今日は待ちに待った同窓会とは言わず、ネオンの光を与えられた街で、静かな夜を過ごしていた。高校の同窓会は二次会も終わった時間だろうか。まだまだ終電を向かえない街は、ガヤガヤと騒がしさを残している。店内の壁際に座るアベックも、何やらお笑い芸人の話で盛り上がり浮かれていた。さらに自分に近い席に座るサラリーマンは、iPadでAVなんかを視聴していた。羞恥心は欲求にかき消されてしまったらしい。目がギンギンに輝いていた。隣の席に座るマダムはガラパゴス携帯を耳に当て、息子の養育費がなんだと文句を言っていた。こいつはお酒がクソになる味付けだった。口が止まらないマダムの眉間にマシンガンをぶっ放したくなる。僕はアヒージョの油を吸いすぎた、ひたひたのマッシュルームをフォークで突き刺し、口に運んだ。濃い味が身に染みる。舌を通り過ぎ、どこまで流れていくのか。胃や腸そして排泄。テラス側の隅で、僕は全身に思いを馳せた。そして遠い景色が霞んでいくような感覚に陥った。寂しいわけじゃない。ただ、鳥の目線を借りるように、客観的に一人食事をする自分を見てしまうと、何かをしなくてはいけない気分になる。何でもない土曜日じゃないか。明日という休日を残した素晴らしい日だ。通りを歩く若者のバカ騒ぎとキャッチの声かけに耳を傾けながら、グラスを一つ飲み干した。こいつも嫌になるくらい不味い酒だった。
店を出て駅に向かっていると、周りの明るさが目についた。ピンクやらスカイブルーやら、緑赤黄色。一斉に僕の網膜を射撃しているみたいだった。それでも歩は淀みなく進んでいた。一定のダメージを受け、キルされた視界は暗闇を好んだ。束の間の休息が欲しかったのだろう。しばらく歩くとコンビニの看板が目に入り、脳味噌が震えるのを感じた。頭を冷やしたいのと、お酒を溶かしたい欲望に駆られコーヒーを買おうと思った。干からびたコンビニの駐車場は、この一帯に似合わない質素なものだった。車も数えられるほどしか停まっておらず、穴あきの段ボールみたいだ。やけに広いのが無意味さを表立たせる。今日と言う夜を無駄に使った自分に腹が立った。ふと、奥の方だった。光が入らないギリギリの所に、コンクリートの壁に手をついて吐く女がいた。コンビニのレジからは死角にあたるその場所で、黒い髪を下に垂らして身悶えしていた。クソッタレ。汚い一部始終を見せられた僕は、さっさとコンビニに入った。映画の上映シーンだとしたら監督にポップコーンを投げつけたくなるくらい不快なシーンだった。いったい何を見せられているのか。こんな変哲もない土曜日に、何故女が苦しむ姿を見させられなくてはいけないのか。僕は上着のポケットに手を突っ込んだまま、週刊誌の棚を通り過ぎ、缶コーヒーとついでに栄養ドリンクを明日の為に手に取った。レジで支払いを適当に済ませ、機械のようなありがとうございましたを背に受け店を出た。ビニール袋は有料に変わっていた。外の景色は三分前とそう変わっていない。すぐに帰路に戻ろうとしたが、片手に缶を二本持つ動作が煩わしく、ここで缶コーヒーだけでも飲んでいこうと思った。タバコを吸う一人のサラリーマンと話せないほどの距離を取り、店内をバックに立った。ネオンがさっきよりも眩しく感じる。缶をカシュと開け、思いっきり喉へ流し込んだ。こいつは美味かった。誰にも邪魔されないささやかな晩餐だ。見えやしない缶コーヒーの中身を片目を瞑って確認した。そして、また、今度は空にする勢いで缶を持ち上げた、その時だった。
「あっ、あの……うぅ。うっぅ。その栄養ドリンク……一つ譲っていただえ、えないでしょか……」
勢いが止まらない右手は、缶の中身を少しばかしこぼした。そして、どういうことだか咄嗟に理解できない僕は、鈍い思考に流されていなければならなかった。
「おね、お願ぃ……いたちますぅ」
女だった。先程まで、あの隅で嘔吐を繰り返していた、醜い女だった。華奢で背の低い女だった。
「宜しいですけど……」
束ねていたゴムなどを失ったのか、髪は女の顔を隠していた。どれほどの酒をこの小さな身体に蓄えたのか。酒の匂いが灰色の風に撒かれた。僕が左手で渡した栄養ドリンクを、有り難そうに受け取った。その所作は、酔っていても、どこか気品を感じさせた。
「わたしの、電車……いまなんしゅですか? 時計あって、スマホが、その……」
「23時29分です」
呂律が回っていない女は、一部が冷静になった脳機能を働かせて、自身の安否を確認し始めた。正常だと思わせていたが、足取りは危うく、暖簾のような髪の隙間から視えた瞳は、やけに瞳孔が開いているような気がした。女は眼鏡を掛けていた。
「ぁがりたう、ございます……うぅ……この御恩しゃ、忘れません」
千鳥足で駅へと向かう女は、ネオンに照らされてよろめいた。この街には似つかない女だ。後ろ姿が、そう感じた。いつ間にかタバコを吸うサラリーマンは消え、灰皿スタンドから硝煙が上がっていた。クソッタレ。何を思ったか、僕の中に取り残されていた善意の塊が、お酒の力を借りて呟いた。缶コーヒーを握りつぶしダストへ放り投げると、ドスの効いた液体が漏れ出した。手についたコーヒーの残りをズボンで拭き取り、女の後を追った。雑居ビルの隙間に造られた桃源郷は、多くの男を吸い込んでいった。ネオン街はこれからだった。