防振りオリジナル集   作:五月時雨

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 速度特化の試し読み
 これ読んで気になったら、作者ページから連載版を探してくれると嬉しい。


現実の分まで走り回りたい 試し読み
真白の鬼娘1


 

 ―――私は、この世界に満足している。

 

 

 

 小さな段差が辛くて。

 

 何をするにも、人の手を借りて。

 

 両親には凄く迷惑をかけて。

 

 人の足枷にしかならない私。

 

 『普通の人』ではない、私。

 

 世界は『普通』であることが必要で。

 

 はみ出し者の私は、風当たりが当たり前で。

 

 道を進めば2度見され。

 

 人にぶつかれば悪態をつかれる。

 

 誰に、何に対しても気を遣う。

 

 そんな世界。

 

 

 

 

 

 けれど。

 

 

 

 

 

 やはり、世界は優しくて。

 

 心からの愛情を注いでくれる両親。

 

 小学校から仲良くしてる友達。

 

 私の願いに協力してくれた学校。

 

 裏表なく助けてくれる人たち。

 

 私をサポートしてくれる医師や看護師(先生たち)

 

 私の世界は狭いけれど。

 

 その世界は優しさで溢れかえっている。

 

 

 

 

 

 

 たくさん、我が儘を言ってきた。

 

 たくさん、ごめんなさいって思った。

 

 たくさん、ありがとうって、伝えた。

 

 それでも、本当の願いはたった一つだった。

 

 それが、不可能だって分かっていた。

 

 

 

 

 

 願う心を忘れるために、別の願いを口にする。

 

 

 

 

 

 我が儘(ねがい)の度にいる、私の車椅子(あし)

 

 意思(ねがい)の度に各所に頭を下げる、両親。

 

 知らないのに、想い(ねがい)に応えてくれる親友。

 

 そんなたくさんの人に囲まれて。

 

 

 

 

 

 

 そんな、優しさしかない手のひら(せかい)で。

 

 

 

 

 

 

 たった一つ。

 

 あの事故から変えられない祈り(ねがい)だけは。

 

 叶わない夢がある(歩きたいと願う)ことだけは。

 

 周りの人に、悲しい思いをさせてしまうから。

 

 

 

 

 

 絶対に、誰にも言わないんだ。

 

 

 

 

 

 

 だから、代わりにいつも口ずさむ。

 

 

 

 

 

 私は、この世界に満足している―――と。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「そのはず、だったのに……」

 

 私の目の前にある、一つのゲームパッケージ。

 

 リリースを目前にして、全国で長蛇の列ができているという、VRMMORPG。

 

「『New World Online』……理沙が手に入らないって嘆いてたゲーム。まさか当たるなんて」

 

 本当に気まぐれ。

 偶然、懸賞の応募があって。

 この世界なら、思いっきり走れるのかな?なんて思って。

 口に出した事はないその願いを、懸賞に籠めて応募した。

 そしたら、VRハードとゲームソフトのセットが当たってしまった。

 ご丁寧に私の名前。

 『望月(もちづき) 九曜(くよう) 様』と書かれている。

 確か、当選は三名だったはず。

 日本中で三人と言われれば、ほぼ絶望的な確率だっただろう。

 それをこうして引き当てたのは、偏に日頃の行いだろうか。いや、神様からの慈悲とでも思った方がいいかな。

 

「あら九曜、それは?」

「あ、お母さん……気まぐれで応募した懸賞が当たった……VRMMORPGだってさ」

 

 夕ご飯の支度をしていたお母さんが顔を出して聞いてきた。ハードとソフトを見せながら、良くあるファンタジー世界のゲームだと伝える。

 

「あなた、ゲームなんてやった事ないでしょ?」

「うん……だけど当たったんだし、少しくらい使ってみたい、かな」

 

 五歳の頃、交通事故にあって以来、両膝から下の神経がズタズタになってしまい再起不能に近い私は、一日の殆どを車椅子で過ごしている。

 本当なら養護学校を勧められていたのを押して、普通の高校に通わせてもらっているのだ。成績では迷惑をかけない為に勉強しているし、リハビリのために週二日は放課後は病院に通っているけど、成果は出ていない。

