「ふあぁ〜……」
パチンと頬を叩き、眠気を覚ました。この戦国時代には目覚まし時計がない。故に、日の光が代わりとなっていた。
昨日は信虎を追放した後、勝千代さんは元服し晴信と名乗った。その夜、宴が催され初めて会う家臣達と酒を酌み交わした。初めての酒だったが、美味かった。一番大変だったのが甘利さんの酒絡みだった。老将とはいえ百戦錬磨の猛将であるため板垣さんと横田さんの三人で何とか抑えられることができた。
井戸から水を汲み、顔を洗う。井戸水の冷たさが残っていた眠気を消していった。
「おはようございます。真斗さん」
身支度を整えている途中に、一人の女の子に声をかけられる。彼女は春日源五郎虎綱。名前から察する通り後の高坂弾正だ。「逃げる」と言う言葉が口癖で、俺が泊まった地侍の家の近くに彼女が住んでいた。
「おぉ、源五郎ちゃん。早起きなんだな」
「早起きじゃないと敵から逃げることができませんからね」
「確かにそうだな。それと、今日から俺達も晴れて堂々と躑躅ヶ崎館へ行けるな」
昨日から武田家当主は勝千代さん改め晴信となった。
「はい!姫様の役に立てるように一緒に頑張りましょう!」
「ああ」
俺達は躑躅ヶ崎館へ出立した。恥ずかしながら馬に乗れない俺は源五郎ちゃんの馬に乗せてもらった。そして、周囲の目は俺を痛い目で見ていた。
(あ、やめて。みんな変な目で俺を見ないでお願い!)
と心の中で叫んでいる最中に躑躅ヶ崎館に到着した。
「待たれよ、少年」
「ん?」
俺達が門を潜ろうとしたその時、一人の男性に呼び止められ、馬を降りた。源五郎ちゃんを待たせても仕方ないので、そのまま館へ行かせた。
ぼさぼさに乱れた髪に片目には眼帯。その姿で一瞬で分かった。
「山本勘助さんですか?」
「いかにも。御屋形様が昨日召し抱えられた白井真斗殿であるな」
「は、はい。そうですけど……」
そう返事すると、勘助は俺に近づいていき、俺の瞳を覗いてきた。一体、俺の瞳を見て何を感じようとしているのか知らないが、近い。近すぎる。ちかーい!!
「ふむ……お主、中々良い目をしておるの」
「え、あ、はい。ありがとうございます…?」
「あいや、すまぬ。昨日、御屋形様が召し抱えられたお主のことが気になってな。なるほど、これは良き人材を登用された。さすがは御屋形様じゃ」
そう言って、満足気に躑躅ヶ崎館へ入っていった。俺を褒めているのか、勝千代さんを褒めているのか分からない。伝説の軍師となると、俺なんかと比べ物にならないくらいことを考えているのかな……。
◆
山本勘助は宿曜道の達人である。天体の動きを読み取り、人の運命を占っていた。彼は勝千代が登用した真斗を聞き、軍師としての勘なのか。彼の運命を占った。彼を示す星は蘇利耶(スーリヤ)つまり日輪だった。その時、勘助は感じた。
この者は成長すれば御屋形様を良き運命へ導く者になる、と。ならば、彼を自分の跡取りとすることも視野に入れるべきか。今こそ軍師になれど、年というものにはどうしても勝てない。
若輩の後継者ならば必ずや御屋形様を京へお連れする事ができる。勘助は新たな決意を胸に秘めていた。
◆
信虎追放後、事態は刻一刻と動き出した。信虎追放を知った諏訪頼重が早くも動き出し、山内上杉家と和議を結び、佐久郡が上杉家の物となったのだ。
佐久郡は武田の信濃攻略の前線基地であり、その佐久郡を失うことは即ち信濃攻略の道も途絶えたのと同じことだった。最早、武田にとって諏訪を攻略することは避けて通ることができなくなったのである。
「勘助と真斗の言ってた通りね。諏訪が関東管領と手を組み、佐久の地を奪ってきたわ」
「ならば、早めにこちらも手を打たねばなりませぬ。諏訪攻略を進めなければ信濃統一など夢のまた夢となりましょう」
「わかってる……」
「しかし、諏訪には禰々様が嫁いでおりまする。堂々と諏訪攻略を始めれば人質となっている禰々様のお命が危うくなりまする!」
板垣信方の言う通り。諏訪攻略の一番の難関、それは勝千代さんの妹の禰々の救出である。諏訪頼重の人質となっている禰々を死なせずに攻略する為には頼重に動きを悟られないようにしなくてはならない。
