レーセル帝国物語 皇女リディアはタメグチ近衛兵に恋しています。   作:日暮ミミ

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4・褐色の肌の王子と騎士《ナイト》⑴

 ――とその前に、その十日間をリディアとデニスの二人がどのように過ごしていたのかを描写(びょうしゃ)しておこうと思う。

 

 ジョンの本心を知ったデニスは翌日の夜、例の四阿でリディアにそのことを話した。

 

「いいんじゃないの?」

 

 彼女の反応は、デニスの予想に反して淡白(たんぱく)なものだった。

 

「えっ、いいのかよ?」

 

 デニスは虚をつかれたように声を上げる。

 

「ええ。だって、愛し方は人それぞれ違って当然だもの。わたしにはわたしなりの、あなたにはあなたなりの愛し方があるように、彼には彼なりの愛し方があってもいいはずよ」

 

 それが「忠義を尽くして、陰ながら守ること」ならば、それでもいいとリディアは言うのだ。

 

「おいおい。こないだ言ってたこととずいぶん違わねえか?」

 

 数日前、「想いを伝えるなら、はっきり伝えてほしい」と言っていたのはどこの誰だったろうか? ――とデニスが問えば。

 

「あれはデニス、あなたに向けて言った言葉よ」

 

「……へ? オレ?」

 

 デニスはキョトンとする。

 

「あなたのわたしへの想いは、さりげない仕草とか態度で何となく分かってたわ。でも、直接的な態度で伝えてくれたことがなかったから、わたしも自信がなかったの」

 

「オレの気持ち、バレバレだったんだな」

 

 デニスは頬をポリポリ掻いた。とはいえ、ちゃんと想いは伝わり、今はこうして両想いになっているのだからまあ、それでよかったのかもしれない。

 

「――ところでデニス、わたし達の関係をいつお父さまに打ち明けるかを、わたしはずっと考えているの」

 

 リディアは昨夜のように、デニスの肩に頭を乗せて、少し考えてからゆっくりと口を開いた。

 

「うん」

 

「でね、思いついたの。カルロス王子がこの国に来ている間に、そのタイミングをぶつけてみたらどうなるかしら、って」

 

「……ハイ?」

 

 デニスは面食らう。彼女が言っている意味が分からない。

 

「ほら、『王子との縁談は受けたくない』って、お父さまに伝えてあるでしょう? その理由が、あなたと恋仲だからって言えば、お父さまも納得して下さると思うの」

 

「……う~ん、どうだろうなあ?」

 

 デニスは天を仰いだ。そんなにうまく事が運ぶものだろうか? いくらイヴァン皇帝が娘に甘い父親だとしても。

 

「もう少し様子(ようす)()でいいんじゃねえかな? 焦って打ち明けて、反対されるのもイヤだしさ」

 

「そうよね……。もう少し考えてみるわ」

 

 二人はまだ交際を始めたばかりなのだ。もっと他に、話すのに(てき)したタイミングができるかもしれない。

 

「それに、わたしに求婚しに来る相手に当てつけるようなやり方って、姑息(こそく)だものね」

 

「…………」

 

 デニスには、彼女が一体誰のことを言っているのかすぐに分かった。

 

 スラバットの、カルロス王子。西の国境を接する王国の、自分と同じ色の髪・肌・瞳を持つ、現在の事実上の〝君主〟だ――。

 

「――なあ、リディア。オレのどんなところを好きになったんだ?」

 

 デニスが唐突に、正面からリディアを見つめて訊ねた。

 

「えっ? どうしたの急に?」

 

 戸惑うリディアに、デニスは真摯な眼差しでもう一度問いかける。

 

「うん……、いや。オレってスラバットとの混血で、何ていうか異国風(いこくふう)だろ? だから、お前もそういうところに惹かれた、ってことはねえかな?」

 

 もしもそれが、彼女が自分に惹かれた理由だとしたら、同じような外見の異国の王子に心奪われる可能性もなくもないのではないだろうか?

