「指揮官、車買ってー」
「くまさん。うちにそんな金はないよ」
書類仕事がひと段落したころ、こたつでとろけたグリズリーがそんなことを言い出した。副官と思えぬとろけ具合である。副官といえばでおなじみの春田さんは欠席。いまごろは近域で発見報告の上がっていた装甲持ちの人形を自慢の徹甲弾でぶち抜いている頃だろう。春田さんはうちの基地での貴重なライフル枠ゆえ、このような出撃は多い。致し方なし。
ということなので今日はグリズリーに副官の任を頼んであった。暇そうにぶらぶらしてるところをとっつかまえたのだ。俺一人で仕事を回すのはさすがにしんどい。
ていうか車て、君。車一台買うお金で一体何本のコーラが買えると思ってるんだ。うちはコーラちゃん一台の運用・維持で手いっぱいなんだぞ、一体どこにそんな余裕あるというんだ。
こちとら残りのコーラの本数が俺の残機とイコールで結ばれてるんだからな、そこらへん踏まえた上での発言を頼むよ。
「2000GTで我慢するからー」
「お前、とうとうメンタルモデルが……!」
「辛辣」
今のご時勢そんな素敵な車博物館とかにしかないだろうよ。それにたぶんもう博物館もろとも焼失しとるわ。
「だいたいなんで車」
「だってここ輸送用のやぼったいのしかないじゃん。もっと気持ちいいの乗りたい。指揮官マイカーとか買おうよ」
「俺のポケットマネーはコーラ代に消えた」
「うわぁ」
聡いな。熊さんはもう俺が何をやらかしたのか察したようだ。
結論から言うと俺の貯金は絶命した。
まさか普段コーラちゃんがあれで節制を心掛けていたなんて、この海のリハクの目をもってしても見抜けなんだ。節約という呪縛から解き放たれたコーラちゃんの消費ペースは俺の予想を遥かに上回る勢いだった。でもさすがに命には代えられないから……。
「指揮官いるー? 報告書書けたわよー」
「お、マカロフ。流石に仕事が早いな」
執務室の扉を開けてのそっとマカロフがやってきた。青い服装とボリュームたっぷりの白い長髪がよく映える。魅惑の白髪だ。一度でいいから彼女の髪を全力でもふりたい。
「……な、何?」
もふりたいという欲求をダイレクトに込めて熱視線を送っていたら、マカロフに怪しまれてしまった。でもマカロフの髪に視線が吸い込まれるこの現象は極めて自然的な現象。俺は悪くない。この名状しがたき衝動を抑えることは俺が人間に生まれた以上不可能だ。ここはひとつ、マカロフに事前に断りを入れておくべきだろうな。
「マカロフよ。これは確信めいた予感なんだが、俺は近いうちに突然お前の髪の後ろからモフりだすことだろう。そのときは容赦なくぶっ飛ばしていいからな」
「鋭くいくわ」
「即答」
「流石にマカロフは順応がはやいねぇ」
こたつの天板にべったりと頬をくっつけるように突っ伏したグリズリーが、MPとか吸い取られそうな声で声で感心している。お前もお前でよっぽど順応してると思う。
しかしまずいな、個人的には軽いジョークのつもりでぶっ飛ばしてもいいって言ったんだけど、マカロフが想像以上にガチの雰囲気だ。骨の一本くらいで済むだろうか。
「なんでもいいけど、ほら。報告書」
「お。お疲れさん」
いずれ痛めつけられるであろう未来の俺をいたわりつつ、差し出された活字の波にさっと目を通す。必要な情報を必要な分だけ端的に並べ立てるマカロフの文章は、報告書として完成度が高い。うーん有能。
報告書に限らず、マカロフはこの基地のだらけがちな雰囲気に流されずに淡々と仕事をこなしてくれる。こういった書類仕事では最強だ。横で液状化している熊とは大違いだぜ。
ちなみにこれがスパスとかになってくるともうだらしねぇ姉モード全開でまるで使い物にならなくなってしまう。なんなら次の日も寝坊してきて報告書の提出も遅れる。そんなんだから毎晩体重計に乗っては顔を青ざめるような事態になるんだ。
「うひぃ、また装甲兵が出たのか。参ったなぁ」
「そんなに気に病むことかしら。この程度なら対応できる範疇じゃない」
「戦力的には問題ないんだけどさ。弾薬費がピンチ」
「それは、確かに」
うちの基地の戦力はハンドガンが大半を占める。春田さん以外にもライフルを扱える者もいるにはいるが、報告書の数字を見るに対応しきれない可能性もある。その場合は致し方ないのでハンドガンのみんなで死ぬまで撃てばいい作戦をするのだが、些か弾薬の消耗が激しすぎる。すごくやりたくない。
「でも元をただせばみかんに使い込んだあなたの責任でしょ?」
