レーセル帝国物語 皇女リディアはタメグチ近衛兵に恋しています。   作:日暮ミミ

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2・港町の悲喜こもごも⑵

「デニス、ジョン! まだ起きてる?」

 

「ああ、起きてるって! リディア、デカい声は頭に(ひび)くからやめてくれ!」

 

 彼女の呼びかけに、やや不機嫌そうに応じたのは、先刻の酒盛りで漁師達に()(つぶ)されたデニスだった。

 

「入るわよ」と声をかけ、ドアを開けて室内に入ると(あん)(じょう)、中は酒の(にお)いで充満している、火でも持ち込めば爆発しかねない。

 

「リディア様、どうなさったのですか? こんな夜遅くに。――あの、窓を少し開けましょうか?」

 

 ジョンの機転(きてん)に、頭がクラクラしていたリディアは「ありがとう、お願い」と頷く。彼女は酒が全くダメなので、この部屋の中の空気だけで酔いかけていたのだ。

 

 ジョンが窓を開けてくれたおかげで、室内に籠っていた酒(くさ)さが外に逃げていき、代わりに外から潮風の(さわ)やかな(かお)りがする。

 

「どうですか、ご気分は?」

 

「ありがとう。空気の入れ替えをしてくれたおかげで、だいぶ楽になったわ」

 

 頭のクラクラがおさまったリディアは、ライティングデスクの椅子に腰かけて一息ついた。酔いが()めたらしいデニスも、ベッドからムクッと体を起こす。

 

「――で、どうしたんだよ?」

 

 彼は改めて、リディアに夜遅くに自分達の部屋を訪ねてきた理由を問うた。

 

「あのね、さっきわたし、おかみさんの寝室を訪ねたのよ。プレナで今、一体何が起きているのかを訊くためにね。そしたら……」

 

 リディアはそう話を切り出し、おかみから聞き出した情報を、二人の兵士(おとこ)にも話して聞かせた。

 

 プレナは海軍に力を入れていないから、海賊相手には手も足も出ない――。その事実を知り、デニスとジョンにも合点(がてん)がいったようである。

 

「なるほど……。だからプレナの国王陛下は我が国の海軍に動いてもらおうと、使いを送られたのですね」

 

「ええ、そうみたいだわ。でも、タイミングが悪かったわね……」

 

 リディアはジョンの言葉に頷き、残念そうに肩をすくめた。軍を動かす権限を持つ皇帝が不在の時に使いを送っても、何の解決にもならないのだから。

 

「せめて、わたし達三人だけで何かできることがあればねえ」

 

 せっかくこの町まで来て、状況も知ることができたのに、自分達はただ手をこまねいていることしかできないのか。――リディアがため息まじりに呟いた時。

 

「それだ!」

 

「「えっ?」」

 

 デニスが前触れもなく突然叫んだので、リディアとジョンは面食らう。

 

「オレ達三人でプレナまで乗り込んで、海賊の連中を叩きのめしてやるってのはどうだ? そしたら、プレナもこの町も平和になるし、陛下や海軍の手を(わずら)わせることもなくなるし。万々歳(ばんばんざい)だろ?」

 

 デニスの提案に、リディアが賛成らしいということは彼にも分かった。が、ジョンは不服らしい。

 

「ちょっと待て、デニス! この三人だけで? 向こうの人数も分からないのに乗り込むなんて、いくら何でも無謀(むぼう)すぎるだろ! ――ね、リディア様もそう思うでしょう?」

 

「え、ええ……」

 

 彼女は曖昧に頷いた。ジョンの言っていることは、(すじ)が通っている。ものすごく正論である。それは分かっているのだが……。

 

 デニスが言うように、「父や海軍の手を煩わせずに済む」のなら、その方がいいとリディアも思う。それが次期皇帝として、自分にできることだというのなら、その責任を果たしたいという思いもある。

 

 この町からプレナまでは、船で三時間ほどで着く。明日の午前に船で渡り、奴らを叩きのめしてまた船で戻って来ることができたなら、父がスラバットから戻る夕刻までに城に戻ることも可能だ。

 

 ただ、向こうの人数如何(いかん)ではたった三人で(いど)むのは危険だし、そもそもリディアは剣を持ってきていないのだ。戦うことすらできない。

 

「うーん、ムリなのかなあ……。オレとしては、なかなかの名案だと思ったんだけど」

 

