レーセル帝国物語 皇女リディアはタメグチ近衛兵に恋しています。   作:日暮ミミ

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6・皇位継承……⑴

 リディアは父の口から飛び出した言葉に耳を疑い、デニスと顔を見合わせた。

 

「お父さま? 皇位を譲られる、って……。本気で仰っているのですか?」

 

「ああ、もちろん本気だよ。そなたに皇帝の位を譲り、デニスには八〇年ぶりに即位する女皇帝の夫になってもらうつもりだ」

 

 冗談を言うのが苦手な父が言うのだから、もちろん本気なのだろう。が、少し早すぎはしないだろうか?

 

 父イヴァンはまだ四〇代の前半である。隠居(いんきょ)するには若すぎる。リディア自身も、皇位を継ぐのは二〇代に入ってからだと思っていたのだ。

 

 一体何が、もしくは誰が、父にこれほど早い決断を(せま)ったのだろう――?

 

「いや、カルロスどのが国王として即位する旨を聞いてな。私も少し早すぎるとは思ったが、譲位(じょうい)を決断したのだ。リディアもこの国では既に立派な成人だ。即位しても、何ら問題はあるまい?」

 

「わたしは別に構いませんが……。帝国議会の重臣(じゅうしん)達が認めてくれるでしょうか?」

 

 この国の政治は、皇族だけで(つかさど)っているわけではないのだ。帝国議会の承認が得られなければ、皇族は政治的なことは何も決められない。

 

 そして、(すぐ)れた軍人でありながら優れた政治家でもある父イヴァンは、帝国議会の重臣達から大変(した)われている。本人が「隠居する」と言っても、そう簡単に手放さないのではないだろうか?

 

「そうだな。重臣達への根回(ねまわ)しはまだこれからだが、そなたへの譲位ならば、彼らもすんなりと認めるであろう。案ずるな」

 

 十二歳の頃から次期皇帝として、父の施政(しせい)を手伝っていたリディアである。さらに、女性でありながら凄腕(すごうで)の剣士でもあり、頭も切れる。まだ若いが、皇帝としての器量(きりょう)は充分に備わっているはずだ。

 

「はい」

 

 リディアは頷いた。まだ実感は湧かないけれど、近く自分が皇帝になるのだと思うと、身が引き締まる思いだった。

 

「それともう一つ、二人に伝えておくことがある。リディアの戴冠(たいかん)式の日に、同時にそなたら二人の婚礼の儀も執り行うこととする」

 

「「はい!」」

 

 思いもよらぬ展開に、それも好ましい展開に、リディアとデニスは二人して顔を(ほころ)ばせる。二人は身分を越えて、夫婦として結ばれるのだ。リディア達にとって、これ以上の喜びはないだろう。

 

「デニスよ、そなたはもう宿舎に戻った方がよい。傷を負っているのだから、早めに休むがよかろう」

 

 父は唐突に、デニスに命じた。他の使用人が聞けば、負傷した彼を(おもんばか)っての命令だと思うだろう。が、リディアは父が自分と父娘水入らずで話したいのだろうと察した。

 

「はい。陛下、お心遣い感謝致します。では失礼致します! ――リディア、おやすみ」

 

 退出していくデニスに、リディアは微笑みかける。そして、父娘二人だけになった寝室で、彼女のベッドの(ふち)に、娘と隣り合う形でイヴァンが腰を下ろした。

 

 

「――お父さま、父娘二人で語らうのは久しぶりですね」

 

「……ああ、そうだな」

 

 彼は娘の顔色を窺うように頷く。――確かに、リディアと二人きりでこうして話すのは久しぶりかもしれない。

 

 彼女が成長してからは、城を留守にして遠征(えんせい)だ外交だと国外へ出向き、忙しさにかまけて()()()()()として娘と接する機会は減っていた。たまに語ることといえば、政治に関する内容ばかりだったように思う。

 

「先ほどデニスを退室させたのは、彼に聞かせたくない話があるからではありません?」

 

