狂う蝶、満たされぬ空 作:しのぶ……
その日も薊は鬼を狩り、夜を駆けていた。
今回狩った鬼は幻覚を使いこちらを翻弄してくる鬼だった。幻覚により来ていない攻撃を躱すはめになったり、腕を短く見せることで躱したはずの攻撃が当たったりした。
しかし、幻影には影が出来ないため、薊はこれを見破り頸を斬ることができた。
(しかしまあ、幻覚を使ってくる鬼とはあまりやったことがなかったからいい経験だったな)
そんなことを考えていると、薊の鎹鴉が大きく鳴いた。
「カァアア! 西ニ鬼出現! 隊士二名ガ負傷、一名ガ意識不明!! 至急迎エ!!」
「わかった」
鬼との連戦。だというのに、薊は疲れを感じさせることなく現場へ向かう。その目は憎悪に染まっている……という訳ではない。
薊は鬼全体に憎悪を抱いているわけではない。勿論嫌悪感はある。屑みたいな鬼も多く、殺すことに躊躇いがあるわけではない。しかし、他の隊士ほど鬼への憎悪、殺意が強いわけではない。
薊が殺したい鬼はただ一匹、童磨だけなのだから。
「ココノ角ヲマガッテ二〇〇メートルクライ行ッタトコロダ」
鬼が近いからか鎹鴉が声を潜め話しかけてくる。頷き、角を曲がったあたりで、鬼の姿が見える。
デカイ。遠目で見てもわかるほど大きい。六メートルほどはあるだろうか。
大きさというのは、それだけで一種のステータスだ。純粋に質量が違うために一発一発の威力が桁違いだ。ましてやそれが身体能力が高い鬼ならどうか。
答えは簡単、通常の鬼より力が強くなる。
なお、これは余談だが、上弦の鬼が人と同じ程度の大きさなのが多いのは大きくするメリットがないからだ。
神の寵愛を受けた人間でもない限り、身体能力はどれだけ完成された人間でも及ばず、大きくなると小回りも悪くなり、死角も多くなるからだ。
助走の勢いをつけられたそれは、隊士に向かっている腕を切り落とした。
「悪い、遅くなった」
「え、あのあなたは?」
「階級甲、空蝉薊だ。ここからは俺に任せて応急処置をしておけ」
「喋ってるなんて随分余裕なんだなぁ!! 」
嗄れたその声と共に、鬼の腕が振り下ろされ
「警戒してるに決まってんだろ」
瞬く間に切断された。
そして、顔を上げたときに、薊はその目に下参、そしてその上からバツ印がつけられているのを見た。
「は? 何なんだよお前! 俺は元十二鬼月、
「うるさい、死ね」
そう言って頸を狙ったとき、唐突に鬼の体が
血鬼術 鬼の上に人を創らず
鬼のいる地面が盛り上がり、頸の位置がズレることにより、その斬撃は胴体を半分切るほどで終わってしまう。その事実に薊は内心舌打ちをする。相手の不意を付きでもしない限り、もしくは相手の血鬼術の制限──あるかはわからないが──を見破る必要がある。
ただ、それを顔に出すことはしない。厄介だと思い顔に出せば、そこから読み取り面倒くさくなる鬼もいる。元とは言え十二鬼月ならなおさらだ。
「ふーん、よく避けるじゃん。でも随分とギリギリだった……な!」
「そっちこそ、そろそろへばってきたんじゃないかぁ? 」
そんな言葉のやり取りをしながらも、二人の戦闘は加速していく。二人は互角である……が、これは本来おかしなことである。
薊は、甲の中でも柱に近い、ともすれば柱と同程度の実力を持っている。だというのに、未だに頸を落とせていないのは、流れ弾が怪我人の方へ飛ばないように配慮しているからだ。
そして、業弁はそれに気づかないほど頭が悪いわけでは無かった。
血鬼術 地母神の裁き
握りこぶしほどの大きさの石が五十個ほど、負傷者のほうへと向かう。
「チッ、クソッタレ!」
薊は彼らを守るため、彼らの前に出る。
刀を、一見出鱈目振り回す。しかし、その一刀一刀が確かな軌道を辿り、石を弾き、落とす。
この型は、本来は面での制圧用に作られた。しかし、鬼が群れることなど基本無く、もっぱら防御に使用している。
しかし、刀が一本しかない以上、すべてを防ぎきるわけにはいかない。しかも、飛び出すように出たからなおさらだ。
そのうち、三つの石がそれぞれ左肩と右太腿、脇腹に当たり、薊が吹き飛ばされる。
「は、はははははっ! やったぞ、まずはお前から喰って、そして今度はそっちを喰うことにしよう!! 」
それは、業弁が戦い始めてから初めて見せた明確な隙。
そこを見逃すほど、薊は甘くない。痛がり、引くふりをしつつ、足に力を入れる。
「あ、え? 」
業弁の頸は、落ちた。
(何だよ、この記憶……)
そうして、業弁の知らない、しかし懐かしく感じる記憶が流れ込んできた。
──ギャハハハハハッ! みろよ! ■■■の奴、まんまと落とし穴にかかってやがる!