「むむむ」
「正論ティー」
「グリズリー、次クソギャグ言ったらこたつ使用禁止な」
「はい」
なんて淀みのない綺麗な返事なんだ。そんなにこたつが大事かグリズリーよ。お前そこで越冬する気だろ。
「で、どうするの? 食費でも切り詰める?」
「それはやりたくない。すごくやりたくないぞ」
食に不自由する環境は、余裕からもっとも対極にあるといっても過言ではない。もはや悪だ。空腹は人からゆとりを奪い、気が立つ。そうすると、やがて争いが起きる。つまり空腹から救ってくれるアンパンマンは真実の正義。歴史書にもそう書いてある。なんの話してたんだっけ。
そう、食に不自由する環境が許せないって話だ。
「グリズリー! なにか提案は!?」
「コーラちゃんに声かければいいじゃん。視界に映るもの全て鉄くずに変えてくれるよ」
「ちょっとまってグリズリーのコーラちゃん像どうなってるの?」
「全てを焼き尽くす暴力」
「なにそれこわい」
確かにコーラちゃんが出撃した部隊の作戦報告書にはしばしば目を疑うような記述が散見されるけど、現場では一体何が起こっているというんだ。コーラちゃんと出撃したメンバーは一体何を見たというのか。
だが事実としてコーラちゃんにはどういうからくりか通常の弾薬消費量で装甲兵を抹殺した謎の実績がある。確かにこの状況を打破してくれる可能性は高い。一考の価値はあるだろう。
「コーラの備蓄はどうだったかな」
執務室に備え付けてあるコーラ専用の冷蔵庫を開き、備蓄を確認する。2lペットボトルのコーラが4本に、瓶コーラが1ダース。そして所狭しと敷き詰めれられた無数の缶コーラ。20本は超えるだろう。何も知らない人が見れば業者かなにかと勘違いすること間違いなしの冷蔵庫だ。
だが、ダメだ。
「どう考えてもコーラが足りない……!」
コーラちゃんの運用には大量のコーラを消耗する。出撃前の見送りコーラに作戦中に使用する継ぎコーラ、帰投後のお迎えコーラ。しかもその作戦におけるコーラちゃんのリザルトがめざましいものだった場合は、ここから更にボーナスコーラをプラスしなければならない。
先日の軽率で無計画なコーラ強化期間の実施により、コーラちゃんのボルテージは最大限まで昂っている。コーラちゃん運用の暁には確実にハッピーなニュースを届けてくれるだろうが、その場合はやはりごほうびとしてリラックスコーラ及びエクスパンデットコーラの贈与があってしかるべきだろう。これは欠かせない。
「もうこの基地にはコーラちゃんを維持する為の最低限の在庫しか残されていない」
「いやそれ指揮官が甘やかしすぎなだけ……まあいいか。言っても聞かないでしょうし」
マカロフが何か言っているような気がするが、そんなことはどうだっていい。
モーニングコーラやアフタヌーンコーラといったデイリーコーラの消耗はどうすることもできない。呼吸をすれば酸素を消費するのとおんなじだ。
「この有様では俺の生命の火を灯すローソクたるコーラが、コーラちゃん一回の運用で風前の灯火になることは火を煮るよりも明らかだ」
「なんか火にまつわる慣用句ばっかだね。そういうギャグ?」
「グリズリーはもう少し真面目な方向性で会話に参加してくれ」
「はぁねむ」
「聞けよ」
こいつ。ほんまこいつ。俺の持ち込んだこたつで弱体化した人形ランキング三年連続一位なだけのことはあるわ。ちなみにここ一年でfive-sevenとドラグノフが凄まじい追い上げを見せているからな、いつまでも王者の座にいられると思ったら大間違いだぞ。
「コーラちゃんを呼ばないんなら、いよいよ他の手段を考えないとまずいわね」
マカロフがいないとマジで話が進む気がしない。今度からは熊じゃなくてマカロフを副官に指名するようにしよう。あ、でもそうするともふりたい欲求を御しきれずにぶっ飛ばされてしまうな。これは悩ましい。
それはさておき他の手段か。正直俺一人では現状を打破できるような作戦を思いつける気がしない。いっぺん皆に意見を募ってみるかな。幸い早急に対応しなくてはいけない案件ではない。まあ先延ばしにできる問題でもないけど。
「一度みんなを集めて対策会議を開こうと思う」
「あら、いいんじゃない」」
「前はそのままゲーム大会になったよね。たのしみー」
……大丈夫かな。
グリズリー:昔はかっこいいお姉さんだった。面影はもうない
マカロフ:髪のもふり具合でその日の機嫌がわかる
コーラちゃん:実は指揮官しか彼女と会話が成立しない
春田さん:殺しの天才