織田信奈の野望 〜in風林火山〜   作:マクロなコスモス

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2話連続投下です。これでストックがほぼほぼなくなりました。。



第2話 退く覚悟

 

 砥石城は真田幸隆の居城であったが、海野平の戦いにより海野棟綱と共に幸隆が亡命したため、村上義清の手に渡った。元々、村上義清や武田信虎などの敵勢力からの攻撃を防ぐための城だったため、堅固な城となっている。さらに、義清は大改築したことにより、難攻不落の城と言って差し支えなかった。

 

 しかし、義清の居城である葛尾城も守りが固く、戦上手な村上義清もいるため、本城を叩くことができない。信濃統一を狙う武田晴信にとって砥石城を落とすことは避けて通れない道となっている。

 

 正攻法で攻めれば甚大な被害が出るのは必定だということは晴信も認識していた。そのため、真田幸隆と山本勘助に調略による落城を指示した。

 砥石城さえ落とすことができれば、村上方が最大の防衛拠点を失うため地元の豪族は武田方に靡き、葛尾城が孤立するようになる。それこそが狙いだった。

 

 砥石城は調略で落城させる。未来を知る真斗にとってこれは思いもよらない朗報だった。史実では、砥石城は調略によって武田に攻略される。もし、力攻めで城を落とすのであれば、味方への被害が大きくなると考えていた。

 

 

 そんな中、武田家中である噂が出回っていた。

 

 

「え、横田様が主君筋の誰かに恋をしてるって?」

 

「そうなんです。私も風聞で聞いていたので、本当かどうかはわからないのですが……」

 

 定期軍議のために諏訪大社へ向かう途中、源五郎は真斗に家中での噂を教えていた。なぜ、噂になっているのか、それは「君臣の恋」というのは元来御法度とされているからだ。

 

 家臣が主君筋に恋をするのはまさに下剋上であるため、姫大名では警戒されていることがある。それは武田家も例外ではなかった。

 

「主君筋となると……信繁に孫六がいるな。あとは御屋形様か」

 

「ひ、姫さまにまさかそんな……」

 

「噂なんだろ?武田に敵対しているやつらが流した可能性があるかもしれないし」

 

「そうですよね!敵が流したのでしょう。きっと」

 

 源五郎は横田備中が晴信に恋している可能性があることに動揺していたが、敵の罠である可能性を聞いて気持ちを持ち直した。

 対照的に真斗あくまでも可能性であり、主君筋の誰かに恋をしているという可能性は拭えないと考えていた。

 

「……いや、まさかな」

 

 横田から自分に対して嫉妬していると口にしていたことを真斗は思い出していた。真斗は誰にも恋心を抱いていなければ、恋をしたこともない。故に横田が誰に恋していたのかがわからないのだ。

 

(そんなことを考えても仕方ないな。今は目の前のことに集中しないとな)

 

 真斗は諏訪大社に着き、晴信がいる広間へと向かう。そこには話し合うための机が置かれており、奥中央には晴信が座っていた。真斗は机の端に座る。彼はこの時、侍大将となっており軍議に参加することを許されている。

 

 この軍議に参加しているのは、武田次郎信繁と山本勘助、真田幸隆、飯富兵部、そして横田備中だった。

 

「皆、集まったな。あたしはこの砥石城を調略ではなく、力攻めで落とそうと考えている」

 

 晴信の発言に勘助と幸隆、そして真斗は驚きを隠せなかった。

 

「強引にすぎましょう御屋形さま。砥石城は忍びと銭を用いて調略すると決めたはずです。万一にも力押しで落とせねば、村上義清が後詰めに来て我らを挟撃しますぞ」

 

「ええ。調略には時がかかりますの。あと三ヶ月お待ちください」

 

 調略を進めていた二人は力攻めで城を落とすことに反対する。

 

「勘助。幸隆。そのつもりだったが、あたしは気が変わった。父上にこれ以上、臆病とそしられたくはない。村上義清だけは合戦で押し切って乗り越えねばならない。ここで正面衝突を避けて回り道を行けば、この先の戦いでもあたしは例の──運命から、逃れられなくなる。そんな気がするのだ」