 デニスは頭の(うし)ろで両手を組み、そのままベッドにゴロンと横になった。

 

「今の案は却下(きゃっか)ってこと? ジョン」

 

 リディアが少々不服そうに訊くと、ジョンは「まあ、そういうことです」と即答する。

 

「リディア様、今日はもうお疲れでしょう? そろそろお部屋に戻っておやすみ下さい。俺達ももう寝ますので」

 

 リディアは渋々、「おやすみなさい」と言って彼らの客室を出たが、(てい)よく追い出された気がして仕方がなかった。

 

 自分の部屋に戻り、()()()代わりのチュニックワンピースに着替えてベッドに(もぐ)り込んだが……。

 

「――ダメだわ。眠れない……」

 

 何度か寝返りを打った後、リディアは無理に眠ろうとするのを(あきら)めた。

 

(浜辺に散歩にでも行こうかしら)

 

 潮風にでも当たれば、このモヤモヤした気分も少しは晴れるかもしれない。

 

 手早く着替えを済ませたリディアはブーツを履き、枕元(まくらもと)に置いてあったランタンを手にして廊下に出た。……すると。

 

「よお、リディア。お前も眠れないのか?」

 

 向かいの男部屋から、デニスが寝グセだらけの頭で出てきた。彼もまた、自分の提案をジョンに却下されたことで、モヤモヤしていたのだろう。酔っ払ってフテ寝しているかと思いきや、意外と繊細(せんさい)なようだ。そのわりには、()のみ着のままベッドに入っていたようで、チュニックはシワだらけだ。

 

「そうなのよ。だから、浜辺に散歩にでも行こうかと思って。――ねえ、ジョンは?」

 

「アイツなら、ベッドで爆睡(ばくすい)してる。剣の稽古の後、ここまで馬を走らせてきたんだ。よっぽど疲れてたんだろうな」

 

「そう」

 

 リディアは頷く。そして、彼を誘った。

 

「じゃあデニス。ちょっと付き合ってくれないかしら? 一緒に、潮風に当たりに行きましょう」

 

「ええ? なんでオレが」

 

「あなたはわたしの護衛官だもの。当然でしょう?」

 

 こんな時にばかり主従関係を(たて)にされても……とデニスは困ったけれど、(いと)しい女性の頼みとあらば、彼も断るつもりはない。

 

「へいへい、仕方ねえなあ」と言い方こそモノグサだったが、本当はリディアと二人っきりになれるのが内心では嬉しいデニスであった。

 

 

****

 

 

「――うーん、気持ちいい!」

 

 宿を抜け出して裏手の浜辺に出ると、リディアは岩の上にランタンを置いて思いっきり伸びをした。夜の冷たい潮風が、頬に心地(ここち)いい。

 

「ねえ、デニスもいらっしゃいよ」

 

 彼女はランタンの番でもするように、岩に腰かけたままのデニスを呼んだが……。

 

「いや、オレはいいよ。――それより、リディアと話がしたい」

 

「え?」

 

 何を改まってとリディアは目を瞠ったが、待たせるのも悪いと思い、すぐにデニスの腰かける岩の隣りに座った。

 

 彼の目は、リディアの着けている髪留めを凝視(ぎょうし)している。

 

「ねえ、話ってなあに?」

 

「午後にも同じ質問したと思うけどさ、リディアはジョンのことどう思ってるんだ?」

 

「何かと思えば,またその話?」

 

 同じ内容の()(かえ)しに、リディアはウンザリ。けれど、デニスの顔は真剣そのものだった。彼女は視線を()らしながら答える。

 

「ただの幼なじみよ。本当にそれだけ」

 

「本当に? お前が今着けてる髪留め、ジョンにもらったヤツじゃないのか? オレ今日、この町の露店で同じようなの見かけたけど」

 

 デニスの口調は、何だか咎めるように(するど)かった。

 

「これは……っ、せっかくこの町で買ってもらったんだし、この町で着けないともったいないかなあと思ったから、着けただけで」

 

 そこまで言って、リディアはデニスの機嫌が悪い理由にピンときた。

 

「デニス……。あなたもしかして、ジョンに()いているの?」

 

「なっ……!? べっ、別に妬いてねえよっ!」

 

 顔を真っ赤にして、デニスはムキになって否定する。どうやら図星だったらしい。

 

「ただ、夕方オレが離れてる間にリディアとジョンがなんか親しげにしてたから、ちょっと面白くなかっただけだよ」

 

