メインは砥石城をめぐる武田と村上の戦いとなります。
第1話 砥石城へ
越後を後にした真斗は来た道を戻るかのように甲斐へ戻り、越後の情勢と長尾景虎が何者かを伝えるために躑躅ヶ崎館の大広間にいた。
「白井真斗、ただいま帰還いたしました」
「真斗、大儀。早速だが、越後について話してほしい」
真斗は頷いて口を開く。
「まず、『長尾景虎』という者は己の欲のために動かず、また、家臣のために他国を切り取るという考えを持っていない姫武将だ」
真斗の言葉に自身を除く、大広間にいる全員が困惑の声をあげる。この時代、そのような考えを持つ武将はまずいない。そんな姿勢を見せれば、周囲の勢力に脅かされるのは必定だからだ。家を守るにせよ他の勢力の領地を切り取らざるを得なくなっている。
「そんな人がこの戦乱の世にいるのか?」
「ただの弱腰な姫武将なだけではないのか?」
「長尾家はそのような姿勢で越後の国人衆をまとめ上げることができるのか?」
「皆、話しの途中よ。控えなさい」
家臣達は真斗に対し、様々な質問を投げかけるが、晴信の側にいる信繁の一喝により、大広間は一度静まり返る。
「いや、家臣達の疑問は当然だ。あたしもそんな考えを持っているのか、疑いを持ってしまう。本当にいるのか?そんな姫武将が」
「いる。それじゃあ、何のために戦うのか。それは自分の『正義』によって動いている。この日の本をあるべき姿に戻すこと、つまり、足利幕府がまた武士達の棟梁としてまとめ上げる世の中を目指していると言うことだ」
「もし、そのような世の中になったとして、景虎は幕府を傀儡とするような考えはないのか?父親の長尾為景は上杉定実を傀儡としていたというのに」
かつて、景虎の父親である長尾為景は越後守護の上杉家の当主を滅ぼした後に上杉定実を次の守護として担ぎ上げて実権を握ったという経緯がある。父がそうなのであればその子もそうなのだろうと考えるのは普通だ。
「ない。これはハッキリと言える。あと、敵対した奴らだが、降伏したのであれば命までは取らず、その者を許している」
「それは偽善だ。敵を倒しながら必ず許し城を奪わぬなど笑止。それでは、いつまでも城盗りの合戦が繰くり返されて、堂々巡りとなるだけ。それでは越後の国人達はまた反旗を翻す」
自分とは全くの逆とも言える方針を取っている景虎の存在に晴信は苛立ちを隠せない。
「だが、そうでもない。まず、景虎は強い。軍師に宇佐美定満というのがいるんだが、彼に頼らずとも天才的な軍略を持っている。それと、容姿が俺たちとは違っていてな。白い肌に白い髪、そして赤い眼をしているんだ。その容姿に惹かれて従う意思を見せる奴もいる」
まあ、嫁にしたいために表面上従っていると言えるがと真斗は補足する。
「では、越後は統一されたというのか?」
「ああ。ほぼ統一されたと言える。だが、統治はまだ行き届いていない。直江大和という優れた政務官がいるが、そこは国人達の利権とかが絡んでくるからな。安定させるにはまだ時間がかかる。そのうちに」
「村上義清を叩く必要がある、と」
晴信の言葉に真斗は頷く。
「ならば、我らの方針は変わらない。村上義清を勝つために砥石城を落とす」
「「「「はっ!」」」」
◆
「真斗、少し良いか」
躑躅ヶ崎館を後にしようとする真斗を横田備中が呼び止める。
「どうしましたか横田様」
「少しばかりお前の実力が見たくなった。着いてこい」
「?急ですね。なんでまた……」
「何、単なる思いつきだ。越後に行って槍の腕が鈍っていないか確かめるだけだ」
「……わかりました」
真斗は静かに頷き、横田備中について行く。その様子を見ていた家臣が「白井殿と横田様が手合わせするらしいぞ!」と他の家臣達へ話してしまい、二人が棒を構えていた時には多くの見物客で賑わっていた。その中には晴信の姿もいた。
「横田様、これは流石に聞いていないのですが」
「俺も知らん。まさか、こんなことになるとはな……」
真斗と横田備中の手には槍が握られていた。先端は布で巻かれており、急所を突かれたりしても大怪我しないようになっている。
「二人ともなぜこのようになったのかは分からないけど、あたしの前で戦う以上、全力を尽くしなさい。勝った方を褒めて遣わす。源四郎、立会人はあなたに任せるわ。二人とも姉にも負けじと劣らない勇将よ。よく見ておくように」
「はい!では、お二方よろしいですね?」
源四郎の言葉に真斗と横田備中は再度、構え直す。
「はじめ!」
試合開始の声に二人の槍が交わることはなかった。
「「……。」」
