「こたつに入ってたべるみかんは本当に最高じゃのう」
「せやろ」
いつもの春田さんの定位置には、今日はナガさんが収まっている。ナガさんというのはナガンM1895のことだ。真っ白な服装に金髪赤目の小柄な少女なのだが、銃自体の古い歴史にちなんでかのじゃ口調で喋る。巷では彼女のそういう立ち振る舞いも相まっておばあちゃんとよく呼ばれているそうだが、個人的にはこの小柄な風貌の子をおばあちゃんと呼ぶことに抵抗があるのでナガさんと呼ばさせてもらっている。
さて、そんなナガさんがここにいる理由だが、今日は春田さん装備点検で不在なので副官の代役を務めてもらっているからだ。今もほっこりした顔でみかんを手に取ってせっせと白い筋を剥いている。うむ、眺めているだけで不思議と癒される光景だ。ナガさんも寒さに強そうな恰好をしているが、それとこれとは別らしい。
ナガさんはうちの基地では元からここにいる珍しいパターンの人物だ。だいたいみんなやらかしてここに来るからな。寛容で親しみやすい彼女は当基地に欠かせない存在だ。なんだかんだですぐにこのだらだらした雰囲気に適応しているあたり結構したたかでもある。
「まさに至福の時間というやつじゃのう」
「全面的に同意する」
「しかしよくみかんなんぞ用意できたの。今のご時勢、フルーツは超がつくほどの高級品じゃろ」
完全に無垢となったみかんを一切れひょいと口に放り込んで言うナガさん。
ふむ、そこに気づくとは。確かに彼女の言う通りで、色んなアレコレで世界中がずたぼろになった昨今、野菜や果実のような植物由来の食品はとてもレアものなのだ。そう気軽に手に入る代物ではない。
「もちろん吹きとんだぞ。予算が」
「この馬鹿」
食い気味になじられた。なんてレスポンスの速さだ。
「はっはっは、基地の金で食うみかんは美味かろう」
「憎たらしいほどにの」
あきれ返ったジト目を俺に向けながら、トーンの下がった声で俺を咎める。しかしみかんを食べる手は止めないあたり、本当にしたたかだなナガさん。この基地で長いだけのことはある。その調子だ。
「まったく、おぬしの意味不明な金の使い方はどうにかならんのか」
「意味不明じゃないさ、だらだらするという一点にまっしぐらだろう」
「ま、嫌いじゃないがの」
この歯に物着せぬ物言いもまた好ましい。気を置かずに話せるという意味では貴重な存在だ。今まさにこたつ&みかんという物理的な恩恵を直に授かっている訳だしな、苦言を呈せるような立場でもないか。ナガさんはいつもなんだかんだ言いながら俺と一緒にだらだらすることに定評がある。
「修復用のパーツ代や弾薬費は確保してある。心配はいらないさ」
「おぬしのことじゃ、そのあたりは心配しとらんよ。しかしそれならみかん代は一体どこから捻出したんじゃ?どこか別の所で採算を合わせなきゃならんじゃろ」
「こ、コーラ代……」
「この馬鹿」
食い気味になじられた。二回目だ。
いやはや、本当にナガさんは聡い人だ。事の重大さを一瞬で理解したらしい。年季の違いというやつだろうか。ちょうどいい機会だから相談に乗ってもらう他あるまい。
「どうすればいいと思う?」
「知らん。簀巻きにされたまま馬に繋がれて引き回されたりするんじゃないかの」
「見捨てないで! ていうかコーラちゃんってばそんなところまで西部的なの!?」
「コーラさんに献上するコーラを用意しなかったらどうなるかわからないおぬしでもなかろうに」
「やっぱまずいかな……」
「死は免れんじゃろうな」
「そこまで!?」
どうやら事の重大を理解していないのは俺の方だったらしい。
「諦めて本当の事を話すしかあるまいて」
「骨くらいは拾ってくれよな」
「残っていたらの話じゃな」
