自分を客将にして欲しい。そう申し出た真斗に対して宇佐美は懐疑的であった。景虎とのやり取りから見て彼は誠実さを持っているのは確かだが、敵対する武田の家臣という立場である以上それが拭えなかった。
「それで、客将として止めおくのは良いとして、何かあれば戦に出てくれるということで良いだよな?」
「その捉え方で大丈夫ですよ。戦になれば参加するし、内政ならば多少の助言くらいはできるかと」
「……そうか」
宇佐美は少し考え、一つの結論に辿り着く。
「なら、今の越後が抱えている問題を解決させるってのはどうだ?」
「というと?」
「景虎が『命の恩人』というのなら、この越後が抱えている問題を解決させてみろ。それで貸し借りは無し、どうだ?」
「わかった、それでよければ。……景虎」
「なに?」
「これはいわば俺の自己満足だ。命の恩人であるあんたに対する俺なりの『恩返し』ということになる。武田家の俺に施しを受けたくない、というのであれば拒否するも良い」
「私は…そこまで器は小さくないつもりだ。白井真斗。あなたみたいな『義』の心を持った人の行いを私は否定しない」
「そっか、ありがとう。俺の自己満足に付き合ってくれて」
真斗は越後の情勢について可能な限り調べてきたことについて、話して自分の予測と同じかを確認した。もちろん、全てがすべてを相手が解答してくれるわけではない。
しかし、大まかなことは理解できた。まず、真斗がたどり着いた越後の課題は「景虎は祝言を上げる気はないが、周りの諸将は景虎が欲しくて仕方ない」ということだ。それが越後諸将の結束を邪魔しているということになっている。
「越後の諸将が景虎を狙っているのは知っていたけど、ここまでとは思わなかったな……」
「だから、予めに夫を取れと言っているんだがな。さもないと、内乱の火種になる」
「……嫌だ。男と女の交わりなど、私は嫌いだ。ぞっとする。
「とまあ、こんな調子だ」
宇佐美は景虎を親指で指している。
「俺としては景虎の意志を尊重した結論を出したいのだが……。一応、確認したいのですが、景虎を狙っている人の中で一番力を持っているのは誰なんですか?」
「ん、ああ、『長尾政景』だな」
「!?」
真斗は政景の名前を聞いてビクッと震えた。景虎と従兄弟同士だとか、そういったものではない。春日山城へ向かう途中で彼に遭遇して、勝負をした上、腹に一撃を入れて地面に沈めさせてしまったのだ。
(や、やばい……。)
「どうしたの真斗?顔色が悪いわ」
真斗の変化に景虎は熱中症が治っていないのかもしれないと心配する。
「え、あ、いやぁ……。その……」
「おい、政景の名前を聞いた途端からこの様子だな。何かあったのか?」
「え、えっと……」
「まさか、政景に○られたのか!?」
宇佐美は揶揄い混じりで真斗に問いかける。
「○られてねぇよ!!何でそんな予想になるんだ!?」
真斗は声を荒げて否定する。
「宇佐美、○られるというのはどういうことだ?」
「ああ、もう、景虎が反応した!景虎は気にしなくて良い。良いな」
真斗は咳払いをしてありのままを景虎達に伝えた。
「ぶはははっ!!政景を殴ったって、あははっ!ああ〜、ダメだ腹痛ぇ……!」
宇佐美は腹を抱えて笑い始める。景虎はポカンと口を開けていた。あれほど自分を手篭めにしようとする政景が腹を抱えて倒れていることを想像できなかったらしい。
「んんっ……。まあ、そんなこともあったので政景に会ったら今度は殺されかねないな……と」
「ええ、まあ…」
「大丈夫だろ。守護代に就任する景虎の前でそんな真似はしないはずだ」
「それは良かった……。ん、ちょっと、待ってください。その守護代に就任する際に越後全体の諸将達が集まるんですよね?」
「ああ、そうだが。それがどうした?」
「その時に景虎は何を言うつもりなんだ?」
「私は夫を取らない。そう言うつもりだ」
「だったら、そこに一つ芝居を打たせよう。他に景虎を異性としてみていない、または崇拝の対象としている武将に『景虎様を狙うなど以ての外!この身は景虎様に守る盾となり、敵を穿つ矛となりましょう』と言わせるんです。そして、予め書かせた誓紙を景虎の前に提出する。これを十人ほどで行わせたら、他の諸将も続いて行うかと」
