レーセル帝国物語 皇女リディアはタメグチ近衛兵に恋しています。   作:日暮ミミ

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3・次期皇帝として⑵

 金糸で刺しゅうが(ほどこ)された衣服の上に羽織(はお)っている赤いビロードのマント、そして頭に(いただ)いている黄金の(かんむり)は、この帝国の主である証だ。

 

「お父さま、お帰りなさいませ。たった今、シェスタから戻って参りました」

 

「ふむ。そなたがシェスタに出向いていたことは、大臣から聞いていたよ。無事で何よりだった」

 

 イヴァン皇帝は、一人娘が無事に帰ってきたことにホッとしているようだ。服装がどうであれ、そこは気にしないらしい。

 

「デニスもご苦労だったな」

 

「はっ。もったいないお言葉、ありがとうございます」

 

 皇帝直々(じきじき)に労われ、デニスは深々と頭を下げた。

 

(なによ。わたしに対しての態度とは、ずいぶん違うじゃない!)

 

 リディアは不満げだが、姫でも幼なじみの自分と国の主とでは違って当たり前なのかもしれない。

 

「さっきまで、ジョンも一緒でした」

 

 リディアはシェスタ行きの経緯を、順を追って父に話した。そして、あの町で起きたことの顛末(てんまつ)も。

 

「――というわけで、プレナを(おび)やかしていた海賊問題も、わたし達で解決してしまいました。お父さま、勝手なことをして申し訳ありません。あれはお父さまのお仕事でしたのに」

 

 申し訳なさそうに詫びた娘を、イヴァンは「いやいや、構わぬ」と温和な表情で許す。

 

「そなたは次期皇帝として、自らの手で何とかしたいと思ったのであろう? ならば、立派な心がけだ。私に詫びる必要はあるまい」

 

「お父さま……。ですが、プレナからの使いの方が、まだレムルの町に滞在しているんです。このことを早く報告しなくては」

 

 宿の名前は大臣に伝えてある、とリディアは父に言った。

 

「では大臣に、私の名代(みょうだい)として伝えに行かせよう」

 

 イヴァンは大臣を呼び、プレナの使者が滞在している宿に行ってくれるよう頼んだ。

 

「命じた」のではなく「頼んだ」のである。

 

「――ところで、お父さま。スラバットへはどういった理由で行かれたのですか?」

 

 リディアは単刀直入(たんとうちょくにゅう)に、気になっていたことを父に訊ねた。

 

「どのような、とは?」

 

「外交の目的です。わたしは何も聞かされていません。だから知りたいのです」

 

 リディアが畳みかけると、父は何とも言いにくそうにやっと口を開いた。

 

「実はな、リディアよ。そなたに、スラバットの王子との縁談の話が出ていてな。それであちらへ(おもむ)いていたのだよ」

 

「えっ!? 縁談……」

 

 リディアは嫌な予感が的中し、デニスと顔を見合わせる。

 

「どうしたのだ? リディア」

 

「あの、お父さま。わたしは縁談の話はお受けしたくありません。結婚する相手は、この国の人と決めているんです。ですから……」

 

 相手がここにいるデニスだということは()せて、リディアは自分の意志を父に伝えた。

 

「そなたの意志は分かった。だが、私は国賓(こくひん)として、スラバットのカルロス王子を招待したのだ。それは縁談とは別の話だ。それゆえそなたも、そのつもりでいてほしい」

 

「……はい」

 

 リディアもよく理解している。外交をするうえで、国の代表として招待した国賓は重要な客人なのだ。個人的な事情から蔑ろにすることは、次期皇帝として失格だと。

 

 あくまでも縁談の話は忘れ、国の代表として迎えれば何の問題もない。はずなのだが。

 

「おっと。これを預かっていたのを忘れていた。王子からそなた()ての手紙だ」

 

「は……?」

 

 父から一通の封筒を差し出されたリディアは、またも心乱された。

 

「カルロス王子の両親――つまり、先の国王夫妻は既に亡くなっていてな。現在は王子が国を(おさ)めているのだ。彼はそなたより二つ歳上(としうえ)なのだが、私がそなたの話をしたところ、えらくそなたのことを気に入ったようで」

 

「では、この縁談はお父さまではなく、王子のご希望で?」

 

 父が頷く。ということは、父を(うら)むのは筋違いということになる。――ただ、彼女にとって迷惑であることに変わりはないのだが。

 

「王子が来られるのは、いつなのですか?」

 

