エンティティ様が見てる   作:お寿司大好きTV

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血の協定

 

「……」

 

 シェリルと遭遇してから2度ほどチェイスポイントを移った。

 板消費は2枚。

 節約とも浪費とも言い難い数だ。

 

「く、あ……ッ」

 

 ダメだ、呻き声を我慢するのは無理だ。

 一度手で無理やり息を止めて我慢しようとしてみたが、即座に視界が眩むような痛みに襲われた。おそらくあのまま行けば俺は勝手にダウンするか、まともに歩けずトラッパーに攻撃をもらっていただろう。

 

「小石一つ拾うのにパークを要求してくる世界だもんな」

 

 定められた行動以外を取るなら、相応の何かを要求されるわけだ。

 

 しかし、実際問題として呻き声を消さない限り、追跡を途切れさせるのは難しい。

 窓枠を飛び越えつつ、未だ俺を諦める素振りを見せないトラッパーを睨む。

 

「はッ……いいのかよ、俺を追ってて。発電機が直っちまうぞ」

 

「……」

 

 言葉が理解できているのかいないのか。

 不明だが、ひとまずこの窓をもう一周……

 

 

 カチン

 

「〜〜〜ッ!!?」

 

 脚に激痛が走り、地面に頭から激突する。

 

 トラバサミ!?

 しまった、窓枠と板の場所しか意識していなかった。

 道の途中になんて、そんな、クソッ、ふざけんな!

 

「……」

 

 トラッパーがゆっくりと近付いてくる。

 トラバサミからの自力脱出を試みているが、ダメだ。間に合わない。

 俺のチェイスはここで終わりだ。

 

 そこで、軽快な音と共に視界の端で修理された発電機のオーラが強調表示された。

 位置的にシェリルが修理したものだろう。

 

「俺を嘲笑してる場合かよ、エヴァン・マクミラン。脱出ゲートが開いちまうぞ。そんなのでエンティティ様の機嫌が取れるのか?」

 

「……」

 

 無言で斬りつけてくる。

 俺は短い悲鳴をあげて、地に伏した。

 時間を稼ぐ。少しでも。

 

 血溜まりを泳ぐように、醜く這いずる。

 どうせ、俺を見て嗤ってるんだろ?

 存分に嗤え、最後に笑うのは俺だ。

 

「……」

 

 トラッパーに掴み上げられ、肩に担がれる。

 少しでも妨害すべく身体をばたつかせるが、抵抗むなしく壁裏のフックに吊るされた。

 

 肩を抉られる感触。

 

「ぅううあああああああッッッ!!!」

 

 喉が掠れるほどの絶叫。

 これは単に痛みだけじゃない。この後に来る——

 

「ぐ、おお……ッ」

 

 エンティティの脚への恐怖だ。

 手のひらに食い込み、今にも手ごと突き破りそうな感覚を覚える。

 

「が、あァ!?」

 

 突然鋭い痛みが走る。

 見れば、至近距離にトラッパーの鉄仮面があった。

 

 ああ、そうだ。

 コイツは、吊られている最中の俺の身体に、刃物を突き刺しやがったんだ。

 

「はッ、あッ、……おいおいおい、やめろ、やめてくれ」

 

「……」

 

 じりじりと刃物が深く突き進んでくる。

 内臓をぐちゃぐちゃに掻き回される感触、それに伴った激痛。

 

 だがエンティティの脚は、手放さない

 

「ご、んな、ゲホッ、おぉ、あ……ッ」

 

 言葉を口にしようとして、迫り上がってきた血に邪魔される。

 刃物はとっくに心臓に至り、今は気管の辺りを蹂躙し始めたところだろうか。

 

「……ッ」

 

 もはや言葉もなく睨みつける。

 だが俺の意志に反して、瞳からはボロボロと血とも涙ともつかないものが零れ落ちてくる。

 苦しい。憎い。殺したい。殺されたくない。

 

 そして一つの思考がよぎる。

 どうせここで死んだってまた別の儀式に向かわされるだけだ。

 ならさっさとエンティティの脚から手を放して死んでしまった方が楽なのではないか?

