狂う蝶、満たされぬ空 作:しのぶ……
「痛みはない、ですか。ならもう問題なさそうですね」
一週間後、薊は骨折の経過を確認してもらう為、蝶屋敷に訪れていた。自分で治ったとはわかるが、やはり医師に見てもらうと安心感が違う。礼を言い、退出しようとしたところを、しのぶに呼び止められる。
──良ければ、一緒に花畑を歩きませんか?
蝶屋敷のすぐそばにある花畑。ここは昔、カナエ、薊、しのぶの三人で良く話しながら歩いていた場所だ。こうしてしのぶと二人で歩くと、嫌でも思い出させられる。
いつも一番花の近くを歩いていた彼女を。虫にビビる薊を綺麗な笑顔で笑って揶揄かっていた彼女を。花冠を作って、しのぶにプレゼントすると言っていた彼女のことを。
脳にこびりついて離れない、あの笑顔を。
恐らく、隣で歩いている彼女も同じ気持ちだろう。もういない姉のことを思い出しながら歩いている。
普段貼り付けている薄い笑みも消え、泣きそうな顔で花畑を、花に囲まれて歩いている。
二人でのんびりと、しかし声を発することはなく歩いていた。そして、その静寂がしのぶの声によって霧散した。
「空蝉さん、私はあのクソ鬼……上弦の弐を殺します」
それは、決意であり、宣言であり、殺意であった。濃密な殺気、それが花畑に満ちる。ほのぼのとした空間の中、彼女らの周りだけ別世界のようだ。
そして、上弦の弐という言葉が聞こえた瞬間、薊からも殺気が溢れた。それを感じたしのぶは、言葉を続ける。
「それは空蝉さんも同じですよね? ならば……共に、殺しましょう。あの鬼を、姉さんを奪った、あのゴミを……!!」
その提案に、薊は乗った。
しのぶから「協力するのであれば蝶屋敷、少なくとも屋敷のそばに住んでほしいです」と言われ、薊は蝶屋敷に引っ越すことになった。もちろん住人の了承は得ている。
かつて、カナエが生きていた頃は度々泊まらせてもらっていたので、そこらへんの信頼は厚いのだ。ちなみにカナエと薊の間で
ともかく、そんなこともあり薊の信頼は厚かった。余談だが、今回のことはお舘様も了承してくれている。なので、機会があれば合同任務を回してくれるらしい。もっとも、柱と甲──それも柱ほどの実力者──が合同任務につくなど、ほとんどありえないと思うが。
薊は荷物をほとんどもっていない。そのため、準備も早々に終わり、話し合った次の日には蝶屋敷に訪れていた。蝶屋敷に住むにあたり、言われたことは許可や用事が無い時は住人の部屋に入らないこと、家事、治療の手伝いをすること、そしてあまり騒がないこと。納得できるものだし、もともとそういうことをするつもりはなかったため、問題はなかった。それに、どうやら彼女──神崎アオイ──も一応といった感じだ。
引っ越したあとは、部屋割りや風呂、危険な薬物があるため立ち入り禁止区域などを説明された。カナエの死後、増えた部屋もあったらしく、薊が把握していない部屋もちらほらあった。
「では、説明はこのくらいになります。あとは……そうですね、今日は歓迎会になると思うので寛いでてください」
「なにか手伝うことはあるか?」
「薊さんの歓迎会なのでじっとしててください。今日は珍しくしのぶ様も鬼殺がお休みだそうですし、薊さんもそこまで遠くまでは行かないんですよね?」
「ああ」
どうやら薊の歓迎会が行われるらしく、しのぶは有給を取ったらしい。ちなみに、鬼殺隊の有給はその理由を御館様が認めれば許可する、というものである。そもそも歩合制なのでほとんど関係ないが。そして、そんな薊を気遣ってか、今日の薊の任務は蝶屋敷周辺だった。
下級の鬼だからといって油断して良いわけではない。身体能力は人間の限界を軽々と超えている。それに加え、血鬼術などという物理法則を完全に無視した摩訶不思議な術を使ってくるのだから、殉職者は多い。
ではなぜ鬼殺隊の歴史が長いのか。詳しくはわからないが
いつの世も、上が無能だと割りを食うのは部下である。
閑話休題
もちろん薊が油断するわけもなく、サラッと鬼を狩ってきたその日の夜、蝶屋敷に戻るとハイカラな料理が食卓に並んでいた。
「海外の料理は興味深くてですね。私たちが普段食べているものとは別種の美味しさがあるんですよ。これはカレーライスと言うらしいですね。ピリッとしていて、それが美味しいんです」
どうやらしのぶが作ってくれていたらしい。しのぶの料理の腕は一流だ。比べてしまうのは申し訳ないが、カナエよりも美味いと思う。
カナエの料理が不味いというわけではない。むしろカナエの料理は美味いほうだ。だが、しのぶの腕はその上を行く。恐らく、少しでもカナエの力になりたかったんだろう。
ああでも、カナエが得意でしのぶに勝てていた料理があったな。たしか、肉じゃがだったか。あれは美味かった。叶うならば、もう一度──
まて、俺は今何を考えた? 叶うならば、なんだ? なんで、どうして頭からカナエとの思い出が離れない? 全部がカナエとの思い出で、俺は彼女達に向き合えていないのか?
