朝早く旅館を出発したバスは昼前に、コテージに到着。
初日の予定は繰り上げられ、クラス別に各班ごとに昼食作りに取りかかる。メニューは、キャンプで定番のカレーライス。メインは料理経験のある女子が担当してくれて、俺と
「あの、隣使わせて貰って――あっ!」
「ん? ああ、
「えっと、薪は――」
「使うか?」
「あ、ありがと......って、何でこんなにあるのよっ?」
「調子に乗って割りまくったんだよ。
「今、その絵が浮かんだわ」
大量に積まれた薪の束を見た
「カレーの担当じゃないのか。料理得意なんだろ?」
「もう作ったわよ。後は、焦がさないように煮込むだけ。班の男子が、ご飯を焦がしちゃったから作り直しに来たの。そもそも、具材も市販のルーも用意されてたじゃない。失敗のしようがないわ」
「......本当に、そうか?」
「どう言う意味よ?」
無言で、
「ごめん。前言撤回させて」
「了解。普段は、姉妹の分も作ってるんだよな」
「ええ。他に、まともに料理できる子がいないから」
「スゲーな」
素直に尊敬する。五人前を毎朝作るなんてこと、そう出来ることじゃない。少し気恥ずかしそうにして視線を背けた。
「別に。一人分作るのも、五人分作るのも変わらないわ。作るのは私だから、好きな物を作れるし。出す料理に、文句は言わせない」
なるほど、そういう利点もあるのか。
「キミは毎朝、パンなの?
「まかないで貰えるんだよ。さすがに、三食は飽きるけどな」
「少しは栄養バランス考えないと......て、噴いてるわよっ!」
話しにかまけていたお陰で、取り上げるタイミングを見誤ってしまった。急いで軍手を付け、火から避けて、蓋を開ける。周りが少し焦げ付いていた。真ん中の方は、たぶん食べられそうだ。まあ、死にはしないだろ。
「キミねぇ!」
「これは、俺と
用意しておいた、もう一つの飯盒を火に掛ける。一度の失敗は織り込み済み。上手くいけば同じ要領で、失敗したら見直せばいい。
「時間計ってくれると助かるんだけど」
「......まったく、めんどうね。スマホ、買ったら?」
「そんな金はない」
あれば、生活費に充てる。今はまだ、暖房器具を使わずに過ごせているが、冬になれば光熱費は確実に上がる。最悪、死活問題に発展しかねない。
「格安スマホなら学割適用で、ほぼタダで持てるわよ」
「へぇ、そんな契約があるのか」
アパートも、無料で無線が繋がるとか書いてあった覚えがある。と言っても、今のところ必要性は感じないけど。それより冬場に備えて、他の揃えておきたい物がいろいろある。コタツとか、保温ポットとか。
「ところでそれ、本気で食べるつもり?」
「損をできるのは、いい男の役回りだそうだ。
「あの金髪が? 何それっ? 似合わな過ぎて可笑しいわっ」
その笑顔は
「それで、その本人は?」
「サボり。そろそろ出来上がる頃じゃないか?」
「あっ」
少し熱そうに、蓋を開ける。さっきのとは違い、湯気の中にキレイな白米の粒が立っていた。
「美味そうだ」
「でしょ? さすが、私ね!」
得意気な顔で胸を張った
「持っていかないのか?」
「時間計ってる途中でしょ。女子に、焦げたご飯を食べさすつもりなの?」
「だな」
今度は、目を離さないようにしっかりと注意を払う。
「ねぇ、今夜の肝試し参加するの?」
「しない」
「えっ、ズルくないっ?」
「自由参加だろ。今の言い方だと、参加するように聞こえたけど」
「
「何で、参加するんだよ? ペナルティもないじゃないか」
「
「うちのクラス、キャンプファイヤー担当だった気がするんだが?」
「あいつの、
「お人好しを発揮したわけか」
「そういうことよ。ホント、いい迷惑だわ」
恨み言を言いつつも、参加するというのだから、本気で嫌悪感を抱いている訳ではないみたいだ。さて、こっちも出来上がった。今度は、上手くいった。
しかし、誰も居なかった。代わりに、テーブルの上にメモが置いてある。
「あれ~? 女の子たちは?」
トイレへ行くと言ったきり姿を消した
「肝試しの準備だってよ」
「肝試しぃ? キャンプファイヤーじゃなくて?」
「キャンプファイヤーは、明日の夜だろ。先に食っててくれってさ」
「んじゃあ、お言葉に甘えさせて貰おうかぁ。すんごい腹減ってるんだよね~」
――サボりやがったクセに、コイツは。焦げた部分をやや多めに皿に盛り、バレない様にルーをかけて手渡してやる。
「ほらよ」
「おっ、サンキュー!」
スプーンで掬って、口に運んだ。そして、二度運んだ手がピタリと止まった。
「......何これ?」
「カレーだぞ。見てわからないか?」
「いや、それは分かるけどさ......このカレー、あんまり――」
「ただいま戻りましたー!」
ナイスなタイミングで、
「おかえり」
「あれれ?
