時刻は11時45分。綾小路家が経営する世界有数のゲーム会社、ガブゴン社が送る新作VRRPG、マキシマの勇者の配信が始まる丁度15分前。無事に無罪を勝ち取った父と共に、疲労を訴える身体にムチを打って自宅に到着した。
無罪の獲得は容易かった。本来なら例え強迫されて行ったとはいえ、行った犯罪を無かった事には出来ない。日暮さんの件は校長が泥を被る形で難を逃れたが、父にそんな都合の良い相手はいない。ならば何故僕と父が罪に問われ無かったのかといえば、そもそも違法行為では無かったからというのが話のオチだ。
父、氷川清次は正史(ゲーム時空)に於いて建築課の主任であり、工事のために水道を一時停止させる権限を持っている。僕の父である氷川清次の方といえば、オートメイション化が進む影響からか、水道局の管理主任にまで出世している。その為、水道システムを一時的にストップさせる程度の権限は当然の様にを持っていた。
僕の方はと言えば日本のオフィシャルセンターから、オフィシャル資格の剥奪を求める声が出たぐらいで、特に処罰らしい処罰を受けることはなかった。何しろ僕はWWWに家族を人質をとられ脅迫ながらも、水道局の排水システムを守り抜いた事件解決の立役者だったからだ。
話についていけない様子のオフィシャル職員に丁寧に教えてやると、水道局管理主任は強迫された上、水道局の全システムを凍結させた。これは彼の権限の範囲であり、その権限を持つからこそWWWに狙われたと思われる。その一方、オフィシャルネットバトラー氷川透は水道局管理主任の父を誘拐され、管理主任に代わりにシステム凍結を強要されるも、浄水プログラムが停止していない事に着目し、水道の供給を停止命令を最優先として水道局全体のシステムをフリーズさせた。幸いにしてWWWのオペレーターは運水を停止させる事にしか着目していなかった為、水道局の浄水設備であるバクテリアの死滅警報を故意に流す事で、バクテリアの保護に成功した。死滅警報は流れたものの、実際はバクテリアの死滅が発生するまでに一時間以上もの余裕があった。またシステムの復旧を求めて侵入した立ち入り権限を持つ一般のナビを凍結させる事で保護し、WWWのナビカラードマンからのデリートを回避している。
分かりやすく説明してやると、オフィシャルは顔を真っ赤にして怒りを堪えている様子でこちらを睨みつけていた。
罪には問われずとも職場でのけじめは必要になようで、父さんは長時間システムを停止していた事で、浄水タンクのバクテリアが死滅する所だったとして、諸々考慮して半年間の減給と1ヶ月間の停職、自宅待機が下された。
テレビでは炎山がWWWを追い払ったと報道されている。日本オフィシャルのプライドがそうさせるのか、実績を残した炎山を押す事で僕の存在を隠したいのだろう。
自室に戻りモニターが点灯する。
『マスター』
「へイズマン…その鎧は」
それは普段使用している黒騎士風の凹凸の少ない騎士甲冑とは何もかもが違った。鎧というより全身を覆うスーツに近く、その姿は狼を象った攻撃的なデザインをしている。
『ハッ、マスターに作って頂いた戦闘用の物です。万が一に備え、待機しておりましたが…』
「無駄になって良かったよ…」
金庫からメイクマンの入ったPETを取り出し、パソコンに繋いでやる。
『親方ァ!』
「…心配かけたねメイクマン。…僕のいない間に、何か異常はあったかい?」
『ハッ、ブルースめが来ましたので、予定通りバトルチップとカードキーを渡しておきました』
「ああ、ありがとう。…当座の問題が片付いたから、何か作ろうか?」
正史での出番が終わり、外史(アニメ時空)はなんと全国ネットバトル大会まで出番はない。正史と外史が混ざりあったこの世界で、ファラオマンの扱いがどうなるのかは、非常に気にはなるが、大元になる究極プログラムが完成していない状況では、ファラオマンどころかドリームウイルスすら誕生しないだろう。いや、ファラオマンは封印されているらしいから、存在はするのだろう。
ファラオマンが復活してしまった時に備えて、何か対策を練った方が良いのかもしれない。しかし、一瞬で電脳空間を塗り替え、データを改変し電脳自体を武器として操るといった、通常のネットナビではとてもではないが太刀打ちできない。僕のヘイズマンは物理ダメージを無効化出来るので、実はファラオマン相手なら完封出来る可能性があるのだが、ファラオマンの究極プログラム製のバリアを突破する攻撃を備えてはいない。
