淑女とうさぎは、街を出ました。
質屋で洋服を売り、旅の資金に当てました。
目的地はうさぎの故郷。
うさぎは一つだけ思い出しました。
あゆぴょん「私、昔は人間でした」
淑女は驚いてしまいました。
うさぎの口から、そんな言葉が出てくるなんて。
あゆぴょん「道端で目覚めた時、病室で話したことよりも前の記憶。繋がりがあるかも分からないけど、自分が人間だった記憶が確かにあるんです」
彼方「驚くを隠せない」
あゆぴょん「私もです!」
二人はそんなことを話しながら、歩みを止めませんでした。前方から不思議な動きをした人が来ました。
果林「あら」
あゆぴょん「あ!」
女性は立ち止まって挨拶をしました。
果林「こんばんは。今日はいい天気ね。日焼けが怖いけど、まぁ、それも気にしないほどいい天気」
彼方「同感」
うさぎは威嚇していました。
果林「こんな日って、歌を歌いたくなるわよね」
彼方「うむ」
果林「あなた、なかなか話がわかるわね」
彼方「お主もな」
淑女と女性は笑い合いました。うさぎは淑女の脚をぽかぽか叩きました。
彼方「帰りですかな?」
果林「そうよ、ちょっと隣町までね」
彼方「そんな遠くまで?」
果林「競歩の選手なの。まぁ必然よね、脚が長いんだから」
脚を前に出してアピールしました。
彼方「羨ましいかぎりですぞ」
果林「日々のストレッチが大切よ」
彼方「そういえば、キノコの森って向こうでいいのかな?」
果林「だいぶ、遠くまで行くのね。合ってるはずよ、そっちでね」
淑女はお礼を言って女性とお別れしました。うさぎはずっとぽかぽか叩いていました。
隣町では、お昼ご飯を食べ、先を急ぎました。
森がありました。
うさぎに連れられ一歩踏み出すと、そこには静寂と冷涼が潜んでいました。淑女はブルブルと身体を震わせました。
あゆぴょん「ここです」
うさぎが指差した場所には、電車の形をした石が置いてありました。
彼方「ここ?」
淑女がなにやなにやと思っていると、うさぎは掌で二回音を出しました。
あゆぴょん「続けてください」
淑女は言われた通りに手を叩きました。
そして、うさぎが石の周りを回り始めると、その後ろをついて行きました。右回りに二周すると、右手で石を触りました。
あゆぴょん「ひらけごまだんご!」
彼方「おっ? ひっ、ひらけごまだんご!」
石が突然、光り出しました。
遥「もう帰ってきたの? 早い家出だね」
あゆぴょん「ちっちがうもん! たくさん勉強してきたんだから!」
遥「後で、その成果、見せてもらうね」
あゆぴょん「ううぅー」
朦朧とした意識の中で、淑女はそんな会話を聞いていました。
遥「たくっ……また長老に怒られなよ」
あゆぴょん「それは嫌だけど……長老に話があるから、ちょうどいいかも」
遥「直談判は偉いね」
あゆぴょん「もうっ! あっ……そうだ、凄いこと思い出したんだよ!」
遥「何?」
眩しいくらいの陽が、淑女の瞼に乗ります。
あゆぴょん「私、人間なの! 理由とかはわからないんだけど、人間だって分かるの!」
遥「っえ!? 人間!? そっか、そうなんだ……思い出したんだね、だったら長老のところに行くのはいいかも」
あゆぴょん「ちょっとだけね、私、結構可愛い子だった気がしてる」
遥「うーん、あんまり変わらないね。まぁ、着いてきてよ、可愛い可愛いあゆぴょんさん」
あゆぴょん「もう!」
うさぎは淑女を揺すって起こしました。淑女はうさぎとリスが元気よく話す姿を、半目で眺めていました。とってもかわええと思いました。
リスに案内されている途中、沢山の動物達がいました。それらはこちらを見て驚いていたりしました。
遥「ここだよ」
案内され、扉が開かれると、一匹の亀が椅子に座っていました。
「新しい子達ですか?」
遥「いいえ。歩夢が思い出したそうです」
「戻ったのですね、それに、えっ!?」
亀は淑女を見て、驚きました。淑女は椅子に座る亀を器用なものだなと眺めていたところです。
「お嬢様……どうして、いえ、あ……」
彼方「えっ……」
「分かりませんよね、このような姿では、私です。お城でお使いしていました栞子です」
彼方「しっ栞子ちゃん!?」