 リハビリで動かそうとしないと絶対に動かなくなるから、殆ど惰性だ。

 でもVRなら夜、身体は寝ているし、現実への悪影響もない。

 勉強の息抜きとして、少しなら良いと思う。

 お母さんも、私に無理はしないでとよく言う。

 だから、そんな悲しそうな……申し訳なさそうな顔はしないでほしい。

 

「そう……そっちなら、九曜も歩けるのね」

「……本当に気まぐれだよ、お母さん。私は歩けなくても良いもん」

 

 お母さんが私のために、沢山の『自分』を削ってくれているのは分かってる。

 それに報いてあげられない私を恨めしく思う。

 

 だから、こうして少しでも強がって。

 お母さんの愛情を凄く感じてるから。

 いつからか外れなくなった、気丈な笑顔を貼り付けてでも。

 

「理沙がゲーム詳しいし。とりあえず、やるだけやってみるよ」

「えぇ。ゲームの中でくらい普通に楽しんでね」

「うん、ありがとう」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 VRハードの設定から全部やらなければならないため、物凄い時間がかかった。

 NWOのリリースそのものは明後日だけど、VRハードと初期設定は先に終わらせることができるため、理沙にVRハードの設定だけ教わる。

 流石に、『理沙(あなた)がまだ手に入れられていないゲーム、先にやってるね♪』なんて言ったら発狂ものだ。朝日を拝めないかもしれない。

 『ゲームなんてやらなかったのに突然どうしたの!?』とひどく驚かれたけど、適当に『仮想世界もリハビリの一環になるかもしれないらしいんだ』と誤魔化しておいた。

 事実、仮想世界で正常な身体を持つことは、四肢切断等による幻視痛を抑制したり、重篤患者の精神への負担を減らすのに貢献している。

 まぁ、それで症状が改善した例は、少なくとも私は知らないが。

 だから、キャラクタークリエイトだったり、パーソナルデータの設定だったりは、二日かけて自力で頑張った。

 ゲームって言うと、現実と違う自分になるものだけど、VRはアバターの肉体をリアル基準にしないと、操作が出来ない場合があるとか。

 

 それで、初期設定をなんとか終えた私は、リリース前にできる最後の仕上げ。

 ゲーム内で使うキャラクター設定のためにログインした。

 

 ベッドに横たわり、ハードをセットして目を瞑る。次に目を開けた時には、もうVR世界だ。

 電脳世界を浮遊する感覚は初めてで全くというほど慣れないが、最後の設定が終わるまでの辛抱だ。

 

「うぅ……身長なんて楓と同じだから、もうすこし大きくなりたかった」

 

 運動なんてできないから全くと言っていいほど筋肉はないし、運動しないから食事量も少なく中学から成長が止まって小柄なままだ。

 大きくなりたかったが、まぁ仕方ないだろう。むしろ『普通』なのに大きくなれない楓に合掌。

 学校か病院でしか外に出ないから私色白だし。

 

「リアルバレ防止に、目とか髪の色は変えられるんだ……少し、弄ったほうが良いよね」

 

 変に弄ってもおかしくなるだけだし、いっそ真っ白にしてしまおうか。

 そう思い、髪も目も色白な肌よりも更に真っ白にしていく。

 

「わ。目が全部真っ白って怖い……薄めのグレーにしよう」

 

 黒かった部分が全てを真っ白になり、白目の部分との境目がなくなった途端、急に怖くなったので流石にやめる。

 あれだ。常時白目を剥いている感じ。

 

 そうして出来上がった、毛髪も肌も真っ白、目も限りなく白に近いグレーに留めた、真っ白な私が出来上がる。

 次は、名前。

 

「名前かぁ……クヨウ?そのままは駄目だよね」

 

 うん、白い九曜。シロはハクで繋げてハクヨウにしよう。

 私は誕生日が三月の終わりで牡羊座。

 白羊(はくよう)宮の名を冠する星座なのも掛けて。

 

「後は武器かぁ……」

 

 大剣や弓、盾、短剣、杖なんかもある。パッケージには魔法使いの人もいたから、きっと杖は魔法使いの武器だと思う。

 走るということを知らない私の身体は、接近戦には向かないかもしれない。状況によって沢山走り回ることになると思うから。

 だけど、その不安も少しだけ楽しみなのだ。

 未知は怖いけど、期待も大きい。何より、私も普通に歩けるのだから。

 

