思えば、黒い霧の噂は絶えず耳に届いていた。
否、黒い霧という明確な呼称ではなかったが、とにかく。黒い霧に関連づけることができる知らせは何度も受けていたはずだ。
選択を迫られている。
不浄の女神エンティティは、知ってしまった俺を逃しはしないだろう。
殺人鬼か、生存者か。
俺に道は二つしかない。
物心ついた時から、おおよその物に既視感を覚えた。
両親が幼い俺に見せてくる物、視界に入ってくる初めて見るはずの物。
その全てを、俺は知っていた。
「芥(からしな)さんのお宅の子、本当に出来が良いわねぇ」
出来が良いのではない。
元から知っていたのだ。
俺はいわゆる——転生者だった。
子供の柔軟な脳と、成熟した精神でこなせない事はそう多くなかった。
俺は神童と持て囃され、中学、高校と時を経るごとに「要領の良い子」レベルまで落ち着いていった。
一番美味しい立ち位置と言える。
転生とは素晴らしいものだ。
それなりの家庭に生まれたのも、顔がそこそこだったのも。最高に幸運だった。
人生が一気にイージーモードだ。
せっかくなら、と俺は英語の勉強に力を入れ、無事に海外の大学への進学を決めた。
ハーバートとまではいかなかったが、そこそこ名の知れた大学だ。
前世に同じ大学があったかは分からないが。なんせ怠惰な日本学生だったからな。
そうして俺は順風満帆な生活を送っていた。
唯一がっかりだった事と言えば、俺が前世でそれなりに気に入っていたゲームがこちらには存在しなかった事ぐらいだろう。
だがゲームはそれだけではないし、今の俺はゲーム以外のさまざまな娯楽に手を伸ばせる。
すぐにその事は、俺の記憶から消えていった。
薔薇色の人生。
どこの神か知らないが、転生にただただ感謝を。
貴方に与えられた物は無駄にしない。幸福な人生を歩みます。
そんな幻想は、ある日の講義に呆気なく砕かれた。
「クローデット・モレルは今日も欠席か」
聞き慣れた名だ。
最初にそう思った。
次に、いったいどうやって聞き慣れるまでに至ったかを思い出した。
前世の記憶だ。
そうだ、クローデットは、俺が前世でやっていたゲームのキャラだ。
——そして最後に、俺は恐怖で歯の根が合わなくなった。
脳裏に、黒い霧が立ち込める。
「おい。カラシナ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ」
「そうは見えないな。あのナードと友達だったのか?」
クローデット・モレル。
霧に呑まれ、終わらぬ殺戮の儀式に閉じ込められた哀れな生存者。
彼女のパークは使い勝手が良く、初期の数ヶ月はそのキャラばかり使っていた。
「……いや、違うんだ。大丈夫、ちょっと昨晩に飲み過ぎてね」
「おいおい、しっかりしろよ」
適当な愛想笑いで誤魔化す。
ああ、どうする。
どうするんだ、芥(からしな) 月桂(げっけい)。
俺は迫られているぞ。
即ち、殺人鬼か、生存者か。
道はその二つだ。