レーセル帝国物語 皇女リディアはタメグチ近衛兵に恋しています。   作:日暮ミミ

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4・褐色の肌の王子と騎士《ナイト》⑵

「それにしても、あなたの伯父上様は(あわ)れな方ですね」

 

「はい?」

 

「権力を握ることしか頭にないなんて、本当に哀れな方ですわ」

 

「……私も、同感です」

 

 意外にも(おい)であるカルロスが同意したことに、リディアは目を瞠った。

 

 よく考えたら、彼が一番の被害者なのかもしれない。自身の恋心を、伯父の野心のために利用されて。王位を継ぐこともできずにいるなんて。

 

「こんな私に、あなたを幸せにする資格はありません。伯父上には申し訳ないが、むしろ縁談を断られて、私はホッとしています」

 

「カルロス様……」

 

 リディアには、彼のこの言葉が強がりなどではなく、本心から言っているのだと確信できた。なぜなら、その顔には安堵したような笑みが浮かんでいたから。

 

「リディア様、どうかデニスどのと末永(すえなが)くお幸せに」

 

「ええ。ありがとうございます」

 

リディアは何だかデニスとの仲が、父にすんなり認められそうな気がしてきた。

 

 いつの間にやら、西の空では日が傾き始めている。そんなに長い時間、この四阿にいたのかと三人は改めて驚いた。

 

「さて、カルロス様。次はどちらをご案内致しましょうか……」

 

 三人はこうして、四阿を後にした。来た時にはデニスの中にあったカルロスへの不信感や敵対心も、この時にはすっかり消え()せていたのだった。

 

 

****

 

 

 ――この日の夕食は、城の大広間でスラバット王国からの国賓をもてなすために(もよお)された晩餐会(ばんさんかい)だった。

 

 周囲に海のない隣国の客人達は、味わったことのない海の幸の料理やその他の美食に舌鼓を打つ。

 

「この国には、大変栄えている〝シェスタ〟という港町がありますの。カルロス様、ご滞在の間に一度行かれてみては?」

 

 リディアはあくまで「もてなし」として,自然に王子に語りかけた。

 

「本場で味わう海の幸は、一味(ひとあじ)二味(ふたあじ)も違いますわよ」

 

「そうですか? では、明日にでも行ってみますね。リディア様もご一緒して下さるのですか?」

 

「いえ。あいにく、わたしはご一緒できませんが。代わりとして、案内役の兵士を一人同行させますわ」

 

「ありがとうございます、リディア様。助かります」

 

 ――この晩餐会には、特別にデニスも同席を許されていた。カルロス王子が直々に、イヴァン皇帝に「ぜひ、デニスどのも一緒に」と頼み込んだのである。

 

 リディアはカルロスとの話を終えると、隣りの席で食事をしていたデニスに目で合図を送り、二人で中座(ちゅうざ)して父の席の側へ行った。

 

「お父さま、食事中に申し訳ありません。内密(ないみつ)なお話があるので、少し外へ……。よろしいですか?」

 

 リディアがそっと耳打ちすると、父は内容について詮索することなく黙って頷き、その場にいる一同に中座する(むね)を詫びた。

 

 

****

 

 

「――それで、内密な話とは何なのだ? リディアよ」

 

 大広間を出たところで、イヴァンは娘に、わざわざ外まで呼び出した用件を訊ねる。

 

「すみません、お父さま。どうしても、サルディーノ宰相の耳には入れたくない話だったものですから」

 

 リディアはまず一言父に詫び、本題に入った。

 

「わたし、カルロス様との縁談のお話をお断りしました」

 

「そうであろうな。……それで?」

 

 続きを促され、リディアは側に立っているデニスと顔を見合わせる。果たして、父に自分達の関係について話していいものか?