 だから。

 

「一番扱いが簡単な片手剣にしよう」

 

 小さめの盾を持つことも、もう一つ片手剣を持つことも、サブに別の武器を持つこともできるバランスの良い片手剣。

 そう決めて、もう片手は空けておく。すぐに決める必要は無いと思うから。

 

「わ。まだあるんだ……ステータス?」

 

 次に出てきたのは、ゲームで使うアバターのステータスを振り分けること。

 これは、最初から決めていた。

 

「………私は、走りたい」

 

 ただ、それだけ。強さとか、防御力とか、魔法を使いたいとかじゃない。

 もっと根本的な。

 強くなりたいんじゃない。

 誰かを守る堅さも違う。

 ファンタジーの代名詞たる魔法もいらない。

 

 私以外に誰もいない仮想世界だから、その本音が溢れてしまう。

 けど、抑えない。抑える必要もない。

 仮想世界では、分身(わたし)も目一杯駆け抜けたい。

 

 だから、ステータスポイントを全部敏捷性に注ぎ込んだ。

 

 

「……よし。後は明日のリリースを待つだけ。

 ログアウトして、早めに寝よう」

 

 

 少しだけワクワクして、寝付けなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 リリース当日。

 土曜日の今日は学校も休みで、サービス開始の九時からログインできる。

 

「じゃあ、行ってくるわね。やりすぎは注意、ね?ちゃんとお昼ご飯は食べること」

「うん、分かってる。行ってらっしゃい」

 

 仕事の両親を見送ってから、車椅子を漕いで自室に戻る。色々と片付けたり、ゆっくりしていたりしたのもあって、ログイン可能な時間はすぐに来た。

 

「それじゃあ……行ってみよう」

 

 目を瞑り、体の力を抜く。

 

 次に感じたのは、足の裏に感じる硬質の感触だった。

 

「え……?」

 

 ベッドで横たわっている感覚は消え失せ、確かに()()()()()という感覚。

 ゆっくりと、恐る恐る目を開ければ、そこは活気あふれる城下町の広場だった。

 

 

 

 

 

 

(う、わ……凄い、人がいっぱいいる)

 

 リリース初日の、開始早々でありながら町中は人で溢れかえっていた。

 尤も、全員が初期装備。ハクヨウと似た装備だったのだが、中には背中に大剣を背負った者、杖片手に歩く者、大盾を担ぐ者など様々いた。

 

 だが、それより何より。

 

 

(立って、る……私、ちゃんと立ててる――っ)

 

 

 そのことが、どんな情景よりも嬉しくて。

 恐る恐る、一歩前に踏み出す。

 

 右足を地面から離し、重心が傾く。

 それに合わせ、右足を少しだけ前の地面につき、重心を前へ。

 左足を浮かせ、右足一本で体重を支えると、右足に並ぶように、左足を置いた。

 

 たった、それだけ。

 一歩前に進んだという、ありふれた動作。

 けれど。

 

 記憶にある中で初めて、支えもなく、不自由さも無く、羽のように軽い身体を動かした。

 

 

(動、けた……ちゃんと、歩けた)

 

 

 現実のような思い通りに動かないことなんてありはしない。

 この世界なら、真に自分の身体を思い通りに、一切の不自由なく存分に動くことができる。

 その事実だけでも凄い嬉しいハクヨウだが、だからこそ、自らを諌める。

 

(……けど、これはダメだ。この『普通』に酔ったら、私が現実に理想を求め過ぎちゃう)

 

 けれど、広場から抜けて路地裏に入るまで。

 その僅かな距離でさえ、ハクヨウの気持ちは高揚していた。

 

(いいなぁ…普通に歩くって、こんなに身軽なんだ……初めて知った。これが、――これに、本当の意味で九曜(わたし)がなることは無い)

 

 そう言い聞かせ、自らの興奮を鎮める。

 そうだ。例え現実で歩くことができるようになったとしても、不自由さは背負ったままだ。ズタズタの神経を違和感を抱えながら動かして、走ることなんて一生できない。

 だから、『ここ』は本当に夢物語。

 望月九曜という少女の、理想の世界。

 