つまり、真斗が言いたいのは景虎の前にある程度の人数が景虎を嫁にするために狙わないと誓わせて、あとはドミノ倒しのように誓う武将を増やしていく、というものだ。日本人によくある集団主義を突いた作戦だった。
「政景はどうする?他の諸将が書いても、あいつだけは景虎をそう簡単に諦めたりはしないはずだ」
「それは誓紙を書いた諸将が景虎側に着くことになる。全員誓紙を描かなかったとしても全体の…そうだな七割が書いていたら、数の差で押し込められる。命を棒に振って手に入れようとするほどの愚か者でなければ、動こうとしないはずさ」
それは他の諸将にも言えることだ、と真斗は補足を入れる。
「これは……いけるか」
「博打の要素は拭えないが、賭けてみる価値はあると思う」
「わかった。なんなら、芝居ではなく本気で誓う奴らにやらせた方が良いな。候補として、柿崎景家と本庄家の若造がいるか……。時間はないが、不本意だが、直江大和に協力を持ちかけたらやれるかもしれねえ。あとは俺に任せろ」
宇佐美はすぐに立ち上がり毘沙門堂を後にしていった。
「行ってしまったわね……」
「まあ、当てがあるなら大丈夫だろ。あー、疲れたぁ……」
真斗は脱力して床に寝転がった。
「意外だわ。緊張していたのね」
「いやいや、下手な提案したら殺すぞって感じていたし。しないほうが可笑しいと思うのだが……」
真斗は「ハハハッ」と乾いた笑い声を出す。景虎はそんな彼を見て不思議そうに見ていた。
(政景とは明らかに違うけど、宇佐美や直江のように私を見ているのかと言えばそれも違う。白井真斗、あなたはどんな目で私を見ているの……?)
「真斗、あなたは言っていたわよね。私を知りたいと」
「えっと、あ、そうだった。そのために越後に来たんだった……。君がどんな信念を持ってこの乱世で戦うのかを尋ねたい。もちろん、言える範囲までで良いんだけど」
真斗は自身の目的を忘れていたことに気がつく。
「ええ……。いいわよ、話してあげる。少し長くなるわ」
「構わないよ。教えて欲しい」
景虎は語り始めた。自分の姿は生まれた時からこの姿で、父である為景に疎まれていたこと。従兄弟の政景に狙われた際には姉の綾が身代わりに嫁いでいったこと。為景が死に際に今までの行ってきた悪行について、景虎を毘沙門天と見て許しを乞いた時に「許す」と答えたことを。
そして、父為景の死は因果応報によるものなら、自分が一身に受けると願い崖から身を投げたことを話した。
「その時、私は海に身を投げた時に毘沙門天に言われたの『赤い目白い肌なのは毘沙門天の化身である証。義の戦を持って戦い、敵を許して人の命と魂を救え。それが長尾為景が行ってきた罪業を許すと言った虎千代への罰である』と」
真斗は絶句した。こんな残酷な宿命を背負えと、もし神がいたとしてただ一人の少女だけに背負わせていいものではないと感じた。人としての幸せを捨てて生きていけなどと、それは人の姿である以上は不可能だ。
宇佐美定満の言っていたことが真斗にも理解できた。そんなことを聞いてしまっては、義を持つとしても人として生きて欲しいと願いたくなる。
「そして、私は恋をすればたちまちに死ぬと言われた。私は神として戦い、神として生き、いつか神として還る。それが私の運命だ」
(そうか、あの夢を見た意味はそういうことか……)
臼井城の戦いの夢を見た理由が真斗には理解できた。いくら神と名乗ってもそれは「人」に過ぎないのだ。白井浄三が神として見たのではなく、「人」としての上杉謙信を見たからこそ勝つことができたのだ。
(俺は決めた。景虎を「人」として見ると。)
そして、もう一つの感想があった。晴信と景虎は父親に疎まれていたという意味で境遇が似ている。そして、ただ純粋に愛情という物を求めていたことも。
「景虎。一つ確かめたいが、晴景公からは家族としてではなく一人の女として恋をしているって言われたんだよな?」
「え、ええ」
「なら、代わりに本物ではないが、兄らしいことはできる」
ほら、ここに寝てみろと言わんばかりに真斗は自身の膝を軽く叩く。所謂、膝枕というものだった。
「信用できないのなら、別に構わない。もし、俺を信用できるのならここに寝てみろ」
(なに?何が目的なの?)
