「早まるな」
論文を熟考する学生の隣で、向かい側の席に座る老人を見ていた。見窄らしい体躯にいびきを発動して、この茹だる熱気を避ける為だけに電車に乗っているようだった。何往復も、きっと終点につけば反対側に乗っているんだ。一度目を閉じて開くと、さっと、醜い私になる。ごく簡単に。嫌気が差すくらいに。私は右目と左目で見定める。未来を意識せざる追えない澱んだ価値観が浮上し始め、私は両者を天秤にかける。どちらが社会に役に立つのかという論議を、脳内で繰り広げる為に。哀れなほど醜い時間で、私はさっと思考を中断した。老人は立ち上がり電車を降りたのだった。視線は落ちた。首元の痒みが私をうずうずさせる。抑えられず爪でかきながら、学生の論文を盗み見る。
"社会なる境界を逸脱した存在の人権について"
さて、共感も難しいか。私は目元も痛くなった為、当然のように目を瞑った。
懐中時計の使用方法とは?
期限とは?
目的とは?
何を意味するものなのか。
枕に落としたそれは、少しだけバウンドして携帯にぶつかった。ヒステリックな響きを部屋に鳴らした後、静かに眠ったかのように見えた。私はそれを持ち上げ、もう一度開いてみる。中には自分を反射させる以外に用途は確認できない。ただ、鏡の中で眼を合わせる私は、どこか乱暴な雰囲気を持っている気がした。気のせいであれば良いのだが、映るということは、それが私自身である事に変わりはないのだから、悲しくも虚しくもなってしまう。でもいっそのこと、彼女が私自身であればもっと上手く世の中を立ち回れるのではと、考えてしまうのだった。
私が住むアパートの隣には、虐待を繰り返す母親がいる。表向きには愛想がよくコミュニティーを生き抜く知恵があり、容姿端麗で有名大学の名を持っていた。その母親は実に素晴らしい女性であるかは私も知っており、一人暮らしの私の困り事の相談にも乗ってくれていたりした。ハッキリ言えば私の方が無様なのだが、ひとつだけ汚点があるとすれば子どもの虐待をやめられない弱さが母親にはあった。あの笑みの中に、抑えられない程の衝動が潜んでいると考えるだけで、私は身震いをしてしまう。これは私しか知らない秘密であり、角部屋の隣に住む私だけの特権だった。時折現れる子どもの暗い部分に、私は居た堪れない気持ちになるのだが、別段変わったことはせずにいた。つまり、行政や専門家に任せることが得策なのだ。でしゃばることがどれほど迷惑になるか。私は知らないわけではあるまい。