「プログラムアドバンスか…いや、溜めが長いしなぁ?」
攻撃力で真っ先に思い浮かぶのは、プログラムアドバンスによる攻撃ではあるが、電脳をサーバーごと掌握するような演算に特化したネットナビが相手である。バトルチップを転送するタイミングが重要とされるプログラムアドバンスは、その威力を発揮するまでに、多少の時間が掛かってしまう。それこそ撃たせる気でもなければ、そんな決定的な隙を晒すとは思えない。
「…ん〜高速で高威力か、隙を作って時間を稼ぐ…時間、足止め?」
威力だけを求めるなら完成したビースト、バスターカノントータスを召喚すればそれで済む。であるならば、背部のバスターカノンを発射するまでの時間を稼ぐ方が、検討する余地が残されているような気がしてくる。
『マスター、バトルチップ作成の依頼が届いております』
『おお、これはリピーターって奴だ!』
「リピーター?」
メールを確認しすると、差出人の名前が炎のネットバトラーとなっていた。
「確か『シーカーボム』と『ヒートハート』…初めての制作依頼だからサービスしたんだよね」
確か前回の報酬は20万ゼニー。作成した2枚のバトルチップは、露天販売などの販売を行っていない完全なオリジナルチップなので、1枚あたり10万ゼニーは破格の安さだろう。
「しかし、ヒートハートを使っていれば、攻撃される度に反射ダメージと回復で無敵なんじゃ?」
バトルチップ『ヒートハート』は、透が作成したバトルチップの中でもお気に入りの一品だ。受けたダメージを炎属性に変換して反射し、自分自身へのダメージも炎属性に変化させる。炎属性のナビなら回復効果を得られる優れものだ。
ダメージの変換プロセスが気に食わないので、時間ができた時に調節してプログラムの流れをスッキリさせたいのが玉に瑕だが。
『あー、調べて見たら同属性で回復するのは、木属性だけみたいだァ。炎属性はノーマルと同等だなぁ親方!』
「えっそうなの?」
『同属性で回復するナビも存在はしますから、カスタマイズ次第なのでしょう』
つまりヒノケンはファイアマンのカスタマイズを変更すれば、無敵になるのに気が付いていない訳か。確か火力第一主義だから、回復機能などは考慮に値しないのかも知れない。
「それで、今回はどんな要望?」
『あーと、高速で移動するネットナビを倒す為のバトルチップ…をご所望だぜ親方。報酬は200万ゼニー、随分と買われたもんだ!』
メイクマンは嬉しそうに、誇らしく胸を張った。
『高速移動ですか…強いナビは速いものですが、エリアスチール以上の速度は欲しいですな』
「エリアスチールか…スロット、イン!」
メイクマンのPETに『エリアスチール』を差し込む。胸を張った姿勢のまま、エリアスチールのデータ解析を始める。
「以前にフミコミザンを作った時にも解析したけど、エリアスチールはネットナビの速度を凡そ通常時の2.5倍に引き上げるバトルチップだ」
『2.5倍とは…』
それだけの速さを付与できれば、鈍足なウッドマンでも最速のブルースと対等以上の速力を発揮できる。これはブルースがまだ汎用型のカスタマイズの範疇だからではあるが、それがどれだけ凄まじい加速力をしているのかよく分かる。
「ただし、分かりやすい欠点もある。一つは持続の短さ、どれ程の熟練のナビでも精々がワンアクション分の時間しか加速していられない」
『…』
「二つ目が加速中にダメージを受けてしまえば、バトルチップの効力が無くなることだ。例えば『エリアスチール』と『ソード』を同時にスロットインしたとして、加速している間に敵に迎撃されると、エリアスチールが解除されるだけではなく、ソードも効力を失ってしまう」
バトルチップは持ち運べるサイズではあるが、複数枚でも束ねれば嵩張り、全部のバトルチップを持ち運ぶ事などとてもできない。大会などでバトルチップの使用枚数が定められている場合もあるので尚更だ。
『…中々に手強い依頼になりそうですねマスター』
「そうだね…あ、ヘイズマン。クイックゲージのバトルチップを購入して来て、流石に今日は寝るよ」
『ハッ、承りましたマスター!』
何にせよ警察から開放されたばかりでは、疲労で碌な考えが浮かばない。今頃、ロックマンがエレキマンとゲームの取り合いをしているのだろうけど、僕には関係のないことだ。
ああ、頭が重い。