 父の性格を知り尽くしているリディアは、父が自分と二人になりたかった理由をそう推理した。

 

「ハハ、見抜かれていたのか。近く娘婿(むすめむこ)になるとはいえ、家臣に弱みを見せるのはどうかと思ってな……」

 

 ――やっぱりだ。父は自尊心が強い。友人であるデニスの父ガルシアにも、ジョンの父ステファンにも、弱みを見せたことがないのだ。

 

「実はな、リディア。私は此度(こたび)の件で、皇帝としての自信を失ったのだよ」

 

「と、仰いますと?」

 

 リディア自身、父が弱音(よわね)を吐いている姿を見るのは久しぶりだ。彼女は瞬いた。

 

「私はサルディーノの(くわだ)てを見抜くことができなかった。知ってからも、何も手を打たなかった。そなたは早い段階から、ヤツの本性を見破っていたのだろう? ……私は、皇帝失格だな」

 

 嘲るように、悲しげにイヴァンは笑う。

 

「そんなことありません。わたしだって、後悔しているんです。わたしが気を抜いていなければ、デニスはあの時ケガをせずに済んだのに……」

 

 そのことを、デニスには言わなかった。言えば、彼は気にするだろうから。「お前のせいじゃない」と言って、彼女を責めずに自分の責任だと思ってしまうだろうから……。

 

「そなたのことを責める者などおるまい。あれが近衛兵の務めだ。あの傷は、名誉(めいよ)の負傷だ。そなたが気に()む必要はない」

 

 (なぐさ)めるように、背中をトントン叩いてくれる父に、リディアは何だか救われた気がして思わず涙腺(るいせん)(ゆる)みかけた。(あふ)れる寸前の涙を指でそっと拭う。

 

「……はい」

 

 頷いてから、リディアは言葉を続けた。

 

「分かってはいるんです。護衛をしてもらっている以上、危険な目に遭う心配は常に付きまとうのだと。覚悟はできていたつもりだったのに、実際に彼が傷付けられたら、急に目の前が真っ暗になった気がして」

 

 彼がもし死んでしまったら? ……そんな恐ろしい考えが、ふと頭をよぎったのだと、父に打ち明ける。

 

「実は先ほどデニスの前で、大泣きに泣きました。彼がかすり傷で済んだことにホッとして……。その時に分かったんです。この涙は、わたしが彼のことを本気で愛している証なのだと」

 

「そうか」

 

 父は一言だけ答えた。

 

 彼もまた、妻である皇后マリアンを亡くした時には涙を流したのだ。それも、まだ幼かった娘のリディアの前では泣きたくなかったので、一人でひっそりと泣いたものだ。だから、娘の気持ちは痛いほど分かる。

 

「――実はな、リディア。私がデニスに退室を命じたのは、弱音を聞かせたくなかっただけではないのだよ。次期皇帝であるそなただけに聞いてほしい話があってな」

 

「はあ……。何でしょうか?」

 

 娘の護衛官であり,近々娘婿となるデニスにも聞かれたくない話とは何だろう? 皇位継承に関する話だろうか?

 

「皇位を継承するにあたり、軍の人事をそなたに任せたいのだ。その件も合わせて、帝国議会には私から根回しをしておく」

 

「わたしが、人事を?」

 

 リディアは目を瞠った。〝人事が皇帝の務め〟だということを、この時初めて知ったのだ。

 

「ああ、そうだとも。人選はそなたに(ゆだ)ねる。しがらみや慣習に捉われることなく、自由に適任者を選びなさい」

 

「はい。――いつまでに任命状を書けば?」

 

「そうだな……。戴冠式は一月(ひとつき)後を予定している。だから、それまでには」

 

「分かりました。一月もあれば、納得のいく人選ができるでしょう」

 

 リディアは頷いた。どのみち、議会への根回しや戴冠式の準備などに一月は(つい)やされるだろう。

 

「ああ、そうだ。私から一つ、提案がある。デニスには、近衛軍団長の(にん)を与えようと思っているのだが。そなたはどう思う?」

 