 

「そうね,ないとは言い切れないわ。あなたのその異国風(エキゾチック)風貌(ふうぼう)は、確かに魅力的よ。特に、()んだ茶色の瞳がわたしは好き」

 

 そんなデニスの心配を読み取ったかのように、リディアは「でもね」と続ける。

 

「わたしがあなたを好きな理由は、それだけじゃないのよ。幼い頃からずっと変わらず、わたしに壁を作らずに接してくれるところとか、いつも真っすぐなところとか。あなたの魅力は数えきれないくらいあるわ」

 

 彼女はデニスの褐色の頬に手で触れ、優しく微笑んだ。

 

「たとえ同じ肌や瞳の色をしている人がいても、この肌と瞳はあなただけのものだから。わたしが愛しているのはデニス、あなただけなの。――『信じて』って言ったでしょう?」

 

 リディアがそこまで言うと、二人はそのまま目を閉じて口づけた。

 

 長い口づけの後、昨夜と同じように抱擁(ほうよう)を交わす。ふと,デニスがリディアに訊いた。

 

「今日はこんなに長く一緒にいて大丈夫なのか? またエマが心配するんじゃ……」

 

「大丈夫よ。エマにはもう、わたしとあなたの仲について話してあるもの」

 

 リディアはケロッとした顔で答える。

 

「へえ……。それで、あの()は何て?」

 

「『姫様とデニス様が恋仲なんて、お似合いだと思います。(わたし)はお二人の幸せをお祈りしております』って。――わたしはてっきり、反対されるかもしれないと思っていたの」

 

 側仕(そばづか)えの侍女に気兼ねしなくて済むのならば、デニスとの逢瀬もずいぶんと楽になる。

 

 ただ、一つだけ問題が……。

 

 彼女(エマ)は口が軽いのだ。デニスだって、そのことを知らないわけではないので。

 

「でも、話しちまってよかったのか? もし城中の噂になって、それが陛下の耳に入ったりしたら……」

 

 もっともな心配を口にした。

 

「それも大丈夫。『くれぐれも,お父さまのお耳には入れないように』って、釘を刺しておいたから」

 

「……あっそ」

 

 いくら噂好きの女官達でも、皇女の命令に逆らうことはないだろう。……多分。

 

 

****

 

 

 ――こうして、二人は毎晩、四阿での逢瀬を重ねた。

 

 〝逢瀬〟とはいっても、二人きりで恋人同士として語らい、口づけと抱擁を交わすだけのとても(きよ)いものである。

 

「皇女リディアと近衛兵デニスが恋仲になっている」という噂は、城内の女官達の間でたちまち広まった。火種(ひだね)はおそらく、一番最初にその事実を知ったエマだと推測される。

 

 噂は(あや)うく女官長の耳にまで届いてしまったが、彼女は口の(かた)い人物だったため、イヴァン皇帝の耳に入るまでに立ち消えとなった。

 

 

****

 

 

 ――そしてとうとう、スラバット王国からの国賓を迎える日がやってきた。

 

「まあ、姫様! とてもおキレイですわ!」

 

 リディアの部屋で彼女の化粧(けしょう)を終えた侍女のエマは、ドレッサーの(かがみ)に映る主の姿に目を輝かせた。

 

 その主――皇女リディアはというと、彼女に見立ててもらったドレスに不満たらたら。

 

「ねえ、エマ。このドレス、胸元が()きすぎじゃないかしら?」

 

「えっ? そうですか?」

 

 エマが選んだこの日の衣装は、リディアの蜂蜜色の髪によく映える、ワインレッドのドレス。絹を素材に、全体に模様が織り込まれた生地(きじ)で仕立てられており、胸まわりや袖口、裾には金色(こんじき)のレースがあしらわれている華やかな衣装である。

 

