レーセル帝国物語 皇女リディアはタメグチ近衛兵に恋しています。   作:日暮ミミ

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2・港町の悲喜こもごも⑴

 デニスが見つけた宿は、海岸線のすぐ側にあった。

 

「いらっしゃいませ! ――あらあら、まあ! これはこれは姫様、ようこそお()し下さいました!」

 

 よく太った陽気な宿のおかみは、リディア達三人が町人風の格好をしているにもかかわらず、いともあっさり正体を見抜いてしまった。もみ手せんばかりに、ニコニコと彼女らを出迎える。

 

「……変装、意味なかったみたいだな」

 

「そうね……」

 

 デニスとリディアは、そっと(ささや)きあう。

 

 いくら服装を変えたところで、皇族の(あかし)である彼女の髪と瞳の色はよく目立つので、バレてしまったのも当然の結果といえよう。

 

 とはいえ、バレてしまったものは仕方ないので、リディアも愛想(あいそ)よくおかみに挨拶した。

 

「おかみさん、今夜はお世話になりますね。――宿代(やどだい)は、一人につきおいくら?」

 

 すると、おかみは大慌て。

 

「とんでもない! 皇族の方からお代を頂くなんて、(おそ)れ多いことはできませんよ!」

 

「そういうわけにもいかないでしょう? あなた方にだって、暮らしがあるんですもの。キチンとお金は払わせて。お願い」

 

 皇族だからといって、特別扱いされることが嫌いなリディアは、負けじと食い下がる。

 

 皇女の真摯な眼差しに(こん)負けしたのか、おかみはついに折れた。

 

「分かりました、姫様。お一人様につき、一泊一〇ガレ頂きます」

 

「じゃあ、三人だと三〇ガレね」

 

 リディアは財布(さいふ)として使っている(きぬ)の袋から、銀貨を五枚取り出してカウンターに置いた。おかみにニッコリ微笑む。

 

「二〇ガレはチップよ」

 

「姫様、ありがとうございます!」

 

 リディアの心遣いに、おかみは心から感激した。

 

「お部屋は(ふた)部屋お取りしますね。二階になります。お荷物、お運びしましょうか?」

 

「いえ、大丈夫です。それより、馬を預かってもらっていいかしら? あと、エサも」

 

「かしこまりました」

 

 おかみは(こころよ)く頷き、別の客室で清掃をしていたらしい小間(こま)使(づか)いの男性を呼んだ。馬の世話は、彼に任せるらしい。

 

「では、姫様とお連れの殿方(とのがた)。客室へご案内致します」

 

 おかみの案内で、リディア達三人は二階の客室に通された。

 

 

****

 

 

 ――リディアは一人部屋、デニスとジョンは男同士で二人部屋を使うことになった。

 

 この宿では、食事は宿泊客と宿の従業員とが一緒に、一階の食堂で()ることになっている。

 

 この日の夕食の献立(こんだて)は、パンに魚介類たっぷりのブイヤベース、それに大きなエビの()し物。漁業(ぎょぎょう)で栄えている町なので、普段から魚介類を使った料理が多いらしい。

 

 リディアもジョンも、舌鼓(したつづみ)を打ちながら料理を味わっていたが、食欲旺盛なデニスはというと……。

 

「ジョン、お前のパン分けてくんねえ?」

 

 自分の分のパンだけでは()りなかったらしく、ジョンの分のパンまで欲しがる始末(しまつ)

 

「デニス! みっともないから、そういうことはやめなさいって!」

 

 行儀の悪い彼を、リディアが小声でたしなめた。城内ですらみっともないのに、旅先でまで恥を(さら)すのはやめてほしい。

 

「パンのお()わりなら、わたしがもらってきてあげるから」

 

「いえ、リディア様。俺が……」

 

 ジョンが気を()かせてくれようとするが、リディアは「いえ、いいの」とそれを断る。

 

「わたしが行ってくるから。あなた達は、座って待っていて」

 

 この宿のおかみはプレナの出身だとデニスが言っていたから、パンのお代わりをもらうついでに話を聞こう、と彼女は考えていたのである。

 

「じゃあ、行ってくるわね」

 

 テーブルの上のバスケットを手にして、リディアはおかみのいる厨房(ちゅうぼう)へ足を運んだ。

 

「――おかみさん、すみません。パンのお代わりを……」

 

 声をかけたが、返事はない。どうしたのかとリディアが首を傾げると、おかみは物憂(ものう)げな表情で窓の外をじっと見つめていた。窓の外は、すぐ海だ。

 

 

「海の向こうは、プレナですよね」

 

 

「!? ……姫様! すみませんね、気づきませんで」

 

 リディアがすぐ側に行って再び声をかけると、おかみはハッと我に返る。申し訳なさそうな、それでいて少し悲しげな笑顔をリディアに向けた。

 

「ええ、(わたし)故郷(こきょう)です。二十年前にあの国から、ここへ(とつ)いできたんですよ」

 

「二十年……ですか。あの国が今、大変なことになっているのはご存じですか?」

 

