怪文書、集めました   作:へか帝

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書いたはいいが完成しないのでここに置いておきます


六畳一間のアズールレーン

 戦争は終わった。

 

 超国家軍事連合『アズールレーン』。未曾有の新技術、新たなる兵器『KAN-SEN』の駆けた誉れある海戦。

 

 すべて過去の話だ。国家の枠を超えた共同戦線は解体された。

 

 純白の群服に身を包んで革仕立ての椅子に深く座り込み、豪奢な執務机を挟んでガラスの向こうに広がる母港を望んでいたのも今は昔。

 

 今や俺は六畳一間のボロアパートの一室に小さなちゃぶ台ひとつと敷布団を広げ、裸のまま吊るされた電球を蛍光灯に取り換えて白すぎる光に目を傷めていた。

 

 様々な国に属するKAN-SENを率いていた指揮官という個人は、終戦に伴いお役御免と相成った。

 その後については様々な道を示されたものの、結局俺は軍役に身を委ね続けることはしなかった。今ではただのフリーターだ。

 

 だいたい年齢の割に圧し掛かってくる責任が重すぎたんだ。規律も厳しいし、だいたい俺は人の上に立つタマじゃない。

 口を一文字に結んで、背筋伸ばして、腹から声出して。面倒くさいんだよ全部。はっきり言って性に合わん。

 

 あんな自分を偽るような真似をこれ以上続けていたら、いよいよ精神を病んじまう。

 

 そういう訳で、義務を果たしたらすぐに任を降りた。

 

 別れの言葉とか挨拶回りとかもほとんどしていない。一握りの世話になった恩人なんかにごく短い手紙だけ書き残した程度か。

 

 人一人が今後生活していける程度の金銭は手切れに貰いネカフェを転々とした末、このトタン建築の立ち並ぶ住宅街の片隅に佇んでいたボロアパートにたどり着いた。

 

 今は重桜の『都会人の想像する田舎』くらいの場所に住んでいる。周辺に土地特有のローカルなコンビニやスーパーがあり、少々自転車を漕げばまだシャッター街に進化してない商店街にたどりつく。

 

 今までが堅苦しすぎる環境だったがゆえに、かなり居心地がいい場所だ。

 

 とはいえ、俺の懐も老人のような生活をするだけの金しかない。趣味を見つけて人生を謳歌をするには心もとないのだ。

 

 なにか勤め先を見つけなくてはいけないのだが、俺も公園で遊んでいるキッズの24%くらいには「おじさん」と呼ばれるくらいの年齢。

 面接や履歴書にその年齢になるまで何をしていたか記述しなくてはならないのだが、俺の経歴など上から下まで機密まみれ。

 

 あるいは馬鹿正直に書いても鼻で笑われて終わるようなことしか書けない身の上。特技はパルプンテです。

 

 仕方がないので無職で通しているのだが、そうするとたちまち社会的な信用が疑われてきて弾かれ出す。おかげ様でまったく上手くいっていない。世知辛いね。

 

 とにかくバイト先でも探してみるかと試しているが、あまり状況は芳しくない。

 たとえばつい先日までは倉庫整理のバイトをしていたのだが、長年の座り仕事が祟ってか荷物を持ち上げる時腰から滅びの音のイントロを察知したのであえなく断念した。

 今は次のバイト先を探している最中だ。

 

「腰は命よりも重いと言うからな。運搬系はパスか……」

 

 まるで上手くいっていないように思えるが、これでも俺は十分楽しんでいる。

 毎日漢字塗れの書類の前に座って、まるで意味の分からん艦船の特徴や配置を覚えて、訳も分からず大勢の命を背負わされて。

 

 ただっ広い執務室で窮屈な制服に身を包んで、軍帽を深く被って動揺を押し隠し、震える指先を手袋で覆い隠して。低く唸るようにして、震える声を誤魔化しながら進軍の命令を出して。

 

 周りのやつらはみんな俺を持て囃した。英雄。救世主、運命の人。大げさな言葉ばかりだ。

 富も名声も、望まずとも溢れるように手に入っただろう

 馬鹿々々しい。そんなもの、ただの一度も望んだことなんてなかった。

 最後まで、何一つ面白いことなんて無かった。

 

 ──それが今やどうだ。

 

 小さな部屋で大きくあぐらをかいて、朝からバイトで汗まみれになりながらバイトして、誰にも邪魔されないで酒を呷って泥のように眠って。

 

 俺は初めからこれで良かった。これが良かったんだ。俺のようやく勝ち取った、本当に欲しかったものがこの暮らし。

 

 もちろん上手くいかないことだらけで、辛いときもある。それでも男身一つの暮らしのなんと居心地の良いことか。

 

 そんな風に、次の勤め先を求めてちゃぶ台に広げた求人のチラシを吟味していたときのことだ。

 

 コンコンと、ドアのノックする音が部屋に響いた。無論インターホンなんて便利な利器は備え付けていないので、うちはこれがデフォルトだ。

 今は逢魔が時。日没の間際だ。こんな時間に、それも俺の部屋に訪問者とは珍しい。

 宗教勧誘とかか? それとも放送局の集金かな。うちはマジでテレビないからな。アンテナすら無い。集金業者恐れるに足らず。

 

 そんな思考で玄関へ向かい、ドアスコープを覗こうとした刹那。

 

「私だ」

 

 ──聞き覚えのある女性の声。

 

 俺は音を立てないようにそっとドアチェーンを掛けて、抜き足差し足で扉から離れた。

 息を殺し、気配を隠す。

 

「反応がないな。留守だろうか」

 

 はきはきとした張りのある声。ああ、俺はこの声を知っているとも。

 KAN-SEN名『エンタープライズ』。アズールレーン指折りの実力者。

 彼女を形容するには、たった一言で良い。

 

 ――強い。それに尽きる。

 

 あるいは、もう一言足すならば。

 

 ──重い。それに尽きる。





 この調子でどんどんと文字通り六畳一間に海洋連合アズールレーンが結成していく話。

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