歴史の闇に埋もれた物語   作:書いてみたかった

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とある国のありふれた日常

 失意のままに村を出た張三は、この辺り一帯を治めている県城を目指した。

 今さら官吏に訴え出たところで無駄であろうことは理解していても、それぐらいしかやるべきことが思いつかなかったのだ。

 

 もし仮に張三が女性であり、氣を扱うことに長けていたなら一騎当千の武将として自ら恨みを晴らすことができたのかもしれない。若しくは鬼才天才と評されるような知略があれば、軍師として戦乱の世を太平へと導くために雄飛できたのだろう。

 しかしながら、そのどちらの才も張三は持っていなかった。平々凡々とした体躯にそこそこの知識。だから彼に出来ることと言えば、それは役人に賊の被害を伝えて討伐してもらうという、迂遠で不確かで他人任せな手段しか残されていなかった。

 

 せめて家族や村の無念を晴らすため、仇を取るため、その一心で張三は鉛のように重い体を引き摺り、ふらつく足取りで街へと歩み続ける。略奪され、焼き払われた村にまともな財産や食料などあるわけもなく、道中、張三は道端の雑草を食み、木の皮を噛んで飢えをしのぎ、雨で喉の渇きを潤した。

 そうして何日もかけて歩き続け、ようやく街を囲う壁が見えてきた頃になって違和感に気付く。

 

「……なんだ?」

 

 道中、すれ違う人が皆一様に張三を避け、彼を視界に入れる度に顔を顰めるのだ。

 当初こそ余所者だからだろうと気にしないことにしていたのだが、さすがに変に思い、彼は改めて自身の姿を確認してみた。合点がいった。

 

「これは流石に……このまま街まで辿り着いても門を通してはくれんだろうな」

 

 全身が血と炭と泥塗れなのである。避けられるのも当然だった。

 とは言え、目的地はもう目と鼻の先。こんなことなら途中の川で身を清めれば良かったと後悔し始めたあたりで、街の側を流れる小川を見つける。

 

「丁度いい。服も洗濯してしまおう」

 

 これ幸いとばかりに服を脱ぎ、冷たい川の水で体に付いた汚れを洗い流そうとする張三。しかし、ふと少し離れた川辺に屯する老若男女が目に留まった。

 薄汚れ、痩せ細り、何をするでもなくただぼんやりと虚空へと視線を彷徨わせて黄昏ている人々。一瞬、その姿に村を襲った難民の男たちを重ねて激高しかける張三であったが、僅かに頭を振るとその思考を切り替える。確かに醸し出す雰囲気は似ているものの、よくよく観察してみればあの陰気な男たちに感じた得体の知れない不気味さはそこになく、あるのはただただ陰惨で、諦観めいた、どんよりと重苦しい陰鬱とした空気のみ。

 

 そのとき、集団の中心にいた一人の女が徐に此方を向いて、しげしげと観察していた張三と目が合った。

 その目を見て、張三は戦慄する。物言わず、身動ぎ一つしない、青白い顔の幼子をひしと抱きしめた女。その空虚でがらんどうとした女の瞳に、全身の肌が粟立つ。まるで引き込まれるような、すべてのものを引き摺りこむような、どこまでも深く暗澹とした眼睛。

 

「っ……!」

 

 咄嗟に視線を振り切って背を向けた張三。

 あの瞳に魅入られれば、自分もまたここから動けなくなる。そう本能で理解した彼は、以降は頑なに集団から目を背けて身を清めることに集中する。

 

 

「……」

 

 

 そして、そんな張三の後ろ姿を無機質な眼差しで静かに見詰める女。

 いつしか川辺に群れていた全員が、黙したまま張三をじっと凝視していた。

 

 まるで、ナニかを見定めるように……。

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 身体の汚れを落とし、無事に沐浴を済ませた張三。途中、汚れの下から顔を出した傷口を見たことで、それまで麻痺していた痛覚が復活。痛みに気絶しかけ溺れそうになるというハプニングがあったものの、張三はどうにかこうにか街へと辿り着いた。

