するんだ。そもそも、麻雀はスペース的に無理だ」

「それもそうか、じゃあトランプでいいよ。何やる?」

「ポーカーでどうだ?」

「おっ、いいねぇ。テキサススタイルのホールデムでやろうぜ」

「ほぅ、なかなか通だな。よし、俺がディーラーを兼任しよう。さあ、始めるぞ!」

 

 上杉(うえすぎ)は、俺と四葉(よつば)の意見を聞かず、トランプを切り始めた。

 

「おい、四葉(よつば)上杉(うえすぎ)って、こんなキャラだったか?」

「えっと、どうしてかは分からないんですけど。昨日も、こんな風にテンションが高かったんです。あはは~......」

 

 妙にハイテンションな上杉(うえすぎ)が場を仕切り、目的地のコテージに着くまでの間、トランプでの勝負は続いたのだった。 

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