しずく「眠ってしまいましたね」
侑「うん」
静寂の音色が平面を創り上げた。先程とは打って変わって、ここはただ平らに空気が流れている。澱まず濁らず静かな静かな空気が。侑としずくはお互いに顔を見合わせた。
侑「迫真というか、怯えているというか、激情……そんな感じだったね」
しずく「そうですね、込み上げてしまっていて……と言うのでしょうか」
ただの空気だと思わせる原因は、そこで眠る少女のせいだった。ひび割れるほどの悲鳴とでもいうのか、錯乱に及ぶ泣き声は二人の青春に割り込み、そして沈黙させた。
しずく「なんだったんでしょうか」
ちらりと眠る少女を見た後、廊下側の壁に貼られた生徒会レポートの画鋲を、特に意味もなく覗いた。
侑「疲れてたんじゃないかな?」
机の上をなぞりながら呟く。
しずく「お優しいですね、侑先輩は」
口に手を当てるように微笑む。侑も軽く笑った。
しずく「夢……確かに、私が思いついた台本も、まるで夢の中で体験したかのような……」
その手を顎につけて、しずくは記憶の旅に出る。探していたのは何処か遠いお話だった。
侑「そうなの?」
しずく「いえ、気のせいかもしれません。何故かそんな気がしてならなくて……ふふ。彼方さんのせいかもしれませんね」
そっと立ち上がり、そっと近づき、眠る少女の頭を撫でた。一瞬だけピクっと入眠時ミオクローヌスが現れ、二人は顔を見合わせた。二人は寒いと判断を下し、お互いの制服を眠り姫の肩と太腿にそっと掛けた。そして題を戻したのだった。
侑「その夢って、私も出てきた?」
しずく「いえ……侑さんはいらっしゃらなかったと」
侑「えー 寂しいなー」
しずく「あっ、あれですよ。同好会の方は栞子さんとかすみさんだけですっ」
眠る少女の呼吸のテンポが会話を弾ませた。
かすみ「あ! 彼方先輩! どうしてかすみんを置いて行ったんですか!」
しかし、先ほどと同じように平面に建設するような空洞を掘り進めるような凹凸が現れる。
しずく「かすみさん」
かすみ「しず子! 聞いてよ聞いて! 彼方先輩ったら酷いんだよ、私のこと置いーー」
侑「かすみちゃん」
二度目の呼び掛けはかすみを冷静にさせ、辺りをキョロキョロした後、その空気を読み取った。侑は穏やかな笑顔で応える。
侑「彼方さんは、ちょっと疲れているみたいなんだ。だから、ね?」
かすみ「分かりました……今回だけですよ。この可愛い寝顔に免じてです。今回だけですからね!」
数回、眠る少女の頬を突いた。弾力で指が跳ね返ると、もう一度突きたくなるらしい。まるでプチプチのように、その持続性に吸い込まれそうになった。
しずく「そんなことしたら起きちゃうよ」
かすみ「えっ、あ、うん。まぁでもこれくらいはいいでしょ。しず子も触ってみなよ」
しずく「わっわたしも!?」
かすみ「しず子ー?」
しずく「ごめんなさい」
後輩達の動きを観察者として捉えようと考えた侑は、適当な椅子に腰掛けた。頬杖を付いて、見守る。言葉は出てこない。それで良かった。そう侑は感じた。
かすみ「ほら、ぷにぷにだよ」
しずく「ほんとだ。ぷにぷに……」
眠る少女は溶け始めたスライムかのように、机と椅子と同化を始めていた。それほどゆったりと睡眠を行い、我々の耳にその寝息を立てているのだ。さて、この機関も幕を閉じるとしよう。王女は幸せにやっているのだ。我々もまるで草木のようにさらさらと……