栞子「驚くのも無理はありません。何故か亀になってしまいましたので。それに」
亀はリスに目配せをしました。
遥「邪悪な気配が、この方からは全くしません」
栞子「そんな不思議なことがあるのですね」
遥「私も、初めてです」
栞子「お嬢様は、記憶の欠損が何一つ無いということですね」
あゆぴょん「???」
彼方「うっうん。えっと、なにがなんだかだよ?」
栞子「ああ。ごめんなさい。これからお話し致します。あの日までの事を」
彼方「あの日?」
栞子「はい。しずくさんのことです」
あゆぴょん「あのひどい人!」
亀はリスに目配せをしました。
遥「歩夢、向こうに行くよ」
あゆぴょん「がーん!」
彼方「あ、関係ないかもしれないけど、私の、私の友達だから。一緒に聞いてて欲しい。ダメ?」
栞子「まぁ、お嬢様がそこまで言うなら。歩夢、静かにしていてくださいよ」
あゆぴょん「はーい……」
彼方「よしよし」
栞子「しずくさんと私は、物心つく前から、お嬢様のお城で召使いをしてきました。楽しい事も辛い事も、まるで姉妹のように苦難を乗り越えて来たのです。私はお嬢様としずくさんと、身分はないけれど、お城での生活にささやかな幸せを感じていました」
リスは紅茶のマブカップをみんなに配りました。良い香りが漂っています。
栞子「……ある日からでした。しずくさんはどこか遠い目をする様になりました。熱を帯びるような、求めるような、潤んだ瞳のような、とても悲しそうな目を。私は聞きました『お暇をもらったら』どうかと。そしたらこう言ったんです『私たちって、どこに行くのかな』しずくさんの目は力がこもっていました。でも、すぐに笑って『大丈夫』と言っていました。それからは何もなく、お嬢様の方が私たちの心配の種になっていました」
彼方「その度は……」
栞子「いいんです。それが召使いの役目。でも、お嬢様が立派になられて良かった」
あゆぴょん「私も! 私も立派になったよ!」
遥「あゆむ」
栞子「そうですね」
あゆぴょん「えへへ」
彼方「私が城を追い出されてからって事だよね」
栞子「はい。その直前からしずくさんは手鏡を持ち歩くようになったんです。今思えば、それが元凶だったなんて……」
あゆぴょん「手鏡……」
栞子「そして、お嬢様は隣町へと置いたと聞きました」
彼方「私は木の下だったから、もうすでに……か」
栞子「はい。その夜です。しずくさんは『機が熟しました』と私に言いました。『どうしたんですか』と聞いても何も答えてはくれませんでした。そして、しずくさんがボソボソと何かを呟くと、気がついたらこの姿に」
遥「記憶が残っている人達で、話し合った結果、同時刻に私たちも同じように」
あゆぴょん「私は覚えてない……」
栞子「記憶の欠損は、個人差があるようです。一部だけや、多くを覚えている人、まちまちです」
彼方「それって、分かるものなの? 私が過ごした人たちは、忘れていることすら忘れているように感じたから」
栞子「単独では不可能に近いと思います。それ程まで、手鏡の効力が強いんです。しかし、遥だけは、影響を受けた人が視えると」
彼方「凄い」
遥「人間の頃は、呪術師をしていたんですよ。まぁ、全然相手にされなかったんですけど」
栞子「黒いもやが視えるそうなんです。その大きさによって程度が分かるそうです」
彼方「それで、彼方ちゃんには記憶の欠損がないって分かったんだね」
遥「私に出来るのはこれくらいなんですけどね」
栞子「ですが、大事なことが分かりました。手鏡の効力は、しずくさんに近ければ近いほど薄まるということを」
彼方「私が……栞子ちゃんよりも近いってこと?」
栞子「詳しくは何とも……ですが、姫の立ち位置は入れ替わっています、それが関係しているのかもしれません」
彼方「姫……か……思えば、お城の時から姫らしい事なんて何にもしてないよ」
あゆぴょん「私と出会った頃からも、姫らしいとは思ったことないですよ」
リスはうさぎの頭をはたきました。
彼方「確かにそうかも」
栞子「でも、私たちの世界は少しだけ変わってしまっています。……私は元に戻したい。元には戻らないかもしれませんが、邪悪な力など、あってはなりません」
彼方「なんだか、難しい話になってきたなぁ」