 

 ――きっと大丈夫。何たって、縁談相手だったカルロスが背中を押してくれたのだ。

 

「わたしは、このデニスと恋仲なのです。将来わたしの夫となる人も、彼だけと心に決めております」

 

「なんだ、そのようなことか。私が気づいていないとでも思っていたのか?」

 

「……お父さま。ご存じだったのですか」

 

 ありったけの勇気をふり(しぼ)って打ち明けたのに、父にあっさり「知っていた」と言われたリディアは拍子抜け。

 

「当然だ。何年、そなたの父親をやってきたと思っているのだ?」

 

「…………そうですわね」

 

 十八年、である。デニスがリディアと親しくなってからでも十三年。それだけの間娘のことを見てきたら、気づかない方がどうかしている。

 

「デニスよ、そなたに確かめたい」

 

「……は」

 

「リディアのことを、本気で愛しているのだな?」

 

 イヴァンが彼を見る目は、「家臣を見る皇帝」ではなく「娘の恋人を見る父親」の目になっていた。

 

「もちろんです、陛下」

 

 デニスはキッパリと言い切った。「女帝の夫」になる覚悟まではさすがにまだないが、リディアのことを想う気持ちなら誰にも負けない自信が彼にはある。

 

「……よかろう。二人が本気で想い合っているのなら、私は反対せぬ。二人の仲を認めることにしよう」

 

「本当ですか!? お父さま、ありがとうございます!」

 

 しばしの思案の後、父がくれた許諾(きょだく)の言葉に、リディアの表情はパッと明るくなった。

 

「ふむ。――ただな、今すぐに婚約を発表することはできぬ。(おおやけ)の場での発表はもう少し先になるが、それでもよいか?」

 

「ええ、それでも構いませんわ」

 

 リディアは(こころよ)く頷く。断ったとはいえ、縁談の相手がこの国に滞在している間は、諸外国への体裁(ていさい)もあって公にできないと彼女も承知しているからである。

 

 何はともあれ、デニスとの仲を隠さずにいられるようになることが、リディアには嬉しかった。

 

「――ところでリディアよ。先ほどのそなたの言葉は、一体どのような意味なのだ?」

 

「先ほどの、とは……。ああ、『サルディーノ宰相の耳には入れたくない』と申し上げたことでしょうか?」

 

 父が頷く。リディアは大広間のドアを見つめた後、改めて声を潜めた。

 

「お父さま、これはカルロス様から伺った話なのですが……。サルディーノ宰相はどうやら、要注意人物のようなのです」

 

 彼女は午後に中庭の四阿で、王子から聞いた話を父にも聞かせる。

 

「――なに? あの男はそなたに甥を婿入りさせることで、帝国の権力まで手中にしようとしているというのか?」

 

「ええ。ですから、この度のわたしとの縁談も、カルロス王子自身のご希望ではなくて。彼もまた、伯父であるあの男の(こま)として利用されている、ということですわ」

 

 リディアは少なからず、カルロスに同情しているのかもしれない。デニスが横で(けわ)しい表情をしているが、彼女はただただカルロスのことを案じていた。

 

「お父さま。カルロス様の今後のために、あの男を排除(はいじょ)するということはできないのでしょうか?」

 

 伯父であるあの宰相がのさばっていては、彼はいつまでも王として即位できない。それは、王国であるスラバットのためにも決してよくない事態である。

 

「それは……、難しいだろうな。これは隣国の問題だ。我々に口出しする権利はない」

 

「そう……ですわね」

 

 あの国がレーセルの庇護国や隷属(れいぞく)国であれば、皇族の権限で王族に物申すこともできるのだが。残念ながら、スラバットは帝国の領地ですらない。

 

(わたし達は、手をこまねいているしかないのかしら……? 歯痒(はがゆ)いわ)

 

 落胆の色を隠せないリディアに、父はポツリと呟く。

 

「我々にはどうすることもできぬ。が、カルロス王子であれば、どうであろうな」

 

「……!」

 

 彼女はハッとした。彼が――カルロスが自分の意志で伯父を拒絶すれば、あの宰相を排斥(はいせき)することも可能かもしれない。

 

「お父さま。わたし、カルロス様を説得してみますわ!」

 

 意気込むリディアの腕を、すっかり蚊帳(かや)の外にされていたデニスがつっつく。

 

「なによ?」

 

「まさか、あの王子と二人っきりで会うわけじゃないよな?」

 

 要するに、「オレも同席させろ」と言いたいらしい。

 

 こういった政治的な話の場に、デニスを同席させるのはリディアも不本意なのだが。

 

「仕方ないわねえ……。あなたがどうしてもって言うなら、同席させてあげてもいいわ」

 