景虎は懐疑的だった。真斗とは家族でもなんでもない。赤の他人だ。自分が苦しんでいたところを偶然見つけ、助けようとしてくれたお人好しに過ぎない。
(会って間もない彼を信用できるところは……)
見返りも無しに助けようとする。越後の諸将よりも信用できるし、ましてや従兄弟の長尾政景と比べるべくもない。嫁にしたいと言っていた家族よりも断然信用できる。
(あれ、意外と素直だな。結構、警戒されると思ったんだけどな)
気がつくと景虎は真斗の膝の上で寝ていた。
「頭、撫でて良いか?」
景虎はコクリと頷く。真斗は景虎の頭を撫で始める。ゆっくりと優しく、そして彼女へ向ける顔は優しく微笑んでいた。
(暖かい。心が満たされるような、そんな感じがする。父上にも兄上にもこんなことされたことなかったわね)
「景虎。君は凄いよ」
「え?」
「自分のためだけに戦う人達は大勢いる。地位や名誉のために領土を求めるのに、義のために困っている人がいれば助けようとする。たとえ敵だとしても許す。他の人ではできないことだ。君にとってはそれは当然だと思っているかもしれない。だけど、俺はその行動を起こす君を『人』として尊敬する」
「何を…言ってるの?私は人じゃないわ。私は毘沙門天の化身よ」
「悪いけど、俺は君を神と見ることができない。君と同じように白い髪と肌、赤い目をしている『人』を見たことがあるんだ。だけど、その人達は神として崇められていない。ただ珍しいというだけで『人』として生きているからだ」
「いるの?私と同じような姿をしている『人』が」
「まあな。ただ、探そうと思えば本当に大変だ。その姿で生まれるのはとても珍しいことだからな」
「見てみたいわね。そういう人がいるなら、会ってお話ししてみたいわ」
「戦乱の世が終わればできるかもしれないな」
真斗の言葉に景虎は首を少し横に振って否定する。
「それは叶わないわ。戦乱の世が終わる時はそれは私が神として還る時なのだから」
「だったら、神から人に戻してやる。この先、そう遠くない時に俺達は戦うことになる。その時は俺は君に勝ってみせる。君が軍神である毘沙門天だというのなら、それに勝って君が神ではなく『人』であることを認めさせてやる」
負ければそれは「神」とは言えないからなと言って景虎に顔を向ける。ただ、それは景虎を求めるという欲ではなく、人として生きて欲しいという
「そう……。なら、私は武田とあなたと戦い、そして勝ってみせるわ。そして、あなたに勝った時は私を『神』と見てもらい、私の義戦に身を投じてもらう」
「わかった。誓うよ。だけど、そう簡単にできると思うなよ」
「その言葉そのままあなたに返してあげる」
二人は互いに笑い合う。敵対関係であるものの、今の時間は二人にとって楽しく感じた。
「まあ、男女の関係は何も恋仲に限らないから、一応『友達』になるってなら毘沙門天は許してくれそうだけど、どうする?」
「友達?」
「そう友達。君と俺、心の内を語り合った者同士として」
「なら、友達になりましょう。あなたと話していると心が満たされて楽しいもの」
「じゃあ、よろしく」
「ええ……」
景虎は瞳を閉じる。心の安らぎを見つけたかのようにその寝顔は穏やかなものだった。
次回で越後潜入編は終わりとなります。
時間軸を考えればきついところがあるかな……と。
次話が終われば信濃統一編(後)となります。
合戦の布陣図について
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上田原の戦いの方が見やすい
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塩尻峠の方が見やすい
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どちらも見えにくい