「くぅ~! 凍えた体に染みるねぇ~」
四つ折りにした白いタオルを頭に乗せ、熱々の一番風呂に入る爺さんの様だ。俺も習って足を伸ばす。ふぅ、と思わず声が漏れた。
石畳の床、まるで庭園のような造りの岩風呂の天然温泉。
湯に落ちる前に解ける雪の欠片が、より一層風情を引き立ててくれる。
「やっぱ、足を伸ばせるって最高だよね!」
「それは認める。たまには、銭湯に行くのもいいかもな」
「おっ、いいねぇ。ナイスアイデア!」
「その時は、僕も誘っておくれよ」
隣から自然に会話に入ってきたのは、廊下で俺達を呼び止めた妙に爽やかな男子。さも当然ように、澄まし顔で湯に浸かっている。
「どうして、お前が一緒に入ってるんだ?」
「それは、キミたちが温泉に行くと言ったからだよ。裸の付き合いの方が腹を割って話せると思って、ね?」
「てか、そもそも誰だよ? お前」
「えっ? キミたちは、僕の事を知らないのかい?」
「では先ず、自己紹介といこうか。僕の名前は、
「あっそ」
一瞬で興味が消え失せた。元々なかったけど。
「もう少し社交性を身に付けた方がいいと思うよ?」
「だってよ、
「あなたのことでしょ!」
「で。そのお偉いさんのご子息が、俺達に何の用だ?」
「スルーっすか」
ツッコミをスルーして、わざわざ風呂にまで付いてきた理由を尋ねる。コイツが本当に、理事長の息子だとすれば、もしかすると今後の進退に関わる事を知らせに来たとも考えられる。
「キミたちは、
話しは、思っていたこととは一切関係がなかった。
「ライバル? 何の話しだ?」
「恋敵じゃないの」
「恋?」
反応を見る限り、色恋沙汰の話しではないらしい。
よくよく話しを聞いたところ、スポーツでもなく、学業に関すること。
「僕はね、中学まで常に学年トップの成績だったんだ。しかしながら、高校へ進学してからと言うもの、彼にトップの座を明け渡し、試験では毎回学年二位に甘んじてしまっている......」
補習で五つ子全員と一緒になった時、全教科満点の答案用紙をわざと見せられた、と
「改めて思ったけどさ。全教科満点って、マンガみたいなヤツだよね」
「同級生で、
「それさ。僕が、憂いでいることは――」
雪がチラつく灰色の空を見上げた
「いくら学年トップの秀才と言えど、両立はあまりにも無理な話しだと思わないかい? おそらく、このままでは成績を落とすことになるだろうね」
「ふーん。なら、トップになれるじゃん。よかったね。めでたしめでたし」
テキトーに言った
「それじゃ意味がないんだ、実力で勝ったとは言えないじゃないかっ!」
「......目の前で立つなよ。せめて前を隠せ......」
――これは失敬、と湯の中で座り直し、やや顔を伏せた。
「ライバルとしては、今すぐにでも家庭教師を辞任して勉強に専念して欲しいと言うのが本音だ。けれど、彼の事情は、それとなく聞いているから無理強いも出来ない。そこで、考えたのさ。どうすれば、彼と対等の立場で公平に競えるのかを、ね」
伏せていた顔を上げ、爽やかな笑顔でウインクした
それは――。
「家庭教師!? お前が、僕達の!?」
「そう。単純な人数では及ばないけど。学力で言えば、キミたちの方が彼女たちよりも劣る」
「......何か、スゲームカつくんですが。一発殴ってもいいっすかっ?」
「退学になるぞ」
「キミたちに取っても悪い話しではないと思うけど、ね。オール赤点の
「
「惜しい」
「惜しくない! やっぱり、殴っていいっすか......!?」
握った拳を振るわせ、憤りをあらわにする
「で、どうだろう? 僕からの提案は――」
確かに、双方に利益がある提案だ。俺達は、赤点回避を。
「金ないぞ?」
「そんな物を要求するつもりは毛頭ないよ。むしろ逆さ。僕自身の目的を果たすために、キミたちに協力を請う立場なのだから、ね」
さっきから、妙に強めた語尾に合わせてウインクしているが何か意味があるのだろうか。いまいちキャラが掴めない。まぁ、悪いヤツではなさそうだけど。個人情報の取り扱いがザルなことは別として。
「そうだな......」
「
「何だよ?」
「騙されるな。これは、罠だ!」
「罠?」
「僕達を利用して、五つ子ちゃんに近づこうって腹なのさ!」
「と、言っているが?」
「ん?