 

 口からボコボコと血が溢れる。

 呼吸なんてできやしない。

 視界が暗くなってくる。

 手を、放したく——

 

 

 軽快な音と共に、発電機のオーラが強調表示された。

 

 

「……ゴボッ、げほッ」

 

 血は止まらない。

 だが分かるか、トラッパー。

 お前は誰一人落とさず発電機残り1台の時を迎えたぞ。

 

 流石に焦りを感じたのか、トラッパーが刃物を抜き、俺から離れていく。

 ……通り道に罠を仕掛けつつ。

 

「ガ、ハ、ゴホッ」

 

 口の中の血を吐き散らしていると、ようやく呼吸ができるようになってきた。

 エンティティが治したのか、何なのかは分からない。

 

「……すかさず修理か、やるじゃねぇか」

 

 見知らぬ男女2人組がせっせと発電機に触っているオーラが見える。

 さて対するシェリルは。

 

 ……随分と近いな。

 

「カラシナ、何というか……大丈夫?」

 

 横のジャングルジムからひょこっと顔を出したシェリルに、笑って答える。

 

「まったく大丈夫じゃねぇ。はやく助けてくれ」

 

「了解」

 

 シェリルに抱えられ、フックから降りる。

 途端に俺は膝をついた。

 

「あ、回復?」

 

 そうだけどそうじゃない。

 シェリルに背中をこねられながら、俺は必死に心を鎮めていた。

 

 怒りと恐怖。

 その二つが心の中で競り合っている。

 脚の震えは、いったいどちらの震えだろうか。

 

 ……ダメだ、こんな精神状態じゃ何も上手くいかない。

 切り換えろ、お前は助かった。次にするべき事は何だ?

 

「シェリル、他に修理が進んでいる発電機は?」

 

「え? あー……無い、かも」

 

 無い?

 

「あの発電機の修理後、何をしてた。チェスト漁りか?」

 

 あまり褒められた判断ではないが、もし鍵を引けば一気に優勢になる。

 あの2人組は両方リーチだ。どう足掻いたってどちらかは死ぬ。

 となれば修理された発電機4に対して生存者が3。

 脱出用ハッチが出現する条件は、修理された発電機数 − 生き残っている生存者 = 1、となっている事だ。

 すなわち、3人でハッチ脱出が可能になる。

 

 しかし、シェリルの返答は俺の予想の斜め下をいくものだった。

 

「いや、何というか。ずっとカラシナのオーラが見えてたから何か手伝いができないかなって思って……追いかけてたの」

 

「血の協定……俺からは見えなかったが」

 

 パークが発展途上なのだろうか。

 

 治療が終わる。

 シェリルが歩き始めた姿を見ていると、やはり速くなっているように感じる。

 

「可能なら、常に俺の16メートル以内にいてくれないか」

 

「それ、プロポーズだとしたら0点ね」

 

 黙って睨みつけると、シェリルが肩をすくめた。

 コイツ、自分は一度も吊られてねぇからって……!

 

 いや、落ち着け。

 もっと話すべきことがある。

 

「シェリル。おそらくだが、お前固有の能力ができつつある」

 

「……へぇ? ひょっとして、このちょっと足が速くなる現象のこと? 治療して暫くは元気になった分速くなれる、みたいな事かと思ってたけど」

 

 ああ、そういう解釈だったのか。

 流石に懇切丁寧にパーク内容を説明すると疑われる。

 多少ぼかして話すとしよう。

 

「16メートルほど離れた辺りで速度が戻った。おそらく怪我を治し合った者同士でいることがトリガーだ」

 

 俺の固有パークらしきものも、儀式の中で発達した様子だった。

 シェリルもそうなのだろう。

 

「だから血の協定ってわけ?」

 

「……」

 

 やばい、独り言が大きすぎた。

 どう誤魔化すか必死に思考を回していると、シェリルが軽く微笑んでいった。

 

「ネーミングセンスはあるね。じゃあ私達は血の協定を結んだわけだ」

 

 シェリルが手を差し伸べてくる。

 その瞬間、怒りと恐怖の板挟みで動かなかった身体がピクリと反応した。

 

 そうだ。今はまだ、立ち止まってる場合じゃない。

 

「……ああ。血の協定だ」

 

 膝の土をはらい、立ち上がる。

 そしてシェリルの手をがっしりと握った。

 

「時間が惜しい。さっさと発電機の場所に行くぞ」

 

 シェリルの笑顔がピシッと固まる。

 

「カラシナ、空気読まないねー」

 

 空気を読むことと生き残ることが直結しているのは現代社会ぐらいのものだ。

 この世界では何の意味もない。

 





君がまともに苦しんでいるようで嬉しく思うよ。
ゲームだったなら、そこで立ち止まらなかっただろう?


……血の協定……ふむ、協定か……
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