中編集 ラブライブ 虹ヶ咲   作:カーテンと手袋

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旅行 (中須かすみ3)

貴重な休日。な訳がないありふれた休みの日。私は少し遠くへ行くことにした。太陽の支度よりスタートをうまく決め、調べておいた始発に乗り込み、ガタンゴトン。列車は揺れていた。角だけは綺麗にうまる車内で、私もちゃんとその役目を果たそうと努力をした。ちゃんと角に座る。頭よりも高い壁に身体を預け、目を瞑った。まだまだ先は長い。気持ちよく眠ることはできないけれど、ぶつ切りの睡眠は取れそうだった。一駅一駅乗客が増え始めた頃、自分の隣に人が来る前に、考えるのをやめた。そうすると、すやすやと落ちていくのを感じた。

「次はタダムワ、タダムワ、自家製の醤油を販売するわべわ家。商店街を歩くトリケラトプス。踊る温泉が観光名所となっております」

低音のアナウンスが響いていた。それは私が降りる駅の二つ前だった。たくさん寝てしまったのだろうか。列車に乗っている記憶があまりない。腕時計を見ると3時間は経っていた。もうすぐ着く。そういえば乗り換えはうまく行えたのか、まだ睡魔が思考を曇らせている。

「お姉ちゃん。旅の人?」

「えっ」

不意をつかれた私は素っ頓狂(すっとんきょう)な声を出した。

「こら、RL。ダメじゃない。お姉ちゃんは寝ていたのよ」

「えー お姉ちゃん。綺麗なお洋服着てるから」

「お国の人はみんな豪華だって言ったでしょ」

「あの……私は大丈夫なので」

「ねーねー どこから来たのー?」

「お姉ちゃんは東京からだよ」

「すみません、ありがとうございます」

子どもの母親は軽く会釈をした。それは暗黙の了解のような、実質的に子どもを預けるという形だった。

「すごいすごーい。ネットで見たよ、東京って何でもあるんでしょ!」

「うーん、あるっちゃあるのかなぁ」

その子どもは床に届かない脚をぶらぶらさせていた。まるで犬が尻尾を振るみたい。

「金ぴかのお城で、ご飯食べた?」

「私は食べたことないなぁ。あそこってね、頭良い人しか入れないんだよ」

「そっかー RLも難しそうだなー」

ドアが開くと、その親子は降りて行った。バイバイと言うには余りにも短い時間だった。でも子どもがそう言ったのならば、私も答えなければならない。ドアが閉まり、濁った空気が漂う。車内アナウンスが目的地の名前を呼び始めた。

 

世界遺産に登録されている明智光秀の時計台を見るため、私はA市にたどり着いた。大型のショッピングモールが開発中らしく、工事音が忙しない。改札を出るとデカデカと看板が用意されており、市全体で押している事業なのだと見て取れた。バスターミナルを抜け観光案内所を過ぎると、国道1086が車を円滑に進めていた。私はその道路の信号も渡り、駅から離れていく。坂を登るとそこからは時計台の頭が見えた。徒歩10分。良い立地にある世界遺産たが観光客は少ないらしい。確かに、家族連れやカップル、男の人など駅で見かけたような人や、向こうからすれ違う人がやたらと多く、彼等は観光客ではないのだろう。しかし、武将のコスプレをしている人がよく目に入る。テレビで報道でもされたのか知らないが、マイナーな世界遺産にしては、今日は人が多い気がする。まぁ、余り気にせずにいた方がいい。私はただ時計台を見てみたいだけだから。

「君、12時になる前にトイレに行きなさい」

入場料を払うと時計台の中に入れる。私は内装と展示を観ながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。見学が出来る一番高い場所で時計台の歴史を学んでいると、ひょろひょろな腕を私へと伸ばしたおじさんは、そんなことを言った。人差し指を私の心臓に向けている、その指には一本だけ長い毛が伸びていた。

「金ぴかのお写真を鯨へと変身させなさい」

私がたじろいでいると、おじさんは続けて言った。

「老いには勝てない。君の若さが欲しい」

そう言った後、両手をポケットに突っ込み、ガサゴソと動かしていた。中でコインが擦れているのか、カチカチと音が鳴る。何故だか私は背筋が凍る気がした。冷や汗と腕の鳥肌がそれを加速させる。このおじさんは私に危害を加える可能性がある。初対面だったが、ただならぬ雰囲気があった。急いでこの場を立ち去ろう、そう思った。しかし、私の腕は掴まれていた。どうして。痛い。物凄い握力で、私の二の腕が圧迫されている。声を出そうとしたけれど、怖くて何も出て来なかった。首を絞められたみたいに掠れた呼吸音だけが部屋に響いた。私は腕を振った。でも振り解けない。おじさんの両手はポケットから出ていた。片方は私の腕、もう片方には、

「ひぃ!」

ナイフが握られていた。気づいた時には脚をかけられ、私のバランスは崩れていた。ゴンと床に背中を叩きつけられ、息が苦しい。

「たっ助けっ」

ようやく戻った声も、さっきまで腕を抑えていた片方で塞がれる。おじさんは私に馬乗りとなり、全体重をお腹に預けていた。私は両手を振り回し、おじさんの至る所を殴ったがまったく微動だにしなかった。完全に無駄な抵抗だった。

「星座を分裂する大仏様……大罪を許したまえ。か弱き少女の横隔膜を、私の体内に取り込みますゆえ……」

おじさんは思いっきり腕を振り上げた後、重力に自身の体重も乗せて振り下ろした。鈍い痛みがあった。それが強烈な痛みを私に与える前に、おじさんは何度も腕を振り下ろした。

「おにぃ……あっ、お……ねぇ……っ、ちゃ……」

薄く薄くなる痛覚に、遠退いていく視界を重ねようなどと試みる。おじさんは何かを呟いていたが、はっきりとは聞き取れない。意識が混濁していた。急に眠気が襲ってきて、私は眠りにつくように色んなことを諦めた。

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