 開きすぎている胸元も、髪を下ろしていればまだそれほど目立たないかもしれないが。

 

 この日のリディアは銀のティアラを()せるために髪を結い上げられており、細い首とともに露出(ろしゅつ)した豊かな胸は余計に目立つのだ。

 

 しかも、ただでさえ豊満(ほうまん)な胸を、これでもかと寄せて上げて、強調させられているのである。

 

「よろしいじゃございませんか、姫様。豊かなお胸は、魅力的な女性の象徴です。スラバットの王子様もきっと、姫様のことを魅力的に思って下さいますわ!」

 

(いや、魅力的に思われても困るんだけど)

 

 リディアが心の中でツッコんでいると、室内に控えていたデニスが(彼が室内に入ったのは、リディアの着替えが済んだ後である)コホンと一つ咳払(せきばら)いをした。

 

「あのなあ、エマ。ここにれっきとした恋人がいるんだけどな……」

 

 不謹慎(ふきんしん)だ、とばかりに顔をしかめるデニスに、エマは「しまった!」という顔をする。

 

「すっ、すみませんデニス様! ……あっ、ですがデニス様がご覧になっても、今日の姫様はステキだとお思いになりませんか?」

 

「えっ!? ……そ、そりゃあ……な」

 

 急に同意を求められたデニスは、顔を真っ赤にしてドギマギしながらも肯定した。

 

「……あっ、ありがとう」

 

 恋人に「ステキだ」と思ってもらえたことは、リディアも嬉しい。が、今回の目的は隣国の王子に魅力的に思われることでは()()()()()

 

 皇女として、スラバットからの国賓をもてなすことが目的なのである。――少なくともリディアはそう思っている。

 

「姫様、胸元が気になるようでしたら、大ぶりの首飾りをお着けになってみては?」

 

 エマはドレッサーの上の宝石箱から、大ぶりな紅玉(ルビー)のはめ込まれた金の首飾りを取り出し、リディアの首にかけた。

 

「ほら、こうすれば胸元も目立たなくなりましたでしょう?」

 

「……そうね」

 

 見る人の視線はきっと、華やかな首飾りに逸れて、胸元を注視されることはないかもしれない。

 

「ところで、カルロス王子はもうこの国にお着きになっているの?」

 

「はい。昨夜のうちに着かれたそうですわ。一晩迎賓館にお泊りになって、そちらで昼食を済まされた後、午後の謁見(えっけん)のお時間に陛下や姫様にお目にかかるそうです」

 

 午後の謁見は二時からである。リディアは懐中時計で現在の時刻を確かめた。

 

 もうすぐ二時。リディアも昼食を済ませてから身支度を始めたので、ちょうどいい頃合(ころあ)いである。

 

 金色の(くつ)を履いたリディアは、「そろそろ時間ね」とデニスに告げた。頷いた彼は、わざとらしく口調を変えて言う。

 

「では、この先は自分が責任を持って警護致しますので。姫様、参りましょう」

 

「……ええ」

 

 謁見の間、つまり玉座の間へ向かう途中、リディアはデニスに小声でツッコんでいた。

 

「急に態度を変えられたら、わたしの方がやりにくくて仕方ないんだけど」

 

「仕方ねえだろ。これが仕事なんだから」

 

 言い返すデニスも、小声ではいつもの砕けた口調に戻る。二人の関係は既に知れ渡っているので、今更コソコソしても始まらないだろうに。

 

 ――それはさておき。

 

「デニスも、今日はとってもステキよ」

 

 リディアの言う通り、彼もこの日は礼装をしていた。

 

 刺しゅうの施された青い詰め襟の上着に白い下衣(ズボン)、黒のブーツ。それも、いつもの(どろ)(よご)れた編み上げブーツではなく、ピカピカに(みが)き上げられたブーツだ。

 

「えっ、そうか? オレは似合わねえなと思ってたんだけど」

 