 

「運命…でございますか」

 

 勘助の問いに晴信は「そうだ」と答える。

 

「それは御屋形さまの気の迷い、偶然にすぎませぬ。合戦で武士が死ぬのは自然の理であり、避けることはできませぬ。しかも、横田どのが先鋒とは? 板垣様甘利様亡き今、頼みの横田どのがもし討ち死にしてしまえば武田四天王はほぼ全滅ですぞ」

 

「偶然と言うならば偶然だと証明せねばならない勘助。そして、武田は次こそ運命を乗り越える。そうだな、横田備中」

 

「……三日で陥落させれば葛尾城の村上義清も間に合うまい。勘助と真田は、葛尾城と砥石城との間の連絡網を遮断してくれ。それで挟撃される危険も回避できるだろう」

 

 軍議が始まるまでの間に何があったのか、それはわからない。ただ、晴信の方針転換に賛成なのは横田備中であることにあの噂は本当だということを真斗は確信した。

 

「俺も勘助さんと同じ意見です。城攻めは反対だ。とても三日で落とせる城じゃない」

 

「いいか真斗。板垣、甘利たちの命を奪い御大将を負かした村上義清は、御大将にとって巨大な壁だ。克服するべき『運命』そのものだ。武田はただ城を奪えばいいというわけではない。例え、卑劣な勝ちを収めても、『運命』からは逃れられん。御大将を『運命』から脱却させることこそが、俺たち家臣としての務めだろう」

 

「御大将の考えを理解していないお前ではないだろう」と横田備中に言われ真斗は言葉が詰まる。確かにあの禰々の死も板垣と甘利の死も振り返れば領土を広げる度に大切な人達を晴信は失った。

 だからこそ、村上義清と真っ向から戦って何も失わずに勝ちたいと願っている。晴信の近くにいた真斗はその想いを痛いほど理解している。

 

 しかし、わざわざ負ける戦に「運命」を持ち出すのは間違っている。そんなことのために兵達を死なせるわけにはいかない。だからこそ、真斗は妥協点を出した。

 

「わかりました。三日……ですね。それまでは城攻めに参加する。金山衆にも水の手を断つよう指示を出します。もし、三日過ぎれば撤退準備をすることを約束してほしい」

 

 真斗の言うことに晴信は静かに頷いた。

 

「そうね。姉上は武田家の当主である前に、一人の『人間』だから。決して姉上を、人間以外の何かにしてはならないのね。勘助、幸隆。そして横田。過酷な任務だけれど、どうかお願いね」

 

 こうして、砥石城を調略から力攻めによって城攻めを行うことになった。しかし、無謀とも言えるこの戦を真斗は死ぬ覚悟を決めなくてはいけないと考えていた。

 

 

 

 

 軍議終了後、真斗は信繁と太郎を広間に呼び止めていた。晴信は戦の準備に取り掛かると言って、この場から離れている。

 

「真斗、どうしたの?もう、軍議は終了したはずよ」

 

「悪い。どうしても勝千代の聞こえないところで話したくてな。それで、太郎。お前、どうして尻に手を当てているんだ?」

 

「横田の奴が俺のし、尻を狙っているって聞いてよ。寒気を感じるんだよ」

 

 真斗はどんな噂が出回っているんだと頭を抱えそうになる。

 

「安心しろ、誰もお前の尻なんざ狙ってねえよ。とりあえず太郎は座ってくれ」

 

 太郎は単なる噂だったことを知るや体の震えも止まり、席に座った。

 

「それで何の話をするんだ?」

 

「砥石城攻めについてだよ。俺はこの戦、勝つことはまず無いと思う」

 

「……はぁ!?兵部から城攻めには真斗も賛成したって聞いたぜ。賛成したお前が何で今更」

 

 兵部から聞いていた話と違うことに太郎は驚きを隠せなかった。

 