 肩をすくめて答えたリディアに、デニスは尻尾を振る犬のように喜んだ。実は彼女も、デニスに同席してほしいと思っていたり、いなかったり……。

 

「――さて、客人が何事かと心配している。そろそろ食事に戻るとしよう」

 

「「はい」」

 

 三人は晩餐会の席に戻った。

 

 その途中、カルロスの席の側を通りかかったリディアは、彼にそっと耳打ちする。

 

「内密なお話がございます。後ほどお時間を頂けないでしょうか? 先ほどご案内した、中庭の四阿でお待ちしております」

 

「……はい」

 

「あ、それから。くれぐれも、サルディーノ様にはこのことはご内密に。では、後ほど」

 

 そう言って微笑むと、彼女は王子の向かい側の自分の席に腰を下ろした。

 

 

****

 

 

 晩餐会の後、リディアはデニスと二人、中庭の四阿でカルロスを待っていた。

 

 二人とも、大広間から直接来ているため、着替えもしていない。デニスなんか、例の肩がこりそうな礼装のままだ。彼にしてみれば、拷問(ごうもん)としか思えない。――それはともかく。

 

「リディア様、お待たせして申し訳ありません。――おや、デニスどのもご一緒だったのですね」

 

 数分待ったところへ、カルロスがやって来た。彼も酒には弱いらしく、素面(シラフ)である。

 

「いいえ、わざわざおいで下さってありがとうございます。彼も同席させて頂きますが、よろしいですか?」

 

「はい、私は構いませんが……。それで、伯父には内密の話というのは?」

 

 どこで誰が聞いているか分からないため、カルロスは声を潜めて訊ねた。

 

「ええ。それは他でもないあなたの伯父上、サルディーノ様のことです」

 

 これから告げることは、彼にとっては残酷(ざんこく)な内容かもしれない。それでも、スラバット王国の未来を思えばこそ、告げなければならないと、リディアは腹を(くく)った。

 

「これはあくまで、わたしの考えに過ぎません。聞くか聞かないかはあなたにお任せします。――ただ、あなたを苦しめることになるかもしれませんが……」

 

「何でしょう? 仰って下さい」

 

 ためらうリディアに、覚悟を決めたらしいカルロスが懇願する。

 

「……わたしは、あなたが国王として即位し、サルディーノ様には政治から手を引いて頂いた方がお国のためにもいいと思っています」

 

「は……?」

 

 カルロスは困惑していた。それは、伯父を(かば)いたいからなのか、伯父を恐れているからなのか。

 

「昼間伺ったお話によれば、あなたは形だけの王で、伯父上であるサルディーノ様が実権を握っているとか。それは、王国として非常に(あや)うい状態です。彼はいずれ、甥であるあなたをも抹殺(まっさつ)し、自ら支配者として君臨することでしょう。それは事実上、王族の権威が失墜(しっつい)することを意味します」

 

 王妃の親族であるサルディーノには本来、王になる資格――つまり権力を振るう資格はないのだ。

 

「それで……、私はどうすれば……?」

 

 思った以上にショックを受けている様子のカルロスは、うろたえながら皇女に問う。

 

「先ほども申し上げた通り、あなたが国王に即位なさることが第一です。形だけの王ではなく、本当の意味での国王に。そのうえで、国王としてサルディーノ様をお(さば)き下さい」

 

 スラバットの法において、王族を裁くことができるのは国王だけだ。――ここに来る少し前に、リディアは父からそう聞かされた。

 

 カルロスは正統な王位継承者である。彼が国王として即位すれば、同じ王族であるサルディーノを排斥することも、裁くことも可能となるはずだ。

 

「あなたは充分、その資格をお持ちのはずですわ」

 

「……本当に、私にその資格があるとお思いですか?」

 

 カルロスが、声を(ふる)わせながらリディアに訊ねた。

 

「えっ? それは、どういう……」

 

 彼に問われた意味が分からず、今度はリディアが戸惑う番だった。

 

「私は、あなたほど強くありません。伯父を恐れているから、両親亡き後は伯父の言いなりになるしかなかった。こんな弱い私に、国王になる資格があるのでしょうか?」

 