「ううん、とってもステキよ。あなたの肌の色にも、髪の色にもよく合ってるわ」

 

 レーセル帝国近衛軍団の伝統的な礼装を、褐色の肌をした彼が着ると、いつもに増して異国風(エキゾチック)に見えるから不思議だ。

 

「そうか? ありがとな。オレはこんなの着慣れないから、肩こって仕方ねえよ」

 

「それくらい我慢(ガマン)しなさいよ。仕事なんだから」

 

 ――とまあ、小声で漫才(?)のようなやり取りを続けるうち、二人は城の一階中央にある大きな両開きの扉の前に到着した。

 

 デニスが扉をノックし、「姫様が参られました」と中に声をかけると、中から兵士の声で「どうぞ、お入りください」と返事が返り、扉が開けられた。

 

 リディアは姿勢を正すと、ドレスの裾を両手でつまみ上げ、玉座に座る父・イヴァン皇帝の隣りまで胸を張って歩いて行く。前を歩く護衛官デニスの先導によって。

 

「おお、リディアよ。来たか。――カルロスどの、紹介しよう。これが私の一人娘で我が国の次期皇帝、リディアだよ」

 

 父に「カルロスどの」と呼ばれた褐色肌の青年に向かって、彼女は優雅に自己紹介をした。

 

「初めまして、カルロス様。レーセル帝国へようこそおいで下さいました。わたしはこの国の第一皇女、リディア・エルヴァートでございます」

 

 腰を(かが)めて深々とお辞儀すると、その美しさに、隣国の客人達の中からは「ほう……」とあちらこちらからため息が漏れる。

 

 顔を上げたリディアは、青年の顔をまじまじと眺めた。

 

 デニスと同じような褐色の肌に赤い髪、茶色の瞳をしている。ただ、髪はカルロスの方が長いし、肌の色もデニスより彼の方が若干濃い気がする。多分、こちらが純粋なスラバット人の肌の色なのだろう。

 

 でも、彼の澄んだ茶色い瞳だけは、デニスと同じだとリディアは思った。

 

「……リディアよ、どうしたのだ?」

 

 無言のまま王子を見つめていたら、隣りから父の怪訝そうな声がして、彼女はハッと我に返る。

 

「あ……、いえ。何でもありませんわ」

 

(……いけない。わたしったら、ついカルロス様に見蕩(みと)れてしまったわ。デニスの前なのに)

 

 チラッと後ろを振り返ると、デニスは少々機嫌が悪そうである。

 

(もしかして、わたしが彼に見蕩れていたこと、バレたのかしら?)

 

 浮気者と思われただろうか? あれだけ大口(おおぐち)を叩いたのに。

 

「リディア、こちらが西の隣国・スラバット王国の王太子、カルロスどのだ」

 

「カルロス・マルロッソと申します。この(たび)はお招き頂き、ありがとうございます。皇女リディア様、お会いできて光栄です。噂以上にお美しいですね」

 

 自己紹介したカルロスが、(さわ)やかに微笑んだ。リディアは恋人(デニス)の手前、どんな反応を返していいのか分からない。

 

「ありがとうございます、カルロス様。お世辞(せじ)でも嬉しいですわ」

 

 とはいえ、ここは社交辞令で素直に礼を述べておくのが正解だろうと彼女は判断した。

 

 ――と、カルロスの隣りに控えていた一人の中年男性が、ここぞとばかりに出しゃばってきた。

 

「いやはや、本当に美しいですな。王子が妻にしたいと思い描いていた、まさに理想通りの女性ではございませんか」

 

 ヒヒヒ、と下衆(げす)な笑いを漏らすその男に、リディアは薄気味(うすきみ)悪さを感じた。

 

 着ているものは王子と同じようなスラバットの礼装で、身分はそれなりに高いはずなのだが。

 

(一体何なの? この人)

 

伯父(おじ)(うえ)!」

 

