グラスフィート Demons Makeover 作:ユキヤマツモル
柔らかな光に包まれたその場所では、一面に色とりどりの花が咲き、温かな春の息吹が頬を撫でる。
秀麗無比の美しさ。そこは神学者アウグスティヌスが言うところの神の国。
ーーああ、これは夢か。
自分がまだ6枚の翼を持ち、両の眼で世の真贋を見定め、天の地を踏んでいた時代。
ミド(境界)と名乗る前の、遠すぎる過去の思い出の残滓。
幽玄にして、華美な庭園の中に、二つの影が見える。
一人は少女。もう一人はその少女よりも幼い少年だ。
二人とも白い天の羽衣を纏い、その背中には純白の翼が生えている。
「あ、大天使長様っ!」
少女はミドの姿を見るや、驚愕と畏怖で目を丸くし、恭しく一礼する。なにがなんだか分からず、おどおどしている少年は、不安げに少女を一瞥したが、
「ユスティエル、あなたも頭を下げて」
小声で叱責し、少年の頭を下げさせる。
ミドはそれを片手で制しながら言った。
「顔を上げるがいい。ロザリエル、ユスティエル姉弟よ」
「わ、わたしたちのことをご存知なのですか?」
緊張した面持ちで、ロザリエルと呼ばれた天使の少女は質問した。
ミドは自信に満ちた声で、
「当たり前だ。この俺は天使の中の天使。神の寵愛を一身に受ける男だぞ。この世界に見通せぬことはないし、お前たちのこともよく分かっている」
「し、失礼いたしました! 全知全能たる神の右腕、大天使長様が存じ上げぬことなどありません。どうか、お許しを」
また恐々と謝罪するロザリエルと、泣き出しそうな表情のユスティエル。その様子を眺めながら、ミドは小さく微笑んだ。
「そう畏る必要はない。神の御使いたる天使とはいえ、お前たちはまだ子供。子供は子供らしく、元気に遊ぶ姿を見せていろ」
「あ、ありがたきお言葉! ほ、ほら、ユスティも!」
「あ、ありがとうございます!」
姉の真似をして一礼する弟。深々と曲げた背には翼が一枚しかない。
片翼の天使は珍しい。
それはとても、不吉な意味での希少さだ。
ミドはそれを気にするようにも見せず、
「"神はへりくだる者に恩寵を給う"……が、もう頭を下げるのはよせ。ところで、この百花の庭園に何の用があってきた? 天国の中でもこんな辺鄙なところに来るヤツはあまりいないんだがな。隙を見て公務を抜け出した天使以外は」
ミドは花を潰さぬように適当な芝地を見つけると、仰向けに寝っ転がる。
そうして空を見上げて、あくびを一つ。
「俺がここに来たことは内緒にしてくれ。特にミカエルにはな……。で、お前たちがここにいる目的の話だったな」
「あ、はい。えーと、実は、ユスティが元気がなくて、だから花冠を作ってあげようと思って……」
伏目がちに言う少女の手には、たしかに白い花で編まれた作りかけの花冠があった。
ユスティエルはしょぼくれた顔で、
「みんなが僕を虐めるんだ。片翼の天使は生まれ持っての欠陥だって」
目に涙を溜めて、悔しそうにしている。
天使の力を誇示する一番の方法は翼の数を見せつけることである。天使の階級が上がるごとにその数は増していき、その最高の座に着くミドは6枚の輝く翼と、極彩色の孔雀の羽衣を身に纏っている。
ロザリエルは優しく弟の頭を撫でた。
「そんなことないわ。あなたはきっと立派な御使いになれる。今はまだ、翼は一枚だけど、天使学校を卒業して、悪魔を倒せる力が身に付いたら翼は自然と生えてくるわ」
「そんなの、分からないよ」
励ます姉の言葉を否定するユスティエルは、今にも泣き出しそうだ。
「僕はずっとこんな情けない一枚翼なんだ。学校で空も飛べないのは僕だけだって、みんなが馬鹿にするんだ。御使いになんて、なれるわけないよ」
「そ、そんなこと……」
「なんでもできるお姉ちゃんには、僕の気持ちなんて分からないよ……」
「ユスティ……」
自虐して、さらに悲しい表情をするユスティエル。ロザリエルも悲しみが伝染したように何も言えなくなる。
そんな二人を余所に、ミドは晴天を仰ぎながら呟いた。
「ユスティエル。そんなどんぐりの背比べで悩むなんて馬鹿らしいだろ」
「どんぐり……、ですか……?」
「喩えだよ。お前たち天使の子供の諍いなど、この俺から見れば、ここに咲く花たちが誰が一番綺麗か勝負しているようなものだ。ユスティエル、君のお気に入りはなんだ?」
ミドの問いに促され、ユスティエルは近くにあった一輪の花を摘んだ。
「僕は、これかな。エルダーフラワー」
「ふむ。ならばそれが俺だ。たまたま選ばれたオンリーワン、それがこの俺ということだ。そして、それ以外が」
ミドは彼方へ連綿と続く、色彩豊かな花畑を睥睨する。
「お前たちということだ」
「僕たちは、みんな同じってこと?」
「同じではない。それぞれに個性がある。赤いやつもあれば白いやつもいて、香りがいいものもあれば、背の高いやつもいるし、毒を持つモノもいる。ただし」
ミドはユスティエルの持つエルダーフラワーをひょいとつまみ上げ、
「特別なのは、俺だけだ。俺以外は、特別ではない。だから比較などは意味がない」
ユスティエルもロザリエルも、その言葉を聞いてきょとんとした顔をしている。
大天使長は気にも留めずに、
「だが、お前たちは等しく美しい。個人個人の力の差など、大したことではない。この花畑も、一輪の花だけでは荘厳には見えないだろう。お前たちが群れを成し、手を取り合うからこそ華美な景色になるんだ。それはときに、このエルダーフラワーの価値を超えるだろう」
「大天使長……」
ロザリエルの瞳に活力が戻り始めていた。ユスティエルも心なしか先ほどよりも背筋が伸びている気がする。
ミドは小さく笑って、
「いや、やはりこの俺が一番だな。お前たちが束になっても及ぶところなどない」
「どっちなの……」
ミドの大言壮語に半ば呆れているユスティエルの姿を見て、ロザリエルは利発そうな顔を少し綻ばせた。
「ふふっ。大天使長様は面白いお方ですね」
そう言って、いつの間にか完成された花冠を弟の頭に被せた。
ユスティエルの瞳が喜びに輝く。
「ありがとう! お姉ちゃん!」
「良かったな、ユスティエル」
ミドは立ち上がって、ユスティエルの頭に手を置いた。
「ロザリエルにとってのエルダーフラワーはお前だ。そのことをゆめゆめ忘れるなよ」
穏やかな声で告げると、二人の姉弟はよく似た笑顔を見せた。
夏の太陽の下で燦々と咲くひまわりのような笑い顔が、眩い光に包まれて溶けていく。
目蓋に太陽の光が差しているのが分かる。
それが夢の終わりだった。
普段はポメラで文章を書いているのですが、コピペすると字下げが死にますね。
そのあたりはご愛敬でお願いします!笑