因みに
「だそうだぞ。言っておくが、お前の勉強を見てやる余裕は、俺にはないからな?」
「......すみません。家庭教師、お願いします」
今までで一番の爽やかスマイル。
「もちろんさ! これからよろしくね!」
「ああっ。よろしく頼むよ!」
この身代わりの速さ、これぞ
「でさ。さっそく質問いいかな?」
「もちろんさ、何でも聞いてくれて構わないよ!」
「5W1Hって、何?」
それはそうだろう。追試も、合格点に僅かに届かなかったところを拝み倒して、慈悲で合格にして貰ったほどだ。
「考え直す気になったか? 撤回するなら今のうちだぞ」
「......いや、やり甲斐があるなと思っただけだよ」
引きつった笑顔は、それはそれは痛々しかった。
* * *
翌朝、驚愕の事実を知ることになった。
五つ子と
分散して宿泊していたため、六人は二人ずつに別れバスに乗り、目的地のコテージへ向かうことに。俺達のクラスのバスには、本来乗っている予定の
「まさか、本当に同じ旅館だったなんてな......」
「あはは、スゴい偶然ですよね」
「いや、これはもう偶然なんかじゃないよ。運命さ。
「えっと、ごめんなさい!」
「速攻でフラれたーっ!」
肩を落とした
「ところで、
「ああ。熱も下がったし、今は、親父が看てくれてる」
「そっか。よかったじゃん」
「
「違うわーいっ! 僕にも妹が居るんだよ!」
「ウソ......だろ?」
「嘘じゃねーよ。話したことなかったっけ?」
「ねぇよ」
「お前、妹が居るのか。歳は?」
「十三」
「らいはの一個上か。中学ともなると、やっぱりマセてくるのか?」
「そりゃあねぇ~。昔は、お兄ちゃーんって可愛く背中を追っかけて来たけどさ。最近、妙に大人ぶってちゃって。転校することを話した時なんて――」
「うんうん、なるほどな。分かる、分かるぞ!」
「いいな~、妹さん」
「
「
「居ない」
「一人っ子でしたか。ご兄弟が欲しいと思ったことはありませんか?」
「......ない」
「あ、そうですか」
やってしまった。事情を知らない相手に、
「でもまあ......そうだな。お前みたいな妹が居たら、たぶん気苦労が絶えないんだろうな」
「ええ~、それ、どう言う意味ですかっ?」
「気を遣い過ぎなんだよ。結構、抱え込むタイプだろ。頼まれ事とか押し切られると断れないんじゃないか?」
「そ、それは......」
とても分かりやすく、窓の外へ目を背けた。
分かりやすいにも程があるな。
「あ、そうだ。昨日こと、ありがとうございました」
「何で、小声なんだよ?」
「それは、その、ですね」
チラッと、
「二人とも、トランプやろぜ!」
「いやいや、ここはカード麻雀でしょ!」
いつの間にか、妹談義を終えた
「トランプとか、お子様の遊びじゃん?」
「シンプルだからこそ白熱するんだ。そもそも、麻雀はスペース的に無理だ」
「それもそうか、じゃあトランプでいいよ。何やる?」
「ポーカーでどうだ?」
「おっ、いいねぇ。テキサススタイルのホールデムでやろうぜ」
「ほぅ、なかなか通だな。よし、俺がディーラーを兼任しよう。さあ、始めるぞ!」
「おい、
「えっと、どうしてかは分からないんですけど。昨日も、こんな風にテンションが高かったんです。あはは~......」
妙にハイテンションな