 リディアはそう訊いたが、この女性は多分知っているだろうなと思った。

 

「ええ、知っています。故郷の家族が、手紙で知らせてくれましたので」

 

「そうですか。ご心配でしょうね」

 

 彼女はきっと、この窓から毎日、海の向こうの祖国を(なが)めては、故郷に残っている親族に思いを()せ、無事を願っているのだろう。

 

「――あ、そうそう! パンのお代わりでしたね。おいくつ入れましょうか?」

 

 おかみはリディアが厨房までやってきた理由を、やっと思い出した。

 

「ええと、二つ……で足りると思います」

 

「少々お待ち下さいね」

 

 おかみはそう言って奥の食料貯蔵庫(パントリー)まで入っていくと、パンの(かたまり)を二つ、紙に(くる)んで戻ってきた。この国のパンは、特殊な製造方法によってカビが()えにくいのだ。

 

「お待たせしました。お連れの方がお待ちでしょうから、お早めに持って行ってあげて下さいな」

 

 パンの包みをバスケットに入れてもらったリディアは、「ありがとう、そうします」とおかみに礼を言った。

 

「ではおかみさん、後ほどお部屋に伺っても構いませんか? 故郷のプレナのお話、もっと詳しく聞かせて下さい」

 

「……ええ」

 

 おかみが頷いたので、リディアは「失礼します」と彼女に頭を下げ、デニスとジョンの待つ食堂に急いで戻っていった。

 

 その後もリディア達は食事を続けたが、彼女がもらって来た二つのパンを、デニスがあっという間に|平《たい)らげたことは言うまでもない。

 

 

****

 

 

 ――夜の(とばり)が下りた頃、リディアは客室を出て、階下(かいか)のおかみの寝室へ向かった。

 

「まだ起きていらっしゃるかしら……」

 

 この国ではまだ一般的には流通していない懐中時計を確かめながら、彼女は呟く。

 

 時刻は夜九時。就寝するにはまだ早いと思うけれど、今日は急きょ皇族(リディア)が宿泊することになり、しかもつい先刻まで食堂では(さか)()りが行われていたので、おかみは給仕(きゅうじ)やら後片付けやらでバタバタしていた。だから、もう疲れて休んでいるかもしれない。

 

 酒盛りの席では、リディアも手伝いを申し出たのだが、おかみからは困った顔で、「お客様に、それも姫様に手伝って頂くなんてとんでもない!」と断られた。

 

「ですが、姫様のお優しいお気持ちだけは、ありがたく頂いておきますね」と、おかみは嬉しそうでもあった。

 

(わたしって、そんなに優しいのかしら?)

 

 リディアは一階の暗い廊下を、左手に持つランタンの(あか)りで照らして歩きながら、首を傾げる。

 

 自分では、当たり前のことをしようとしているだけなのだけれど。民を(いつく)しみ、(いたわ)ることこそ、君主としての基本姿勢なのではないだろうか?

 

「――あ、この部屋だわ」

 

 廊下をつき当たったところに、おかみの寝室はあった。客室のドアとは明(あき)らかに違う、簡素(かんそ)な造(つく)りのドアを、リディアはコンコン、とノックする。

 

「おかみさん、リディアです。入って構いませんか?」

 

 リディアが中に呼びかけると、中年女性の声で「まあ、姫様ですか? どうぞ」と返事があった。

 

「失礼します。おかみさん、お疲れのところに押しかけてすみません」

 

 ドアを開けて室内に入ると、彼女はまず一言めに、おかみに詫(わ)びた。

 

 そういえば、この女性はプレナから「嫁いできた」と言っていたのに、夫(おっと)らしき男性は一度も見ていない。この部屋にもいない。

 

「おかみさん、失礼を承知でお訊きしますけど。あの、――ご主人やお子さんは?」

 

 おずおずと、リディアは質問した。本当は彼女の個人的な問題には、安易(あんい)に踏みこむべきではないのかもしれないけれど。

 

「子供達は――娘二人なんですけれど、どちらもお(よめ)に行きました。夫は……、三年前に()くなりました。海で、(あらし)()って……」

 

 苦しげに声を詰まらせる彼女に対し、リディアは申し訳なさで胸が痛んだ。

 

「この宿は元々、船宿(ふなやど)だったんです。夫は漁師でもありましてね。ある日、漁に出て、船が嵐で難破(なんぱ)してしまって……。夫亡き後は、私がこの宿を()()りしているんです」

 

「そうだったんですか……。何だかつらいことを思い出させてしまって、申し訳ありません」

 

 リディアは今にも泣き出してしまいそうな顔で、彼女に詫びた。

 

「わたしも五歳の頃に、母を亡くしていますから。大切な人を(うしな)う悲しみは分かります。おかみさんも、おつらかったでしょうね」

 

 リディアの母であるマリアン皇后(こうごう)は、十三年前に病死したのだ。当時、彼女は皇子(おうじ)()(ごも)っており、母の死と同時にお腹の皇子も死んでしまったので、リディアは母と生まれてくるはずだった弟を同時に亡くすという、二重の悲しみを一度に背負ってしまった。