(理想と現実を間違えない。現実は非情で残酷で、辛いことばっかりで。だけど優しく、あったかい場所。ここは、ただ、夢を見れる場所。それだけ)

 

 そう割り切らなければ、本当に現実を絶望してしまうから。

 例え優しくあったかい場所だとしても、望月九曜の心は、残酷さに打ちのめされてしまうから。

 けれど、夢物語だから。

 理想の世界だからこそ。

 

(………理想、だとしても。夢物語、だとしても――だからこそ。この世界を精一杯楽しもう)

 

 願いは変わらない。

 残酷で優しい(げんじつ)世界では叶えられない夢を、理想の(仮想)世界で叶えよう。

 夢から覚めれば、また非情であったかい世界が待っている。けれど、だからこそ夢の間は楽しむと、望月九曜ではなくプレイヤー・ハクヨウになると、そう決めた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 重い考えは一旦放り投げると決め、ふと、ハクヨウは思い至った。

 

「そうだ、ステータス」

 

 今の自分がどんな状態か確認しなければ、始めるに始められない。

 そう思いたち、ハクヨウはステータス画面を開いた。

 

 

―――

 

ハクヨウ

 Lv1 HP 25/25 MP18/18

 

【STR 0〈+8〉】 【VIT 0】

【AGI 100〈+22〉】【DEX 0】

【INT 0】

 

装備

 頭 【空欄】     体【空欄】

 右手【初心者の片手剣】左手【空欄】

 足 【空欄】     靴【初心者の加速靴】

 装備品【空欄】

    【空欄】

    【空欄】

 

スキル

 なし

 

―――

 

 

「わ。これが紙装甲?一撃でやられる防御力」

 

 ステータスの欄には0が並び、辛うじて武器によって攻撃力が確保されている。

 が、防御力0は不味いんじゃないだろうかと思った。HPも低いので一撃でやられそうである。

 

「……やっちゃった?」

 

 ハクヨウの願いが走ることその一点だとしても、この世界はファンタジーものの戦闘ありきのゲームの中。

 モンスターからダメージを受ければ、一撃でHPが吹き飛ぶことお察しである。

 

「……でも、これで行くって決めてたし。できる限り、やってみよう」

 

 最初にやることなんて分からないし、とりあえず人波が流れていく方向に付いていくハクヨウは、気が付いたら町の外に出ていた。

 

「わ。こっちも人がいっぱいいる」

 

 見渡す限りの人、人、人。

 モンスターが平原に出た瞬間、誰かが倒すという、圧倒的モンスター(リソース)不足。

 

 とは言え、だ。ハクヨウはまだ歩くことすら覚束ない状態だ。それをハクヨウ自身理解しているため、まずはモンスター討伐ではなく、歩いて、走って、剣を振るってみて、体を慣らすことにした。

 

 

 

 

 そうして、しっかりと一歩一歩。倒れるかもしれないという不安と、歩けているという歓喜が入り混じりつつゆっくりと歩いていたハクヨウは、ふと思った。

 

「みんな、遅いなぁ……」

 

 ハクヨウはゆっくりとまっすぐ歩いていたにも関わらず、他にモンスターを求めて進んでいた人たちを軒並み置き去りにしていた。

 

「あ、違う。私が速いんだ」

 

 ハクヨウの【AGI】は驚異の122。

 極振りの恩恵でゆっくり歩いたとしても移動速度が普通のプレイヤーより早かった。

 

 

 

 そうしてまだプレイヤーのいない森の奥まで来たハクヨウは、少しずつ少しずつ歩く速度を上げ、終いには全力疾走する。

 その初めての感覚に戸惑いつつも、圧倒的速度で地を駆け抜けることに。風を切って走る爽快感に、抑えつけていたハクヨウの感情が再び昂ぶる。

 

 

「あ、はは……凄い――凄い凄い!走るってこんな感じなんだ!こんなに気持ちいいんだ!」

 

 

 プレイヤーのいない森の中。モンスターは出るが、その全てがハクヨウのAGIに置いてきぼりにされて戦闘にはならない。

 モンスターもある程度追いかけるが、追跡距離よりも遠ざかったのか途中から追うのをやめる。

 

