バトルチップ職人『氷川透』   作:バウ

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ウワサのネット商人

 その男は電脳世界での露店巡りを日課にする変わった趣味を持っていた。

 

 その日は仕事が忙しかったのもあって、自宅から近い秋原町エリアの露店に訪れていた。

 

 ネットワーク上で取引される物は多岐に渡る。購入したものが自宅に郵送されるネット販売や、映画などの映像データ。音楽、ゲーム、ソフトウェアと上げ始めれば切りが無い。

 

 そんな威勢の良いやり取りの中、意気揚々と進むナビの背中を眺めていると、その場に似つかわしくない鎧姿のネットナビがPETに映し出された。

 

 鎧の関節部や兜の隙間から漏れ出る霧状のデータが、そのナビの特異性を物語っている気がする。さながらデュラハンのようで、なんとなく近づき難い。

 

『邪魔するぜ!』

 

 何だか気になって、冷やかしに覗いてみることにした。

 

『イラッシャイマセ!』

 

 販売を担当しているのは鎧姿のネットナビではなく、水色の帽子を被ったプログラムくんが威勢の良い挨拶を返した。

 

 さっそく売られている物を確認すると、幾つかのバトルチップと作れる者が少ない為に希少になったHPメモリを売られている。当然の様に高額かと思いきや、僅か1000ゼニーの低定価だったので急いで購入した。

 

 目玉商品と云うか人集めの撒き餌なのだろう。販売には購入制限が掛かっていた。

 

『おう…バトルチップか何でダッシュアタック?キオルシンが大量発生でもしたのか?』

 

 キオルシンと言えば飛行型のウイルスで、体当たりを攻撃手段とする対処の楽なウイルスだ。

 

『キャノーダムガ少ナクテ、撃チ漏ラシガオオイノデス』

 

『そうかぁ。それで、このバトルチップは見たことないが』

 

 色んな露店を覗いてきた男にとって、バトルチップの販売など珍しくも何でもない。とはいえ全てのバトルチップを把握しているわけではないので、初めて目にするバトルチップに興味を引かれるのは自然な流れであった。

 

『マスターノ自作デス、キット人気ガデマス。イマガ買イ時デスヨ』

 

 男のナビは態とらしく驚いて見せたが、男は心から驚いていた。手製のバトルチップはウイルスバスティングを経験した誰もが思い付く程度のものだが、実際に作ろうとするととんでもなく手間である。バトルチップを制作するには、まず入手困難な制作ソフトが必要不可欠であり、またバトルチップを構成するプログラムを構築する専門的な知識が必要となる。それが揃ったとしても、バトルチップを生み出すには高い創造性を欠かす事ができない。

 

『スゲな…じゃぁ、このスローダガーとリカバースチール、ソードキャノンを一枚ずつ貰おうか…オリジナルにしては安いし』

 

 合計3万1000ゼニーを支払うと、部屋のブランクチップに絵が浮かび上がる。

 

「露店みたら寝るつもりだったが、こうなると試して見たくなるな」

 

 購入したバトルチップを一度は試したいと、ナビをウイルスのいる場所へと走らせる。試すだけなので、戦いの相手は誰でも良いと見つけたメットールを相手に定めバトルチップを転送する。

 

「『スローダガー』スロットイン!」

 

 バトルチップをPETに差し込むと、短剣がナビの右手に生成される。ナビの手から投げ放たれた短剣が、無数に拡散しメットールに降り注いだ。

 

「フッー!信じられない!本物だ!」

 

 製作ソフトを使わずに作られた、皮だけの使用できないオリジナルチップの数は多く、使用できるチップはほんの僅かしかない。

 

 偽物を掴まされる覚悟で購入したが、大当たりだったのだ。どうせ当たらないからと記念で買った大穴馬券が、まさかの的中に思わずガッツポーズを取りたい心境だった。

 

『威力は低めだが、一方向への範囲攻撃か。着弾後に分裂するスプレッドガンのより使い勝手がいいぜ!』

 

「ほうほう」

 

 もう待ちきれないと次のチップを転送する。

 

「次は『ソードキャノン』だ!」

 

『おうらぁ!!』

 

 見慣れたキャノンが右腕に装着され、その砲口からソードの刃が弾として打ち出される。

 

「ははは、ユーモアチップか?」

 

 笑いを取るためのジョークチップなのかと思い、それはそれで飲み会の時に話のネタにでもしようかと考えた所で、浮かべた笑顔が凍り付いた。

 

 放たれた砲弾は縦に並んだ3体のメットールを貫いて、勢いが衰える事もなく何処かへ飛び去って行った。

 

「は?」

 

 数分の間、フリーズしたように固まった。

 

「お、おいおい、重要プログラムにあたったりしてないだろうな?」

 

 どうにか絞り出した声はどこか震えている。

 

『と、とにかくヨウ!買ったチップはあと一つ有っただろ!』

 

「お、おう。そうだな」

 

 リカバーと名がつくチップならば、回復系で危険な物ではないだろう。リカバースチールをスロットに収めた。

 

『う、うお』

 

 その瞬間、ナビの足元がひび割れて朽ちてゆく。

 

『あん?!回復してるぅ!?』

 

 下に落ちないように、必死で走り回っている。観察してみれば、足が地面に接地するたびに、ひび割れとリカバリーが発動している。

 

「エリアスチール程じゃないけど、素早い。それにエリアスチールよりも持続時間が長い?しかも回復付きなの?何なの?」

 

 男は混乱の中、手に入れたバトルチップを常用しようと決めたのだった。

 

 こうして露店に立ち寄ったオペレーターから、じわじわと噂が広がり、謎のネット商人クリアの名はバトルチップの性能と共に電脳世界に広がって行った。

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