「違う。あくまで三日までは城を落としに行くと言っただけだ。三日過ぎても城が落ちなかったら、俺は撤退の準備をするってだけだ」

 

 今の勝千代と横田は『運命』と言う言葉に惑わされて冷静さを欠いている。城攻めは状況によって攻め方が変わる。砥石城は力攻めで落とすには適しない城だ。そこを三日で落とすというのはまず不可能だ。味方に犬死しろと命じているのと同じだと言っても過言じゃない。

 

 真斗の考えは的確に問題を突いていた。

 

「だけど、姉上は武を持って村上義清に勝たなければ父上を超えたことにならないと思っているわ。ここで逃げてはまた姉上は父上の影に苦しめられるわ」

 

「信繁もよく考えてみてくれ。そもそも、負ける戦をすること自体が先代に怒られることなんだよ。この戦に負けて家臣が死んだら益々、勝千代にその『運命』というものが染みついてしまう」

 

「っ……」

 

「確かに禰々が死んでしまったのは事故で偶然かもしれない。ただ、上田原で負けて板垣様と甘利様を失ったのは偶然でも何でもない。単に戦の経験が少なく、勝千代も俺達も勝ちに焦ってしまったから負けた。俺はそう思う」

 

 二人はどう考える。真斗は信繁と太郎に二人の考えを尋ねた。

 

「姉上は『国盗りの野望と家族家臣とは交換』と思っている。もし、『運命』から解き放てる戦が今なら私は止めるつもりはないわ。けど、真斗、あなたはそれが今ではない。そう考えているのね?」

 

「俺はそう考えている。勝千代が俺のことを『友』と呼んでくれたのなら、俺は彼女の友としてこの戦の被害を最小限に抑えたい」

 

「太郎はどう考えているの?」

 

「俺はその『運命』っていうのがイマイチわからねえ。けど、姉上がまた苦しむことになるってなら、それを止めたいと思う」

 

「……わかったわ。少し考える時間をちょうだい」

 

「ありがとう。あと、もう一つ、お願いがある」

 

「なに?」

 

 真斗は深呼吸して、信繁に向き直る。この時信繁は、彼の瞳からは一つの覚悟を感じていた。

 

「この戦、撤退する時は俺を殿(しんがり)にすることを勝千代に進言してくれ。もし、撤退しようとするなら死にに急ぎそうな奴を一人知ってるからな」

 

 殿を務めるということは部隊の最後尾に位置するため、撤退戦では一番死ぬ確率が高い。つまり、死ぬ覚悟がある、ということも意味していた。

 

「生きて帰る算段はついているの?」

 

「悪いが、算段はついていない。どうしても賭けになるところがある。はっきり言って生きて帰れるとは言い切れない。だが、勝千代が家臣を失わないまま撤退することができれば少しはその『運命』というものに綻びが出るってもんだろ」

 

 真斗と信繁の間に静寂が走る。この微妙ともいえる空気に太郎は戸惑った表情で二人を見ていた。

 

「……私はあなたのことが嫌いよ」

 

「ああ、知ってる」

 

「姉上の裸を見たことも、姉上のことを誰よりも考えているようなところも、姉上のためなら命を捨てる覚悟もあるところもすべて嫌い」

 

「けど……」そう言って、信繁は唇を震わせながらゆっくりと口を開く。

 

「あなたには死んでほしくない。あなたが死んだら武田は悲しみに包まれるわ。必ず生きて帰りなさい。それが絶対の条件よ」

 

「……ありがとうよ、信繁。俺のわがままを聞いてくれて」

 

 信繁はプイッと真斗へ顔を背け、そのままこの場を後にした。

 

 これから始まるのは「運命」との戦い。真斗の心には見えない敵との戦いに思いを馳せていた。





 次回が砥石城攻めとなります。村上義清を相手に真斗がどう挑むのか、お楽しみにして頂ければと思います。

では、また次のお話で!

合戦の布陣図について

  • 上田原の戦いの方が見やすい
  • 塩尻峠の方が見やすい
  • どちらも見えにくい
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