二人は側面を突かれないように足を横に動かす。お互い、睨み合いが続いていく。
「二人とも、正面になるように足を動かしているだけだな」
「お互い、隙を見せた瞬間にやられるから、動こうにも動けないのサ。まあ、私には武術というのには疎いからわからないけどネ」
太郎とその右隣には晴信を少し幼くさせたような少女がいた。彼女の名前は孫六。武田晴信に容姿が似ていることから影武者になる訓練をしている。
「兵部はどっちが勝つと思う?」
太郎は左隣にいる自身の守役、飯富兵部に予想を尋ねる。試合を見ている兵部は食べていた焼きイナゴを飲み込んで口を開いた。
「ごくり……。そりゃあ、横田……と前までは言ってると思うが、あたしにも想像がつないな。板垣と甘利が死んでから、
真斗が突きで横田備中に仕掛けて行く。横田は難なく、それを弾く。次いで二撃目、三撃目と繰り出されるも横田は弾いていった。三撃目の際は横田はあえて力を込めて真斗の槍を弾く。
力いっぱい槍を弾かれた真斗は体をよろめいて体勢を崩してしまう。これこそ、横田備中の目的であり、体勢を崩したと見るや反撃の構えを取り、穂先を真斗に向けて突きを繰り出した。
「っ!」
しかし、穂先は真斗を捉えることはなく、地面を突いていた。何が起きたのか。それは横田が突きを入れた際、真斗は瞬時に両手から右手に槍を持ち直しつつ、横田の持つ槍を上から叩いたのだ。
槍が地面に向いたことにより横田の体勢は前屈みになる。つまり、胸から頭までがガラ空きの状態ということだ。
勝敗はここで決した。
真斗はできた隙を逃すことなく、そのまま穂先を横田の首元に向けた。
「そこまで!」
源四郎が試合終了の宣言をする。
「二人とも。良い試合であった。皆もこの者らに負けず常に励め!」
晴信は家臣達に激励を送った後、館へ戻って行った。
「真斗。三撃目が俺に弾かれた時、わざとよろめいたな?」
「やはり、気づきましたか」
横田の問いに真斗は小さく頷いた。
「最初にお前から仕掛けてきたのも、俺の攻撃を誘い出すため。お前の三撃目を弾いた時は感触が少し軽いからよもやと思ったが……」
「しかし、そこは警戒して攻撃をせず、引き続き攻撃を誘う体勢でも良かったのでは?」
「そうだな」
真斗の問いに横田備中は空を仰ぎながら答える。その顔は何かを悟っているかのような表情だった。
「いや、どちらにしろお前に負けていただろう。俺がお前に嫉妬している限りはな……」
「嫉妬ですか……」
「だが、今回でそれも無くなった。覚悟も決まった……」
真斗は横田の今の表情を見て板垣信方と面影が重なった。あれはいつ死んでも構わないという目だった。これから向かう砥石城での戦い。そこで起きるのは武田晴信が二度目の大敗を喫した「砥石崩れ」だ。
「すまなかったな。俺の心の整理に付き合わせてしまった」
「横田様。こちらからもよろしいですか?」
「なんだ?」
「死に場所を探すようなお気持ちで戦場に出てはいけません。今の御屋形様は勝って生きて帰ることこそを良しとしておりますゆえ」
「ふっ……、生意気言うようになったじゃないか。安心しろ未練があったら死んでも死にきれない」
横田は真斗の問いに答え、自身の屋敷へ帰っていった。
「……未練が無くなったら死ににいくってことじゃないか」
横田は死に場所を探している。おそらく、次の砥石城での戦いを最後の戦場と決めているのだろう。だが、それは晴信の誰も失いたくないという気持ちに沿わないのだ。
このまま進んでしまえば砥石城での戦いではまた晴信の心に傷を残す。そして、その先にある長尾景虎との戦いでも……。
「悪いけど、ここで死なせるわけにはいかない」
上田原の戦いのように重臣を死なせるような敗戦をさせてはいけない。真斗は決意を固め、自身の屋敷へ戻った。
偉人 素顔の履歴書で村上義清が紹介されていたのですが、戦国時代の部隊編成の基礎を作ったとされていて、これは当時の晴信が負けるのも頷けるな……と思いました。
さて、そんな村上義清に晴信が挑みます。
次の話も楽しみにしていただけると幸いです。
合戦の布陣図について
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上田原の戦いの方が見やすい
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塩尻峠の方が見やすい
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どちらも見えにくい