でも仕込みが終わらない
日本には電脳世界の治安を守るために結成されたネットエージェントという組織がある。この組織は私服警官の様な役職であり、ネット犯罪者を逮捕する権限を持つものの、権限の低さから現行犯のみの逮捕権限である。
つまりは電脳世界で結成された自警団である。
大きな依頼が来たので、ビーストセキュリティの開発を一時棚上げし、伊集院グループの依頼に精を出していたこの頃。僕は唐突にサバが食べたくなって、魚屋に駆け込んだ。
魚屋『雅』は、秋原町に店を構える最高品質の魚を仕入れる優良店。このお店が原因で、秋原町には他に魚を売っている場所はない。値段で勝負しようにも、気まぐれに4、5匹の魚をおまけに付けるので、そもそも勝負にならなかった。
「おう!よく来たな、お使いか?」
「いえ、何だか無性にサバ味噌が食べたくなっちゃって…」
透が臆面もなく応えると、マサは感心したように頷く。
「お、自分からカルシウムを取ろうタァー見上げたもんだ。サバってのは足が速いから、生け簀。コレよぉ」
マサは店の奥から生きたサバを掴んで戻ってくる。
「わぁ、立派なサバだ。でも、まるまる一尾は要らないかな…食べ切れないし、魚なんかさばけないよ」
「何ぃ、それならこのマサが魚の一匹や二匹。オレっちがさばいてやるぜぇ」
押し問答の末、マサが家に来てサバ味噌を作ってくれた。凄まじい包丁捌きで、サバ4匹があっという間に切り身になった。
「おーい、出来たぞぉい。魚屋マサ特製、鯖の味噌煮込み定食だ」
「あ、マサさん。すみませんお任せしちゃって」
自室で伊集院グループのトレーニングプログラムを作成していると、マサさんが香りの良い食事を乗せたトレーを持って、透の自室に現れた。
「それがさっき言ってた仕事ってヤツか?」
「ああ、うん。守秘義務があるから依頼元は言えないけど、ネットバトルのトレーニングに使うみたい」
「熱湯バトルなぁ…よく分かんねえが、仕事ばっかりじゃなくて、身体も動かすんだぜ!」
そう言うとマサさんは店に帰って行った。
「マサさん、また代金忘れてるよ」
自力で魚を取りに海に出向く男なので、魚の代金を一々気にしないのだろうなとサバ味噌に舌鼓を打った。
―ビーフ司令
「どうだったシャークマン?」
『どうもこうも、まっさらだ。司令の血液みたいにサラサラよ』
昨今暗躍を始めたWWWが活動するのとほぼ同時期に現れたネット商人クリア。喧伝する気も無いが、正体を隠す気もない彼が自分の店に現れたので、ちょうど良い機会と彼の自宅に乗り込んだのだが、後ろ暗い所のない綺麗なものだったとシャークマンは告げた。
「そうか、何もないのが一番だからな」
『パソコンの中にデカイプラモデルが有ったが、動かない様子だったしな』
マサは機嫌良くチャリンコを転がして、意気揚々と帰宅した。
「かわいいかわいい魚屋マサさんっと!」
―透視点
トレーニングプログラムに必要な対戦相手を用意しなくてはならない。I.P.Cの警備部がどの程度のトレーニングを要求されるのか、透には知る由もなく場当たり的な段階式を採用する。
「戦うのは社内だろうし、バトルフィールドはノーマルで良いかな」
後でフィールドをインストール出来るようにすれば、必要に応じて設定するだろう。
『う〜む、レベル0は無動の的だな。試し打ちが出来るのは、使い勝手がいいぞ』
「レベル1は標準型との一騎打ちかな…装備はキャノンとソードで良いか…レベル2で数を増やしてっと」
対戦相手する相手が決まると、簡単にトレーニングレベルを決められる。
「レベル3からは飛行する相手を…」
こうして毎日のようにプログラムと向き合う。来る日まで友人を作ることもできない透は、一人モニターと向き合うのだった。
完成したトレーニングプログラムを持って、I.P.Cに参上した。他の技術者と同じ部屋に案内されて、あれっと思っているとこれから開発するトレーニングプログラムのミーティングが始まった。
「あの…完成させて来たのですが?」
場の空気が凍る中、警備部の部長が試しにトレーニングプログラムを試してみる事になった。プログラムの最大レベルは13、なんだかミニゲームみたいだなと思って、エクストラステージを追加した。
流石にネットバトルを仕事にするだけあってか、レベル7までは順調にクリアしていった。
「おい、今の見たか?」
「ああ、レベル8からはバトルチップ込みの連携をしやがる」
「隊長だからクリアしたけど、俺達じゃあレベル5で負けてるぜ」
隊長のトレーニングを見に来た隊員達が、ザワザワと話している。
「ぐッ!」
隊長がレベル9で敗北し、強制的にプラグアウトされた。
「如何ですか?」
黒服の男が隊長に話しかけると、隊長は悔しそうな顔をしながらトレーニングプログラムの所感を口にした。
「訓練と言うより、訓練結果を試す試験の様な印象だ。トレーニングの仕上げには良い物だが、普段使いのトレーニングには不適切だろう」
「そうですか…」
言われてみれば射撃トレーニング用の動く的だとか、攻撃を回避する訓練に使う無害なボール発射装置なんかを作ってはない。実戦が一番効率の良いトレーニングだと思ってはいるが、基礎トレーニングのことは思い付きもしなかった。
久しぶりの失敗に申し訳なく思っていると、他のプログラマーさん達が慰めてくれた。その歳で作れる物じゃないとか、ゲームのステージをクリアするようにトレーニング出来るのは、学習し易いとか、なんともむず痒い。
「レベル別、訓練プログラムですか…社長は全体の底上げがお望みの様子でしたからご要望に叶うでしょう。こちらの氷川くんのトレーニングプログラムを雛形に開発を始めます」
プログラミングを学んでから初めて、チームの一員としてプログラムの開発に取り掛かる事になった。
トレーニングプログラム完成には、3ヶ月の開発期間が掛かった。僕が開発していたトレーニングプログラムが無ければ、もう1ヶ月ほど掛かっていたかもしれない。
先生の授業もこの3ヶ月の間に再開し、オフィシャル試験の勉強も始まった。今は試験参加資格のBランクオペレーター試験のお勉強をしている。
プログラムの開発期間中に、頼まれていたバトルチップを社長に届けたりしていたのだが、息子のネットバトル指南役にと炎山を紹介された。プログラム技師に指南役と言われても困るのだが、トレーニングプログラムの開発がチームでの開発だというのに、支払われる報酬が多すぎるのを気にしていたので、受けることにした。
やはり炎山は只者ではなく、僕個人の開発していたトレーニングプログラムを僅か2ヶ月ほどで突破してしまった。それだけの腕があるならと、カスタムナビの作成を勧めた。全て自分で完成させたいらしく、残りの期間は色々な技師に教えを乞うていた。今でも相談のメールが来るので、ブルースの完成はまだ先のようだ。
僕は担ぎ上げられ運ばれていく中で、過ごした時間を思い出していた。あ、飛行機に載せられた。
「で、どこに向かっているんですか先生?」
加賀美先生は自慢げに胸を張ると、僕の疑問を一言で片付けた。
「クリームランドだが?」