歴史の闇に埋もれた物語   作:書いてみたかった

3 / 6
とある青年の悔恨譚

 どれだけの時間が経過したのだろう。

 既に日は登り、日輪が大地を照らす眩しさで張三の目が覚める。

 

「……生、き…でる゛?」

 

 青年が目覚めて最初に感じた疑問がそれだった。

 彼が思いのほか頑丈だったのか。難民の男が死んだと早とちりしたのか。もしくは────情けをかけられたか。

 

「っ……! そうだ、村はっ!?」

 

 いずれにせよ、それは何の慰めにもならないだろう。

 痛む全身に鞭打ち、どうにか身体を起した張三の視界に映ったもの。

 

 

 ──焼け落ちた家屋。

 ──荒れ果てた田畑。

 ──いたるところに打ち捨てられた、村人の遺骸。

 

 

 女も子供も、老いも若きも関係ない。みんな、死んでいる。

 首を切り落とされた者。慰み者にされた末に斬殺された者。殴殺され、撲殺され、刺殺され、絞殺され、焼殺され、轢殺され、ありとあらゆる殺され方で、皆殺しにされていた。

 

「ぁ──」

 

 そして、張三はようやく気付く。

 己の背後。未だ燻る黒い煙を天へと昇らせながら、燃え尽き残骸と成り果てた我が家。

 

「あぁ──」

 

 彼は、震える腕を伸ばした。炭と化した壁材を掴み、無我夢中で瓦礫を押しのける。

 自身の指先が切り裂けようと、爪が割れて剥がれ落ちようと、燃え残りの火で全身を炙られようと、何ら気にする素振りすら見せずに、彼はただただ直向きに手を動かし続ける。

 

「あぁああ、ぁ゛──」

 

 お互いを庇うように、抱き合いながら横たわる()()()()は、果たして両親だろうか?

 ならば、この大柄で子どもたちを守るように覆い被さっているのが長兄で、その長兄を庇うように傍にいるのが次兄かもしれない。だとしたら、兄たちの下で小さな塊を抱いて蹲っているのが義姉さんで、そんな彼女に抱きすくめられている二つの小さな小さな黒塊が、張三に懐いてくれて可愛いがっていた甥と姪ということになる。

 

「──────!」

 

 言葉にならない彼の慟哭が、天を衝く。

 深い絶望に彩られた彼の哀哭が、天を穿つ。

 

 

アアァアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアァァアアアアアアアアアアアアアアァァァ

 

 

 漆黒の遺灰と、熾火の灯りに、焼け焦げた人肉のニオイ。

 それが張三という男にとって、家族との最後の団欒となった。

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 声が嗄れて、涙が涸れて、暫しの間、茫然と佇んでいた張三。

 

「……弔わないと」

 

 我に返った張三が最初にしたことは、墓を作ることだった。

 廃墟と化した村を彷徨い、墓標となりそうな石や材木を拾い集める。次いで、村の農具が保管してあった倉庫に赴き、運よく燃え残っていた鍬を引き摺って我が家だった場所へと戻る。

 

「……」

 

 鍬を振り上げて、下ろす。それを繰り返して、やがて大人が横になれる程度の穴が出来上がる。

 

「父上」

 

 そこに父の亡骸を埋葬しようとして、ふと手が止まる。

 

「……父上は、母上と一緒がよろしいですか?」

 

 そう物言わぬ屍に語りかけて、返事を待つ。やがて二言三言と何事かを囁いて、僅かに頷くと張三は静かに鍬を手に取った。

 

「少々お待ちください。すぐに準備します故」

 

 鍬を振り上げて、下ろす。振り上げては、下ろす。それを繰り返して、やがて大人二人が横になれる程度の穴が出来上がる。

 

「父上、母上。お待たせしました」

 

 そこに父と母の亡骸を埋葬しようとして、ふと手が止まる。

  

「……兄上たちも一緒の方がよろしいですよね?」

 

 鍬を振り上げて、下ろす。振り上げては、下ろす。振り上げ、下ろして、また振り上げて。それを繰り返して、やがて家族全員が横になれる程度の穴が出来上がる。

 

「狭くはないですか? もう熱くはないですか? 寒く、ないですか?」

 

 父の左隣に母を、その隣に次兄を、父の右隣に長兄を、少し間隔を空けて義姉を、そして、その間に甥と姪をそっと優しく横たえる。

 

「……それでは、お別れです」

 

 寸刻、家族に黙祷を捧げた張三。

 彼は再び鍬を手に取ると、まるでナニかを振り切るように勢いよく土を被せようとして────結局は膝から崩れ落ちた。

 

「父上、母上ぇ」

 

 たった一人残された男は、生き残ってしまった張三は、地面に額を何度も打ち付け、大地に拳を叩きつける。

 

「どうして、どうして……私が、私なんかが…ッ!」

 

 割り切れる訳が無かった。納得できる訳が無かった。

 

「死んでしまったっ! 私の所為で、私が愚かだったから、家族が、村のみんなが──死んでしまったではないかっ!!」

 

 怪しんだのなら、追い帰せば良かったのだ。疑っていたのだから、もっと警備を厳重にしておけば良かったではないか。いや、そもそもの話、難民なぞ受け入れようなどとしなければ────、そこまで考えて張三は再び大地に額を打ち付ける。