「十日後だと聞いた。その手紙にも(したた)めてあるとな」

 

 十日後……。長いのか短いのか、微妙な日数である。

 

「――さて、じきに夕食だな。そなたは部屋に戻り、着替えてきなさい。デニスも昨日(さくじつ)よりご苦労であったな。宿舎に戻って休むがよい」

 

「はい」

 

「では私は、先に食堂で待っている」

 

 父がマントを翻して城内に入るのを見届けて、リディア自身も城内の自室に向かった。

 

****

 

 父と久しぶりに摂る夕食は、リディアにとって楽しみだったはずなのだが、あまり食が進まなかった。

 

 引っかかっていたのは、スラバットのカルロス王子との縁談のことと、彼からの手紙のことだ。

 

 手紙は共通言語のレーセル語で(つづ)られており、まだ一度も会ったことのないリディアへの情熱的な想いがビッシリと書かれていた。

 

 

『愛しいあなたにお会いできることを、心待ちにしております』……

 

 

(「愛しい」なんて書かれても、困るだけだわ)

 

 リディアにはもう、デニスという恋人がいるのだから。

 

 そういえば、デニスとの仲を父に打ち明けられなかったことも、リディアにとっては心苦しかったのだ。

 

 皇女と(いち)兵士が結ばれることは、いけないことなのだろうか? 父が知れば、デニスはどうなってしまうのだろう?

 

 彼女は夕食後も、入浴時にもずっと一人でモヤモヤ考えていて、ベッドに入ってもなかなか寝つけず。

 

 絹の寝間着の上からガウンを羽織り、リディアは中庭の四阿(あずまや)に来て、一人物思いに(ふけ)っていた。素足ではなく、室内履き(スリッパ)を履いて。

 

 ――と、背後からコツコツ、とブーツの音がして……。

 

「……リディア? また眠れないのか?」

 

 振り返ると、そこにいたのは――。

 

「……デニス。ああもう、驚かせないで!」

 

 ランタンを手にしたデニスだった。安心したと同時になぜか怒りがこみ上げたリディアだが、その感情はすぐになりを潜める。

 

「あなた、宿舎を抜け出してきたの?」

 

「ああ。城から灯りを持った誰かが出てくるのが、部屋の窓から見えてさ。もしかしたらお前じゃないかと思って」

 

「そう」

 

 リディアは頷いただけで、咎めることはしなかった。実は宿舎に暮らす兵士達の、夜の外出は自由なのだ。

 

「隣り、座ってもいいか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 リディアが場所を(ゆず)り、デニスは彼女の隣りに座る。その長椅子の上で、彼はリディアをしげしげと眺めた。

 

「そういや、リディアが髪下ろしてるの、久しぶりに見た気がする」

 

「えっ? そうだったかしら?」

 

 彼女の長い髪は、下ろすと腰の辺りまでの長さがある。蜂蜜色をしたその髪は、今は月明かりに照らされて濡れたように艶めいている。

 

 自然に、デニスの指が伸びた。彼女の(なめ)らかな髪を指先でいとおしそうに撫でる。

 

 リディアはそれを、「心地いい」とさえ感じた。彼の肩に頭を預け、このままずっとやめないでほしいと思った。

 

 けれどそこで、先ほどまでの悩みがふと(よみがえ)り、彼女の表情が(くも)る。

 

「あなたとの関係、お父さまに打ち明けたらどうなるのかしら……?」

 

「ん?」

 

 リディアはデニスに、一人ずっと考えていたことを話した。

 

 皇女である自分と、一兵士に過ぎない彼が結ばれることを、父はどう思うのだろうか、と。二人はどうなってしまうのか、と。

 

「お父さまが許して下さるのか分からないから、わたし不安で。あなたはどう思う? わたしから打ち明けた方がいいのかしら?」

 

「う~ん……。陛下の気性(きしょう)なら、オレ達が黙ってて、後からそれが分かった時の方が、お(いか)りになるんじゃないかと思うけど」

 

「つまり、わたしから打ち明けた方がいいということね?」

 

 リディアの解釈(かいしゃく)に、デニスは頷く。――ただ、タイミングは考えなければならないかもしれない。

 

「どちらにしても、城内で二人っきりでこうして人目を忍んで会えるのはこの四阿だけね。しばらくは」

 

「そうだな」

 

 デニスは指の動きを止めずに答えた。

 

 リディアの執務中も、近衛兵であるデニスと二人になることは多い。けれど、侍女や大臣などの目もあるため、恋人同士として振る舞うことは難しいだろう。

 

