狂う蝶、満たされぬ空 作:しのぶ……
短いけど第一話だから許してね。
──あら、どうしたんですか?
──姉さんが、姉さんがぁっ……!!
やめろ。
……ごめん。
──どうしてそのような顔をしているのですか?
──姉さんが、上弦にっ……!
やめてくれ。
間に合わなくて、ごめん……。
──私の顔に何か虫でもついていましたか?
──なんで、間に合わなかったのよっ……!
その作った笑みを、俺に向けないでくれ。
本当に、ごめん……。間に合わなくて、ごめん。許してくれなくていいから。
──鬼と、仲良くしたいと思うんです。……それが姉さんの望みだから。
──殺してやる……あんな鬼、私が殺してやるっ!!
お願いだから、もう一度昔の様に笑ってくれ。
お願いだから、笑っててくれ。
──それでは、
──じゃあね、私は訓練するから。
また、下の名前で読んでくれ。お願いだから──
こっちを見てくれ。お願いだから──
「夢か」
いやな、夢を見た。
惚れた女の妹が、狂ってしまったあの日の夢を。大切なものを守れなかったあの時の夢を。自分だけ生き延びてしまった、あの時の夢を。
「気分わりぃ。顔洗ってくるか」
普段は独り言など決して言わない。だがあの夢を見たからか、思わず漏れてしまう。
顔を洗い、外を見ると、辺りは日が沈みだしてきたころ。夕暮れ時、誰そ彼時とも呼ばれる時間になる。
ここからは
「……行くか」
階級
「くっ! ハッ、ハッ、ぐぅ!」
「キャハハハ! どうしたよ鬼殺の隊士さんよぉ!!」
薊はその鬼の攻撃をギリギリのところで躱していた。受け流し、避け、時に退く。そうすることで、鬼から致命傷を貰わないでいた。
鬼の血鬼術は爪の形を自在に変え、また爪を飛ばすことができるという能力。遠近攻防に使える使い勝手のいい血鬼術だ。
この鬼──爪鬼とでも呼ぼうか──は多くの人を喰っており、すでに下弦の陸ほどの力を持っている。
「な、なあ冥土の土産に教えてくれ!」
「なんだぁ、面白そうだから聞いてやろうじゃねえか」
「童磨という男を知らないか。頭のおかしい……」
「知らんなぁ。言いたいことはそれで全部か? じゃ──」
爪鬼はそこから先を言うことが出来なかった。何故なら、その時四肢は削ぎ落とされていたからだ。
体を一回転させ、その勢いのまま鬼を斬りつける型。それが壱ノ型。縦方向の回転のため、主に四肢を削ぐのに使われる。
鬼は首以外を斬られても死ぬことは無いが、再生まで時間がかかる。ほんの一瞬で再生するとしても、その隙さえあれば首を斬ることは薊なら容易だ。
しかし今回は、用途が違った。尋問目的に使われた。
「なあ、本当に知らないのか?」
「な、何なんだよおま」
「質問に応えろ」
「し、知らない! 本当だ! 信じてくれ!!」
爪鬼の再生速度は遅いわけではない。しかし、再生するたび切り落とされれば話は別だ。
(クソッ、何だよこいつは! どうすりゃ逃げれる……?)
爪鬼は今までにないほど考える。そして、一つだけの博打を思いついた。
爪鬼は体の中で足を再生し始めたのだ。
内蔵が押しつぶされる感触。鬼は再生するが、痛覚がないわけではない。よってこの感触は爪鬼にとって苦痛のはずだ。だが、死よりはマシだったのだろう。爪鬼はその痛みに耐えきった。
「バカめ! こっちは逃げる準備を進めて
幅跳びの要領で大きく飛び、その勢いで頸を落とす。結局、最後まで言葉を発することは出来ずにその鬼は朽ち果てたのだった。
「収穫なし、か」
落胆したわけではない。もとから期待しておらず、ダメ元だったのだ。
だから、もっと鬼を狩ろう。負の連鎖を産む鬼を、心優しい少女を殺す鬼を、少女を狂わせる鬼を殺そう。そして彼女を殺したあの鬼を惨たらしく殺してやろう。
そのために力がいる。情報がいる。だから、空蝉薊は今日も鬼を狩るのだ。
その時の顔は、彼女が好きだと言ってくれた笑顔とは程遠い、狂気的な笑みだった。
その日、彼は非番であった。そのため街をぶらついていると、思わぬ人物と遭遇した。
「煉獄か?」
「おお、薊ではないか! どうしたこのようなところで!」
「いや、特に目的はないよ。散歩だ散歩」
遭遇したのは炎柱の煉獄杏寿郎。柱と呼ばれる九人の鬼殺隊の最高戦力。柱になる条件は甲且つ鬼五十体、若しくは十二鬼月の撃破だ。
彼と同期であり年齢も一つの差しかないため、二人はかなり仲が良かった。
「ところで、煉獄はなぜここへ?」
「うむ。千寿郎から使いを頼まれてな。なんと今夜はさつまいもの味噌汁だというのだ! わっしょいわっしょい!!」
「ちょ、静かにしてくれ。目立ってる」
「おっと、悪かったな。それで、どうせなら一緒に行かないか?」
「んー……。いいぞ、別に用事もないし」
二人は八百屋に仲良く歩いていく。最近の鬼狩りだったり珍しい血鬼術を使ってくる鬼だったり、千寿郎くんのあれこれについてだ。
八百屋に着き、さつまいもを買った後帰宅する。
「今晩どうだ、我が家で一緒に夕飯でも食わないか?」
「わり、今日はちょっとよるとこあるんだわ。槇寿郎さんに挨拶だけしてくわ」
「うむ、わかった!」
煉獄槇寿郎。煉獄杏寿郎の父で、現在引退して酒に溺れる日々を過ごしている。
もっとも、そうなった理由もわからなくは無い。薊はそうなったのは仕方がないとも思っている。まあ杏寿郎にすべてを押し付けるのはどうかと思うが。
「槇寿郎殿。空蝉薊が挨拶に来ました。失礼します」
「そうか、帰れ」
「…………では、失礼します。……もう少し、杏寿郎のことも気にしてやってください」
「……」
嗄れた声。こちらに向くことのない視線。その何もかもが、あの日々は終わってしまったのだと感じさせる。
時計の針は戻らない。
薊が訪れたのは、墓地。線香と共に百合の花が供えられている。
──胡蝶家の墓
立派な墓石に、その文字が掘られている。一番新しく刻まれている名前はカナエ。
薊が、愛していた人。愛している人。もう会えない人。
「なあカナエ。今日は街で煉獄とあったんだ。相変わらずさつまいもの味噌汁が好きなようでわっしょいわっしょい騒いでたよ」
帰ってくることのないただのつぶやき。そこに人などいないのに、人間は無機質なソレに人が、想いがあると信じ語りかける。
今日あったこと、今まであったこと、そして
「また、カナエに会いたいよ……」
死者へののぞみを口にする。もう会うことなど、できないのに。いつだって人は過去しか見ない。ifを想像し、己に落胆し、そして奪ったモノを怨む。
だから空蝉薊は今日も願うのだ。
──