「あはは!私鬼ごっことか初めてだよ、ほらほら、私はまだまだ上がるよ!」

 

 全力疾走する中で見かけた猪や狼、兎、巨大ムカデに大きな蜂。そんな大量のモンスターに追いかけられながら、ハクヨウは全力で楽しみ逃げていた。

 その光景は端から見ればただのモンスタートレインで、初心者少女が逃げ惑っているようにしか見えないだろう。

 そんな戦闘とも呼べない鬼ごっこは一時間も続いた。楽しそうに笑うハクヨウは、初めて全力で走ったことの興奮である意味で脳が麻痺し、疲労というものを認識していなかったのである。

 

「ふふふっ!走るのってこんなに楽しいんだ……ホント、羨ましいなぁっ!」

 

 モンスターなんて気にも止めず笑顔で走り続けていたハクヨウだったが、そこで頭の中に音声が流れた。

 

『スキル【速度狂い】(スピードホリック)を取得しました』

 

「ふぇ?何それ?ってちょ、あぅっ!?」

 

 全力疾走中に通知音が響いたものだから、それに気を取られたハクヨウは足元が疎かになって勢いよく転倒した。

 

「いったた……あっ―――」

 

 転んだことによるダメージこそ無かったものの、後ろから追いかけてきていたモンスターはそうじゃない。

 『千載一遇のチャンスじゃわれぇぇええ!』とでも言うかのごとく飛びかかった無数のモンスターにより、呆気なくハクヨウは街に死に戻りするのであった。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「捕まったぁー!」

 

 

 ここで『負けた』とか『やられた』と言わない辺り、ハクヨウの中ではやはり先程のやり取りは鬼ごっこだったらしい。

 

「あのタイミングって。なんだったんだろ?」

 

 捕まった要因となった通知音に悪態をつき、確認のためにステータス画面を開く。

 一応、まだ人がたくさんいる広場を抜けて誰もいないところに来てから、だが。

 

 

―――

 

【速度狂い】(スピードホリック)

 このスキルの所有者のAGIを二倍にする。【VIT】【DEX】【INT】のステータスを上げるために必要なポイントが通常の三倍になる。

取得条件

 一時間の間十体以上の敵から逃げ続け、かつ一定の距離を縮められずダメージを受けないこと。アイテム使用不可。

 また魔法、武器によるダメージを与えないこと。

 

―――

 

 

「つまり、【AGI 244】……?これ、かなり凄いスキル?鬼ごっこしてただけなんだけど」

 

 ハクヨウは簡単に言っているが、普通にステータスを振っているプレイヤーではAGI特化だとしても逃げ切れない。かと言って逃げるために攻撃はできないし極振りは詰む可能性が高くてやらないと言う事で、そう簡単に取れるスキルでは無かった。

 

「お昼までもう少し時間ある、し。もうちょっとだけ、フィールドで、やってみようかな?」

 

 今度は鬼ごっこではなく、戦闘をしてみよう。そう考えたハクヨウは、腰にぶら下がる剣に手を当てる。それが、この世界でのハクヨウの命を守る武器だから、自然と力が籠もった。

 

 

 

「とは、言ったものの……人、多いなぁ」

 

 先程鬼ごっこをしていた辺りはモンスターが多く、【VIT 0】のハクヨウでは危険すぎる。なので大人しく草原で戦いたいのだが、プレイヤーが多過ぎて狩場の奪い合いに発展している。

 

 森と草原の境目辺りまで行けば、モンスターも多くなくて少しはマシかな?と歩を進めようとしたハクヨウの十メートルほど手前で、一匹の角を持った白兎が出現した。

 

「いま!――っ!?やぁっ!」

 

 偶然にも誰かが兎に気付く前に剣を抜き、一歩目を踏み出せたハクヨウは、一瞬で角兎の目の前に来た自身の加速力に目を剥き、慌てて剣を振るう。

 

 兎はハクヨウの接近に気付くより前に斬られ、何をされたのか分からぬまま粒子へと変わってしまった。

 

『レベルが2に上がりました』

 

「は、はや……っ。何今の、ア、AGI上がりすぎてびっくりした……」

 