「……そういうのを、〝妬いてる〟っていうのよ」

 

 リディアはすかさずツッコミを入れる。そして、この時初めてデニスの想いに少しだけ気づいたような気がした。

 

「わたしは別に、ジョンを異性として意識したことはなかったけど。あの時初めて分かったの。ジョンが、わたしに好意を抱いていることが」

 

「そっか。でも、お前が好きな相手はアイツじゃないんだろ? アイツも(むく)われないよな」

 

「ええ……」

 

 リディアは想い人であるデニスの前で、何だかジョンの無垢(むく)な想いを受け入れられないことに、若干(じゃっかん)の申し訳なさを感じていた。

 

「まあ、アイツはカタブツだからなあ。あからさまにお前に想いを告げることはないと思うけどな」

 

 デニスのジョンに対する評価は、なかなか(まと)()ている。

 

「そういうあなたはどうなの? デニス」

 

「えっ、オレ? オレは……、どうかなあ?」

 

 はぐらかそうとしているのか、はたまた本当に分からないのか、デニスは頭をボリボリ掻きながら首を捻る。

 

「わたしは、想いを伝えるならハッキリ言ってほしいわ。遠回しに言われても伝わらないもの」

 

 デニスと二人でこんな話をする日が来るなんて、リディアは夢にも思っていなかった。

 

 ――そういえば、今は何時頃だろう? 懐中時計を宿に置いてきてしまった。

 

「ところでデニス、あなたも納得していないんでしょう? ジョンが、あなたの提案を却下したこと」

 

 リディアは彼が眠れなかった理由を、そう推測(すいそく)した。あれだけヘベレケに酔っていたのに、眠れないとは。今はもう、酔いはすっかり醒めているようだけれど。

 

「ああ、まあな。っていっても、オレは自分の手柄には興味ないんだ。リディアも行きたがってたのに、却下されたから何かモヤモヤして」

 

「……わたしのために?」

 

 デニスは頷いた。

 

 彼とリディア、ジョンが知り合ったのは、五歳の時。ちょうどリディアの母君である皇后と、弟君として生まれてくるはずだった皇子を同時に亡くし、ひどく(ふさ)ぎこんでいた皇女を元気づけるために、皇帝イヴァンが家臣の息子である彼らを息女と引き合わせたのだ。

 

 その頃から、デニスはリディアのことを「皇女」として()れものに触るでもなく、一人の同い年の女の子として普通に接してくれていた。いつも彼女の気持ちを優先して、思い遣ってくれていたのだ。

 

 今回だって、彼はリディアのために提案してくれたのに……。誰かが困っていたら放っておけない心優しい皇女は、世話になっている宿のおかみの故郷であるプレナを何とか自分なりに救いたいと思っている。デニスもそれを分かったうえで、ジョンに提案してくれたのだと思う。それなのに……。

 

「確かに、ジョンの言ってることは正しい。リディアは丸腰だから戦えないし、オレだってお前を(あぶ)ない目には遭わせたくねえよ。ただ、リディアの気持ちも分かるから,ジョンに何も言い返せなかったのが(くや)しくてさ」

 

「デニス……」

 

「オレはいつも、リディアの味方でいたいのに。お前が戦えなくたって、オレが全力で守る覚悟もできてたのに……」

 

 リディアは目を瞠った。いつもおちゃらけていて、姫である自分にも平然と軽口を叩くデニスのこんな真剣な表情を、剣の特訓の時以外に見たのは初めてな気がする。

 

「デニス、ありがとう。あなたは本当に優しいのね」

 

 リディアは彼に頭を下げた。戦えない者のために盾になるなんて、いくらそれが自分の仕事でも、そう易々(やすやす)と言える台詞(セリフ)ではない。

 

「わたしは、あなたのその優しい気持ちだけで充分ありがたいから」

 

 これは、リディアの(いつわ)らざる本心。ましてや、好きな相手にこんなことを言われたら、女性としてこれ以上の喜びはない。

 

「オレはガキの頃から、ずっと心に決めてたんだよ。いつまでもリディアの側にいて、お前のことを守ってやるんだ、って。時には(たて)にもなってさ」

 

「まさに有言実行じゃない? 今じゃこうして近衛兵として働いてくれてるんだもの」

 