俺の中のコーラちゃん像が崩れる。言われてみれば俺の知っているコーラちゃんは十分にコーラを摂取した健常なコーラちゃんだけだった。コーラと一緒に冷静を欠いたコーラちゃん……想像するだけで恐ろしい。
「やっほー! 指揮官いるー?」
「ヒィッ!」
天使の呼び声が、今だけは死神の足音に聞こえる。
「や、やあコーラちゃん。今日もいい天気だね?」
努めて自然な様子で会話を切り出す。心の準備をしていなかったせいで声が上ずってしまったが、大丈夫、どこもおかしなところはない。ここが屋内なのは些細な問題だ。
「え、今日? 確かにいい天気ね、コーラの雨には負けるけど」
コーラの雨!? コーラちゃんにとってコーラの雨とは日常的に発生する気象なのか……? いや惑わされるな俺。迂闊にコーラちゃんの価値観について思いを馳せると戻ってこれなくなる。このまま本題に持ち込もう。
「実は折り入って大切な話があってだな……」
「あら? 珍しいわね、指揮官がそんな風に改まるなんて。一体どんなコーラの話?」
彼女にとって俺がコーラの話をするということは確定事項らしい。いや実際その通りだけど、なんか負けた気がするのはどうしてだ。
「とても言いづらい話なんだが、その、今週分のコーラなんだが……」
コーラちゃんの目がすっと細まった。コーラという単語が俺の口から飛び出た瞬間、彼女の視線から冷気が放射され始めたような気さえしてくる。だが、我が身可愛さに嘘を言っても仕方ない。どのみちすぐにバレるし、そうなったら正直に話すよりも恐ろしい未来が待っているからな。
「その、コ……」
コーラ代をみかんで使い切ってしまいました、と言いかけてふとナガさんの言葉を思いだした。
『簀巻きにされたまま馬に繋がれて引き回されたりするんじゃないかの』
それ死ぬんとちゃう? 俺は訝しんだ。
これ以上言葉を続ければ。待つのは正直者の死。俺は確信した。
彼女に真実を伝えるのは折衷案を用意してからにすべきだ。うん、俺自身の安寧の為にもそうしよう。まずはとにかく、言いかけてしまった言葉を別の言葉に続けなくては。
「こ? 今週分のコーラが、どうしたの?」
なにか、何か言わなくては……!
俺はこの窮地を脱する為に昨日の記憶を呼び覚ましていた。そう、あれは先日あった上司からの連絡通達の通信で……。
「今週はコーラ強化期間とする!」
「コーラ強化期間!? なにそれなにそれ!?」
ちくしょう、よりにもよって通信で上司から言い渡された『効果強化期間』のフレーズだけが脳裏をかすめてしまった。でもコーラちゃんの喜色満面の笑顔を見ると全てがどうでもよくなってくる。
「あ、ああ。だから、今週は好きなだけコーラを飲んでいいぞ」
「ほ、ほんと!? で、でも指揮官、そんなお金どこに……」
「俺が出す。心配ないさHAHAHA!」
馬鹿野郎。俺の中のコーラちゃん甘やかし担当大臣が先走って発言しやがった。コーラちゃんが節制をせずにコーラを飲み始めようものなら、たちまち俺の貯金は跡形もなく姿を消すだろう。後先考えない発言ばかりしやがって、お前はいつもそうだ。
だが、お陰様で市中引き回しの刑だけは免れた。
「じゃあ、とりあえず今ある分全部飲んでくるねっ!」
「えちょ」
冷蔵庫から次々とコーラを取り出し、脱いだ帽子の中にひょいひょい投げ込んでいく。それは、まさに今の基地にある全コーラであった。
「指揮官と出会えたことが私にとって最高の幸福よ!」
捨て台詞でなんてこというんだコーラちゃん。刺激が強すぎる、ともすれば死者が出てもおかしくないぞ。現に俺の中のコーラちゃん甘やかし担当大臣は絶命した。いい気味だぜ。
「のう、指揮官」
「なんだよ」
「おぬしは本当に愚かな男じゃな」
「うっせ」
指揮官:一文無し
ナガさん:今回みかんを一番たくさん食べた
コーラちゃん:指揮官への好感度が留まることを知らない
春田さん:指揮官にお金を貸して弱みを握ろうと画策している