「――ねえデニス。スラバットの人って、みんなあなたみたいに情熱的なの? あなたもスラバットの血を引いているのでしょう? お父さまから聞いたわ」

 

「ああ、確かにオレの母さんがスラバットの出身だけど。どうしてだ?」

 

 スラバット人の特徴(とくちょう)は赤髪に茶色の瞳、そして褐色の肌だと、夕食中に父から聞いた。――ちょうど、デニスと同じようだと。

 

「王子からの手紙も、情熱的な内容だったから。……ちょっと読んでみて?」

 

 リディアは既に開封済みの手紙をガウンのポケットから取り出し、デニスに差し出す。

 

「いいのか? オレが読んでも」

 

 受け取ろうとしたデニスは、少しためらった。いくら恋人とはいえ、他人様(ひとさま)の手紙を読むのは気が引ける。

 

「ええ。手紙はレーセル語で書かれているから、あなたにも読めるはずよ」

 

 本人がそこまで言うのなら……と、デニスは四つ折りにされた便箋(びんせん)を開く。

 

「――おー、こりゃスゴいな……」

 

 最後まで一通り目を通したデニスは、言葉を失った。

 

「でしょう? 一度も会ったことがないのに、どうしてこんなに情熱的な恋文(こいぶみ)が書けるのかしらね? 肖像(しょうぞう)すら見たこともないのよ」

 

 リディアは首を傾げた。父から聞かされた話だけでこの手紙が書けたのなら、カルロスという王子は相当な想像力の持ち主に違いない。

 

「それは……、アレじゃね? 他の国の貴族とか王族がお前の美しさの(うわさ)を聞きつけて、政略結婚を(はか)るようなもんだろ?」

 

「政略結婚なんて……。だって、この縁談は王子が自ら望んだことなのよ? この手紙からは、そんなことを(たくら)むような人だとは思えないわ」

 

 リディアは少しムッとした。この手紙からは、彼の情熱的でありながら純粋な恋心しか感じられなかった。そんな打算のようなものは、微塵(みじん)も感じられなかったのだ。

 

 リディアは一方的に、この話題を打ち切った。もう、政略結婚のこと自体考えたくないのだ。特に、恋人の前では。

 

「――ねえ、デニス。スラバットってどんなところなの? あなたは行ったことがあるんでしょう?」

 

 彼の母親の故郷ならば、彼も何かの機会に一度くらいは赴いたことがあるはずだ。

 

 ちなみに、リディアは一度も行ったことがない。「隣国」とはいっても、国境には高い山脈がそびえていて、越えるのに苦労するのだ。

 

「スラバットには、小さい頃から何度か行ったことがあるぜ。そうだな……、オレが覚えてるのは、まず気候がこの国とは全然違う。ちゃんと四季のあるレーセルとは違って、一年中暑くて乾燥してるんだ」

 

「へえ、そうなの? ――他には?」

 

「リディアの言う通り、色恋に関しては情熱的な人が多いかな。オレの母さんも元踊り子で、父さんに猛アピールして結ばれたらしいから」

 

「へ、へえ……。じゃああなたは、お母様に似たのね」

 

 リディアは感心したようにそう言った。彼の身体的特徴も情熱的なところも、母親譲りだとしか思えない。剣の素質は父親譲りだとしても。

 

「かもしれないな」

 

 デニスはリディアに手紙を返し、再び彼女の髪に指を滑らせ始めた。

 

「――ねえデニス。わたし、政略結婚なんて絶対にイヤなの。相手がどんなにいい人でも。結ばれるなら、愛する人とがいいわ」

 

「うん……。リディア、好きだ」

 

「――え?」

 

 改まって想いを告げられたリディアは面食らう。――何を今更?

 

「いや、まだちゃんと伝えられてなかったから、さ」

 

「ああ……」

 

 そういえば昨夜、シェスタの浜辺でそんなことを言ったかもしれない。けれど、彼の想いはキスだけで充分伝わったから、改めて言葉で伝えてもらわなくてもよかったのに。

 

「ありがとう、デニス。大好きよ」

 

 リディアも再び、彼の肩に頭を預けた。

 

「スラバットの王子が来た時も、かっ(さら)われないようにオレがちゃんと守ってやるよ。だから安心しろよ」

 

「ええ。デニス、あなたを信じているわ。だから、わたしのことも信じてね。わたしは絶対、他の男性(ひと)に心(うば)われたりしないから」

 