 リディアは彼を(はげ)ますつもりで、微笑みながらそう言った。あなたはちゃんと、子供の頃の決意を果たしているんだから、そんなに自分を責めないで、と。

 

 彼女の手がデニスの頬に|触()れた瞬間、信じられないことが起きた。デニスが自分の手で、リディアの手を(つか)んだのだ。

 

「デ、デニス?」

 

 大きなデニスの手の平から彼の温もりが伝わってきて、リディアの心臓がドクン、と高く脈打った。心臓が()び出すのではないかと思うくらいに。

 

 ジョンに手を取られた時には少し戸惑っただけで、こんなにドキドキはしなかった。

 

 ときめくのは、相手がデニスだから。

 

「リディア、ありがとう。お前は本当に優しいな……」

 

「それ,わたしがさっき言った台詞」と言う前に、リディアの(くちびる)はデニスの唇に(ふさ)がれていた。初めてのキスだった。

 

 酒の臭いはしないから、酔ってキスしたわけではなさそうだ。……とすると!?

 

「~~~~~~~~っ!」

 

 唇が離れた瞬間、リディアの顔は真っ赤に染まった。知ってしまったのだ。(デニス)の、自分に対する想いを。

 

「……あっ、あなたがこんなに情熱的だったなんて、思わなかったわ」

 

 赤面しながら(うつむ)いて呟くリディア。今顔を上げたら、彼にどんな顔をしていいのか分からない。けれど、もう彼の方の想いを知ってしまったのだから,自分自身の想いだってバレてしまってもいいのかもしれない。

 

「ごめんな。迷惑……だったか?」

 

 後悔しているような表情で訊くデニスに、リディアは強くかぶりを振る。

 

「迷惑なんかじゃないわ。むしろ、あなたがいいの。あなたが好きだから」

 

 思いきって本心を打ち明けた彼女は、デニスを真っすぐ見つめて微笑んだ。それを聞いたデニスも、「そうか」と嬉しそうに微笑み返す。

 

「オレさ、ちょっとジョンに嫉妬してたんだな、やっぱり。だから、(あせ)ってたんだ」

 

(別に、焦らなくてもいいのに)

 

 そんなに自分に自信がないのかしら? とリディアが笑うと、デニスはちょっとムッとした。

 

「――さて、リディア。そろそろ宿に戻るとするか。オレはともかく、リディアがいつまでもいなかったら、ジョンのヤツが発狂しかねないからな」

 

 発狂……。確かに、ジョンなら()()る。そう思ったリディアは笑いながら、「ええ、そうね」と頷いた。

 

 二人で、浜辺を宿まで歩く。リディアの顔はまだ火照(ほて)ったままで、胸も高鳴ったまま。夜の涼しい潮風に当たっても、それはなかなかおさまってくれない。

 

「――ねえ、デニス」

 

「ん?」

 

 リディアが真剣な声で、デニスを呼ぶ。(さいわ)い辺りは真っ暗だし、ランタンの(たよ)りない灯りだけなら、彼女の顔の色はデニスに見えない。

 

「あのね、さっきのことだけど……。まだジョンには言わない方がいいと思うのよ。知ってしまったら、それこそ彼、発狂しかねないわ」

 

 デニスとジョンは、言うなればリディアを(めぐ)っての恋敵(ライバル)なのである。けれど、親しい友人同士でもある。なので、できれば波風を立てて、これまでのいい関係を壊すようなことはしたくないと彼女は思っていた。

 

「言わなくても、アイツならそのうち気づくさ。頭いいからな、オレと違って」

 

「もう! どうしてそこで、自分を卑下(ひげ)するようなこと言うのよ」

 

 せっかくのいい雰囲気に水を差すデニスの言動に、リディアは顔をしかめる。

 

「さっきも言ったでしょう? わたしが好きなのは、あなただって。だから、もっと自信を持ちなさい!」

 

 彼女はランタンを持っていない、()いている方の手で、デニスの引き締まった二の腕をバシッと叩いた。 

 

 デニスが抗議する。

 

()って! 本気で叩くなよ!」

 

 剣の特訓を受けているだけあって、彼女の腕力も女性にしては相当なものだ。

 

 ただ「皇女」として生まれてきただけで、リディアは特別な人間でも何でもなく、何の能力(ちから)も持っていない。だからこそ、次期皇帝として民を守るために、剣の特訓を始めたのである。大好きなデニスに頼み込んで。

 

「ゴメンゴメン! つい力が入りすぎちゃって」

 

