マジックマンの唐突な訪問により、未曾有のパニック事件から数日。未だカレーの香り漂う秋原町の自室で、ヘイズマンと自宅パソコンのセキュリティを見直していた。
ヘイズマンは戦闘用として生み出しただけあって、防衛戦の情報もラーニングしている。メイクマンはセキュリティシステムの作成には役に立つが、こうしたアイデア出しには向いていなかった。
「バトルチップ作成者としての顔は、もともと隠すつもりはなかったから良いけど…メインのコンピューターに押し掛けられるのは放って置けないよ」
『しかし、マスター、セキュリティとは言っても科学省レベルのとは行きませんし、対侵入者用のセキュリティプログラムを配置するしか無いのではないでしょうか?』
科学省では外部からのアクセスを防ぐ複雑なアクセス手順を採用することで、科学省外からのアクセスを最小限に抑える外からの不正アクセスを防ぐセキュリティだが、大きな欠点として内部からのアクセスは一切のセキュリティがないという、欠点にしては大きすぎるセキュリティホールがある。
対侵入者対策プログラムは、侵入者を自動迎撃するプログラムの事で、宝石商の店やガブコン社の開発データ等に採用されたセキュリティである。
「そうなるよね」
既存のセキュリティプログラムでは、いとも簡単にエレキマンが突破してしまう程度のセキュリティで強度であり、少し腕の立つネットナビの前では役には立たないだろう。
『バトルチップと同じ様に、何か新しい迎撃プログラムを作られる他ないかと。セキュリティレベルが高いものは相応に高価です』
「でも、効果はほとんど変わらないけどねっ!」
精々が迎撃プログラムの数が増える程度、侵入者を攻撃する命令を出したウィルスを守りたいエリアにバラ撒いた方が、まだ役に立つのではないなろうか。
『お、何か作るんで?!』
モノ作りの匂いを嗅ぎつけて、先程までスローダガーの量産をしていたメイクマンが駆けつけて来る。
「新しい迎撃プログラムか…バトルチップに入り切らないデータ量でも行けるなら、それこそ巨大な…」
思い付いたままに図面を書き上げてゆく。
『ほー、コイツわぁ』
『獣…ですか?』
電脳世界最大の脅威《電脳獣》は、深い眠りに就いてなお電脳世界に爪跡を残し続けている。それがバグの同化により発生するウィルスが自然と獣の姿を形成する程に、電脳世界が獣を強力な存在であると学習しているのだ。
ならばと強固なセキュリティを実現するのに、動物のモデルを採用するのは至極一般的な思い付きだっただろう。
―作成一日目
電脳獣をモデルとするなど、暴走した時のリスクを考えない愚か者である。僕はメイクマンと共に、新たなセキュリティシステムである自作型対侵入者自動迎撃セキュリティシステムの実行プログラムの作成に入った。
自作型対侵入者自動迎撃セキュリティシステム(以降をビーストセキュリティと呼称する)の自動迎撃を行う獣型プログラム(ビースト)のフレームから作成に当たった。
メイクマンは新しい作業にウキウキしている。
―作成二日目
学校から帰宅し、作成の続きに取り掛かる。
フレームの組み立てはメイクマンの仕事なので、僕はビーストの行動プログラムを作成する。
ヘイズマンは退屈そうだ。
―作成三日目
今日もプログラムの制作だ。想定する事態が多いと仕事が増える。世のセキュリティシステムが、やる気のない一斉射撃なのが理解できてしまうな。
ビーストの骨格の完成度が85%まで進んだと、メイクマンから報告された。相変わらず仕事のできるナビだ。設計通りなら全長21m級の巨大な鉄の獣となるだろう。
―作成四日目
フレームが完成し、内部パーツの作成に入る。パーツの作成には僕もチェックしたいので、プログラムの作成は遅れ気味になった。
あ、ヘイズマンは開発中にどうしても出るジャンクデータを自身の能力で取り込んでいた。段々と体積が増えているが、此方もHPメモリ以外の方法でヘイズの処理を考えないといけないなあ。
―作成五日目
土曜日に入り、今日はお休みだ。安心して開発に専念出来る。
全体の完成度は45%と言った所だ。
現在は武装などは後回しで、開発をしていない。暴走したら武器がない方が、強制停止させるのに都合がいいからだ。
セキュリティのアップデートを考えると、継ぎ足し継ぎ足し強化していくのがいいのかも知れない。
まぁ、そういう意味ではメイクマンも完成はしていないのだろう。ヘイズマンは別の意味で完成には程遠い気がする。ヘイズマンは付属品に左右されるから、バージョンアップするとしたら能力追加しか手がない。
ある意味では、完成してるのか?