「うん、信じるよ」

 

 そうして二人は見つめ合う。

 

 昨夜のキスは、テニスからの不意打ちだったけれど。今夜はリディアの方から唇を重ねた。お互いに目を閉じて、昨夜よりも長く濃厚なキスを交わす。

 

(これが、恋人同士のキスなんだわ……)

 

 ――と、そこへ……。

 

 

「――姫様ー、姫さまぁ! どこにいらっしゃいますかぁ?」

 

 

 城内のどこかから、若い女性の声が聞こえてきた。デニスと()き合い、キスの余韻(よいん)に浸っていたリディアは、その声でふと現実に引き戻される。

 

「あの声、エマだわ。わたしを探してる」

 

「エマって……、お前に付いてる侍女か?」

 

 デニスに訊かれ、リディアは頷いた。

 

 彼の言う通り、エマはリディア付きの侍女で、現在リディアより一つ歳下の十七歳。純粋なレーセル人で、肩までの長さの金髪と顔のそばかすが特徴。そして。

 

 ジョンとは違う意味で、生真面目で(くち)やかましい。

 

 彼女は何というか、心配症なのだ。お忍びで出かけて戻ってくると、リディアは必ずエマに叱られる。昨夜もきっと、彼女は胃に穴があくような思いで過ごしていただろう。

 

 ――それはともかく。

 

「ゴメンなさい、デニス。わたし、そろそろ部屋に戻らないと。エマが心配するから」

 

「ああ。じゃあリディア、おやすみ」

 

「ええ、おやすみなさい」

 

 デニスと別れたリディアは急いで城内に戻り、階段を駆け上がった。すると案の定、自室の前では侍女のエマが仁王(におう)立ちで待っていた。眉を思いっきり跳ね上げて。

 

「姫様っ! 今までどこにいらっしゃったんですか!? 心配して探し回っていたんですよ!」

 

「ゴメンなさいね、エマ。眠れなかったものだから、ちょっと中庭を散歩していたの」

 

 ぷりぷり怒っている侍女に嘘をつくのも忍びなく、リディアは事実のみを伝えた。

 

(まあ、中庭にいたのは事実だものね)

 

 ……けれど、「デニスと逢引(あいび)きしていた」なんて言えるはずもないので。

 

「中庭を? お一人で、ですか?」

 

「え、ええ。もちろんよ」

 

(これで、「今日のお昼前に海賊と剣を交えた」なんて知ったら、きっと彼女、卒倒(そっとう)しちゃうわね)

 

 とっさにごまかしてしまうリディアなのだった。ただ仕事熱心で、心配症なだけの彼女(エマ)を欺いたことで、チクリと良心が痛む。

 

 この先もエマに心配をかけずにデニスとの逢瀬(おうせ)を続けるには、彼女にもその事実を打ち明けておいた方が都合(つごう)がいいのだが。

 

(エマは口が軽いからなあ……)

 

 彼女の口の軽さは、侍女や女官達の中でも一,二位を争う。(ウワサ)好きの宮廷の女性から、いつ、何の拍子にこの話題が父の耳に入るか分からないので、リディアもおいそれと危険(リスク)(おか)すわけにはいかないのだ。

 

 ちょっとやりにくくはなるが、仕方ない。

 

「あのー? 姫様、どうかなさいました?」

 

「いいえ、別に。エマ、わたし、今日は疲れたからもう休むわ。あなたももう()がっていいわよ」

 

 これ以上の詮索(せんさく)()けたいリディアは、自室に戻ると脱いだガウンをエマに預け、彼女の退室を促した。

 

 なんてことを主がこっそり思っているとは知らない、当のエマはというと。

 

「あ、はい。おやすみなさいませ」

 

 忠実にリディアの命令に従い、退室していった。

 

 一人になったリディアは枕元に置いたランタンの灯りを消し、再びベッドに入った。目を閉じて、そっと(しあわ)せを()()める。

 

(大丈夫。わたしには、デニスがいるもの) 

 

 ……そう。自分には頼もしい恋人がいる。お互いに信頼し合えて、「守ってやる」と言ってくれた騎士(ナイト)が。だから、隣国の王子が求愛してきても、心乱されることはない、

 

 旅の疲れもあってか、リディアはそのまま夢の世界へと(いざな)われていった――。

 

 

****

 

 

 ――その少し前。リディアが城内へ戻っていくのを見届けたデニスは、宿舎の玄関をくぐろうとしていた。灯りが消えたはずの玄関先に、ランタンの灯りと大柄な人影を、彼は(みと)める。――城下町に飲みに行った先輩(せんぱい)兵士が戻ってきたのだろうか?

