「もうすぐ、U法廷の判決がアンドロメダ銀河に反映される。生物の循環が滞っている現状に危惧して、だそうだ。だが、私はそうではないと睨んでいる。君たちは近年世界中で起きている現象を見たことは、聞いたことはあるか。彗星の下降影響が我々の星にも来てしまったのだ。きっとそうだ、きっとそうに違いない。あぁ、今日もまた"黄色いもや"が消えてくれない」
私みたいな不真面目な生徒が義務教育に甘えて、限りある時間を空虚に投げ捨てているのだから、世の中ってやつは笑えない。もっと勉学に熱意のある人に代替えするべきだ。そう貧困層の子ども達の悔しさのバネに投資をするべきで、私みたいな、わざわざ地べたに生まれ落ちようとしている人間に、貴重な教育を割くのはもったいない。今だって数学の授業中なのに、ノートに落書きをしている。先生は熱心に語っているのに、私は目線を向けようともしない。真面目に勉学に取り組む生徒が多いクラスの中で、私の態度は明らかに浮いている。退屈でつまらない。別に不良になりたい訳じゃない。制服を着崩したり、髪の毛を染めたり、縛られたルールに反旗を翻す熱意は私にはない、ないんだ。あぁ、熱意がない。いつからか俯瞰した様子で物事を見てしまっている。あれはもしかしたら、これはきっとこうだみたいに。そうなると一歩も二歩も出遅れてしまって、なんだか色々なことに馴染めなくなった。家族も友人も私自身も、空っぽの器を満たしてはくれない。どうしてこうなってしまったんだろう。素直になれば何もかも解決するのだろうか。私はもうすぐチャイムを鳴らす時計の針を見た。先生はずいぶん楽しそうに歴史を語っている。黒板には、やけに濃くなってきた“黄色いもや“が、まるで生き物みたいに悍ましく動いていた。
「中須さん。修学旅行の行き先のプリント、まだ提出してないよ?」
休み時間、チャイムが終わると忙しない様子で駆けてきた。私の机は委員長とはあまり離れてはいないのだけど。
「委員長……いいよ、私は行くのめんどくさいから」
「ダメだよ! 一生に一度しかない学生、一緒に行けば楽しいはずだよ?」
責任感が強く、大家族の長女として育った委員長は、普段はマイナスイオンみたいにふわふわしているのだけど、こういうことになると熱くなる。嬉しい気持ちはある。私なんかを見捨てずに構ってくれるのは。でも同時に、そのお節介は私には応える。
「あのさー 行きたくないって言ってるんだから別に良くない? こっちで話進めちゃおうよ」
なんだか少し退屈そうに、それとも下手くそな優しさなのか、バスケ部の主将が横槍を入れてきた。不思議と安心するような気持ちになった。
「宮下さん、クラスっていうのは、誰一人かけちゃいけないと思うの」
「エマは分かってないんだよ。そういうのはもう古いって」
「古い新しいの話じゃないと思うな、大切なのは良いか悪かでしょ?」
「だから、本人は行きたい方向じゃないじゃん。それを強制させるのは悪いことじゃないの?」
あぁ、私はまた物事を複雑にしてしまっている。この性格が悪い。この脳みそが悪い。自分が自分を知っていない。そうなんだ。私は、私は人が作る輪を乱してしまう。授業を開始するチャイムが響いた。私は動きもしなかった椅子の上で姿勢を正す。結局、汚い姿勢へと戻るのに。ノートと教科書を乱雑に開く。方程式だとか関数が何の役に立つのか、そんな反論を武装する気も起きない。私は頬杖をついて黒板を睨んだ。
「かすみちゃん?」
帰宅途中、買い物袋を手に掛けた歩夢さんに出会した。制服ではない。高校は早く終わったんだと勝手に解釈した。
「学校はどう?」
「特に何ともないです。普通に過ごせてると」
「そっか」
偶然会って、何も話さないまま別れられるほど、軽薄な関係ではなかった。互いに合図をしたわけではないけれど、帰り道が重なっている場所まで二人で歩いた。
「歩夢さんは……卒業したらどうするんですか?」
「わたし? 私は、大学かなぁって」
「兄と同じところですか?」
「あぁ、うーん、そうだったら嬉しいんだけど」
歩夢さんとおにぃは両想いだ。絶対に恋心を抱いていると確信している。
「兄に聞いてみましょうか?」
「えっ」
「どこの大学に行くのか、とか」
「あっでも、同じ大学だったらひかれちゃうかもしれないし、嬉しいのは嬉しいんだけど、ずっと秘密にしてるのもあれだし……」
正直なところ、私はおにぃに聞くことなど出来ない。出来るかもしれないけれど、それ相当の勇気が必要になる。私がそういう関係にしてしまったから。
「知りたくはないんですか?」
「うん……知りたい、本当は……わたしがちゃんと聞かないといけないって、思ってるんだけど」
普段は熟年の夫婦みたいな掛け合いをしているくせに、肝心なところがピュアというか、素直になるまでは大変なんだろう。
「ありがとうね」
私だって素直に慣れないくせに、一丁前にこんな事を言ってしまうんだ。カラスが一羽鳴いて私を嘲笑うかのよう。
「気持ちだけでも嬉しいよ」
「いえ、そんな」
シャボン玉が割れる瞬間に立ち会うような、心許ない情景が、目の前に広がる。私はそんなんじゃないのに。眩しすぎる日に、ドライアイが重なっただけだ。
「ほら、かすみちゃんは優しいから」
ーーいいや、違う。違うんだよ、歩夢お姉ちゃん。私は優しくなんかない。優しくなんかないんだよ。道端で倒れている人を見ても、他の人に任せようと思うずるい奴なんだよ。そういう言葉は聖女みたいな人に使ってよ。
「それじゃ、私こっちだから。またね」
私の嫌な思考をかき消す言葉を放って、歩夢さんの背中は遠くなっていった。普通か。私の生活は普通なのかな。いっそ、特別に偏ってくれても良いのに。起こるわけ、無いんだけどね。