 カルロスが鋭く咎める。リディアはそれにより、この薄気味の悪い男の正体に思い当たった。

 

「カルロス様。この方は……、あなたの伯父上様なのですか?」

 

「はい。私の伯父で、サルディーノ・アドレといいます。我が国の宰相(さいしょう)を務めてくれています。また、私の後見人(こうけんにん)でもあります」

 

 カルロス王子が、リディアにその男を紹介した。

 

「丁寧にご紹介頂いて、畏れ入ります。ですがカルロス様、伯父上様の(せい)が違うのはどうしてですか?」

 

 リディアの疑問にも、彼は親切に答えてくれる。

 

「伯父の姓は、母方の姓なのです。彼は母の兄にあたる人なので」

 

「ああ、なるほど。そうでしたの」

 

 リディアは納得しかけたものの、このサルディーノという人物に関して、いささか疑問が残った。

 

(〝宰相〟って、君主に代わって政治を()り行う人のことよね)

 

 レーセル帝国においては、大臣がそれにあたる。皇帝イヴァン・皇太子(こうたいし)リディア(皇位を継ぐ立場なので、〝太子〟という地位なのである)(とも)に不在の時には、彼が代わりに(まつりごと)に関わるのだ。

 

 けれど、現在スラバット王国を治めているのはカルロス王子だと、父は言っていた。まあ宰相がいるのはともかく、伯父が王子の後見人だというのも引っかかる。

 

 スラバットの法律は知らないが、二〇歳(はたち)になっているはずのカルロス王子に、後見人なんて必要なのだろうか?

 

(もしかして、王子はただのお飾り君主?)

 

 そんな可能性がふとリディアの頭の中を(かす)めた時、彼女は父に呼ばれて我に返った。

 

「リディア、カルロスどのはこの城の中を見て回りたいそうだ。そなたが案内して差し上げなさい」

 

「あ……、はい。分かりました」

 

 リディアが了承すると、すかさずデニスが「自分もお供します」と申し出る。

 

「自分は姫様の護衛官です。お供しても構いませんよね?」

 

 彼の台詞は、自らの任務に忠実な者の台詞のようにも聞こえるが、その真意をリディアは見抜いていた。

 

(要するに、わたしをカルロス王子と二人っきりにしたくないわけね)

 

 リディアは半目になって、恋人である護衛官をギロッと睨んだ。

 

「え、ええ。私は構いませんが……。イヴァン陛下、リディア様、いかがでしょうか?」

 

 カルロス王子は少々戸惑いながら、皇帝父娘(おやこ)意向(いこう)を確かめる。

 

「よかろう。――そなたはどうだ?」

 

「わたしも構いませんわ」

 

(むしろ、わたしはその方が安心だわ)

 

 そんな本心を隠して、リディアは頷いた。

 

「ではカルロス様、参りましょうか」

 

 

****

 

 

 城の敷地内にある各施設――剣術鍛錬所や兵士の宿舎、厩舎など――を一通り案内した後、リディアはデニスを伴い、カルロス王子を中庭へ案内した。

 

 ここには毎夜、リディアとデニスが逢瀬を重ねている四阿があるが、庭自体も大したものだ。

 

 まず広い。これは言わずもがなである。その広い庭は、宮廷専属の庭師によって隅々まで手入れが行き届いており、四季(しき)折々(おりおり)の草花や樹木が植えられている。

 

「――カルロス様、こちらが中庭ですわ」

 

「ありがとうございます。素晴(すば)らしい庭ですね」

 

 この時の二人の褐色肌の青年の態度は、まるで対照(たいしょう)的なものだった。

 

「私の国には、四季がありませんので。こうして季節の植物に触れられる貴重(きちょう)な機会を頂けて、とてもありがたいです」

 

 カルロス王子の方は、たいそう上機嫌だ。初めて(かどうかは分からないが)目にする「季節」というものに、気分を高揚(こうよう)させている。

 

 一方のデニスはというと、とても不機嫌。理由はリディアにも分かっている。この異国から来た、背の高い王子への一方的なライバル意識、だ。

 

 要するに〝嫉妬〟である。

 

(やっぱり、わたしがさっき王子に見蕩れてたこと,バレているのかしら……?)

