俺が戦国時代に来て約2ヶ月。彼は百姓の老人、今ではその人の事を「爺さん」と呼んでいるが、そのまま村に留まり農作業の手伝いをしていた。因みに、この村は都留郡にある小さな村だった事がわかった。
「うん、順調に育ってる。大豆は正解だったな……」
甲斐は山が多いため、米作りには向いている土地が少ない。この村もその一つだ。ここの課題となったのは山地でも育ちやすく、米の代わりなるほどの栄養価の高い作物を育てること。そこで目をつけたのは大豆だった。大豆は痩せた土地でもよく育ち、大豆を収穫した後でも根粒菌がいるので土壌も良くなる。うってつけの作物だった。
「なあ、これでこの土地は豊かになるのか?」
俺の大豆栽培を手伝ってくれている百姓は少し懐疑的だった。まあ、いきなりこうすれば生活は今までと比べて豊かになるなんて言われても信じてくれる人なんて中々いないと思うが。
「ああ、大丈夫だ。大豆は貴重なタンパク源になるし、植える場所を選ばない。だから、飢えもしのげる」
結果は後々わかる。今は疑っても手伝ってくれるだけでもありがたい。ここから爺さんへの恩返しをしていこうと俺は心の中に決めていた。
「た、淡白?真斗さんは時々何を言っているのかわかりませんな…」
「おっと……。悪いなタンパクってのは健康でいるために必要なものの事だ。所謂、南蛮語だと思ってくれ」
「そ、そうか…」
「さてと……。今日はここまでだな」
うーんと背伸びをする。祖父の家が農家なので子供の頃からよく手伝っていた。そのため農作業には慣れていたが、ここは戦国時代だ。一つ一つが手作業のため、慣れないことが多くてとてもキツい。ただ、2ヶ月経った今、ようやく慣れ始めた頃だった。
「よし、温泉にも入るかな……」
◆
「ふぅ……気持ちいい」
戦国時代に来た後、温泉に入ることが俺の楽しみの一つになっていた。ゲームも漫画など未来の物がないこの時代で初めて見つける事が出来た唯一の趣味だ。
「いやー、毎日の温泉は最高だな……。今度は卵を持ってきて温泉たまごにして食べよう!」
バシャッ!!
先客がいたのか、俺の呟きが聞こえていたらしい。湯煙であまり前が見えていなかったが、目を凝らして見てみると……。
「な、なにやつ!?」
お湯に濡れた赤い長髪に誰が見ても大きいと言う程の胸元、見たところ俺と同い年くらいの女の子が温泉に浸かっていた。つまり今の状態は混浴状態という事だ。
「えちょ、誰だよお前!?」
「だ、誰!?この私、武田信虎が長女『勝千代』を知らないと!?」
か、勝千代?確かそれって武田信玄の元服前の名前だよな。だけど、長女って……。いやいや、待て待て!!可笑しいだろ!?武田信玄が女の子だなんてそんなの聞いたことねえぞ!
「はー……ふぅ。うん!」
冷静になれ俺。よし、落ち着いた。女の子の裸を覗いてしまった時にできることはただ一つ。
「すいませんでした!!!」
盛大な水飛沫ならぬお湯飛沫を上げ、土下座をする。ああ、そういえば俺が見ていた大河ドラマの信玄役の俳優さんが半○直樹に出て「土下座野郎」って言っていたのを思い出した。俺も言われるのかな……。
「……どうやら刺客ではないようね。いいわ。面を上げなさい」
勝千代を名乗る女の子は俺が敵ではなく、偶々、一緒に温泉に入ってしまった事を理解してくれたようだ。
「ぶぁ、ぶぁく!(は、はい)」
お湯に顔を沈めながら返事をした後、俺は面を上げた。すると、勝千代は温泉に肩まで浸かりながら俺を見ていた。因みに、この温泉は白く濁っているため、肩まで浸からせればお互いに裸は見ずに済む。だが、恥ずかしそうな顔には見えなかった。
「改めて聞くわ。あなたは一体誰なの?甲斐の民には見えないけど」
「俺は白井真斗って言います。千葉…じゃなくて下総から来ました!」
「下総?と言うことは浪人かしら?」
「え、ええと。実は複雑な事情で気づいたらこの村にいて。行き場のない自分を助けてくれた村人たちに少しでも恩返しをするために農法を伝えていたんです」
「農法?それってどんな農法なの?」
「豆ですよ」
「豆?なぜ豆なのかしら?」
「いくつか理由があります。この甲斐や信濃の山々に囲まれた土地では米は育ちにくいため米を作ろうとするだけ、飢える人達が武士百姓問わず多くなります。それに対して豆はどんな土壌でも育ちやすく、豆を収穫した後の畑に作物を育てると実りも良くなるという利点もあるんです。それに……」
「それに?」
「その豆からは味噌が作れます」
「!?」
勝千代さんは何かを感じた顔をした。もし、この人が武田信玄ならばこの事の素晴らしさに気づいたのだろう。甲斐と信濃には海がない。これから信濃を手に入れる前も後も欠かせないのは他でもない「塩」だ。そして、味噌は塩分を蓄えるのに格好の食糧。といっても、甲斐で味噌作りを推奨したのは他でもない目の前にいる武田信玄なんだけどね。
「なるほど、わかったわ。この狼藉を許すわ。そして、あなた、真斗と言ったわね」
「は、はい!」
「今からあたしに仕えなさい。俸禄は十貫からよ。働き次第で俸禄を上げるわ」
「え、えぇぇぇっ!!?」
俺はこの言葉に驚きを隠せなかった。やられたらやり返す。良い意味での倍返しを俺はくらってしまった。
俺は身支度を整える為に温泉を出た。その時、武田勝千代を初めて見た彼女の姿を思い出す。確かに女性として魅力的だと感じていた。しかし、それよりもその深紅の瞳から果てしない野望への挑戦心を強く感じた。武田信玄は勝千代の時から自分がどこまで行けるのか知りたかったのだろうか。
俺はそれを感じた時、胸が高鳴った。これから自分に待ち受けるのはとても辛く険しい道なのだろう。だけど、その夢の先を見てみたい。俺はそう思った。
オリ主の立ち位置としては信繁の次に信頼が厚かった一条信龍のポジションのつもりです。