 デニスが本気で怒っていないのを分かっているから、彼女も笑いながら謝る。

 

 宿に戻ると、ランタンを持ったジョンが、勝手口の前に立って二人を待っていた。頭のてっぺんから湯気(ゆげ)を立てていそうなくらい、カンカンに(おこ)っている。

 

「うわ、ヤベえ……」

 

 デニスが顔をしかめた。誘ったのは彼ではなくリディアの方なのに、頭から怒られるのは自分だと思い込んでいるようだ。

 

(まあ、ジョンがわたしのこと、怒れるわけないものね)

 

 (くさ)っても(いや、腐ってはいないが)、リディアは姫である。彼らの主である。生真面目なジョンのことだから、「姫様を怒るなんて(おそ)れ多い」とでも思って遠慮しているのだろう。

 

 悪いのは自分なのに……と思うと、リディアはチクリと心が痛む。ので。

 

「ごっ、ゴメンなさい、ジョン。余計な心配をかけてしまって」

 

 彼女は先手を打って(?)、自分からジョンに謝った。するとやっぱり。

 

「デニス! どうせまた、お前がリディア様を誘い出したんだろう? 姫様に謝らせるなんてどういうつもりだ!」

 

 リディアの謝罪などまるで無視して、頭ごなしにデニス一人を責め立てている。

 

「あっ、違うのよジョン! 今夜誘ったのは、本当にわたしなの。だから、デニスを責めないであげて! お願い!」

 

「リディア様……。それは本当ですか?」

 

 自分が嘘をつくわけがないと知りつつも確かめるジョンの目を真っすぐ見て、リディアは「ええ、本当よ」と頷いた。

 

「……分かりました。信じましょう」

 

「ありがとう、ジョン」

 

 宿の中に入ると、待ってくれていたのはジョンだけではなかった。おかみも、リディア達二人を寝ずに待ってくれていたのである。

 

「まあ、姫様! ご無事で何よりでした。このごろ物騒(ぶっそう)ですから、何かあったのではと心配していたんですよ」

 

 まるで母親のように(きも)を冷やしていたおかみにも、リディアは「ご心配をおかけしてすみませんでした」と丁寧に詫びた。

 

「さあ、リディア様もデニスも、もう遅いですから休みましょう。――ところでリディア様」

 

 ジョンが二人を客室に促しながら、不意にリディアを呼んだ。

 

「ん? なに?」

 

「もしかして、その髪留めは……」

 

 そこで、デニスが横槍(よこやり)を入れてくる。

 

「お前、やっと気づいたのか。優しいリディアはな、せっかくお前が買ってくれたのにこの町で使わないのは悪いっつってさ、わざわざオレと散歩に行く時に着けてきたんだとよ」

 

 何だか上から目線な物言いに、ジョンはカチンときたらしい。それとも、リディアとデニスとの間に流れている、微妙な空気の変化に気づいたのだろうか?

 

「リディア様、あの……。デニスと、何かあったのですか?」

 

(う……っ! ジョン、やっぱり鋭いわね)

 

 ジョンは幸い、リディアの後ろを歩いているため、彼女の表情は見えないはずだ。

 

「――別に、何もないわよ」

 

 一応ごまかしてみたけれど、ジョンは怪訝(けげん)に思ったのか、「本当ですか?」と疑っている。――やっぱり、(かん)づかれている?

 

「本当よ! ――言っておくけど、部屋に戻ってから、わたしのいないところでデニスに訊いてもムダだから!」

 

 リディアはジョンに(くぎ)を刺した。こと、すっとぼけることに関しては天才のデニスだ。ジョンにどれだけ問い詰められても、うっかり口を(すべ)らせることはないだろう。

 

「分かってます、リディア様。――では,おやすみなさいませ」

 

「ええ、おやすみなさい」

 

 二階に上がり、向かい合わせのドアを開けながら、リディアと男二人はこの夜二度目の就寝(しゅうしん)の挨拶を交わして別れた。

 

 もう一度寝間着に着替えたリディアは、(たば)ねていた長い髪をほどき、髪留めをベッドのサイドボードに置いてベッドに潜り込み、目を閉じる。

 

 先ほど浜辺で起きたことは、現実だったのかしら? 夢だったら、明日の朝には全て消えてしまうの――?