「そう。一番の問題はそこだな」
「そこで我らは諏訪の大祝を狙っている高遠頼継を調略しまする」
勘助の策。それは高遠頼継を調略し諏訪と高遠で二分する策だった。
高遠頼継。諏訪氏の分家である高遠氏と諏訪氏は諏訪氏惣領の座を巡って度々争っていた。今でこそ、諏訪と高遠は同盟を結んでいるものの、高遠頼継が諏訪氏惣領となる機を伺っている。
「なるほど、それで諏訪と高遠で二分にするのだな」
「左様。我らは高遠に諏訪へ兵を出してもらい、我らはその援軍として出陣致しまする。その後にこちらが有利となるような和議を結びまする」
「だが、あの用意周到の頼重だ。高遠を調略したところで、上杉から援軍が来たらどうするんだ?」
横田さんの疑問も最もだ。例え、二分し挟み撃ちにしたところで諏訪が援軍を呼べば状況は変わる。
「ならば、某にも考えがございまする。発言をしても?」
「真斗。申してみよ」
「はっ。先程、横田様の言う通り諏訪が援軍を呼べば状況は変わりまする。ただ、諏訪が呼べる所は限られております。まず、関東管領は対北条に目を向けており、援軍を差し出す余裕はござりませぬ。されば、諏訪が援軍を呼ぶのは」
「村上か守護の小笠原か」
「その通りです。しかし、諏訪と上杉の講和は秘密裏に行われたもの。武田と同じく盟約を破られた村上が手を貸すとは思えませぬ。残るのは小笠原です。その小笠原に援軍を差し向けないようにすれば、勘助殿の策も難なく事を運ぶことができましょう」
史実では、瀬沢の戦いで武田は諏訪と小笠原の連合軍と対決した。守護の小笠原がいたからこそ、諏訪は武田と対決できたと俺は考えている。
「わかった。高遠の調略は勘助。小笠原の説得は真斗に任せる」
「「ははっ」」
その後、急ぎ支度をし騎馬隊の一人を供として連れていき、小笠原長時のいる林城へ向かった。
小笠原長時という人物像は一言で言ってただの女好きであった。家臣である仁科盛能という武将の奥さんを奪ったという噂を城下の者達から聞いた。また、勝千代さんの美貌に惚れていたようで、その勝千代さんを手に入れる為に諏訪へ援軍を出すことを考えていたようだ。
だが、そうはさせないのが俺だ。
「貴様が武田からの使者か。苦しゅうない、表をあげよ」
「はっ……」
俺は家督相続につき、同じ甲斐源氏の誼として信濃の小笠原長時にご挨拶しに来たという事で機嫌を取った。その後、諏訪頼重が勝千代さんを暗殺し、今もその命を狙っていることを話した。このまま援軍を出しても、諏訪頼重は必ず勝千代さんを殺すと。だから、援軍を向けてはかえって勝千代さんに会えなくなると言っておいた。
すると、見事にその話に食いつき小笠原は諏訪に援軍を出さないことを約束した。これで小笠原の援軍は来ない。諏訪は信濃で完全に孤立することとなった。何とも簡単な作業だった。
そして、小笠原長時は武勇はあれど、家臣達をまとめ上げる統率力は乏しいと見た。もし、攻略するときは調略を仕掛ければ難なく対処できるだろう。
「白井様、やりましたな」
俺の供が迎えに来てくれた。今度は一人で馬に乗れるようにしないとな……。
「ああ、ここまで簡単だったとは思わなかった。これで諏訪の攻略は捗る。そして、この後の最大の敵は村上となった」
村上義清。武田信玄を2度も破った猛将である。北信濃いや、信濃の中で最強の武将だ。上田原の戦いと砥石崩れで今現在の四天王のうち3人が討ち死にしてしまう。
この村上義清を何とかしないと、武田の信濃侵攻に遅れが出てくる。しかし、それはまだ先の話だ。今は諏訪だ。目の前にあるやるべきことをやらなければ!
宿曜道の星は、仏教では九曜曼荼羅が、またはインド神話に出てくる神々を示しています。その中でも太陽を示す蘇利那はインド神話に出てくるスーリヤ(Fateで言うとカルナの父親)を示しています。また、摩利支天の元となったのはスーリヤの恋人であるウシャス神と言われています。こう言う共通点から、真斗を示す星を太陽としました。
因みに、この作品の設定にFate要素は入れるつもりはありません。ネタとして使うことはあるかもしれませんが……。