 門番の兵はボロボロの出で立ちの張三を訝しんだものの、村が盗賊に襲われて無一文だと知ると面倒そうにあしらい、門を通してしまう。どうやら、せびるだけの銭を持っていないと判断して興味が失せたらしい。釈然としないものを感じながら、張三は町の中心たる庁舎へと歩を進めた。

 

 来庁した張三は係りの者に用件を伝える。聴取する故、しばし待てと言われ、待つ。……待つ。午前中に訪れた張三であったが、既に時刻は昼を過ぎ、太陽は夕日へとその色を変えようかという時分。ようやく担当の男が張三の前に姿を現す。

 

「……また賊か」

 

 張三の訴えに対応した官吏の第一声がそれだった。

 疲れたように溜息をこぼすこの者の話によれば、ここ最近、張三の村と同じように難民を装った賊に襲われる被害が増えているらしい。鉅鹿郡だけで既に十数件以上。徐々に他群でも同様の事件が散見されるにまで至っていると。

 そして、狙われたのはいずれも兵が駐屯しておらず、自衛が難しいであろう郊外の寒村ばかり。つまりは張三たちの村は狙われるべくして狙われたということになる。

 

「そんな……。では、なぜ事前にお教えいただけなかったのですっ!? 予め警戒せよと知らせていただければ……」

「馬鹿か、貴様は。なぜ我らがそんなことをせねばならぬ」

 

 前もって知っていれば賊による被害を防げた。身を乗り出し、そう言いたげな張三を蔑むように一瞥し、役人の男は面倒そうに言い捨てる。

 

「この県城や大きな街が襲われたならばいざ知らず、たかが寒村如きのためにそんな面倒なことができるか。この県だけでどれだけの集落があると思っておるのだ」

 

 電話もインターネットもないこの時代。情報を伝達するとなれば人力に頼るしかなく、当然、伝令に使えるような馬や人材というのは貴重である。

 だからこそ、役人側の人間からしてみればちっぽけな村々のためにそんな手間をかけるなんて正気の沙汰とは思えなかった。

 

「そ、それでは……賊の討伐は?」

「知らん。それは私の管轄ではないからな」

 

 もしこれが見返りの期待できる相手であれば、もう少し役人の男の対応も違っていたかもしれない。

 しかし、既に滅んだ村の生き残りに出せる賄賂なぞあろうはずもなく、素気無くあしらわれる張三。結局、その後は滅んだ村の場所と襲ってきた賊の特徴などを聞かれ、それに答えたところで用済みとばかりに張三は庁舎から追い出されてしまう。

 

「……これで、終わり?」

 

 既に日は落ち、寒風吹き荒れる空の下で茫然と立ち竦む張三。

 憤慨、失望、悲哀、虚無──。やがて諦めたように項垂れると、彼は庁舎の建物を後にして歩き出す。

 

 しかし、当然のことながら張三に行く当てなぞ無い。

 

 金もないから亭に泊まることもできず、そこらの軒下で寒さを凌ごうかと思えば家主に追い払われ、薄汚い浮浪者のような格好の張三は道を歩いているだけで警邏の兵から小突かれ痛めつけられる始末。

 読み書きができることを活かして住み込みの職にでも在りつけないかと考えるも、訪ねた工商の家々では胡散臭そうに見られ、迷惑そうな顔で追い帰され、ろくに話も聞いてもらえない。

 

「お願いします! せ、せめて本当に読み書きができるのか確認するだけでも──」

「……いい加減にしてくれ。最近、お前さんみたいな輩があちこち彷徨いて、こっちだって困ってんだ。さっさとこの街から出てってくれ」

 

 目を背けるように締め出され、地面へと力なくへたり込む張三。

 これで何軒目か。何処に行っても厄介者扱い。取りつく島もなく、こちらをまともに見ようともしない彼らの態度には怒りも湧く。しかし、それも仕方がないことと言えた。

 

 彼らの言葉の端々に込められた忌避感。そこに気付ければ後は容易に想像がつく。

 