そこまで考えたとき、薊の手から箸が落ちた。その音を聞き、薊はようやく我に返った。
「あら、薊さん大丈夫ですか? さっきからボーッとしてて、せっかくしのぶ様が作ってくださったご飯冷めちゃいますよ」
「っ、ああ、悪いな。少し考え事をしていてな。わり、ちょっと水で洗ってくるわ」
「わかりました、台所はあっちですよ」
薊は、みんなが見えなくなったことを確認して、頭を振る。今は蝶屋敷のみんなとの時間だ、忘れろとは言わないからこの時間だけは料理とみんなのことだけ考えさせてくれ、そう思うが、思えば思うほどカナエの影はどんどん強くなる。
蝶屋敷にいることも原因だろう。この屋敷には、まだカナエがいた頃とほぼ同じだ。そのせいで薊はカナエのことを思い出してしまう。
ああ、なんて女々しいんだろうか。
あまり時間をかけすぎても怪しまれるため、さっさと戻り笑顔を作る。
「今戻った」
「おかえりなさい! さ、早く食べましょ。せっかくのお料理冷めちゃいますよ?」
なほが薊に話しかける。薊はそれに応じ笑みを浮かべ箸を進める。ピリッとした感覚とともに旨味がくる。美味い。美味いからこそ、これをカナエとも食べたかった。
嫌でも、思い出させられる。屋敷に面影がある限り、思い出す。
気付けば皿から料理は無くなっていた。味や会話は、あまり覚えていなかった。
これは、夢だ。俺は今、夢を見ている。
カナエが上弦の弐と戦っていた。カナエは、もうとっくに致命傷を喰らっていた。俺が乱入し、油断していた奴の指を数本落とし、戦闘にはいるかと言うところで琵琶の音が鳴り響き、奴は姿を消した。
『薊……くん?』
『ああ、俺だ! カナエ、呼吸で止血をするんだ!』
『駄目みたい、氷で肺がやられちゃって……』
奴は氷の血鬼術を使うというのがわかった。それを聞いたとき、理不尽だと思った。
そんなの隊士殺しに特化しすぎているじゃないか、と。隊士は呼吸を使い戦う。氷を吸い込んでしまえば、肺は凍る。そうなってしまえば呼吸は使えず、やられるしかない。そうでなくても、肺というのは再生しない内臓だ。だから、もし生き残れたとしてもそいつはもう鬼殺は出来なくなる。
『ねえ、薊くん。しのぶを守ってほしいな』
『馬鹿なこと言ってんじゃねえ! お前が、カナエがしのぶを守るんだろ!? なあ!!』
『ふふ、そうできたら、どれだけ良かったのかしらね。
……でもわかるの。私はもう助からない。だからね──』
『カナエ姉さん!!』
『しのぶ……?』
空気が揺れ、悲痛な叫びが辺りに響く。服が汚れることも厭わずカナエを抱きかかえる。その顔は、今にも泣き出しそうだったのを今でもハッキリと覚えている。
『しのぶ、鬼殺隊をやめなさい』
カナエがしのぶに語りかけたその一言を、何故か覚えている。普通の幸せを手にして欲しいと言った言葉を覚えている。しのぶが、嫌だと返したのも覚えている。鬼の特徴を教えてと言ったのに応えたのも、覚えている。
死に際の言葉はこんなにも覚えているのに、どうして日常のことは覚えていないんだろう。くだらない話で笑いあったのは覚えているけども、そのくだらない話が何だったかは覚えていない。カナエの顔や声は忘れられないけども、ありふれた会話は忘れてしまう。
そのうち、顔や声も忘れてしまうんだろうか。
薊と蘇我氏の蘇って似てるよね。
今回、蝶屋敷に住むことになりました。本来であれば、柱と柱に準ずる実力者が一緒に住むなんてことはありえないはずですが、御館様が二人が復讐だけに囚われないように、少しでもいい方向へ変化してほしいという気持ちから許可しました。その分鬼殺の範囲も広がってますし。
ってことにすればガバにならないよね……?