では、どうぞ。
ほんの小さな蟠りを残したまま俺達は本の背表紙を次々と確認していく。それでも大概は“色彩のいろは”や“風景の書き方”等の少なくとも今の俺達には全く無用の本ばかりが陳列されている。
この本棚も確認をし終わり未だ本棚とにらめっこをしているイヴちゃんを待っていると、ふと隣の本棚が視界の端に映りそちらを向く。するとほかのホントは何やら毛色の違う本が一冊俺の思考の中に飛び込んでくる。
『キャンパスの中の女たち』
一体この本はどんな事が書かれているのだろうか。彼女達の行動原理か、はたまたモデルとなった女性の事なのか。前者なのであればそれはありがたい情報なのだが果たして如何なものか。そんな仄かに淡い期待を寄せつつ俺は本を開くと、『赤い服の女』の説明文の後にこう付けられていた。
“『ここの女性は すぐに人のものを欲しがる
目をつけられると 大変厄介である』
『なんせ彼女たちは 自分が満足するまで
執拗に 追いかけてくるからである』
『どこまでも どこまでも どこまでも……』
『弱点があるとすれば 彼女たちは自分で
扉を開けることが できないことだ』”
「うん知ってる。」なんて言葉がまず初めに頭に思い浮かんだ。そりゃここでこうしてのんびりと本を読めているのだって彼女が扉を開けられないからだし。
しかしこれでひとつ確証を得られたのはでかい。これで今後アイツに襲われた際に無駄な事を考えずに扉を探す事だけを目指して逃げればいいって事だ。
「なるほどねぇ……。こりゃいい情報だわ。」
俺がそう零すとイヴちゃんは何事かとこちらに顔を向ける。そして俺が手に持っているものを見た次の瞬間には顰めっ面をしてこちらを睨んでいるように見える表情をしていた。一体何がそんなに彼女のカンに障ったのだろうか。
「えっと……なんでそんな怖い顔して俺の方を見てるのかな?ちょっとそんな表情を向けられるような心当たりがないんだけど……。」
俺がイヴちゃんにそう言うとイヴちゃんは眉間に更に皺を寄せて頬を膨らませる。正直とても微笑ましい光景に見えるのだが、ここでそんな事を言ったら口を聞いてくれなくなりそうなので黙っておく。
「お兄さん!それ!」
“それ”と言いながらイヴちゃんは俺が持っている本を指さす。確認の為本を少し持ち上げて俺も指をさして首を傾げると彼女はゆっくりと大きく頷く。この本が一体なんなんだと言うのか。そう思っていると再びイヴちゃんは口を開き始める。
「その本はどこから取ったの!」
「え?今イヴちゃんが見てた本棚の隣からだけど……。」
一体何故こんな事を聞かれているのか。俺の頭の中にははてなマークがいくつも浮いているのだが、そんな事はお構い無しにイヴちゃんは話を進める。
「何でわたしを待ってくれなかったの!」
「いや、まだそこの本棚の確認で大変そうだったから待ってたんだけどつい目がそっちの方を見ちゃったんだ。……なんかゴメンね?」
俺がそう言うと何故かイヴちゃんの目に涙が溜まっていく。急な事にびっくりしてしまいどうしていいか分からず体が硬直してしまった俺を気にも掛けずイヴちゃんは感情のままに口を開く。
「やっとわたしもお兄さんの役に立てるって……お兄さんと一緒に何か出来るって思ってたのに……。なのにいつも゛お゛兄゛さ゛ん゛だ゛け゛先゛に゛行゛っち゛ゃ゛って゛……」
ヤバい。ついに泣き出してしまった。こんな時どうすればいいんだ。そうだ俺の昔とかドラマとかで子供をあやしてるシーンを思い出そう!昔はどうだったドラマはどうだった……そうだ!抱きしめて頭とか背中を撫でてたな!よし!早速実行しよう!
俺はイヴちゃんに視線を合わせるように膝立ちになって優しく抱きしめる。その時右手はイヴちゃんの頭を落ち着かせる様に、あやす様にゆっくりと撫でる。……この後はどうすればいいんだ?……取り敢えず心から謝ろう。そして一緒に頑張ろう的な事を言おう。
「ごめんねイヴちゃん。そんなつもりはなかったんだけど寂しい思いをさせちゃったね。これからは俺も気をつけるから一緒に頑張って脱出しようね。」
そう言いながらも右手はずっとイヴちゃんの頭を撫でている。……世の中の子供のいる方々はこういうことを普通にしないといけないんだから大変だよなぁ。俺の両親もこんな事してくれたっけ?……母さんにはされた気がするけど父さんはないな。まぁ俺が男だったってのもあるだろう。
幾分か経ち涙の収まったイヴちゃんは俺の腕の中でモゾモゾと動き始めた。正直頭を撫でるのも疲れてきた頃合いだしもう良いかと思い抱きしめていた力を弱め離れようとすると何故かイヴちゃんは俺にしがみついて離れようとしない。
「……イヴちゃん?俺そろそろ膝立ち疲れたなーって思ってるんだけど……。」
「……もっとあたまなでて。」
そう言いながら頭を俺の肩に押し付けてくる。これまでの精神的疲労が爆発したのかあってからここに来るまでのどの時より甘えてきている。しかしまぁイヴちゃんは小学生なのだし今までがしっかりし過ぎていた気もするのでこれくらいは許容範囲内だろう。
しかし頭撫でるだけなら背表紙の確認もしながらできるだろう。そう思った俺は
「さて。じゃあどんどん気になる本を探そうか。」
イヴちゃんが頷いたのを確認した俺は隣の本棚へと体を向ける。元あった場所に『キャンパスの中の女たち』を戻すと、もうひとつ隣の本棚へと1歩2歩と歩みを進める。次の本棚にも何かあることを信じて……。
今回は子供の癇癪を意識して泣かせてみました。なんか子供の泣くところって好きなわけじゃないけど見てるとホッコリしてくるんですよね。なんででしょう?おもちゃ売り場で欲しいものを買って貰えないから泣いてるところとか可愛すぎて辛いです。
ではまた次回。