侑「名案だと思うなぁ」
しずく「自画自賛なんですが、私もそう思っていたところなんです」
侑「脚本も作れるなんてすごいよ」
しずく「昔から様々な作品を観劇した甲斐がありました」
多目的室で、たわいのない会話をしていたのは放課後の一刻であった。演劇部の顧問に脚本を提案した桜坂と、音楽科の課題について質問しに来ていた高咲が、職員室の前で偶然鉢合わせたのがきっかけだった。二人は何気なく互いの事情を察し、どちらが言う訳もなくこの部屋へと辿り着いた。当然、生徒会などには使用許可は取ってはいない。そもそも、生徒手帳や書類に細かく記載されていたとしても、その権限を愚直に守る生徒はあまり多くはなかった。放課後にちょっと空き教室で青春に花開くなどは日常茶飯事であり、わざわざ満開の花を摘もうとする教師はいなかった。例え、ちょっと機嫌が悪い時に注意されたとしても、素直に帰宅すれば良い。それか巻き込んで、教師達の記憶の深層を開いてやれば良いのだ。見る見るうちに、青春の花が色づくに違いない。二人はその花に、水をあげている最中であった。
侑「暑くなってきたねー」
しずく「本当ですね。わたし、汗っかきなので、あまり得意ではない季節です」
侑「色っぽいと思うよ?」
しずく「一部の人だけです、そう思うのは」
侑「私はその一部の人だよ」
しずく「何言っているんですか、男の人とかに、簡単にそう言うこと、言いそうですよね、侑先輩は」
侑「えー おこなの?」
しずく「違いますっ。ただ歩夢先輩にご報告だけはしようと思います」
侑「最近、みんなが過保護すぎる気がするんだけど」
しずく「当然です。侑先輩は、もっと自分の魅力に気がつかなければダメですよ! 変な男の人に捕まってしまいます!」
侑「あはは……大丈夫だって、大丈夫」
しずく「大丈夫じゃないです。エマ先輩と彼方先輩にもご報告させて頂きます」
侑「ええー」
しずく「歩夢先輩にエマ先輩に、彼方先輩。そして私。AEKS包囲網は完璧ですから」
侑「もうー まぁでもさ、そこまで心配してくれて嬉しいよ? 本当にありがとうね」
しずく「……うぅ……そう言うところですよっ!」
侑「ええぇ!?」
ドアは開けっ放しであった。多目的室へと垂れ流された濁りのない酸素は、窓からも侵入し、二人の声を振るわせた。コツコツとローファーが床を叩き、帰宅する生徒らが二人の日常を表す。近づく試験への不安を述べる者、お台場に可愛い洋服屋が出来たこと、気になる男性が同じ塾にいること。それらは記憶に留まらない愉快な旋律のようで、例え覚えていたとしても、何十年も脳の奥の方に閉まれていそうな物であった。遠くから運動部の掛け声が聞こえてくる。外部の、廊下の雰囲気が流れ、この多目的室も校舎全体の一部だという認識が、顕著に現れた。実を言うと二人とも、別にドアなど隔てていても良かったのだが。誰にも聞かれたくない重要な話でもないのだから。
彼方「あっ! しずくちゃん!」
知覚したのは一瞬だったが、それを近江だと認識するのには時間が掛からなかった。全力で駆ける姿を見かけた高咲は、桜坂の話の腰を折ってしまった。訝しげなまなざしで桜坂は睨みつけたが、廊下の景色に近江は現れた。肩で呼吸を繰り返し、いかにも百メートル走を終えた後のようだった。
しずく「どうしたんですか……?」
桜坂は明らかに狼狽えていた。学校の七不思議よりも目の前で不思議な事が起こっていた。
彼方「よかったただだああぁ!!」
突然、近江は桜坂に抱きつき開口一番に泣いた。おうおうと泣く近江に、二人は戸惑いを隠せなかった。しばらく、そんな様子を見守った。
侑「で、どうしたの? 普通じゃない様子だったけど」
彼方「あはは〜 ごっごめんね……ちょっとばかし怖い夢を見ちゃって、あはは」
しずく「彼方さんでも、そういうことがあるんですね」
彼方「いや〜 お恥ずかしい」
侑「怖い夢とか見たら、眠れなくなっちゃうよね」
彼方「完全に同意ですなぁ」
しずく「差し支えがなければ、どんな夢だったんですか?」
彼方「あっ、そうなんだよー 聞いて〜」
侑「うん」
彼方「……忘れた」
しずく「ええっ!」
侑「肝心な夢だったりすると、余計に忘れちゃうんだよね〜」
しずく「でも、私が関係している……ってことはありますよね?」
彼方「うーむ。しずくちゃんが関係している気もするしー あ、でも、関係ないような気もしてきた」
侑「迷宮入りだね」
彼方「うーん、うーむ」
しずく「頑張って下さい」
彼方「みんなもいたような気がするー」
しずく「それだとよけいに気になってしまいますよ!? 彼方さん! 絶対に思い出してください!」
彼方「えええ〜 無理だよ〜 もう何にも出てこないよー」
しずく「大丈夫です! 色々勉強している彼方さんの記憶力が悪いはずがないです! 今はただ、教養の単語たちに埋もれてしまっているだけですから! さぁ! 頑張って!」
彼方「ふえぇえぇ! 助けておくれ〜」