俺に恋愛なんてあり得ない   作:詩野聡一郎

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参考

 

 もったいない精神の奴隷になってしまった俺は、やはり待ち合わせ場所のベンチで胃液の消化活動を待つことになった。

 瀬戸ならまだしも、紗花と三十分も話すのは気が触れてしまいそうだった。

 今の紗花が口を開くと、どうしても彼氏である浜田の話になってしまうようで、気分は相乗効果に悪化し、曖昧に相槌を打つので精一杯だった。

 おまけに相槌が曖昧だと、話がウケていないと思われてしまうようで、さらに別の浜田の話になるのだから最悪だ。

 奢られないで良かった。こんな調子じゃ、もう一度会えば自律神経が破壊されるどころか再起不能になってしまう。

 

「――あ、着いたよ」

 

 そしていつもの大型書店。その三階。

 ここまでくると、さすがに勘付いている。

 こりゃ瀬戸の入れ知恵だな。完全に同じプランだ。

 

「言われないでもわかってるよ」

 

 俺の一段上に立っている紗花が、一段分だけ先にエスカレーターから降りる。

 前は俺に気をつかって後ろについていてくれたのに、もう俺なんかのことは忘れてしまったらしい。

 時間の流れは残酷だな。

 そんな大きすぎる一般論を噛みしめながら、俺も三階に足を着ける。

 

「で、何しにきたんだ?」

 

 動く背中に聞いても、紗花は答えてくれない。

 おまけに歩くのはゆっくりだから、気を抜くとぶつかってしまいそうになる。

 さっきのエスカレーターといい、こんなに間近で紗花がそっぽを向いてしまうので、嫌でもその後ろ髪が目につく。

 今日は、少しだけ編み込みがあった。ストーカーがどうとかで紗花に付き合っていた時を、思い出すな。

 あれに気づいたのも、参考書があるこの三階だったし。

 

「ええっと……」

 

 ようやく立ち止まり、紗花が困ったような声を出す。

 ここは国語、英語、社会のコーナーがそろった文系の列。

 まあ、俺も文系科目が全く無関係というわけじゃないけども。

 

「なに?」

「その……」

「…………」

「…………」

「……早く言えよ」

「……参考書」

「え?」

「参考書、買いにきた……」

「そりゃそうだろ」

 

 わざわざこの階で、この場所で立ち止まるんだから、参考書を買う以外に用があるはずがない。

 ここまできて、「実は文庫本を買いにきたんです」なんて言って下の階に戻るなんて、意味不明すぎて笑えない冗談だろ。

 まあでも、参考書を買いに来るという嘘の約束が真実になったことだけは評価してる。

 村上はいてくれてないけどな。

 

「その……選んで欲しくて……」

「……は? なんで?」

「桜井くんに……あの……」

「なんでだよ」

「……アドバイス、してください…………」

「いや、俺、理系なんだけど」

 

 そりゃ、ぼっちで暇だけはあるから、文理問わずとりあえずで軒並み勉強はしてるけど、それにしたって文系一本の奴には敵わないと思う。

 紗花は交友関係広いんだから、同じ文系で成績の良い奴を呼べばいいのに。

 それこそ理系でもいいんだったら、彼氏の浜田にしろよ。

 

「それでもいいから……」

「じゃあ浜田に聞けば?」

「…………え、なんで?」

「あっそ。じゃあいいわ」

「え? え?」

 

 理解が追い付いてくれないどんくさい紗花を放置して、スマホを取り出す。

 なんだ? できすぎた彼氏を持つと相談するのも恥ずかしいってか?

 めんどくせぇなぁ乙女心ってやつはさ。それともあれか? 刷り込みか?

 勉強で困ったらとりあえず俺に聞いておけばいいやってインプリンティングされてんの?

 アホくさ。こんなことになるんだったら受験勉強教えなきゃよかった。

 それなら一緒の学園に通うことだってなか――ああいや、そしたら紗花は浜田と会えなかったのか。

 図らずとも恋のキューピッドになってしまったらしい。感謝して欲しいもんだな。どうぞお幸せに。

 

「あの……何してるの?」

「調べ物」

 

 俺一人の意見よりも、インターネットの集合知の方がまだマシだろう。

 だから、スマホでお馴染みの通販サイトを開いて、片っ端からレビューを見ていく。

 んー、まあこの辺りが手始めとしては無難か。今の紗花の成績なんてよくわからないし。

 

「…………」

「とりあえず、これとかどう?」

「ああ、うん……」

 

 紗花に向かってスマホを差し出す。

 カップルみたいに横並びで見たくはないので、逆さにして、向かい合わせに。

 紗花が俺のスマホを受け取る時に、指先が触れなくて安心して、気が抜ける。

 

「……うん、じゃあこれ――――」

 

 画面に踊る文字の説得力に納得しかけた紗花の顔が上がり、しかし急に目を見開いて、画面に戻る。

 え、なんかあった? 画面バキバキに割れてたか?

 まだ買ったばっかで綺麗だったと思うんだけど。

 

「なに?」

「これ……」

「…………」

「これ…………変えたの?」

「……え」

「スマホ、変えたよね?」

「――――ちっ」

 

 あまりしないようにしていたのに、思わず小学生の頃の癖で舌打ちをしてしまった。

 ちょっと気を抜いてしまっていた。紗花に見せるなんて考えてなかったものだから。

 まあでも、冷静に考えれば気づかれたって別に問題ない。紗花も変えてるだろうし。

 浜田とお揃いにでもしてるだろ、どうせ。

 

「なんで……?」

「…………」

「なんで変えたの……?」

「……いや、別に……」

「なんで? ねぇ」

「壊れたんだよ。壊れたら変えるだろ」

「…………そう、なんだ……」

「そうなんですよ」

 

 なんでそんな傷ついたような顔するのかなぁ。

 やめてくれよ。勘違いしてしまいそうになる。

 さすがにいつまでも引きずってられないからさぁ。いいだろ? 機種変ぐらい。

 それともあれか? 昔の恋人の持ち物とか取っておくタイプ? それは男の方だってよく聞くんだけどなぁ。

 まあ、恋人同士だった時なんて一瞬たりともないんだけど、さ。

 

「わかった……じゃあ、いいや……」

「あっそ」

「…………」

「はい、これ」

 

 先ほど「手始め」と見当をつけた参考書を棚から抜き出して、いつまでも俺のスマホを握ったままの紗花に差し出す。

 

「ああ、うん……」

 

 そして、紗花の片手が参考書を受け取ったのを見計らって、もう片方の手からスマホを奪い取る。

 触れないように。でも、素早く。

 

「あっ――――」

 

 紗花の手が名残惜しそうに伸びた気がしたけど、まあ、きっと錯覚の所有感だと思う。

 そうでなきゃ、おかしい。さもなければ、錯覚の連帯感かなにかだろ。

 

「自分に合うかどうか、目を通してみて」

「……うん」

 

 頷く紗花の表情は、少し落ち込んでいるようにも見えた。

 そこに、自分に都合が良いだけの何かを見出してしまいそうになるので、気を散らすためにゲームをしようにも、今はスマホを目に入れるだけで同じ轍を踏みそうなので、紗花から少し距離を取って俺も棚を眺めるぐらいしかやることはない。

 

 

 本当に、こいつと出かけるとろくなことにならないな。

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