 彼らとて同情心はあるのだ。けれど、彼らにだって守るべき生活がある。別にこの街の人間が特別冷酷なのではなく、自らが食べていくだけで精一杯なこのご時世、余所者の世話などしてやれる余地などある訳もない。もしそんな隙を見せれば、我も我もとあっという間に亡者の群れに集られ、骨の髄までしゃぶられる。

 きっとそれで破滅した人間を間近で見てきたのだろう。街の住民が張三へと向ける眼差しはひどく厳しく、冷たい、それでいて複雑な憐憫の情を感じるものだった。

 

「……これが、普通なのだろうな」

 

 そして皮肉にも、張三にはそれらの機微を察するだけの理性が残っており、事情を推察できるだけの理解力も有していた。

 

 ふと周囲を見渡せば、道行く住民が慌てて目を逸らす。その瞳の奥に畏怖の感情の潜ませながら。

 ふと暗い路地裏に目を向ければ、先客らしいみすぼらしい男たちが張三を威嚇する。野良猫が己の縄張りを主張するように。

 

 表も裏も、誰も彼もが、張三がそこに居ることを許しはしない。

 この街に自分の居場所はないのだろう。彼はそれをハッキリと認識する。

 

「結局、私は何もできないのか」

 

 のそのそと重い足取りで、張三は歩き出した。

 街に灯る家々の灯りが、彼の心根を暗く塗り潰す。街に響く家族の団欒の声が、彼の精神を摩耗させすり潰す。

 

 虚しかった。遣る瀬無かった。そして何より、自分の無力さが憎らしかった。

 

 まるでダレかから逃げるように、ナニかから追い立てられるように、彼は震える背を丸めて黙々と歩を進める。

 そうして、固く閉ざされた城門の前へと辿り着いた張三。門の前で茫然自失と佇む張三を胡乱気に睨んだ門番の男は何かを察すると、僅かに門を開き、急き立てるように彼を門の外へと押し出した。

 

 街の外。寒空の下で途方に暮れ、ぼんやりと立ち竦む張三。

 

 

 絶望に塗れたその瞳は、川辺で出会った女と同じものであった。

 

 

 

  *  *  *

 

 

 

 ふらふらと彷徨し、無気力に歩いていた張三の足がふと止まる。

 

「……」

 

 そこは街の近くを流れる小川であった。

 そして、彼の目の前にはあの川辺で見かけた浮浪者の群れ。

 

「あぁ、そうか……」

 

 何かを納得するように呟いて、張三はようやく理解する。

 いや、違う。ずっと目を背けていた事実に、ようやく向き合ったのだ。

 

「皆、私と同じなのだな」

 

 賊に故郷を滅ぼされたのか、あるいは重税に耐え兼ねて離散したか。

 いずれにせよ、微かな望みに縋って辿り着いたこの地で、現実に打ちのめされたのだろう。これ以上の行く当てなどなく、かといって自決するだけの気概もなく、日がな一日ぼんやりと無為に過ごす。

 

 それは、緩やかな自殺であった。

 

 そんな彼ら彼女らを見渡し、張三は悟る。

 これが、いまの漢帝国にとっての()()なのだと。()()なのだと。自分だけが特別不幸なのではなく、張三の身に降りかかった出来事もまた()()()()()()()の一幕でしかなくて──。

 

「……」

 

 よろよろと足を踏み出していた張三は、やがて群れの中心ですとんと腰を下ろす。そして、そんな彼を難民たちも静かに受け入れた。

 それは張三に向ける程の興味も気力も無かった故か、それとも知らず芽生えた同族意識からか。暫しの間、辺りを不思議な静寂が包み込む。やがて、沈黙を打ち破るように張三がぽつりと呟いた。

 

「その童は、いくつになる?」

「……」

 

 それは、彼の対面に座り込む女へと向けられた言葉。しかし、返事はない。

 張三自身、何か答えを期待したつもりではなかった。ただ、彼女が抱える幼子が気になってしまい、知らず知らず疑問が口を衝いて出ていただけ。

 