 

 というか、原因はそれしか考えられない。ジョンの次は、母の故郷の王子か。――自分の恋人がこんなに嫉妬深かったのかと、リディアは愕然となった。

 

「あの、リディア様。少し疲れました。あそこにある四阿で、少し休ませて下さいませんか?」

 

 カルロス王子が、あの四阿を指差して言った。途端に、デニスの眉が跳ね上がる。

 

 どうやら彼は、自分とリディアの二人だけの〝聖域〟を他の男に(けが)されることが許せないらしい。

 

 

「ええ、いいですわ。参りましょう」

 

 

(……! リディア!?)

 

 デニスが、表情だけで抗議してくる。リディアはそれを、にこやかな笑顔で封じた。

 

「デニス、あなたもいらっしゃい」

 

「王子と二人きりにならなきゃ問題ないでしょう?」と言わんばかりに。

 

「あ……、ハイ」

 

 リディアの(あつ)に屈し、デニスは神妙(しんみょう)に縮こまる。

 

 リディアとデニス、カルロスの三人はそのまま四阿まで移動した。長椅子には両国の皇女と王子が並んで腰かけ、護衛官のデニスは四阿の入口に立ち、カルロス王子に睨みをきかせている。

 

(本当は、外を見張らなきゃいけないんじゃないのかしら?)

 

 いいのだろうか? 個人的な感情で、責任を放棄(ほうき)しても。

 

 ……まあ、何かあってもリディアが責任を負わされるわけではないのだが。恋人としては心配になる。

 

 そんなデニスを凝視(ぎょうし)しながら、カルロスが彼に質問した。

 

「君は、デニスどのといいましたね。君もスラバットの出身なのですか?」

 

 彼の肌や瞳の色に、王子も気がついていたようだ。

 

「いえ、自分は混血です。母がスラバット出身ですが、父はレーセル帝国の兵士で」

 

「混血……ですか。――いや、私と同じ肌と瞳の色だったのでね、妙に親近感が湧いたんです。気を悪くしたのなら申し訳ない」

 

 悪びれた様子もなく王子が詫びたので、デニスは決まり悪そうに「いえ……」と首を振った。

 

「デニスとわたしは、幼なじみなんです。出会ったのは五歳の時でした。母と、生まれてくるはずだった弟を亡くして、塞ぎこんでいたわたしを元気づけてくれたのが彼と、もう一人の幼なじみのジョンだったんです」

 

「幼なじみ?」

 

「ええ。彼はわたしの剣の師匠でもあるんですよ」

 

 リディアは数日前に三人で港町へ出向き、そこで海賊と戦ったことをカルロスに話して聞かせた。

 

「その時も、デニスが力を貸してくれたからわたしは戦えたようなものですわ」

 

 デニスと目が合い、頬を赤らめるリディアを見て、カルロスは何かを(さと)ったようだが、彼はあえてそのことを追及(ついきゅう)しなかった。

 

「リディア様は美しいだけでなく、お強くもあるのですね」

 

「ええ、まあ。強くなければ民はおろか、自分の身を守ることすら(かな)いませんもの。――カルロス様は、剣の腕はいかほど?」

 

「私は……、剣はからっきしダメです。我が国は、(いくさ)とは無縁です。守ってくれる護衛の兵士もおりますし」

 

 その答えに、リディアは言葉を失った。この王子はどれだけ平和ボケしているのか、そしてどれだけお人()しなのか、と。

 

 彼の伯父・サルディーノ宰相はどう見ても胡散(うさん)(くさ)い。カルロスがまだ王として即位していないことと合わせて考えても、彼が王位を狙っていることは分かりそうなものなのに。