──は? 話しかけるなよ、お前ビンボーなんだから! 感染るだろ!
──お前の役目は殴られることなの。わかる? 反抗するなよ底辺の人間がよ!
殴られ、蹴られ、盗られ、嵌められ、ハブられ……。これらはすべて自分の立場が低かったから。相手の立場が高かったから。じゃあなんで、自分は耐えられたのだろうか。
──兄ちゃん、今日もアザできてるよ。大丈夫?
──兄ちゃん、見てこれ、花冠! 上手でしょ、兄ちゃんにあげる!
──兄ちゃんのこと、大好きっ!
俺を慕ってくれる弟がいたから。両親は俺らのことなど気にせずにいた。ゴミ以下、道端の石ころと同じで、なんの感情も向けていなかった。だから俺が面倒を見る必要があった。
──にい、ちゃん……? どうしたの? 顔色、悪いよ……?
そして、そんな大好きだった弟を食ったのは俺だった。
あの御方に……鬼舞辻無惨に鬼にされ、何も考えれずに家に帰り、そして心配する弟を食ったんだ。
(ああ……ごめんなぁ、●●。兄ちゃん、多分地獄に行くんだわ。
でもな、絶対に会いに行くから、どんだけかかっても会いに行くから、気長に待っててくれよな。……いっつも、待たせてごめんな)
──兄ちゃん、僕も一緒に行く!
(っ!? ……たっく、お前は待ってていいんだぞ? 辛いだろうしよ)
──兄ちゃんと離れるほうが辛い!
(そうかい……。それじゃ、一緒に行こうか。いつかやったみたいに、手でも繋ぎながら)
──うん!!
鬼が消えた。塵になった瞬間に、薊の左肩と右太腿に痛みが走る。骨は間違いなく折れているだろう。
「くっそ、しゃあねえし蝶屋敷に行くしかねえか。
隠の方、蝶屋敷までお願いできます?」
「わかりました。それでは、蝶屋敷まで運ばせていただきます。……ですが、彼らが何か言いたそうですよ」
「ん?」
それは、薊が助けた隊士たちだった。
彼らは、こちらを不安そうな目で見つつ感謝を表情で伝えるという、非常に高度なことをしていた。
「俺らのせいで怪我をさせてしまって、本当に申し訳ございません! あと、助けてくださってありがとうございました!」
「あの、私からも言わせてください。ごめんなさい、そしてありがとうございました!」
「あー、謝罪の言葉はいらないから、ありがとうだけ貰っとくわ。
やっぱ助けた側的には謝罪より感謝のほうが嬉しいからさ。だから、もし次があったらそんときゃありがとうだけでいいからな。
お前らこそ早く運んでもらいな、重症なんだし。……意識不明の子は?」
「生きてます。ほんと、ありがとうございました薊さん!」
「ハハッ、むず痒いな。そろそろ羞恥心があれなんで隠さんお願いします」
「はい、わかりました。それでは」
隠の背に揺られながら蝶屋敷へ向かう。そう思うだけで憂鬱になる。
しのぶは俺を恨んでいないだろうか。いや、恨んでいるだろう。俺は結局間に合わなかったのだから。
それに、しのぶを見ているとどうも違和感を覚える。カナエが死んでから、カナエのような笑みで、でもそれとはナニカが違う笑みを常に浮かべるしのぶを。
昔のように自然に笑ってほしい。あんな作った笑みなんて辞めてほしい。
それを取り戻すため、そして童磨を殺すために、俺は鬼を殺し続けよう。
蝶屋敷についたとき、ちょうど日が昇ってきた。
薊はそれを見てほっと息をつく。鬼を狩ったあととは言え、夜はどこにだって鬼が現れる可能性がある。全鬼殺隊氏にとって、夜明けはほっとするものだろう。
「隠の人たち、ありがとうございました。それでは、俺はここで」
「どういたしまして。それでは、お気をつけて」
そう言って、薊はしのぶの元まで歩いている。運ばれている間も呼吸を使い、痛みをとっていた。
そんな薊の目の前に、四人の少女が見えた。三人のよく似た少女と、気の強そうな少女だ。
「よ、なほきよすみにアオイ。胡蝶はどこにいる?」
「「「あ、薊さんだ!!」」」
「あら、薊さん。しのぶ様なら診察室にいますよ」
「わかった、ありがとう。今度なにか高いお菓子でも買ってくるわ」
「「「やったー!」」」
「っ!? あっ、……ありがとうございます」
喜びを隠そうとするアオイと素直に喜ぶなほすみきよ。彼女らの様子を見て微笑ましい気持ちになりつつ、薊はしのぶの元へと歩を進める。
診察室に近づくに連れ、薊はどんどん憂鬱になる。そして、診察室の前についたときにはその顔は入りたくなさそうだった。
(帰ってもいいかな。いいよな、だって骨折くらい──)
「あら、
「……鬼と戦闘してて怪我したわ。多分骨折。よろしく
「ところでなんで百面相してたんですか?」
「なんでもない」
見られてた。恥ずかしっ!