「ええ、わたしも大賛成ですわ!」

 

 皇帝の夫になるのだから、それ相応(そうおう)の地位を与えるべきである。一介の兵士のままというわけにはいかないのだ。

 

 まだ成人したばかりの若輩者(じゃくはいもの)だが、二代の皇帝が任命すれば、重臣達も反対できまい。

 

「そうか。まだ期間はある。じっくり考えるがよい。では、今宵(こよい)はゆっくり休みなさい。カルロスどのが発つのは、明日の午後だそうだ」

 

「はい。お父さま、おやすみなさいませ」

 

 父が部屋を出ていき、一人になると、リディアは再びベッドに横たわり、目を閉じた。

 

 今日一日、特に夕刻からは色々なことが起こりすぎて、まだ頭の中がゴチャゴチャしている。少し頭の中を整理しないと、今夜は眠れそうにない。

 

 愛しいデニスが自分を庇ったせいで傷を負ってしまった。それが原因で、自分の中にも「殺意」という(みにく)い感情があると自覚した。

 

 デニスの負った傷がかすり傷だと分かり、彼が生きていてくれてよかったと安堵する一方で、彼がこの世からいなくなってしまうことを怖いと感じた。それが、真実の愛なのだと改めて気づいた。

 

 そして、彼との結婚を父に認められ、父から皇位を継承されることとなり――。

 

(……あ、そうだわ。軍の人事!)

 

 デニスが近衛軍団長の任に()くことは、とりあえず内定した。となれば、ジョンにも何か地位を与えた方がいいだろうか? そうでなければ不公平かもしれない。

 

(そういえば、帝国軍は今、将軍不在だったわね)

 

 六年前からずっと、ジョンの父ステファンとデニスの父ガルシアとの将軍の地位を巡る個人的な争いは、まだ収拾(しゅうしゅう)がつかずにいる。

 

 いい機会だから、いっそジョンを将軍に据えてしまおうか? いや、序列(じょれつ)でいえば父親のステファンの方が先? それとも、皇帝の義父となるガルシアか。――でも、それでは本末(ほんまつ)転倒(てんとう)

 

「う~~~~ん……」

 

 誰もが納得する人事は、どうしたらできるのだろう? リディアは悩んだ。

 

(まあいいわ。一月の猶予(ゆうよ)があるんだもの。急いで決める必要はないわよね)

 

 二人とよく相談して、できれば彼らの希望も聞いて、じっくり考えてから結論を出しても遅いことはないだろう。

 

(まずは、明日よね)

 

 帰国するカルロスを見送った後、父の口からリディアとデニスとの婚約が発表され、それと同時におそらく、彼女が皇帝として即位することも国民に()げられるのだろう。

 

 ジョンは、祝福してくれるだろうか? そして今度こそ、自分の想いを打ち明けてくれるのだろうか――? リディアはどうしても、彼自身の口から聞きたかった。彼がデニスと同じく大切な幼なじみだということは、この先も一生変わらないのだから。

 

 気づかないうちに彼女の意識は遠のき、いつの間にか眠りの世界へと引き込まれていった。

 

 

****

 

 

 ――翌日の昼下がり。

 

「イヴァン陛下、リディア様、そしてデニスどの。この度は、大変お世話になりました。慌ただしく帰国する旨、申し訳ありません」

 

 豪奢(ごうしゃ)な馬車を中心として騎馬(きば)隊で組まれた隊列の先頭で、カルロスは三人に丁寧に謝辞(しゃじ)と詫びの言葉を述べた。

 

「我が伯父・サルディーノの件では、多大な迷惑をおかけしてしまいましたね。重ねてお詫び申し上げます」

 

「いえ、そんな! 頭をお上げ下さい! あなたが詫びる必要はございませんわ。あなたが一番の被害者なのですから」

 

 必死に謝る隣国の王子――いや、もうすぐ国王か――を、リディアは慰める。

 

「私はあなたから忠告を受けなければ、スラバットも帝国も、危うく滅ぼしてしまうところでした。リディア様、このご恩は一生忘れません」

 