 

 初恋が実ったという喜びは、時に不安にも変わるのだとリディアは知った。

 

「また眠れなかったらどうしよう……」

 

 明日の朝はクマだらけかしら、なんて思っていたリディアだが、デニスの想いを知ることができた安心感からか、意外にも朝までグッスリと眠ることができたのだった――。

 

 

****

 

 

「――おはよう、デニス、ジョン。今日も天気がいいわね」

 

 翌朝、身支度を整えてリディアが一階の食堂に下りていくと、デニスとジョンの二人は大欠伸(あくび)をしながら既にテーブルについて、朝食を待っていた。

 

「おはようございます、リディア様」

 

「おっす、リディア。昨夜(ゆうべ)は眠れたか?」

 

 礼儀正しく挨拶だけ返したのがジョン、砕けた言い方で彼女の睡眠状態を心配してくれたのが、昨夜彼女と想いが通じ合ったデニスである。

 

 リディアは恋人(デニス)の隣りの椅子に座ると、ニッコリ笑って「ええ、ありがとう」と答えてから、ジョンに聞こえないようにこっそりとデニスに訊ねた。

 

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 答えるデニスの声も小さい。今が朝でよかった、とリディアは思った。もしも夜だったら、酔っ払い達の怒号(どごう)で二人の会話は成立しなかっただろう。

 

 酔っ払いといえば、昨夜ここで酒盛りをしていた客達は、まだ下りてきていない。酔い潰れてまだ眠っているのだろうか。

 

「――ところで、今日はどうするんだ?」

 

 そう切り出したのは、この旅の言いだしっぺであるデニス。厨房からは、何やら煮込み料理のいい(にお)いが(ただよ)ってくる。

 

「そうねえ。おかみさん以外にもプレナ出身の人は大勢(おおぜい)いるようだし、他の人達からも情報を集めましょう。海賊のことなら、漁師さんとか商船の乗組員の人がいいわね」

 

「そうですね。では、朝食を済ませ次第、出かけるとしましょうか」

 

 そこへ、陽気なおかみの声が、食堂の入り口から聞こえてきた。

 

「みなさま、おはようございます! 朝食をお持ち致しましたよー!」

 

 

****

 

 

 出された朝食は、パンとボウル一杯のクラムチャウダー(具材はたっぷりのアサリやハマグリ)。

 

 もちろん、大食漢のデニスがこれだけで足りるはずもなく、どちらもお代わりしたことは言うまでもない。

 

 

****

 

 

 ――食事が済むと、三人は早速(さっそく)行動を開始した。港の近くに漁協や船乗りの組合が入る建物があるというので、ジョンは一人でそこへ行ってしまった。

 

 リディアとデニスは、入港してくる船の乗組員から話を聞くために、桟橋(さんばし)で待っていたのだが……。

 

「リディアの髪留め、昨夜のと同じだな」

 

 やや不機嫌そうに、デニスが言う。どうやら、恋敵(ジョン)から贈られた髪留めを彼女がしているのがお気に()さない様子である。

 

「もう、デニス! 妬かないの! 別に、物に(つみ)はないんだからいいでしょう?」

 

「ハイ、そうっすねっ!」

 

 半ばヤケのように、デニスは吠えた。これでは、「妬いている」と認めているようなものだ。

 

(これで本当に、わたしと同じ十八歳なのかしら?)

 

 リディアは首を傾げる。同じ年齢なのに、ジョンとどうしてこうも違うのかしら、と。

 

 リディアもジョンも、しっかり者の部類に入る。ことにリディアは、一国の未来を背負う姫であるため、嫌でもしっかりせざるを得なかった。

 

 けれど、デニスはまだまだ子供のままだ。責任感は強いけれど、それ以外は……。

 

 ――にわかに、港周辺が騒然とし始めた。漁協の建物に行っていたはずのジョンも、何だか慌てた様子で桟橋の方に駆けてくる。

 

「どうしたの、ジョン? そんなに慌てて」

 

「姫様、それが……。対岸から妙な船が近づいてきていて。住民達が騒ぎ出していて」

 

「妙な船!?」

 

 対岸というと、プレナの方だ。

 

 その大きな一(せき)の船は、あっという間にシェスタ港に接岸した。

 

 マストには、黒地に白い骸骨(ガイコツ)が描かれた大きな(はた)(かか)げられている。

 

「……! あれは、海賊旗(ジョリー・ロジャー)!?」

 

 その船は、まさしく海賊船だったのだ。

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