 

「――あの、カルロス様。あなたとの、縁談のお話なのですが……」

 

 もしかして、宰相が言い出したことではないかと、リディアは言おうとしたのだが。

 

「分かっていますよ、リディア様。断るおつもりなのでしょう?」

 

「えっ?」

 

 自分から断らなくてはならないのに、王子にズバリそれを言い当てられ、リディアは虚をつかれたように目を瞠る。

 

「他に愛する方がいらっしゃるのですね? もしかして、デニスどのですか?」

 

「…………ええ。でも、どうして分かったのですか?」

 

「先ほど、お二人が見つめ合った時の雰囲気で、そうではないかと」

 

「ああ……」

 

 思いっきりバレていたのね、とリディアは天を仰いだ。

 

「あのっ! このこと……、父にはまだ言わないで頂けませんか? 父には、わたしから直接話すつもりでおりますので……」

 

「もちろん、お約束します」

 

(よかった……)

 

 リディアはホッとしたのと同時に、覚悟を決めた。もう、デニスとの関係を父に打ち明けてしまおうと。

 

 二人はもう成人なのだし、法律上は何の問題もない。壁は二人の立場だけだが、それだって何とか越えられそうな気がする。

 

「実は私も、まだ結婚までは考えておりませんでした。あなたの噂を耳にして、恋をしてしまったのは事実ですが」

 

「えっ? ――だって父が、この縁談は王子のご希望だと……」

 

 リディアは頭が混乱した。この縁談は父が決めたことでも、王子が望んだことでもない?

 

(どういうことなの?)

 

「この話は、伯父が仕組んだことなんです。伯父は私を皇女殿下――つまり、リディア様に婿入りさせることで、自らも権力を握ろうとしているのです」

 

「やっぱり、そうでしたか……」

 

 リディアにはそれで納得がいった。

 

 皇女に子息を婿入りさせ、姻戚(いんせき)関係を結ぶことで自らも権力を手にしようと(たくら)む王族・貴族は多い。サルディーノ宰相もそういう(たぐい)の人間だということか。

 

「でも、伯父上様も王族なのでしょう? なぜ自ら王になろうとしなかったのでしょう? あなたもまだ、即位されていないようですし」

 

「我が国では、王妃の親族に王位継承権は与えられないのです。ですから、私をリディア様に婿入りさせ、スラバットを帝国の領土として差し出すことで、実権を握ろうとしているのだと思います。そしていずれは、帝国の権力も奪う気なのでしょう」

 

「そんな……」

 

 彼の伯父が野心家だろうとは、リディアも思っていたけれど。まさか、帝国の未来をも揺るがしかねないことを企んでいたとは!

 

「では、カルロス様が即位していないのもそのせいですか?」

 

「はい。あなたは聡明(そうめい)な女性のようなので、大丈夫でしょうね。私のように(あやつ)られる心配はない。何せ、女性でありながら、皇帝になろうというお方ですから」

 

「……はあ」

 

 〝操られる〟とは。もしや、先ほどリディアが懸念(けねん)していたことは、当たっているのだろうか。

 

「我が国は表向き、両親亡き後は私が治めていることになっていますが、実際に政治を執り仕切っているのは伯父です。私はいわば、伯父の操り人形なのです。情けない話ではありますが」

 

 カルロスは(あざけ)るように、肩をすくめた。

 

「でも、私がリディア様に恋をしたのは決して打算ではありません。伯父に唆されたからでもありません。私はただ、一目あなたにお目にかかりたかった。ただそれだけなんです。信じて頂けますか?」

 

 カルロスは、リディアの目を真っすぐ見ている。それは嘘をついている人間の目とはとても思えなかった。

 

「ええ、信じますわ」

 

 リディアは断言した。彼はとても純粋な人間だ。純粋で、真っすぐな。

 

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