 

「──先生。私は、私たちは、間違っていたのでしょうか」

 

 呻くようにこぼれ出たその問いに、応えてくれる人はもういない。

 

「……天よ。見ているか? 見ているのだろう?」

 

 暗く澱んだ瞳で大空を見上げた男は、問い掛ける。

 

「何故に、私の愛する家族を簒う! 何故に、私の大切な同胞を奪う!」

 

 血と泥と炭で汚れた顔を悪鬼羅刹の如き表情で塗り潰し、彼は吼え猛る

 

「簒うのなら、愚かな私を殺せ! 奪うのなら、浅はかな私だけを殺せ!」

 

 押し寄せる悔恨の情が、圧し掛かる自責の念が、張三の心を苛んでは追い詰める。

 

「父を返せ! 母を返せっ! 兄たちを、義姉を、幼き子らを、村のみんなを……返してくれぇ」

 

 叫び、喚き、そうして最後には力なく項垂れて、彼は一人ぼっちで黄昏る。

 

「せめて、今だけは……」

 

 やがて日が暮れて、夜も更け、死臭漂う墓の中で、張三は家族と共に眠りにつく。母の亡骸から伝わる冷たい温もりを感じながら、彼は消え入りそうな震える声音で小さく呟いた。

 

 

「おやすみなさい」

 

 

 もはや涸れ果てたと思っていた一筋の涙滴が、青年の目元から静かにこぼれ落ちる。

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 翌日、青年は村内を隈なく回る。同胞たる村人を埋葬するために。

 

「ここの家の悪童には何度も手を焼いたものだ」

 

 村の中を一歩進む度に、村での思い出が脳裏を過る。

 

「お前のところは、赤子が産まれたばかりだったじゃないか。出産のときは居ても邪魔なだけだと産婆に家を追い出されて、お前は私のところでずっとオロオロしてたっけな」

 

 抱き締めた赤子ごと剣で刺し貫かれて絶命している男を抱き起こし、張三は苦笑しながら語りかけた。

 

「……なぁ、爺さん。いつも婆さんのことうるさいだの喧しいだの言って嫌ってたくせに、やっぱり大切だったんじゃないか」

 

 木に吊るされ絞殺されている年老いた男を見上げながら、彼は呆れたような声音で呟いた。

 老翁は、首だけとなってしまった老婆の頭を大事そうに掻き抱き、死して尚、決して手放すことなく硬直していた。

 

「あのときは助けてやれなくてゴメンなぁ……。いま、両親の下へ連れていってやるからな」

 

 あの夜、自分の目の前で両親の名を泣き叫びながら刺殺された幼い童を抱き上げる。

 

「痛かったよな。苦しかったよな。辛かったよな」

 

 そして何より──

 

 

「父母の傍らで死ねなくて、寂しかったよなぁ」

 

 

 青年は、村内を巡る。何度も何度も、何度でも廻りいく。

 同胞を一人ぼっちにさせないために。誰一人として、忘れないために。最後の一人が見つかるまで、彼は何時間でも捜し続ける。

 

「これで、李家も全員揃ったな」

 

 村の外れで、妹を守るように庇いながら絶命していた幼い兄妹の骸。それを大事に抱えながら、彼らの両親の下へと歩みを進める。

 

 ほとんどの村人は焼き殺されていたため、個人の特定がほぼ不可能だった。それでも、張三は焼け残った家の場所から家人を推測し、僅かに燃え残った体の部位や服飾から個人を割りだし、遺体に語りかけ、死者の声なき声を聴き、もはや執念とも、怨念とも思える情念だけで彼は同胞の屍をかき集めた。

 

 穴を掘り、埋めて、穴を掘り、埋めて、穴を掘り、埋めて、そんな作業を丸一日かけて幾度となく繰り返し、ついには全ての村人を手厚く葬った。

 

 家族の墓に別れを告げて、同胞たちの墓の前で懺悔し、最後に青年はかつての師の墓へとやってきた。

 

「……先生」

 

 その声は震えていた。

 もはや縋れるものは何もなく、寄る辺もない。これから先、彼は己の身一つでこの乱世を生きていかねばならないのだ。だからこそ、張三は師の墓前へと問いかける。

 

「先生は、こうなる事を知っていたのですか?」

 

 ボロボロの掌で墓石を掴み、縋るように、憤るように、嘆くように、彼は安らかに眠る師を問い質す。

 

「こうなると知っていて、私に”生きろ”と、そう言ったのですかっ!?」

 

 

 『学べ、そして生きよ』

 

 

「生きることが、生きていくことがっ! こんなにも辛いものだとは知りませんでした! ……知りたく、ありませんでした」

 

 許されるのなら、青年はここで自裁し、家族と同胞が眠るこの地で朽ち果てたかった。

 しかし、いざ実行しようとすると、かつて師と交わした遺言が如き言葉が脳裏をチラつき、結局死にきれなかったのだ。

 

「……先生。我が生涯唯一の師よ」

 

 弱々しく震える背中。

 血塗られた両手。

 仄暗く濁った瞳。

 

 

「本当に、この未来(さき)に希望はあるのですか?」

 

 

 どれだけ待っても、その疑問に答えが返ってくることは終ぞなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。