 物言わず、身動ぎ一つしない、青白い顔の幼子をひしと抱きしめた女。

 大事そうに、大切そうに、愛おしそうに、既に()()()()我が子を抱きしめ続ける母親。

 

 痩せ細り、枯れ木のような腕を僅かに軋ませて、彼女が小さく呟いた。

 

「──今年で五つに」

 

 消え入りそうな声だった。震えるような声音だった。

 

「名は?」

(ほう)、と」

「……そうか。それは奇遇だ。実は私にも五歳になる甥がいてな。その子も名を豊と言うのだ。長兄の子なのだが、何でかこんな私にひどく懐いてくれる子でなぁ」

 

 ぽつぽつと、張三は懐かしむように語る。

 

「食べることが好きな子でな。いつも口癖のようにお腹が空いたと言っておった」

 

 朝起きては腹が減ったと言い、薄い粥の飯を食べ終えれば腹が減ったと言い、床に就けば腹が減ったと言って布団をかぶる。

 

「けれど、な。……笑うのだ。あの子は笑うのだよ。お腹が空いたと駄々をこねるでも、文句を言うでもなし、いつも楽しそうに『お腹空いた』と言って笑っておった」

 

 朝起きれば朝ごはんだと笑って家族を起こして回り、粗末な飯を平らげれば美味しかったと嬉しそうに笑い、夜になれば明日は何が食えるかと夢見て笑う。

 

「あの子の笑顔に、私たち家族がどれだけ救われていたことか」

「……えぇ」

「それなのに私は、私たちは……結局、あの子に腹いっぱい飯を食わせてやることすらできなかった」

 

 ふつふつと、張三は噛みしめるように語る。

 

「その妹の(りょう)もそうだ。いつも兄である豊の後をヨチヨチと付いて歩いては楽しげに笑っていてな──」

 

 張三は語る。ときに朗々と、ときに訥々と、愛らしい甥と姪のことを、いつも冗談を言っては笑っていた次兄のことを、子どもたちの気を引こうと必死な長兄のことを、落ち込む長兄を困った顔で慰める義姉のことを、そんな家族を仲睦まじく見守る父母のことを────彼は、己の胸に刻み込むように語る。

 

「──ウチの豊は」

 

 やがて張三のその想いは、さざ波のように難民の集団へと伝播していく。

 女が語り終えれば、その後ろに座り込んでいた老人が口を開き、それが終わればまた次へ。決して大きな声量ではなかったのに、掠れた小さな声は寒空の下に響き、不思議と彼らの耳を打った。

 

「儂の孫は──」

「俺の息子だって──」

「わたしの夫も──」

「オラの友が──」

 

 大切な人を思い浮かべ、恋い焦がれ、誰しもが譫言のように語る。

 親を、兄弟姉妹を、子を、孫を、伴侶を、友を、失ってしまった大事な人々を、その温もりを取り戻すように、彼らは語り続けた。

 

 代わる代わる、途切れることなく語り継がれる死者の物語。

 そこにはありふれた日常があった。いつもの光景があった。彼らにとってのかけがえのない日々が、確かにあったのだ。

 

「ぅ…ぁ……っ」

「あぁ……!」

「──ッ」

 

 いつしか夜の帳に沈んだ川辺には、死者を偲ぶ回想ではなく、嗚咽の音色だけが静かに響いていた。

 もはや涸れ果てたと思っていた涙腺から、じわりと涙が浮かぶ。精も根も尽き果てたと思っていた拳を、僅かに握り込む。

 

「……どう、して…っ……俺だけ、生き残ってしまったんだ」

「どうせ死ぬなら、家族と一緒に死にたかった」

「そうだ…あのまま故郷の村で死ねばよかったんだ……」

 

 全てを奪われたその日から、彼らは何度も最後の安らぎを求めて夢想して、それでも生きることを選択した。

 

「……でも」

「せめて、仇だけでも…討ちたかった」

「儂に奴らを屠るだけの力さえあれば、地の果てまでも追いかけて殺してやったというに……」

 

