一目散に固有建築の中へ逃げ込む。
足音、心音、それに殺人鬼の視線の方向を示す赤い光——通称ステイン。
それらの要素全てが、トラッパーが俺を追っている事を教えてくれる。
適切な距離を取った状態で、正面の窓を飛び越えた。
「下方修正後かよッ!」
飛び越えた瞬間に見えた、露骨にこちらの動きを邪魔する壁。
どうやら下方修正後のマップらしい。
「正面の木箱地帯の間に板があるな。そこで稼いで右奥のジャングルジムに逃げ込むか」
地形把握及びチェイスプランを脳内で構築する。
よし、板は早倒し気味にいこう。痛い思いなんかごめんだからな。
横目でトラッパーを確認する。
ちょうど、ゆっくりと窓を乗り越え終わったところだ。
助かった。やっぱり窓越えは遅いんだな。
「罠は……よし、板のとこには無い!」
板の場所でトラッパーがもう少し近付いてくるまで待つ。
しかし一つ気付いてしまった。俺は当然一人称視点、三人称視点だったゲーム時代のように板で回るのは難しい。
この木箱は視界が空いている分まだマシだが……2周が精神的にも限界かもしれない。
「別のチェイスポイント……に、移動できそうもねぇな!」
トラッパーが近づいてくる。
まず右回り。ステインを隠すように、後ろ歩きで詰められるとあっさり殴られかねないが……1周もせずに板を倒すわけにはいかない。
「まず1周……」
素直に後ろを追ってくる。
ならこちらも素直にいこう。
「2周……目ッ!」
僅かな間立ち止まり、タイミングをはかって板を倒す。
見事命中したらしく、トラッパーが呻き声をあげてスタンした。
「どうだ? 割るか?」
スタンから復帰したトラッパーが右足をあげる。
板を蹴り壊す動作の前兆だ。
すかさず次のチェイスポイントを目指して走り始める。
バキ、ミシ……
(速い!?)
ゲーム時代より速いのか!?
……いや、違う! トラッパーの固有パーク、野蛮な力か!
野蛮な力、通称板壊し。
効果としては、倒された板、破壊可能な壁、発電機を破壊する速度が最大20%上昇するといったものだ。
俺の記憶違いで、板を割る速度が元々あれぐらいだった可能性もあるが……何せトラッパーの固有パークだ。野蛮な力を持っていると解釈しておいた方が良いだろう。
「間に合う……間に合うよな!?」
目の前に見えたのは、窓枠がついたT字の壁が2つ生成されたジャングルジム。
通称ニ窓だ。
バン!と激しく音を立てながら窓を乗り越える。
そこで俺は見つけてしまった。
もう一方の窓枠のすぐ横に仕掛けられたトラバサミを。
「クソッ!」
走りつつ背後を見る。
トラッパーがゆっくりと窓枠に足をかけている。
このまま走り抜けよう。
1発攻撃を貰うかもしれない。
だが俺は、この儀式が1発で即ダウンではなく、負傷状態が存在する事をシェリル・メイソンを見て知っている。
負傷ブーストという納得できるようでできない仕様が存在しているかは不明だが……それもトラバサミにかかってしまえば検証すらできない。
「ハッ、ハッ」
息が荒くなる。
背後にトラッパーが迫っているのを感じているからだ。
初めて受ける、殺人鬼からの攻撃。
でも慣れなきゃいけない。そうしなければ何度も殺され続ける羽目になる。
「来いよッ! クソったれッ!」
なまくらの刃物が肉をひしゃげさせながら背中を切り裂いた。
「————ッッッ!」
声にならない叫びをあげながら、不思議と速くなった脚に驚く。
負傷ブーストだ。
だがあまりの痛みに思考は真っ白になってしまっている。
次の、チェイスポイントを探さなければ。
思考を回せ。
「……小屋!」
正気に戻ったところで正面の建造物を視界にとらえ、思わずそう叫んだ。
Dead by Daylightにおいて、室内マップと呼ばれるマップ以外には確定で一つ湧く小屋がある。
殺人鬼の小屋と呼ばれる、一つの板と一つの窓枠がある四角い小屋。
そこは、典型的な“強い”チェイスポイントだった。少なくともゲーム時代では。
そしてゲーム時代なら、当然トラッパーはそこに一つはトラバサミを仕掛ける。
いかに強いチェイスポイントを封じるかが彼を使う上で重要な事だからだ。
「トラバサミ……板の場所には無い」
なら窓枠か?
