バトルチップ職人『氷川透』   作:バウ

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ミッション16 零下の熱戦! 前編

 その日、父からの連絡で取引相手との交渉役を任された炎山は、自身も所属するオフィシャルチームから、緊急の連絡を受けていた。

 

 ホテルのレストランで、取引相手との会食をしていた炎山は気が付いていなかったが、ホテルの外では日本全土の水道が停止し、水を求めた国民がパニックに陥っていた。

 

 オフィシャルからの連絡で事態を把握した炎山は、水道局へと車を急がせた。

 

『炎山さま、氷川先生からメールが届いております』

 

 炎山の邪魔にならぬ様にと、いままで沈黙を保っていたブルースが知らせる。

 

「先生から…?」

 

 炎山にとって、氷川透は恩師に当たる。初めての会った時の印象は、自分と同い年で父に呼ばれる程の優れた技術者という、客観的なものに過ぎなかった。

 

 父から先生と引き合わせられた時は、これから何が始まるのかとやきもきしたが、渡されたバトルチップを見て、トレーニングプログラムのテスターを任されたのだと認識した。元々ネットバトルに興味が向いていた事もあり、その日から先生にネットバトルについて多くを学んだ。

 

 ブルースのカスタマイズについての相談にも乗ってもらい、先生の背を追うようにオフィシャル資格を取った。WWWの対策に追われ、幾分か取得し易くはなっていたが。

 

「珍しいな。先生から連絡が来るなんて…いや、確か先生の家族は…」

 

 先生の父親が水道局の職員であることは、以前に先生から直接聞かされている。父の事で少し気落ちしていた炎山に、透が自分の家族を例に挙げて励ましていたのだ。

 

 透からのメールを確認した炎山は、車の行き先を氷川家に変更させる。運転手は指示に頷き、静かに車の速度を上げた。

 

 

 

―色綾まどい視点

 

 WWWのオペレーター、色綾まどいは氷川清次と氷川透の二人を誘拐した。

 

 ロボット水族館のロボットを使って、父親の清次に息子が絶体絶命だと演出をして、自分の言うことを聞くように脅迫した。外の情報を遮断された清次に、ロボットの暴走が終息したのを知る術はなく、全国の給水システムはダウンさせた。

 

 息子の方の誘拐はとても簡単だった。用済みの父親を盾に脅迫すれば、いとも容易く言いなりになった。少しは抵抗されるかと思ったが、そこはオフィシャルといえども、情の捨てられない子供。抵抗らしい抵抗はなかった。

 

 色綾まどいが、ワイリーから言い渡された任務は、アクアプログラムを強奪しWWWに持ち帰ること。一度目の脅迫で任務を果たしたが、それだけではWWW一のアーティストである、自分に相応しい成果足り得ない。

 

 まどいは自身に新たな任務を課すことにした。

 

 手元に残したオフィシャルの子供に、ネット犯罪を犯させる。脅迫されたのだと、法的に罪に問われる事はないだろう。だが世間はオフィシャルの不正を受け止められるほど、人々は寛容でいられる余裕を持っていない。

 

 警察が手も足も出ないWWW、対抗策として誂えたオフィシャル制度が犯罪を犯した。民衆には理由など関係がない。それどころか、オフィシャルセンターに所属していなくとも、批判の対象になるだろう。

 

 色綾まどいはワイリーに忠誠を誓っている。

 

 かつて芸術家を志した自分が、金とコネの世界を見せつけられて、行き場のない怒りに身を震わせた。そんな自分を拾い上げ、正しい世界に作り変えると述べるワイリーに、心からの忠誠を捧げるのだ。

 

「ふふふ、楽しくなってきちゃった」

 

 

―透視点

 

 誘拐犯の指示通り、僕は学校に登校した。水道局の事件が少しでも遅く発覚するようにと、あの女が足りない知恵を絞った結果だ。

 

 炎山のことは偶然の出会いに助けられた面が大きい。あの依頼が無ければ、炎山に手掛かりを用意する事は出来なかっただろう。家の周辺一帯を監視されれば、打てる手は少ない。

 

 水道局の事件があり、当然のように学校は一時閉鎖となった。生徒が登校するのはその連絡をする為なのだが、まりこ先生の様に、生徒のメールアドレスを把握している教師や、家の連絡先を把握している学校がそれをしないのは、なんとも不自然だ。だがその不自然のお陰で、僕は熱斗くんにカードキーを託すことができる。

 

 僕は迎えにやって来た色綾の車と、下校中の熱斗くんが同じ一本道にいるタイミングを狙って駆け出す。

 

「ご、ごめん!」

 

 思いっ切り良く熱斗くんの体にぶつかり、謝りながら水道局のカードキーを残して走り去る。

 