 それは偏に、大事な人を奪った賊が憎くて仕方がなかったからだ。大切な故郷を追い詰めた役人どもが厭わしかったからだ。

 

「どうして…っ……、真面目に働いてた夫は殺されたのに、好き勝手暴れ回る賊は生かされているのよ……」

「金を渡せば兵を出してくれると、そう言ったじゃないかっ!?」

 

 文字通り、彼らの命を賭した必死の訴えは通らなかった。

 担当が違うとあしらわれ、別な者を紹介するからと金をせびられ、紹介された者からもまた公然と賄賂を要求される。彼らも薄々気づいてはいた。官吏どもに賊を討伐する気なんてさらさら無い、と。しかしそれでも、全てを失った彼らに他に縋るものなんてある訳もなく、なけなしの金をかき集め、それでも足りず、持っているものは全て売り払い、僅かな賃金のために命を捨てる覚悟で働き、髪を売り、身体を売り、そうして死に物狂いで集めた銭を役人の男は薄く嗤って懐に収めた。

 数日待っても兵は動かない。役人の男は言う。いま上に掛け合っている。兵馬を整えているのだ。賊の潜伏場所を探っていてな。まだその時ではない。いずれ動く。そのうち出陣するだろう。後にしろ。今忙しい。黙れ。あの程度の額で兵を動かせる訳が無かろう。もっと持って来い。無ければ来るな。うるさい帰れ。誰だ貴様らは。そんな話は知らん。迷惑だ。さっさとこの街から出ていけ。

 

 そうして彼らの希望はあっさりと潰えた。

 

「……」

 

 そんな彼らの怨嗟に満ちた声に、目を瞑り、静かに耳を傾けていた張三は思索する。

 絶望に心折れ、膝を突き、もはや抜け殻と成り果てた彼らが、それでも今日まで生き長らえたのは何故か。きっとそれは────諦めきれなかったのだろう。

 

 無理だと理解していても、望みなんて皆無だと悟っていても、それでも憎くて悔しくて、死んでも死にきれなくて、だから彼らは城門が見えるこの川辺を死地と定めてじっと待ち続けたのだ。いつか賊を討伐するための兵馬が門を飛び出すことを願って、自分たちから何もかもを奪った者達の首が並ぶのを信じて……。

 

 ゆっくりと瞼を上げた張三は、虚空を見上げる。

 

「……先生」

 

 かつて自らが師事した老人へと思いを馳せて、彼は夜空に浮かぶ月へと言葉を投げる。

 

「我が師よ」

 

 賊に滅ぼされた自らの故郷を想い、同じように壊滅した彼らの故郷を憂い、張三の暗く濁った瞳に映り込んだ月が朱く染まる。

 

「私は、間違えました」

 

 迂闊だったのだろう。愚蒙だったのだろう。油断すれば奪われるのが当然のこの時代、張三の村は、ここにいる彼らの村々は、滅ぶべくして滅んだのだろう。

 

「私は、愚かでした」

 

 非情になるべきだった。慈悲などかけるべきではなかった。

 

「……それでも」

 

 困っている人に優しくするのが間違っていて、苦しんでいる人に手を差し伸べるのは誤っていると言うのなら──。

 

「それでも、私は…村の皆の行いが……”正しく”なかったとは、思いたくありませんっ」

 

 それは張三が師と仰ぐ老人との出会いを否定するということになる。

 

「我らが浅慮だった! 愚鈍であった! だが、私たちは()()()()()!」

 

 

 かつて孔子が説き、儒教において最も重要な徳であるとされる────『仁』。

 孟子をして『仁とは、人のことである。両者が合わさった状態を、正しい道と言う』と伝え、人が人足り得る根源となる思想。

 

 

 

「正しくないのはオマエだ、天よっ!」

 

 

 

 天へと響く張三の咆哮。

 それは、『天の御使い』と呼ばれる少年が舞い降りる一年前の出来事であった。

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