月曜日。
俺は学園に登校し、真面目に授業を受けていた。
「――おっと」
そんな俺の集中力を乱したのは、お隣から飛んできた見覚えのある異分子。
ルーズリーフを丸めた紙ボールだ。
『七瀬さんになんかあった?』
開くやいなや、送り主の目星がついた。
簡潔に『なんで?』とだけ書き、再び丸めて隣の席の瀬戸の顔に向けて投げる。
瀬戸は、前を見たまま器用に紙ボールをキャッチする。
相変わらず器用な奴だ。
『朝から教室にいないって』
そして相変わらず、瀬戸の反応は早い。
将来に向けた貴重な授業時間が不毛なやり取りでガリガリ削られていく。
『保健室にでも行ってるんじゃないか』
『それがいないんだって』
『そうか』
『気にならないの?』
自然な質問だ。
だから、俺も自然に答えることができる。
『ならない』
気になるはずがない。原因にはおおよそ見当がついてるんだから。
ストーカーに困ったりしてるわけでもないんだから。
『前にスクールカウンセラーの人と話してた件、知ってる子がいた』
なんだそれ。守秘義務はどうしたんだ。
いい加減に面倒だから返すのやめようかな。
『カウンセラー室に入る前の会話が、ちょっとだけ聞こえたらしいんだよね』
返さないからって、新しいルーズリーフを使って投げてくるな。
資源を大事にしろ。
『なんか、昔の友達と仲直りしたいとか』
「――――」
ほんの少しだけ、感情が揺れた。
でも、それは難なく俺の身体から過ぎ去っていった。
『それって桜井のことじゃないの?』
こんな質問をされたって、特に動揺したりはしない。
予想通りだ。全部、予想通り。
『そんなわけないだろ』
最初から最後まで、俺は瀬戸のコミュニケーション能力を無視し続けた。
瀬戸はそれ以上は何も書いてこなかったし、その後も何も言ってこなかった。
◆月曜夜
一年以上関わりがなかった女子と改めて縁が切れたからといって、劇的に世界が変わるわけではない。
放課後になれば俺はさっさと帰宅して、自室に籠るルーチンワークを繰り返す。
俺だけの空間。それは酷く広くて、気持ち悪いぐらいに気持ちの良いものだった。
ただ、この快適な空間には一つだけ邪魔な物が紛れ込んでいる。
「ここまでくると、呪いを越えて災いだな」
俺の視線の先にあるのは、昨日買ってきた文庫本。
彼女にオススメされるままに買った、田中先生の新作ライトノベルだ。
俺はこのたった二センチにも満たない、俺からすればはるかに小さな存在の放つ強烈な存在感に生活を脅かされている。
はじめは捨てようかと思った。
ただ、何かそれは違うな、という考えも俺の中にあった。
ここで逃げても、俺はこの存在に永遠に脅かされ続けるだろう。
それならここで立ち向かい、読破して、その世界を引き裂いて心の中へと嚥下してしまった方がずっといい。
一時的にお腹を壊すかもしれないが、いつかは消化されるのだから。
なあに、昨日やらかしたことにくらべれば大したことではない。
たかだか二、三百ページ分の文字を読むだけなのだから。
「――よし」
少しだけ気合を入れて、俺は本を読み始めた。