俺に恋愛なんてあり得ない   作:詩野聡一郎

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第二巻
残暑


 残暑とはよく言ったもので、すっかり季節感を失っていつまでも暑い最近の気候には、本当にピッタリな言葉だと思う。

 まあ、そんな暑さは背中から排熱して、失われた分の冷却資源を補給すればいいだけのこと。大した問題ではない。

 それより問題なのは、日々の義務と圧迫感の相乗効果で、俺の自律神経が失調寸前なことだ。

 

「はぁ…………」

 

 このままでは異常な暑さではなく、精神的な疲労で熱中症になってしまいそうだ。

 それを知ってか知らずか、大人達の電卓は俺一人の犠牲という答えを弾き出しているようだけど。

 

「どうしたの?」

 

 隣にいる栗色の生物がコンタクトを試みてくるが、それに応える気もさっぱり起きてこない。

 俺は飼育委員ではないし、新聞を見て暗号を見出せるほどの直観力も持ってない。

 要するに、未知の生物の言語も生態も俺にはわからないということ。

 そういうのは専門家に任せるに限る。

 

「桜井、おはよー」

「おはよう、瀬戸」

 

 茶髪の瀬戸愛美という本日初めての人類にようやく会えたので、俺は挨拶を返す。

 隣の生物は何らかの感情を表出しているようなのだが、俺にはわからないので無視をする。

 こういうのは瀬戸に任せておくと、とりあえず上手くいくというのが俺の経験則だ。

 

「紗花も。おはよう」

「おはよー愛美ちゃん」

 

 何でかは知らないが、朝は必ず名前を言って挨拶するというのがこの空間の不文律になっている。

 女子の感覚はよくわからないが、もしかしたらSNSのリプライのようなものなのかもしれない。

 まあ、正直に言ってそんなことはどうでもいい。眠いし。

 

「また喧嘩してるわけ?」

「あはは、なかなか許してくれないんだよね」

 

 またというかずっと喧嘩しているんだが、と言うと面倒なことになりそうなので、言わない。

 まあ実際、毎日新しい喧嘩とずっと続いてる喧嘩は、もしかしたら英文法では同じかも。

 ふぁ~、しかし眠いな。今なら立ったまま寝られそうだ。

 

「ところでなんで桜井は眠そうなの?」

「それは……その…………」

 

 ……。………。……………………。……………………………………………………。

 

「また長電話?」

「あはは」

 

 …………………………………………………………あ。今完全に寝ていたな。

 なんで睡眠時間を削ってまで通話で宿題に付き合わなければいけないんだ。

 というかあれは夏休み中か、せめて当日朝の学校で終わらせておくべきものだろ。

 延ばしに延ばして他力本願とか最悪だ。プライベートでは絶対に関わりたくないタイプ。

 なのにそんな相性最悪の相手と絶対に関わらなければいけない今の状況は最悪の極致だ。

 自分の自律神経の無駄な丈夫さが恨めしい。

 

「ねえ」

「え、何」

 

 脳がほとんど寝起きだった俺は、不覚にも声の主の識別能力を失っていた。

 何より口調をアレンジされていたので、声質の認識よりも先に言葉の意味を認識していた。

 だから、原始的な反射行動で声の主を見てしまう。

 

「おはよう、桜井くん」

 

 そのせいで栗色の生物――七瀬紗花と目が合う。

 七瀬の栗色の髪はすっかり伸びてセミロングになり、そこから僅かな範囲を反復している。

 要するに、ちょっとだけ長くなったりちょっと短くなったりするが、大差ないということ。

 

「さようなら」

 

 こういう時は急に立ち止まって相手を先に行かせると、さすがに気を使ってもらえるというのが俺の経験則だ。

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