「あらら、これは……。ま、一週間は休みですね。来週また見せに来てください。
ところで、空蝉さんほどの実力者がなぜこれほどの怪我を? 下弦の壱や弐とやったのですか?」
「元下弦の参とだよ。留めさすときに油断してな」
「油断ですか……? 貴方が?」
「いいだろ別に。んで、これで終わり?」
「はい、以上です。では、重ね重ねになりますが、一週間後にまた来てください」
「あいよ」
そう返し、部屋を出ようとしたときに、ドタドタと廊下を走る音が聞こえてきた。
その音から、件の人物は非常に慌てていることがわかる。どうやらこの部屋に用があるらしい。ならばしのぶだろう、そう思い、薊は部屋を出ようとする──が、その前に部屋の扉が開かれた。
「しのぶ様! 意識不明で、左腕がなく、頭から出血している男性一名と、腕の真ん中から外側に曲がっている男性一名、肋がかなり折れているであろう女性一名が運び込まれてきました! 対応お願いします!」
件の人物はアオイだった。そして、非常に慌てた様子で容態を伝えてきた。どうやら相当酷いのだろう。
そして、薊は冷や汗をかいていた。恐らく彼らは自分が助けた隊士だろう。もし自分のことをなにか言われたらと考えると、非常に面倒くさい。
薊は、性格的には己の活躍を誰かに言いふらしたい訳ではない。むしろ黙っていたい。だからさっきも庇ったとは言わず、己のミスだと言った。しかし、まさかそれが仇となるとは。
そして、薊は以前カナエの手伝いとして少しだが医療行為をしていた。なので、このあとの展開はもうわかっている。
「空蝉さん、手伝っていただけないでしょうか」
「……いいよそんぐらいなら。ただ指示はしてくれよな」
「はい、それでは行きましょうか」
結局、薊のやったことはしのぶ他少女たちにもバレ、揶揄われたり、なぜ黙っているんだ、と呆れられたりした。
唯一しのぶだけは口では呆れつつも、どこか曇ったような表情をしていたりしたが、すぐにいつもの笑顔に戻っていた。あの狂ったような笑みに。
その後、薊はカナエの仏壇まできていた。
蝶屋敷にいるため、声を出すことはしないが心の中で様々なことを語る。墓場でも同じようなことがあったが、それでも語らずには、すがらずに入られない。
人は弱い生き物である。なにも肉体的な話ではない。何かに縋らないと生きていけない、死者に、人に、物に、
(なあカナエ。今日、久しぶりにしのぶに会ったよ。なんか成長してたけど……やっぱ、カナエがいないとあいつは立てないんだよ。…………俺や、蝶屋敷のみんなじゃ宿り木たり得ないのかな。中身、スカスカなのかな……。
気づいてなかったかもしれないけど、俺カナエのこと好きだったんだよ。バレてないと思ってたかもしれないけど、カナエが俺に好意抱いてたの、知ってたよ。どんくらいかは知らないし、もしかしたら見当違いかもしれないけどな。やっぱ、会いたい。直接会って話したいことあるんだ)
そのとき、ふと部屋の戸が開く音がした。入ってきた人物に目を向ける。
「カナエ……?」
「なにか仰いました?」
「あ、ああいや、なんでもない。それより、なんのようだ?」
入ってきた人物は、しのぶだった。一瞬、カナエに見間違えるほどの似通った容姿、体格、しかしカナエのそれとは明確に異なる目つき、雰囲気、表情。
でも、それでもその姿に重ねてしまう。カナエを重ね、勝手に期待し、幻滅し、そんな自分に嫌気が差す。
「お昼でも一緒にどうですか?」
『お昼、一緒に食べて行かない?』
「っ……!」
「あら、ご迷惑でしたか? では──」
「いや、くれるというなら頂きたい。貰っても?」
「もちろんですよ。さ、来てください」
『当たり前よ! さ、一緒にいきましょ?』
死者の面影を重ねずにはいられない。人は弱い生き物なのだから。人は宿り木がないと倒れてしまうから。
そういえば言い忘れていましたが、この小説は『胡蝶しのぶの救済』を目的としています。
ですが、それは必ずしも生存と=では繋がれません。精神的に救われ、幸せに死んでいくかもしれませんし、生存したが、親しい人の死を糧に強く、もしくは壊れ、そのまま生きていくのかもしれません。
カッコつけた言い方をするのであれば、この先の未来は薊とその周りの人たちが決めていくでしょう。