 

「――ところで姫様、私の故郷について、詳しい話をお聞きになりたいと仰っていましたよね?」

 

 おかみの方から本題に入ってくれたので、リディアは(すく)われた気がした。

 

「ええ、そうでしたね。――プレナが荒くれ者達に困らされるようになったのは、いつ頃からなんですか?」

 

「家族が最初に手紙で知らせてきたのは、五年……くらい前ですかねえ」

 

 リディアの質問に、おかみは首を傾げながら答える。

 

「まあ! そんなに前から?」

 

「ええ。その前から少なからず、被害はあったようですけどね。ここ一,二年は特に被害がひどいみたいです」

 

「なるほど……」

 

 リディアは頷く。帝国がプレナを庇護するようになったのが、ちょうど二年前である。

 

 国が豊かになったことで、略奪(りゃくだつ)が激しくなったのだと考えれば、辻褄(つじつま)が合う。

 

「実は今日、レーセル城にプレナから使者が来ていたんです。その荒くれ者達を何とかするのに、帝国軍の力を借りたい、と。――それで、おかみさんにお訊きしたいんですけれど」

 

「何でしょう、姫様?」

 

 二十年も祖国を離れている一般人に訊ねてもいいものか、とリディアは迷ったが、それでも思いきって彼女に疑問をぶつけてみた。

 

「あの国の状況は、どれほど逼迫(ひっぱく)しているのでしょう? 軍の手に負えないほどなのでしょうか?」

 

 これは、デニスとジョンにも共通の疑問である。軍人である彼らも、そこが()に落ちないようだ。

 

「おかみさんが知らされている限りでいいんです。教えて頂けないでしょうか?」

 

 その訊き方から、皇女が自分の故郷のことを本気で案じていることを感じ取ったおかみは、「分かりました」と頷いた。少し思い出しながらのように、質問に答える。

 

「家族からの便(たよ)りによれば、その荒くれ者達は海賊(かいぞく)らしいんですよ。ですが、プレナ(あの国)では海軍にあまり力を入れていないようで。陸軍では海賊に太刀(たち)()ちできないので、帝国の海軍に助けを求めたんだと思います」

 

「はあ、なるほど」

 

 プレナという小国は、数年前までそれほど豊かな国ではなかったため、海賊など海からの侵略は想定されていなかったのだろう。そのせいで、国内の治安を守る陸軍ばかりが力を持ち、海軍は(ないがし)ろにされていたようだ。

 

 言い方こそ悪いが、平和ボケしていた小国がレーセル(大国)の庇護を受けて豊かになったところへ、海賊が侵略してきた。対処方法が分からない小国の王は、世界一の規模を(ほこ)る海軍を有するレーセルに助けを求めることにしたというところか。

 

「――それで姫様、イヴァン陛下はこのことについて何と?」

 

 おかみは(すが)るような思いで、リディアに問うた。皇帝の(つる)一声(ひとこえ)で、海軍は動く。それを期待して、彼女は皇女に訊ねたのだろうけれど。

 

「申し訳ありません、おかみさん。父は一昨日(おととい)から隣国のスラバットに出向いていて、明日にならないと戻らないので、プレナの件はまだ父の耳には入っていないんです」

 

「そうですか……」

 

 おかみはガックリと肩を落とした。その顔には絶望の色さえ(うかが)える。

 

(まったく、お父さまったら! こんな緊急時に呑気(のんき)に外交なんて!)

 

 リディアはこの()初めて、父に対して(いか)りの感情を覚えた。もちろん政治のうえでは、外交も大事だということも分かっている。けれど、おかみの縋るような眼差しと絶望的な表情を見ていたら、今はそんなことはどうでもいいとさえ思えてくるのだ。

 

 だからこそ、リディアは彼女に希望を持たせるように、こう言った。

 

「父が戻れば、必ず事態は動きます。ですがその前に、わたし個人としても、何かできることがあればしたいと思っているんです」

 

 たとえ軍を動かす権限はなくても皇女として、次期皇帝として、この女性の故郷を何とかして救いたい。――そうリディアは心に決めていた。

 

「帝国はいつだって、あなた方の味方です。だって、プレナの国民は、レーセルの国民と同じくらい大切なんですもの」

 

 それは彼女なりに、協力を惜しまないと宣言したようなものであった。

 

「ありがとうございます、姫様!」

 

 おかみはリディアの手を両手で(にぎ)り、(ひたい)をこすりつけんばかりにして頭を下げる。

 

(わたしが、この人の故郷を救わなきゃ!)

 

 リディアの表情は、決意に充ちていた。

 

「――では、おかみさん。わたしはこれで失礼しますね。おやすみなさい。お疲れのところをお邪魔して、すみませんでした」

 

 彼女はもう一度おかみに頭を下げると、部屋を後にした。再びランタンの灯りを頼りに階段を上がると、自分の客室ではなく、向かいの(おとこ)部屋(べや)のドアをノックする。

 

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