「段ボールは、炒めれば豚カツになるんだから傷つけちゃダメだよ!」
私はトメル神殿の第一白鯨室で、次々と送られてくる段ボールを仕分けていた。朝3時間に午後3時間。目の前を通過するそれをタッチパネルでスキャンし該当のスタッフへと促す、簡単な仕事だ。特に何かを思考することもなく、私自身も流れていくかのような錯覚に苛まれながらも、ひたすらに業務を行ってきた。主に折り畳まれ整頓されているものや整頓されているがガムテープに包まれているもの、箱の形状を保ったもの、中身を取り忘れたものなど、多種多様な段ボールが流れてくる中で、これ程機敏に脚を動かしていた人間は私以外にいただろうか。いや、いない。いやしない。でも関係はないのかもしれない。難しい処理では、小型の鯨の赤ちゃんが混ざっていて、そういう場合には対処が遅れたりしたけれど、概ね良好に業務を行っていたと信じたい。日照りが強い日も、台風が近づいている日も関係はなく、私は懸命に仕事をこなしていた。そう信じていた。
率直に、真っ当な理由が欲しかった。
先日、上司に言い渡されたのはキャラメルフラッシュだった。前日に導入された法案だろう。懸念していたのに。こんなにも素早く私の元に降り注ぐなんて思ってもみなかった。初夏に可決されたキャラメル法はいかにも秀議員と段ボール理事会の癒着が噂されていたし、担当していた記者の不審死や秀議員数名の裏口入学なんかもネットで噂されていた。でも、結局、噂で止まるんだ……
私はこの見出しを新聞で読んだ時、どれだけ自分が小市民から逸脱出来ないかを理解してしまった。なんだこれ、なんなんだろうこれは。この所属している社会は、ずっと誰かが回し続けているのではないかって、そんなふうに気づいてしまった。気づいたのだろうか…… わからない。わからないけれど、このモヤモヤはいったい。
所詮私も、農奴ということだ。
今になって、爽やかに髪を揺らせる同僚のシャンプーの香りや上司の俺は反対したんだという自分自身の保護さえも腹が立つ。今にも破り捨てたかった。私に言い渡された、人生の動きを示す書類が、このA4の紙に記されているなんて。いつの間にか握った拳に爪の跡が残っていた。赤く、また赤く。血が流れていることを認識させる。
「あはは、くだらないなぁ……私の人生ってなんだったんだろう。何処からおかしくなったんだろう」
いつも通る通勤の歩道橋の上で、ぼやいた。月が私を睨んでいる気がする。
「待って」
目の前に現れたそれはーーそれというのは既存の形態を保たない、つまり人間の形を使用しない未確認の物体。今はそれでしか記憶を想起できないーー強い口調で、でも何処か諦めたような声で私を呼び止めた。
「宮下愛さん。あなたの力が必要なの」
私は目を合わせる。
「どうして私の名前を?」
咄嗟に出た単語を繋げる。
「……魔女だから」
それはそう言って哀しそうに笑った気がした。
「これを愛ちゃんにあげる」
私の手にふっと現れた懐中時計は舞うように乗った。
「ごめんね。こんな私で、いつかきっと、ちゃんと謝れたらいいのにね」
それはそう言って、これもまたふっと消えた。