時がたつ。二人のグラップラーによる闘争が開始されてから30分が経過した。
「はぁはぁ…」
「ば、化け物が…」
二人のグラップラーによる熾烈なまでの攻撃に対しツ級は平然としていた。恐るべきことに空手による打撃はまるで効いていないのであるッ!加藤も末藤も空手の有段者であり決して打撃攻撃の質が劣るというわけではない。
がッ!
それでもなお奴らには届かないッ!
「ァ…アっア」
「畜生、こっち見て笑ってやがるぜ」
無様だ
おかしくてたまらない
そういわんばかりのツ級の態度。彼女は頭を小刻みに振りながら確かに笑い声をあげた。ヘルメットの奥でにやにやと笑みを浮かべながら。蟻をいたぶる人間のように悪質な笑みを深める。
加藤は声を張り上げながらツ級へと走り寄る。走り抜けながらツ級のこめかみ目掛け放つ正拳突きッ!たまらずふらつく彼女に対しさらに放つ掌底ッ!
末藤もまた加藤の連撃に合わせて攻撃を放つ。ツ級の人体らしき下腹部を狙った前蹴りに、続けざまに放つ腹部への中段肘打ちッ!見事なまでのきれいな空手技であった。それでもなお、ツ級は一切のダメージを感じていない様子であった。
それもそのはずである。深海棲艦とは第二次大戦期の艦船を母体に負の怨念を身にまとった悪霊なのである。当然、身体機能や外骨格、武装などは第二次大戦期の母体をベースとしているのである。
かつて偵察巡洋艦の経験を踏まえ、その速力性能を維持しつつも更に火力を向上させ艦型を拡大した艦として開発されたのが軽巡洋艦なのである。イギリス海軍が1912年度計画で製造した軽巡洋艦の始祖、「アリシューザ級」の全長が154m重量5220トンである。
もしもこの重量、この質量を人間サイズへと変換したらならば、それはとてつもない脅威であると言えるだろう。無論、5220トンがそのまま質量として残るわけではないがそれでもはるかに恐ろしいまでの密度をもって兵器としてよみがえったのが深海棲艦なのである。
閑話休題、ともあれここで重要なことは打撃技が通用しないということである。汗をだらだらと流す加藤と末藤。そんな彼らをあざ笑うようにツ級は平然と二足歩行のまま彼らを見下した。
「ァ…ザ、ザコ…」
「ッ!?」
「カトウ…スエドウ…ザコ…」
「こ、こいつ…っ!?」
突如言葉を話し始めるツ級。彼女が装着したバイザーの一部が跳ね上がり口元があらわになった。そこから見える深海棲艦の素顔は少女そのものであった。彼女、ツ級はおかしてくたまらないとばかりに笑い声をあげて目の前のグラップラーを侮辱し始めた。
体をくねらせて悦にひたるツ級。彼女の笑いによって左右に備えた重量級大口径武装腕が地面へと押し付けられる。年若い少女に武功を笑われるッ!それ以上の屈辱がグラップラーにあるだろうかッ!!
「加藤…俺はいま最高にむかついてるぜ」
「奇遇だな…俺もだよ」
再び立ち上がる加藤。彼は闘志をギラギラと燃やしながら目前の敵をにらみつける。末藤もまた、悠然と両こぶしを掲げてファイティングポーズを取り始めた。
「いつまでたっても追いつけない自分にッ!」
「負け続けるてめぇ自身に!」
「「一番ムカついてんだよォッッ!!!」」
「~~っ!?」
加藤による前面への、末藤による背面からのタックルをもろにうけてしまうツ級。ダメージこそないものの汗だくの男性に体を押し付けられるという不快感に思わず顔をゆがめるツ級。そのすきを逃さんとばかりに加藤は声を張り上げた。
「末藤ォ!2分時間を稼げッ!」
「加藤…」
「館長から学んだアレをあいつにぶつけてやる…だからよォ…!」
「任せろォ!」
末藤もまた、彼の要望に答えた。末藤は全力で彼女の体にしがみつく。狙うは背面からの首元であるッ!!
「~~~~ヤメ…ロ…」
「ほぉ…化け物もここが弱いのかい」
裸締め
リア・ネイキッド・チョーク
対象の首に片腕を回し、さらにもう片方の腕でひじの裏や上腕のあたりをつかみ行う最強の締め業である。これによる対象は呼吸すら行うことができなくなり身動きが取れなくなる。殺人すらたやすく行える完全な禁じ手、である。
「ウォオオオオオオオッッ!!!!」
「ガッ…ァ~~~~っ!?!?」
雄たけびを上げる末藤。彼は全力のパワー、文字通り自身の骨と歯を砕かんばかりの全力でもって対象の首を絞めた。
生涯で初めての体験と苦痛に思わずツ級は声にならぬ悲鳴を上げる。そんな末藤とツ級をよそに加藤は瞑想にふけっていた。
想像しろ
かつて東京ドームにて放たれた必殺の一撃を
加藤は脱力した状態で瞑想を行う。この技は柔軟性とそれを準備するだけの時間、なによりもイメージが重要だからだ。彼は瞳を閉じそっと瞑想にふける。
戦場の只中にいるとは思えぬ姿。不思議と心臓の鼓動が落ち着いているのをそっと加藤は自覚した。あぁこれはきっと、戦友が俺の背中を守ってくれているからだと、彼は脱力した姿を維持したまま理解する。
そっと彼は自身の右腕を掲げた。掌は決して固く握らない。まるで赤子のように穏やかに、ただあるがままに。
まだだ
まだ足りない
極上の一撃を放つためには、脱力こそが必然。五体の隅々が解けていく。まるでドロドロに溶かした石油のように熱く煮えたぎる闘志を自身のマグマへと変換させていく。
想像しろ
自身の腕が多関節になっていく
空想しろ
自身の腕がまるで鞭のように柔軟になっていく
かつて神心会館長、愚地克己が放ったマッハ突き。あれを放つことは到底無理だと思った。無理だと思ったからこそ、挑み続けた。皮膚がやぶれ、血で胴着が真っ赤に汚れても、なお挑み続けた。
習得が無理なら模倣だけでも。それすら無理ならせめてあの輝きの1000分の1だけでも得たいと。そう願い末藤と加藤は歩み続けた。一流のグラップラーには程遠い実力だと自覚してなお、あがき続けたのだ
末藤も俺も馬鹿だと思ったさ
かないっこない背中を追い続けて
無駄な努力を繰り返した
負け犬だと笑われてきた
弱者だと自覚した
それでもあがき続ける事を止めなかった
だからこそ胸を張って言えるんだ
俺たちこそが
「さぁ決めちまえよ加藤…奴に教えてやってくれ」
「……」
「格闘家の誇りって奴を…」
突如解き放たれる
末藤による裸締めッ!
たまらず姿勢を崩し動揺をしてしまうツ級に対して加藤はそっと近寄った。
そうして放つ
右腕を、振りかぶる
スパァァーーーンッ!!
砂漠に炸裂が鳴り響いた。
それはまるでかつて東京ドームに響いたあの音と同じように
加藤流マッハ突きが炸裂した