 彼はまた、深々と頭を下げた。

 

「いいえ、わたしは何も、特別なことはしておりませんわ。全ては、あなた自身が決断なさったことです。今後は、あなたが国と国民を立派に守っていって下さいませ」

 

 彼はこの先、国王として傾きかけたスラバットの国を建て直さなければならない。若き王にとっては(いばら)の道だろうが、彼ならきっと立派にやり遂げるに違いない。

 

「デニスどの、腕はまだ痛みますか?」

 

 今は軍服の袖に隠れて見えない(デニス)の腕の傷を、カルロスは心配した。

 

「いえ、もう大丈夫です。元々かすり傷ですし、自分は打たれ強いので。ご心配頂き、恐縮です」

 

「サルディーノの処遇は、どうなさるおつもりですの?」

 

 リディアが問う。カルロスにしてみれば、身内の情も、自身が言いなりになっていたという弱みもあるのだろうけれど……。

 

「伯父には、監獄(かんごく)に入って反省してもらうことにしました。見せしめとして、絞首(こうしゅ)刑にすることも考えたのですが、さすがにそれは伯父が可哀相(かわいそう)なので……」

 

 やっぱり情を挟んでしまったらしい。リディアは彼を甘いと思ったが、その優しさが彼のよさなのだと理解した。「そうですか」とだけ、彼女は頷く。

 

「実は、まだ発表前なので内密なのですが。わたしも一月後に、皇帝として即位することになったのです。父からの譲位という形で」

 

 国家機密である事実を、国民の前に他国の君主に漏らすのはどうかと思ったが、彼とは今後友好を深めていくつもりなので、ためらいはなかった。

 

「そうですか! おめでとうございます。あなたが皇帝となれば、この国はいまよりずっと栄えていくでしょうね。楽しみです」

 

「はい、ありがとうございます! わたし、頑張ってこの国をよりよい国にしますわ!」

 

 カルロスに微笑みかけられ、リディアは俄然(がぜん)やる気になる。もちろん、今のままでも充分いい国ではあるのだけれど。

 

「デニスどの、君がしっかりとリディア様を支えて差し上げて下さい。……婚約なさっているそうだね?」

 

「はい、……ぅえっ!?」

 

 畏まってカルロスに頷いたデニスは、後半部分の囁きを聞いて思わず()頓狂(とんきょう)な声を上げてしまった。その囁きはリディアの耳には入らなかったらしく、隣りで「なにごと?」と怪訝そうな顔をしている。

 

「ど……、どうしてご存じなんですか?」

 

「イヴァン陛下から打ち明けられたんだ。我々が帰国した後、国民に発表するとね」

 

 うろたえつつ小声で訊ねるデニスに、カルロスも小声で答えた。

 

 ――いよいよ、スラバット一行(いっこう)の出発が迫ってきた。

 

「リディア様、国が落ち着きましたらまた参ります。スラバットへも、ぜひお越し下さいね。お待ちしております」

 

 カルロスはそう言って、隊列の中央の豪奢な馬車に乗り込んだ。

 

「ええ、ぜひ参りますわ。カルロス様、また手紙を書いて下さいね」

 

「リディア、デニス。新婚旅行はスラバットに決定だな」

 

 父イヴァンの言葉に、二人は笑顔で頷く。それは名案だと、三人の意見が一致したらしい。

 

「それでは皆様、お元気で!」

 

 馬車の中から手を振りながら、叫ぶカルロスとその従者達が見えなくなると、レムルの城下町からわらわらと、町の住民達が城の前の広場に集まってきた。中にはシェスタや別の地方からはるばる来たらしい国民の姿もチラホラ見える。

 

 そして、城からも兵士や女官などの侍従達が出てきた。その中には当然ながら、ジョンやエマの姿も……。

 

 実は、これからこの広場でイヴァンが重大発表をすることは、午前中に国中の人々に伝わっていたのだ。伝書鳩(でんしょばと)を使って。

 