「今、よそってるところだよ。こっちは、
「あっ、ありがとうございますっ!」
「わぁ、美味しそう」
「ホント、いい匂いだね」
座って、
「美味い」
「よかったですっ。ご飯も美味しいです!」
「よかったな、
「う、うん、そうだね......。頑張ったかいがあったよ。あ、あはは......」
午後は、班ごとに周辺の散策。ハイキングコースをのんびり歩き、夕食後の自由行動。
「さーて、じゃあ始めようか」
肝試しには参加せず、コテージの一室に残った俺と
「今宵、敗者は肝を冷やすことになる。運命の麻雀大会を......!」
面子は俺、
「おほん! んん! ああー、言っておくが。お前たちが悪さをしないか見張るためだからな? くれぐれも勘違いしないように」
「いやだな~、もちろんですよ。ただの遊びですから。アハハッ!」
「お前、ルール知ってるのか?」
「ん? もちろん、知らないよ」
「よく参加する気になったな......」
「家庭教師をするにあたって、親睦を深めることが大事と思ったんだよ、ねっ」
また無駄に爽やかだ。
「で? 肝を冷やすってのは」
「これさ」
テーブルの真ん中に差し出された物。
それは――抹茶ソーダ。
担任の顔色が変わる。どうやら、この代物の味を知っているらしい。
「これはね、ただの抹茶ソーダじゃないんだ。これは、ホットなんだ......!」
抹茶が暖かいのは分かる。ソーダが冷たいのも道理。もはや、情報が追いつかない。何故、相反する物を混ぜた上で暖めてしまったのか。どんな味がするのか、逆に気になってしまう程だ。
「じゃあ、そうそろ始めるとしますか。勝負は半荘といきたいところだけど、入浴時間までってことで」
「待て。この勝負、あまりにも
「ルールブックはあるかな?」
「ほいよ」
付属品のルールブックを受け取ると、口元に手を添えて目を通し出した。
「とりあえず、一回目は練習って事で。解らなかったらその都度聞いてくれよ」
「うん。そうさせて貰うよ」
「よーし、じゃあ始めよう! センセ、どぞっ!」
「仕方ないな......」
ここぞとばかりに、よいしょしている。
担任の仮親で、麻雀大会は幕を開けた。
* * *
「おい、そろそろ起きろよ。朝飯に行くぞ」
「何か、気分が悪いんすが......」
「調子に乗って、接待し過ぎるからだ」
昨夜の麻雀大会。練習では負け込んだ
「で、どんな味だったんだ? 抹茶ソーダのホット」
「......覚えていません」
宿舎のコテージ併設の、スキー場のフードコートで朝食を食べる。
「スキー、どうする?」
「やらない。自由参加なんだろ」
「まあねぇ。けど、キャンプファイヤーまで暇だよね」
「また麻雀大会でも開く――」
「やりません!」
若干食い気味に却下された。
「いい?」
水色のニット帽にスキーウェア姿の女子が声をかけてきた。
顔は、
「
彼女は、小さく頷いた。
「正解。フータロー見かけなかった?」
「
「まだ寝てるんじゃないの?」
「部屋には、居なかった」
「そうか。なあ、ちょっといいか?」
近くのテーブルで談笑していた、同じ班の女子に聞く。
「
「サンキュー。だってよ」
「ありがとう。行ってみる」
「朝一でお誘いですか。モテモテだねぇ、羨ましいですねぇ!」
「お前も、学年一位になればモテるかも知れないぞ?」
「マジかよ!?」
「オール満点の
「......地道に行くよ。て言うか、僕には部活がある! 新人戦で大活躍すれば、モテモテだよね!」
「ああ、そうだな」
生返事で、この場を流すことにした。
「結局、相手は見つからなかったんだな」
「うるさいよ! あなたもでしょ!?」
「俺は、お前と違ってナンパしてない」
ただ、気になったのは。昼過ぎに、
「ハッスルし過ぎたんかねぇ?」
「妹の看病で疲れたんじゃないか」
「ああ~、そういえば、結構な発熱だったって言ってたし」
「なら、その風邪をもらったんだろ」
寒空の中、肝試しの実行委員を務めたり、スキーしたり、体調を崩すきっかけには十分過ぎる。
「おっ、フィナーレのカウントダウンが始まったぞ」
顔を上げる。
「どうする? 手繋ぐ?」
「死んだ方がマシだ」
「あなた、辛辣過ぎです......」
カウントダウンがゼロになると同時に、大きな歓声が上がる。
そして、色とりどりの煌びやかな花火が周囲を彩り。
林間学校は、終焉の時を迎えた。