年齢が二つ違うだけで、私は望む人と同じ学校には行けないらしい。難しいことは分からないけど、どうやら国が決めたらしい。遠くに行けばいいのだろうか。確かアメリカでは飛び級みたいなものがあって、年齢に関係なく授業を受けたりしているのを見たことがある。それがいいのかもしれない。まぁ、英語は喋れないし、勉強も出来ないから到底不可能だって分かるけど。私はぼんやりと、朝のニュース番組を見ながら考えていた。お母さんが作る目玉焼きと味噌汁が温かそうに湯気を出し、お椀に盛られたお米がピカピカ光っている。それぞれ半分は減った食事を、また口へと運ぶ。もぐもぐと食べているとおにぃが階段を降りてくる音が聞こえてきた。
「おはよー」
「おはよう、ご飯は大盛り?」
「あー 今日は普通でいいわ」
「先に顔洗って来なさい」
洗面所の水が流れるのを止めると、前髪だけピンで上に留めたおにぃが席に座った。テーブルは四人掛けで、家族と同じ分ある。兄弟の私たちは横並びで食事を取る。これは小さい頃から決まったことだった。
「おはよ」
「おぉ、おはよう」
私は内心どぎまぎしながら、仏頂面を崩さないように挨拶した。短くスマートに。ほら大丈夫。なんてことはない。テレビをちらりと見て、食事を開始する。箸でひじきの煮物に入っている大豆を掴む。が、失敗した。コロコロとテーブルを落ちて、床に転がった。私は一度席を立ってかがむ。おにぃをチラッと見る。私には気に留めない様子で目玉焼きを食べていた。ふん。私は大豆を掴んでゴミ箱に捨てた。
「あんた、昨日のプリントちゃんと出したの?」
「どんなやつ?」
「ほら、あれ、進路希望のやつ。ちゃんと提出した?」
「したした。ちゃんと怒られた」
「だから早く提出しなさいって言ってたでしょ」
「へいへーい」
昨日の夜、提出が遅れていたプリントについて、おにぃとお母さんが揉めていた。何やら卒業後の進路アンケートのようだった。まだあんまり決めていないおにぃは、適当に大学進学と書いたようで、お母さんにもっと真剣に考えなさいと怒られていた。私はいいんじゃないかなと思った。高卒で仕事するのも大変な世の中だし、何より、東京には大学が無数にある。めんどくさがりなおにぃが地方の大学を選ぶとは考えにくいし、わざわざ一人暮らしをすると言いだす訳がない。きっと、四年間はこの家に居るだろう。
「お昼はどうする? 母さん、ちょっと出掛けるからお弁当でも置いとく?」
「今日は歩夢と勉強するから、食べてくるよ」
歩夢さんというのは、おにぃの幼馴染みで、ただの友達だ。幼稚園の頃から、ずっと一緒で、私もある意味、形式上では幼馴染みと呼べる。私が幼い時には良く遊んでもらったり、お下がりの洋服をもらったりしていた。とっても優しくて、素直じゃない私にも、今でも温かく話しかけてくれる。悪い事をしている様子がなく、いや、悪い事すら思い付かなそうな純粋な人だ。だからなのかもしれない。なんだか疎ましく感じてしまうのは。嫌いな訳じゃないのに、なんだか近くにいられない。その純粋さが時に眩し過ぎる。真っ白がどんな色も塗りつぶすみたいに。
「私も友達と遊んでくる」
「そ、ならお父さんの分だけで良さそう」
ご馳走様をした後、食器を片付け、冷蔵庫に入れて置いたジュースを取り出した。私はそれを持ち、テレビが近いソファーに座る。脚もソファーに上げて伸ばした。ちょうどその時、インターホンが鳴った。すぐに歩夢さんだと分かった。お母さんが玄関に向かい、心なしか、おにぃの箸の動きが早くなった気がする。私は居心地が悪くなってしまったから自分の部屋に戻ろうと考えたけれど、いま座ったばかりで、すぐに動くには変な気がした。
「おはよう、かすみちゃん」
ちんたら思考している間に、歩夢さんはリビングまで来ていたらしく、私に挨拶した。
「おはようございます」
私はほんのちょっとだけ目を合わせ、堅苦しい言葉を放った。歩夢さんは絶対そんな様子に気がついていたけれど、あの優しい笑顔を私にくれた。そしてお母さんに促され、おにぃの対面にあたる椅子に座った。
「ちょっと早く来ちゃった。迷惑だったかな」
「いや、いいよ。俺も遅刻しないで済むから」
「ふふ。今度、私が遅刻した時は許してね」
「遅刻する事を前提に話すなって」
歩夢さんと話し始めると、おにぃの食事をするスピードは、その陽気に感化されて緩やかに下降する。
「あなたって本当に卵が好きだよね」
「うん」
「どの料理が一番好き?」
「餃子」
「もう、違うよ。卵料理!」
「ええー あー たまご焼き」
「ふふっ、そうなんだ」
テレビを見ていたいんだけど、私は二人の会話が気になってしまう。
「今度、作り方教えてもらおうかな」
「それはダメだよ」
「えぇ、どうして?」
「母さんのは塩っぱい、歩夢のは甘い、両方あるから良いんだよ」
歩夢さんが頬を赤く染めて俯いてしまっているのが目に浮かぶ。私はそっちを向く必要がなかった。二人がお互いをよく知っているように、私も二人のことをよく知っていたから。テレビのコーナーが終わり、適当に探し出したようなニュースに切り替わったタイミングで、私はジュースをぐいっと胃へと流し込みソファーを立った。階段を上がり2階に向かう。そして自分の部屋に入る。ドアを閉めて、ベットにダイブした。うつ伏せのまま枕に顔を埋める。なんだか殆どが気に食わないような気がして、私は眠りにつこうと考えた。まだ朝8時前、ダイナミックな休日は始まりそうもない。友達と遊ぶまでわずかに時間があった。