「愛するレーセル帝国民の皆さん。今日はわざわざ集まって下さったことに、心から感謝申し上げたい。今日は私から、皆さんに発表したいことが二つあります」

 

 そこで一旦言葉を切った彼を、国民一同は――侍従達もだが――注視する。

 

「まず、我が娘のリディア・エルヴァ―トと近衛軍団所属の兵士デニス・ローレアがこの度、結婚することとなりました。一月後に、大聖堂にて二人の婚礼の儀を執り行います」

 

 リディアがデニスと共に笑顔でお辞儀すると、二人はたちまち拍手と大歓声の渦中(かちゅう)になった。

 

 リディアはその中で、一人複雑そうな表情を浮かべている人物を見つける。

 

(……ジョン?)

 

 彼のこんな表情を見たのは、二週間近く前に港町シェスタでデニスと両想いになったと打ち明けた時以来、二度目だ。

 

 きっと彼の中では今も、デニスへの嫉妬心や、家臣なのだから祝福せねばという忠誠心や、それでも(おさ)えきれないリディアへの想いがせめぎ合っているのだろう。

 

(やっぱり、後で話を聞いた方がよさそうね)

 

 彼の気持ちがはっきりしなければ、安心してデニスと結婚できない。リディアはそう思った。それは、デニスもジョンも両方大切に思っている彼女の優しさからだった。

 

「――そして、二人の婚礼の日をもって、私は皇帝の位を退(しりぞ)き、リディアにその位を譲ることにしました。婚礼の日、新皇帝の戴冠式も執り行います」

 

 お祝いムードが広がっていた広場は、イヴァン皇帝からもたらされた二つめの発表に、水を打ったようにしんと静まり返る。こちらもめでたい発表には違いないのだけれど、国民には「レーセル帝国にこの人あり」と言われているイヴァンの退位がよほど衝撃的だったらしい。

 

「皆さん、さように落胆しないで頂きたい。我が娘リディアは歳こそまだ若いが、皇帝としての器量は申し(ぶん)ない。必ずや私のように……いや、私以上に立派な皇帝になってくれると私は信じています。だから皆さんも、娘を信じてついていってほしい!」

 

「お父さま……」

 

 父の熱弁に、リディアの胸は熱くなった。これだけ大きな期待を寄せてくれているのならば、何としても父の想いに報いたい。

 

 彼女は自分の決意を伝えようと、広場の人々に対して演説を始めた。

 

「皆様、わたしは父も申し上げた通り、まだ若くて未熟者です。即位しても、父のようにはいかないかもしれません。ですが、『この国をよりよい国にしたい』という想いは、父にも負けません。ですから、わたしはここで(ちか)いましょう。必ずや、このレーセル帝国をより豊かで実りある国にすると。そして、わたしの心は、想いは、いつもあなた(がた)国民とともにあると」

 

 思いの(ほか)、熱の込もった演説になってしまった。話し終えたリディアが大きく息を吐いて一礼すると、広場は再び人々の笑顔と割れんばかりの拍手に包まれた。

 

 

『姫様がいてくれたら、この国は安泰だ』

 

『あなたが皇帝となれば、この国は今よりずっと栄えていくでしょうね』――

 

 

 シェスタの町民や、カルロス王子の言葉がリディアの脳裏(のうり)に蘇る。顔を上げた彼女は、胸が(おど)るのを感じた。

 

 今見ているこの光景は、自分が皇帝として認められた証なのだ。この寛容(かんよう)な国民性が、リディアは幼い頃から大好きだ。

 

(そうよね、わたしは一人じゃないんだわ)

 

 デニスがいる。ジョンがいる。ガルシアもステファンもいる。エマも、大臣も、城の侍従達も、兵士達もいる。父イヴァンだって、まだまだ元気でいてくれるだろう。

 

 彼女は自身の身近な人々のことを想い、ここに集まっている国民達の姿を見つめた。

 こんなに多く、自分を支持(しじ)してくれる人々がいるのだ。きっと自分は、立派な皇帝になれる。何の根拠もないけれど、リディアはそう確信したのだった。

 

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