「今日の部活はどうだった?」
何気ない、普段の帰り道。こんな時間がずっと続いていた。ごく当然でなんの変哲もない。二人っきりで歩く帰り道。あの家のチワワは窓から覗いていて、この家の表札は掠れている。そして私は、決まってあなたの左側を歩く。どうってことないけど、右利きのあなたは必ず右側で自転車を押して歩くから。ビュンってすぐに帰ろうと思えば帰れるのに、これって、期待してもいいの? あなたの歩幅は優しさの証? 気がつけばそんな風になっていて、たまに私が右側に行くと、あなたは変な感じがするって言って笑った。
「あなたは部活に入らないの?」
基本に忠実な帰り道。特に変なことはしないし、何かが起こることもない。天気予報は雨。でもはずれ。あの青い空からは隕石は降って来ないんだって。だからあんまり、上を向くこともしないよね。鳥の群れが綺麗に旋回していたり、虹でも掛かっていたら、私かあなたが気がついてお互いに共有しようとするけど、そう上手く漫画みたいにはならないんだ。あぁ、UFO飛んでこないかなぁ。
「めんどくさいからいいんだよ」
「えー 中学までは頑張ってたのに」
「高校の分も頑張っちゃったんだよ」
「家で何してるの?」
「特にすることもないから予習復習してる」
「だから成績上がり始めてるんだ」
「もう歩夢先生はいらないかなぁ」
「むぅ、私も帰宅部に入部届提出する」
幼馴染って言うんだって、私たち。幼稚園に、小学校、中学校、そして高校。10年以上も飽きずに一緒。よく考えると、ずっと同じって凄いことだよね。だって、どちらかが動こうとすれば違う学校に行けるんだよ? 私とあなたはそんなことしなかったけど。そもそも進路の話もしたことなかったよね。たくさん話す、何でも話す幼馴染だけど、不思議なくらい話題に上がらなかった。お互いに出来なかったのかな。正直に言うと、私は出来なかったよ。どこの中学に行くのか、どこの高校に行くのか、そんな話を。私ね。あなたのこと何でも知っている気がしているけど、本当は、あなたの未来の話は何も知らないの。私の知っていることは、全部あなたの過去の話ばっかり。小学校の徒競走とか、中学校の美術の時間とか。幼稚園の頃に書いたお互いの「将来の夢」あなたは覚えてる?
「昨日のテレビでさ、地中海の料理が出てたんだよ。海老、貝、色々入ってて、めちゃくちゃ美味そうだったな」
たまに寄り道を楽しむけど、普段は一方通行の帰り道。あと少しで、いつもの交差点にぶつかる。夏だったら角の自販機で飲み物を買って、またたわいもない会話を積み重ねる。ゲームみたいに好感度メーターがあって、満たせば必ずうまくいく。そんなシステムであればいいのに。選択肢がいくつかあって、それを攻略する本でも売っていればいいのに。歩道橋が見えてきて、右手に神社がある。知ってるかな。あそこの神社は縁結びなんだよ、参拝の時、あなたは気にしなかったけど。
「ねぇ、今日、帰り遅かったけど何か用事でもあったの?」
「ああ、進路希望調査のプリント出し忘れてて」
あなたの笑顔も昔から変わらない。もう17歳なのに幼稚園の時から本当に。
「そうなんだ」
「そっちは出し終わった?」
「うん、私もギリギリになっちゃった」
「そっか」
会えなくなる時までの道。だから帰り道は嫌い。小学五年生の時も中学二年生の時も、ずっとモヤモヤしていた。一緒にいたいとか、どこの大学に行くのとか聞けばいいのに、意気地が無い私は、ずっと願ってばかり。でも、神様はなんとか私の願いを聞いてくれている。だからお互いの進路が決まって、初めは、ウキウキしていられる。こういう気持ちになるのは分かっているくせに、私は我慢してばっかり。
「それじゃ、俺こっちだから」
あなたは、そんなこと私が知らないわけではないのに必ずそう言って背中を見せる。その言葉は、私が嫌いなさよならの変わりとなって、ただ冷たくなった風に乗る。雨が降り続いてくれたら「雨宿りしない?」って言えるのに。同じ傘を使っていなくったって、なんだか包まれた気持ちになれるのに。もう近くの図書館は通り過ぎてしまった。あなたは自転車に跨る。
「また明日ね」
精一杯そんなことを言ってみる。
「明日は学校ないだろ」
そうしてあなたは振り返った。
「あはは、そうだったね」
ねぇ、気づいてる? あなたが好きって言ってた薄い口紅をつけていること。有名なドラマのあの女優さんがつけてたもの。ちょっとドキドキしながら百貨店の一階で品定めしたんだよ。勇気が必要で、お母さんに付き添いを頼もうとしたけど、一人で買いに行ったの。黒いスーツの店員さんに緊張しながら、一生懸命質問したんだ。大人の世界に侵入してしまったみたいで、罪悪感と優越感が混ざっている。
「あのね、勉強どうかな、明日なんだけど」
「部活は?」
「休みなの、だから」
ここから先は私一人の帰り道。ちょっとだけ先の予定を思い出す。どんな会話をしよう。どんな表情でいよう。また口紅をつけていこう。少しだけ共有した未来に頬が緩む。何気ない、普段の帰り道。こんな時間がずっと続いていた。ごく当然でなんの変哲もない。ひとりぼっちの帰り道。私は意識したように、歩道の左側に寄る。そして期待が膨らんでいくのを確実に感じながら、いつも横隔膜に通せんぼされた純粋な言葉を、ぼそっと呟いた。いつかあなたに届くように。私は私の声をしっかりと聞いていた。