 リディアは先ほどまでの険しい表情を少し(やわ)らげ、カルロスにこんな話をする。

 

「わたしだって、最初から強かったわけではありませんわ。生まれついての皇位継承者ではありますけれど、昔は弱かったのです。わたしが強くなれたのは、この国や国民や、大切な人を守りたいという強い想いがあったからですわ」

 

「強い、想い……」

 

 リディアは大きく頷く。そして、こう続けた。

 

「誰だって、守りたいものさえあれば、人は強くなれるんです。あなたにだってあるはずですわ」

 

 スラバットという国を、そこに暮らす民達を、「守りたい」という強い意志(おもい)が――。

 

 

「――私に、できるでしょうか?」

 

「ええ、カルロス様なら……きっと」

 

 愛する母国を守るために、民を苦しめ権力を(むさぼ)る宰相――自らの伯父を排除すること。そのために、国王になること。

 

「分かりました。帰国したら早速、重臣達に宣言します。『そなたらが仕えるべき王は、伯父ではなくこの私だ』と」

 

「ええ。ぜひ、そうなさって下さいませ」

 

 カルロスが即位を決意してくれたことで、リディアは安堵した。

 

「リディア様、我が国の厄介事(やっかいごと)にお心を砕いて下さり、感謝致します。これからも両国(りょうこく)(かん)で、友好な関係を(きず)いていきましょう」

 

「ええ、もちろんですわ。カルロス様、明日は港町を楽しんでいらして下さいね」

 

 四阿を後にするカルロスに、リディアは(おだ)やかに笑いかけた。

 

「――明日は、伯父上様もご一緒にいらっしゃるのですか?」

 

 ふと不安が頭の中を(かす)め、彼女はカルロスに訊ねた。

 

「いえ、伯父は迎賓館に残るそうです。『もう若くないから、旅に出るのは疲れる』と申しまして」

 

「そうですか……。では、おやすみなさいませ」

 

 

****

 

 

 ――カルロスを見送った後、リディアとデニスは四阿の長椅子に腰を下ろした。

 

 すると、カルロスがいる間は一切(いっさい)口を挟まなかったデニスが、二人っきりになった途端に不機嫌になる。

 

「おい、リディア。昼間からずっと、あの王子に見蕩れてたろ!」

 

「あら、バレてたの?」

 

 そりゃあ、あれだけ露骨(ろこつ)に見入っていたのだから、バレていて当然である。

 

「ゴメンなさいね。あの方の瞳があまりにもキレイで、あなたによく似ていたものだからつい……」

 

 浮気心なんて欠片(カケラ)もなかったのだと、リディアは釈明した。そんな彼女を、デニスは「まあいいか」と簡単に許してしまう。

 

「――なあ、リディア。もしもオレと出会ってなかったら、お前はあの王子との縁談を受け入れてたのかな?」

 

 リディアは首を横に振った。

 

「きっと、あなたに出会うのをずっと待っていたと思うわ。わたしは、あなたが運命の人だと信じているもの」

 

 デニスはドギマギしつつ、リディアを見つめる。

 

「だって、父親三人が身分を越えた友人同士で、その三人の子供達も幼なじみ同士で、しかもそのうちの二人が恋に落ちるなんて。もう運命だとしか思えないでしょう?」

 

「リディア……」

 

 確かに、「偶然」の一言で片付けてしまうには、偶然が重なりすぎている。もうここまでくると、神が(めぐ)り合わせたとしか言いようがないかもしれない。

 

「わたしはもう、あなたと離れられないの。あなたしか愛せない」

 

 ――そしてまた、二人はいつものように口づけを交わした。それは日ごとに甘く、濃厚になっていく気がする。

 

 抱擁の後、リディアは中庭の東側に建つ迎賓館二階の窓を見上げた。カルロスが滞在している部屋だ。

 

 灯りは消えている。もう休んでいるのだろうか?

 

 今日という日は、彼の生涯において忘れがたい日になるだろう。信頼していた伯父の本性(ほんしょう)を知った日。そして、その伯父を自らの手で追放するために、王になることを決意した日なのだから。

 

 ――それにしても。

 

「長い一日だったわ……」

 

 リディアはぐったりと疲れたように、恋人であるデニスの肩にもたれかかった――。

 

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