 熱斗くんなら落とし物を勝手に捨てるような事は、しないだろう。後は水不足を調べてくれたら、事件解決の一手になりうる。

 

「はーい」

 

 薄笑いを浮かべた女の顔に嫌悪感を抱きながら、いそいそと車に乗り込む。ドアが閉められ、車内にロック音がする。

 

「ふふふ、安心なさい。ぜーんぶ、お姉さんにお、ま、か、せ」

 

 僕の腰からPETを抜き取られ、体をシートベルトで固定される。走り出した車は一度も信号機に捕まることなく、水道局にたどり着いた。

 

 警備をすり抜けるようにして、水道局の管理システムを運用する一室に通される。

 

「警備ロボットまで…」

 

「あーあれ?君のお父さんが、水道局のシステムを止めたら動かなくなっちゃった!」

 

 さぞ愉快そうな声色で話す女に、奥歯を噛み締め怒りを押し殺す。

 

 色彩まどいは取り出したPETを、僕に手渡す。

 

「お父さんか君しか、この坊やのオペレートできないんでしょ?お父さんのやりかけの仕事、よろしくね?」

 

「…アイスマン、プラグインだ」

 

 渋々アイスマンを電脳に送り込む。アイスマンは父が祖父から貰ったナビだ。そのためアイスマンは氷川家に産まれたものなら、誰でもアイスマンのオペレートをすることが出来るのだ。

 

 アイスマンが降り立ち、電脳を駆ける。ゆっくりと時間を掛けてせめてもの時間稼ぎをさせたいが、人質となっている父の安全を確保するまで、安易な行動を取ることは出来なかった。

 

 アイスマンの氷結能力は一流のそれだ。いずれ完全上位互換のフリーズマンが現れるが、それでもアイスマンの能力が損なわれる訳では無い。

 

 途轍もない速さで電脳が氷付き、全ての管理システムが影響をうけ、実行中の全てのプログラムが凍結する。

 

 透に取って不運だったのは、アイスマンが父のネットナビだった事だろう。行動を共にする事の少なかったアイスマンでは、透の指示を文字通りの意味でしか理解できない。これがヘイズマンやメイクマンで有ったなら、プログラムの氷結は表面だけで、実際のプログラムは稼働し続けた事だろう。

 

 氷川清次が人質に取られた息子より、優先しなければならないプログラム。その正体は水道局の統括コンピューターが保有する浄水プログラムである。もしこの浄水プログラムが停止すれば、日本中の水道水から、なんの処理もされていない汚染水が垂れ流される事になる。

 

「父さんが給水システムを先に止めていなかったら…」

 

 小声で呟いた。

 

「みんな死んでいたかもしれない…」

 

 それはWWWへの抵抗の証だった。給水プログラムから停止させ、もし浄水プログラムが止められたとしても、人々の口に汚染水が入らないように。

 

 タイムリミットは後、三時間。その間に浄水プログラムを復旧させなければ、浄水タンクのバクテリアが死滅し、水道の復旧まで多大な時間を必要とするだろう。

 

 それまで何としても、給水プログラムの凍結を維持しなくてはならない。

 

「アイスマン、給水プログラムの再凍結だ」

 

『分かったです!』

 

 水道局での仕事に従事していたアイスマンは、直ぐに指示に理解を示し迅速に行動する。

 

 時計が進む。用意した仕掛けが動き出すことを今は祈る他なかった。

 

 

 

―熱斗視点

 

「痛って…何だよ氷川のヤツ。なに急いでるんだ?」

 

『氷川くんはオフィシャルだもん。きっとまた何か事件が起きたんだよ』

 

 ナンバーマンの一件で氷川透の実力を知ったロックマンは、インターネットで知ったオフィシャル資格の話を持ち出して、可能性の一つのを提示した。

 

「ん…何だ?」

 

『カード?落とし物かな?』

 

 拾い上げだカードの裏面には、水道局の公式アイコンが描かれている。

 

「水道局のカードキーだ」

 

 自分の物ではない以上、このカードキーさっきまでいた氷川の落とし物かもしれない。そう思い当たり氷川の走り去った方角を見ると、目的の人物は車に乗り込んで走り去って行ってしまった。

 

「このカードキー、オフィシャルの仕事に必要なんじゃないのか?」

 

『仕方ないね…氷川くんのPETにメールを送っておくよ』

 

「ああ、頼む。帰りに水買っていかないと!」

 

 昨日の夜から何も飲んでいないから、喉が乾いて仕方がなかった。

 

『ママのもね!』

 

「分かってるって!」

 

 ローラースケートで地面を駆け、向かったコンビニで、水の買えなかった仲間たちと合流することになった。

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