正面から小屋に入れば板があるが、板をケチるならば窓枠を飛ぶ必要が出てくる。
近場のジャングルジムにトラバサミがあった。
ならこの付近を通ってないはずがない。罠を仕掛けないはずがない。
そして、仕掛けるとすれば——
「窓枠だろッ!」
迫っていたトラッパーを通せんぼする形で板を倒す。
消費が激しい。この短時間で2枚、しかも1つは小屋板だ。
窓は越えずにそのまま小屋を出る。
去り際、窓枠を跳んだ先を見たが……ダメだ。草むらが深くてよく見えない。
「次、次は……!」
貯水タンクが見える。
クソ、弱い!
どうすれば時間が稼げる?
旋回? ダメだ、アレはゲームだから成立する技だ。
回避? 武道の達人でも何でもない、殺人経験があるだけの大学生にできる事じゃない。
「終わりなのか?」
最初のチェイスにしては頑張った方か。
そうやって自分を誤魔化そうにも、腹の奥から迸るように恐怖が迫り上がってくる。
怖い。
怖い。怖い。怖い。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッッッッ!!!!
「ふざけんじゃねぇッ!」
このままやられるぐらいなら。
そう思い、俺は拳を握って背後のトラッパーに殴りかかった。
「あ゛」
瞬間、顔に刃物が突き刺さる感触。
目を、鼻を、脳を巻き込み引き千切りながら、斬り進められた。
「ア、ああああああああああッッッッ!!!!!」
現実感がない。これは誰の悲鳴だ。
ああ、俺だ。
気付けば、俺は地に伏していた。
ダウン状態だ。
視界は低いながらも良好な辺り、怪我は即座に治癒したのかもしれない。
その代わり、立ち上がれないほどの激痛、及び拘束感が全身を支配している。
呻き声を出すことしかできない。
「う、あ……」
大量に血を垂らしつつ、少しでも時間を稼ぐべく這いずってトラッパーから距離を取る。
通常、攻撃を2発当てられダウンした生存者は、殺人鬼にかつがれ肉フックに吊るされる。
這いずり放置という殺害方法もあるが、吊り回数を稼ぐ方がエンティティからの評価が高いため、ゲーム時代では不人気な戦略だった。
トラッパーは一向に担ぐ様子がない。
這いずり放置を使ってくるタイプか。確かに現実ならそこまで査定は考えなくて良いか。
拘束感を持った首を無理やり動かし、背後にいるであろうトラッパーを見る。
奴は、笑っていた。
「……」
ふつふつと、経験したことの無い激情が湧いてくるのを感じた。
コイツは、遊んでやがる。
惨めにも這いずって、少しでも時間を稼ごうとする俺の必死さを、嘲笑いやがった。
「殺して、やるぞ」
トラッパーの表情なんか見えない。声も聞こえない。
だが俺には確かに「そんな事ができるものか」と言っているように感じられた。
勝算がゼロだと思うかよ、エヴァン・マクミラン。
シェリル・メイソンがいるんだぜ。あの女は原作通りとすれば——神殺しだ。神の小間使いの殺人鬼ぐらい、何とかしてやる。
トラッパーが俺をようやく担ぎあげる。
肉フックはさぞかし耐え難い苦痛を俺に与えるだろう。
だが、この胸に灯った怒りは消えそうになかった。
ほう? そうか。