「劇的な変化など、そう起きはしない」
チクタク。チクタク。
クレームをつける。
欠点の見当たらない純粋無垢な空から、我先にと燕が旋回する様子を伺い、戸惑う流れ雲の傍、煙突の生えた一軒家へと視線を落とすと、遂にはアリがのこのこと並走する地面に辿り着いた。私は暮らす棲家の前で、道端に落ちていたタバコを踏み付け、足で引きずり押すように井路の隙間へ送った。さて、郵便受けを軽くチェックし、鍵をポケットから取り出し、さっさとドアに手を掛けた。が、間抜けに尻餅を付くような、突発的怪奇と敏感な衝動が、手のなる方へ合図した。嫌々振り向くと、あの子どもが一人で座っていた。気配はなかった。そして遂に発見しても、正気の宿らぬ瞳は死人のように腐敗していた。この子は生きていなかった。例え心臓が鳴り止まなくとも、正義と人権主義者すら誤診してしまう雰囲気があった。しかしこの子は死んではいなかった。妖しい呼吸がやけに耳にこべりつくからだ。
「こんな所で何してるの? ママは?」
しまった。私は善を執行してしまった。己の無力さを理解しながらも湧き上がる悦を我慢出来なかった。
「……いえ」
吐き出された空気の僅かな振動が耳に届くまで、随分と時間が掛かった。
「エマちゃん……ご飯食べてる?」
落ち着かなければならない。滾るように手の油分が増える。落ち着かなければ、私は今、全身が枯れ葉と同義だ。醜くも水分を剥奪された池であり、恐ろしく社会から烙印を押された塵。しかし皮肉にも、それは一瞬で燃え上がり、思考まで焼かれてしまう。行動原理は単純だ。後はただ空気を飲み込むのみ。酸素を吸うように悪を見つけ、二酸化炭素を出すように善を表す。
「……」
この子は何も喋らない。下を向いている。痩せ細った脚首。まるでゴボウのよう。触れた瞬間に折れてしまいそうだ。肌は茶色くなり始め、日焼けとは違う。緩やかなグラデーションが地層的だ。服はどうだろう。アニメか何かか。いつも同じ服じゃない? ダルダルに伸びた襟。濃淡の薄い水色。奇妙な配色。破けたジーパン。
「お姉ちゃんね、お菓子持ってるんだ。食べる?」
何かをしてはいけない。
「飴とか」
干渉してはいけない。この子は何も関係はない。この家族は私と関係はない。この母親は生活に関係はない。でもって、私は。まるで、誘拐犯。
私が……
この子の手を握れば?
私が……母親から……
わたしが……
自分自身が主人公だと奔走するのだから迷惑極まりない。