 もし剣を振るのが間に合わなければ、そのまま兎を通り過ぎて転倒していたかもしれない。

 トップスピードになるまでも非常に速く、ハクヨウの体感では十メートルという距離を()()()()()感覚であり、気付いたらそこにいたという印象が強い。

 

「何だ今の……」

「いつの間に来たんだよ……」

「速すぎて何も見えなかったんだけど…」

 

「あぅ……」

 

 本人すら驚く加速力に、初見のプレイヤーが見抜けるはずもなく。

 『いつの間にかそこにいた』ハクヨウに好奇の視線を向けていた。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 流石に多過ぎる視線に耐えきれず、ハクヨウは逃走。その速度も異常そのもので、土煙を巻き上げながら走り去る少女の噂が掲示板で大いに取り上げられた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「はぁ……びっくりした……さっきまでの速度ですら速かったのに、二倍になるとこんなに速くなるんだ……」

 

 ハクヨウは草原を立ち去ると森の奥まで進み、なるべく人気がない辺りにやってきた。

 まだ初日。それもサービス開始から二時間ちょっとしか経っていないため、この辺りまで来れるプレイヤーはほぼいない。と言っても、単純に距離が遠く速度の関係で移動に時間が取られてしまうからであり、モンスターの強さはあまり変わらない。

 そんな森の中で、ハクヨウは木に隠れながらモンスターの様子を伺っていた。

 

「防御力が無いから正面戦闘は論外。そんな動けないし。私の速度なら一撃離脱で確実に当てていくのが理想……」

 

 ここに来るまでに考えていた戦い方。それは、簡単に言えばアサシンの様に正面からではなく奇襲。速度を活かしたヒット&アウェイ。

 一所に留まるよりも走り続け、撹乱し、当たる前に当てるやり方。

 そう頭の中で反芻しているハクヨウの目が、灰色の狼を捉えた。

 

「……まだ、向こうは気付いてない」

 

 すぅ……はぁ……と小さく深呼吸をして、緊張を解す。やり方は、さっきの角兎と変わらない。

 ただ速く接近して斬る、それだけ。

 

 音を立てず、音が後ろを向いた所で木の影から出たハクヨウは、飛ぶように地を駆ける。

 残り五メートル。まだ気付かれていない。

 

 三メートル……

 

 一メー……っ!

 

(このまま、振り切る!)

 

 音を立てないように接近していたが、狼ゆえの勘の良さで振り向かれる。しかし、もう斬撃が届く範囲に入っている。だから、ハクヨウは迷わず剣を振り抜いた。

 

 

 それが、運が良かった。

 

 ハクヨウに背を向けていた狼は振り返る途中であり、体はハクヨウに対して横向きになって隙だらけの胴体を晒していた。

 しかも元々は胴体を斬ろうとしていたハクヨウだが、狼が動いたことで狙いが変化。

 狼も避けようとするが間に合わず、ハクヨウの剣は正確に首を斬りつけたのだ。

 

 実のところ、狼はハクヨウの存在に直前まで気付けていなかった。背後から無音で迫るプレイヤー。狼の索敵範囲に入った瞬間には、高いAGIのせいで攻撃範囲に入られている。

 気付き、振り向いたのが最後。ハクヨウの一撃で吹き飛び、HPの半分近く削られた。

 

「まだまだぁ!」

 

 ハクヨウの攻撃力は、剣の攻撃力によって補われている。そのためダメージそのものは低く、クリーンヒットしてもまだ半分以上残っていた。

 故に。

 ハクヨウは手を止めない。

 吹き飛び、倒れた狼に追撃を仕掛け、狼が起き上がる前にその横を駆け抜けざまに一撃。軽く入った斬撃は一割しか削れない。

 ならば、もう一撃。もっと、もっと。

 

 

 そうして、狼を中心に何度も白い影が駆け抜け、その度にダメージエフェクトが発生。

 都合六回、白い影が狼の横を通り過ぎた時、ようやく狼は粒子になる事ができたのだった。

 

 

「ふぅ……やっぱり攻撃力低いなぁ。けど、AGIが高いと一方的に攻撃できる。これが分かったのは良かった!よし、ご飯食べるために落ちようかな」

 

 ハクヨウ初ログインの成果は、個人的には上々だった。

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