―作成六日目
日曜日。今日も楽しくプログラミングっとキーボードをカタカタと叩いていると、久しぶりに加賀美先生が訪れた。先生の対応をしないわけには行かないので、御茶を出してしばらく愚痴を聞いた。
話を聞くと、なんとチームリーダーの光主任がアジーナ国にハッキングを強行、国宝のプログラムを無断でコピーしてきたと言うのだ。正直、国宝ならコピーガードぐらい付けろと思った僕は悪くないと思う。
盗んだプログラムは、光主任の開発していた新しいプログラムに組み込まれていたらしい。光主任は責任を取って科学省を退任したが、これがバレると国際問題になるとして事件自体は隠蔽されたそうな。
僕は悟った。
スタイルチェンジの開発してやがる。
一通り愚痴をこぼし終え、帰り際に先生がチームリーダーが居なくなって、研究は凍結。時間ができるので家庭教師を再開することになった。
今度はオフィシャルの試験勉強らしい。日本式のオフィシャル資格は成人しなければ取れないが、それは外国で取れば問題ないらしい。欠点は日本オフィシャルとして国際オフィシャル会議に出られない事ぐらいで、もともと興味がない僕には関係ない。
まずは語学からだなーと陽気に歩いて帰った先生の後ろ姿を前に、なんとなしに頭痛を感じ頭を抱えた。
―作成七日目
先生の授業が始まる前に、ビーストセキュリティを完成させたい。先生の授業が終わってから、セキュリティを開発する時間が取れるとは思えない。だが戦闘能力を持つプログラムを開発するのに、二重三重のチェックを外すことはできない。電脳獣の再来など面白そうではあるが、災いを作り出す訳にはいかない。
数日は学校を休みたいぐらいだ。確実に目立つので、休む訳にはいかないが。
今日は効率を重視し、完全にメイクマンとの分業になる。あとは、行動プログラムの属性別対応を加えれば一先ず完成である。
―作成八日目
ようやくカレーの匂いが薄れてきたこの頃、熱斗くんがPETを握りしめ、興奮した様子で登校して来た。二年生からは毎年初めの授業でウィルスバスティングを行う為、入学に合わせてPETを子供に贈るのが一般的である。
桜井メイルはカスタムナビのロールを貰っていたが、普通の小学生は標準型ネットナビだ。熱斗くんのPETの画面を見た限り、ロックマンはまだ不在のようだった。
僕は波乱の足音を聞きながら、プログラムの完成を急いだ。
―作成九日目
プログラムが完成した。
まだ試運転にも至らない仮の物であるが一応の完成だ。やり切った最高の気分だったが、まだ本体になるビーストの完成には時間が掛かる。
ビースト完成度72.3%。
―作成十日目
来週の頭から先生の授業が再開すると、父さんからメールが届いた。それまでに試験運用を開始しなければ。
息抜きにアイスマン用のバトルチップを作成した。自分の得意なフィールドを形成する『アイスパネル1』と、配置した場所同士を繋ぐ『アイスミラー』だ。
元々が独自の攻撃手段を持つアイスマンに必要なのは、ファイアマンの様にサポート系を勧めるのがベストだと思う。意外とバトルチップを運用する前提のナンバーマンは汎用性が高く、普通に強力なナビである。
ナンバーマンは点棒の棍棒が不要なぐらいで、スペック的にはロックマンに勝つのは難しくなかったはずだ。オペレーターの日暮闇太郎が最強と呼ぶに相応しいナビと評したが、ナビの固有能力を活かせていないだけで、あり得ない評価というわけではない。
ビースト完成度88.6%。
『親方、プログラムくんが依頼のメールを持って来やしたぜ!』
「うん?」
開発日誌を閉じ、新たなバトルチップ作成依頼かとメールを開く。
「へぇ…」
I.P.C (伊集院PETカンパニー)からの連絡に、伊集院炎山からの依頼かと頬を緩ませる。
「うん?基本的なバトルチップとバトル訓練システムの構築依頼?」
硬い文面から外向きの態度なのかと思案もしたが、もしかしたら父親からの依頼なのかもしれない。基本的なバトルチップは中身のデータを弄るのかと思えばそうでもないし、本当に必要なのはトレーニングシステム位だろう。
「バトルチップはついでに用意しろって事で、本当はシステム構築をさせたいのかな?」
バトルチップの作成依頼は、態々受付を公開したりしていない。常連の裏メニュー的な扱いで来たものを捌いているだけだ。
「報酬は2000万ゼニー…これシステムの買取だね。まぁ、それは良いけど…ヘイズマンのトレーニングから幾らか流用できるとして……う〜ん」
―I.P.C社長室
とある企業の一室で、黒服の男が社長に報告を上げていた。
「では氷川透は、依頼を受けたのだな」
「はい」
積み上げられた書類から氷川透について記載された一枚を引き抜き、視線を落とす。
「社長も不器用ですね…坊ちゃまがネットバトルに興味を持たれたからと…」
「我が社のウィルス対策の一環だ。…最近は妙な組織が電脳で暴れ回っていると報告が上がっている。警備部のバスティングレベルを引き上げる必要がある」
確かに最近になって、WWWと名乗る犯罪組織の噂が静かに電脳世界で囁かれ始めた。耳聡い者たちは危険をいち早く察知していた。
「それで空いている時間を坊ちゃまに貸し与えになる?」
さも分かっていますといった顔を努めて見ないように視線を窓の外に向ける。
「払った金額に見合う益を出さねばな…」
黒服の男は一礼すると社長室から退室した。
「坊ちゃまが御一人なのを心配して、わざわざ同い年の技師を選ばれたのでしょうに…不器用な方だ」
廊下を歩く足がピタリと止まる。
「しかし、氷川透ですか…年齢に似合わぬ腕だと聞きますが、彼だけに任せる案件ではないとはいえ……坊ちゃまの機嫌を損ねなければ良いのですがねぇ」
黒服の言葉は静かに闇夜に溶けていった。