 

(いや、違う。あれは……)

 

「ジョン?」

 

 デニスが自らのランタンで照らすと、その男はやっぱりジョンだった。

 

「デニス、戻ったか。――中庭で、姫様と逢引きしていたのか?」

 

 開口(かいこう)一番でズバッと訊いてきたジョンに、デニスは苦い顔でボヤく。

 

「まあ、そうなんだけどさ。お前、他に言い方ねえのかよ……」

 

「俺は遠回しな言い方が嫌いなんだよ」

 

 カタブツなジョンは、デニスのボヤきをバッサリと斬り捨てた。

 

 この男は幼い頃から、こういうヤツだとデニスはよぉーく知っている。けれど、というかだからこそ、ここで疑問が湧き上がる。

 

「だったらお前、どうしてリディアに自分の想い伝えねえんだよ? お前の気持ち、アイツも知ってるぜ?」

 

「……!? 姫様も、ご存じなのか……」

 

 痛いところを突かれたジョンが、「参りました」という顔で夜空を(あお)いだ。

 

「……今日の昼間、姫様が海賊と戦うことになった時にさ」

 

「……ん?」

 

「俺はあの時、姫様とお前との信頼関係っていうか、強い『(きずな)』みたいなものを感じたんだ。それが、二人が想いを通じ合わせた結果なんだ、って分かった時、もう俺にはここに入り込む隙はないんだと思った」

 

 そこまで言ってしまうと、ジョンは再びデニスに視線を戻した。

 

「だからってわけじゃないけど、俺は姫様に想いを伝えるつもりはない。姫様はいつも、俺達国民のためにお心を砕いて下さってる。俺は、そんな姫様のお心を掻き乱すようなことはしたくないから」

 

「ったく、カタブツなお前らしい理屈(りくつ)だぜ。でもな、リディアはお前から直接聞きたがってるんだ。アイツにとってはお前も、大切な幼なじみなんだから」

 

 デニスの思わぬ言葉に、ジョンは目を瞠った。それでも、彼は(かたく)なだ。

 

「……でも俺は、姫様に想いは伝えない。忠誠心が、俺なりの姫様への愛情だ。姫様に忠義を尽くして、陰ながらお守りすることこそが、俺なりの愛し方なんだよ」

 

「ああ、そうかい! 勝手にしろよなっ!」

 

 デニスはもう、ジョンの理詰(りづ)めにはウンザリしていた。捨て台詞を吐いて、さっさと寝部屋へ行こうとするけれど。

 

「――そういや、十日後にスラバットの王子が国賓として来るらしいな」

 

「ああ、そうだけど……」

 

 ジョンに引き留められたデニスは、「なんでお前が知っているのか」と訊いた。

 

 すると、イヴァン陛下のお供をしていた先輩兵士から聞いたのだと、答えが返る。

 

「その王子と姫様との縁談の話も出てるっていうじゃないか。お前、大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だって。リディアは絶対、オレのこと裏切らないからさ。ちゃんとオレが守るって約束したし」

 

「だったらいいけどな。ま、せいぜい褐色の肌の王子に姫様を()られないように気をつけろよ。同じ色の肌の騎士(ナイト)さん?」

 

 

「うるせえ! 余計なお世話だっつうの!」

 

 

 ぷりぷり怒りながら、デニスは階段をドスドスと上がっていく。ちなみに、デニスの部屋は二階、ジョンの部屋は一階のそれぞれ二人部屋である。

 

「――褐色の肌の王子、か……」

 

 デニスは自分の容姿をジョンと比較(ひかく)して、いつも劣等感(コンプレックス)を抱えている。生粋(きっすい)のレーセル人であるジョンの白肌・金髪に対し、スラバットとの混血(こんけつ)である自分の褐色肌・赤髪が(にく)らしかった。

 

アイツ(リディア)は、なんでオレのことを……?」

 

 自分のこの異国風(エキゾチック)な容姿に()かれたのだとすれば、その王子にだって――。何せ、容姿が似ていたってこちらは一介(いっかい)の軍人、あちらは一国の王子だ。身分が違いすぎる。

 

(オレ、リディアのこと守りきれるかな)

 

 

 ――それから十日間、デニスは悶々と悩みながら過ごした(のち)、国賓としてスラバット王子を迎えることとなった――。

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