僕の名前は坂本龍馬。
この東京で、しがないサラリーマンをしている。
「リョーマ、そろそろ起きないと。仕事、遅れるぞ?」
「ん、ああ...分かってるよ。お竜さん」
そう言いながら、まだまだ眠たい瞼をこする。
「全く、お前は寝起きが悪いな。しゃんとしろ、しゃんと」
そう言って布団を剥がされるので、僕は起きざるおえない。
彼女の名前はお竜さん。
見た目は若いが...年齢は、恐らくピーーー歳はくだらないだろう。
彼女との出会いはこうだ。
出張先でうっかり封印されていたドラゴン(もどき)を助けてしまったら、なんとその日の夜に美女になってビジネスホテルまで来てしまった。
しかも、全裸で。
何を言っているのか分からないが、事実そうなのだ。
(((どうしよう、もしかして...危ない人かな?)))
ダラダラと、変な汗が流れるーーー。
誰かに見つかったら僕まで危ない人だと思われそうだったので、慌てて部屋に入れてしまったのが間違いだった。
「....と言う訳で、昼間は世話になったな」
「はあ...」
昼間のドラゴンと言われて、ようやく納得した。
「へっくしゅん」
「ああ、もう。裸なんかで来るから...」
「寒い。でも、服とか持ってない」
「はいはい」
とりあえず風邪を引いたらいけないと思い、シャワーを浴びさせると備え付けの浴衣を着させた。
「で?なんで僕のとこに?」
「だから、食い忘れたから食いに来た」
「うーん、それは困ったなぁ...」
「何がだ?」
「実は僕、仕事で明日には東京に帰らなきゃいけないんだよね。まだ仕事も山積みだし」
「つまり?」
「だから、今食われると会社とか部下とか色々困るからさ。もう少しだけ、食べるのは待って貰えないかい?」
「なんだと?」
「良いじゃないか。人間の寿命なんて、長生きのドラゴンからしたら一瞬だろう?」
「あ、ああ...確かに」
「だからまあ、僕が寿命で死んだら食べても良いけど」
こう言えば諦めると思い、へらへらと笑いながら答える。
「じゃ、じゃあ...」
「うん?」
「お前が死ぬまで、側に居てやる。それなら、良いか?」
「..,え?」
そんなこんなで、彼女は僕についてくることになったのだ。
※
帰りの新幹線の中で、美味しそうに駅弁を頬張る顔を見る。
「これうまいな。ベントーだっけか?」
「...そいつは良かったよ」
「お前、全然食べてないけど腹でも痛いのか?」
「普通の人間はね、一箱食べれば十分なんだよ。はぁ...」
既に空になって積み重なる弁当箱を見る。
「あのさぁ。君...いや、この場合は貴女かな?」
「なんだ?」
「本当に、僕についてくるつもりかい?」
「ああ、勿論だ」
その場凌ぎで食べられることは避けられたが、これはこれで困る。
「一つ提案なんだけど...」
「なんだ?」
「僕が死んだらさ、すぐ連絡いくようにすれば?」
「どうしてだ?」
「だって、もう自由の身なんだし。一人でどこへなりとも行けるだろう?」
そう言えば、諦めてくれると思った。が、
「...死にたてほやほやが食いたいから、だめだ」
そう言って、また黙々と弁当を食べている。
しばらく、無言が続いた。
困り果てた僕は景色を見ながらボーっとすることにした。
「はあ...」
「やはり、吾が居ると迷惑か?」
「まあ、急についてこられてもね」
「...そうか」
しゅんとして、弁当を食べる手を止める。
少し可哀想だったかなと思い、おそるおそる尋ねる。
「帰る場所とか、行く所とか無いの?」
「無い。というか分からない。封印されてる間に、何もかも変わってしまった」
「そう...家族とか友達は?」
「居ない。ずっと一人だ」
あんな寂しいとこに一人(いや、一匹?」で居たんだ。
もしかしたら、人恋しいのかもしれない。
「実は...僕は一人暮らしだから、代わりに家事やってくれると有り難いんだけど」
「家事って?」
「料理とか洗濯とか掃除とか。君、出来る?」
「そうしたら、側に居ても良いのか?」
「まあ、家政婦さんを雇うよりは安いと思うし。どう?」
「やる。やるから、お前の側に置いて欲しい」
「じゃあ、交渉成立だね。よろしく頼むよ」
そうして、軽く握手をした。
「ならさぁ、君のことはなんて呼んだら良いかな?」
「ん?」
「いつまでも名前が無いんじゃ困るし、お竜さんってどう?」
「オリョーサン?」
「君、ドラゴンなんでしょ?ドラゴンだからお竜さん。どう?」
我ながら安直すぎるネーミングだ。
「正確には、まだドラゴンじゃないぞ。蛟って言ってだな」
「まあ、良いじゃないか。とりあえず、お竜さんで。あ、すいません。ビール下さい。お竜さんは、何か飲む?」
「ビールって、なんだ?」
こうしてーーーよく分からないまま、僕は見た目は美女。
中身はドラゴンの「お竜さん」と同棲することになったのだった。
※
過去を回想してるうちに、出かける時間になってしまった。
「リョーマ。ほら、弁当だ」
「おや、ありがとう。毎日、頑張るねぇ」
「今日は自信作だから。期待して良いぞ」
「そいつは楽しみだ。じゃあ、行ってくるよ」
そうして、浮いているお竜さんの頭をぽんと撫でた。
「留守はまかせたよ。ああ、今日確か荷物が来るから宜しく」
「ああ、分かった。このハンコを押すんだよな?」
「そう」
「気をつけてな」
そう言って、手を振って送り出してくれる。
側から見たら完全に新婚夫婦か何かのようだし、ご近所さんにはそう思われていると思う。
だが、僕は彼女にそういった感情は一切無い。
確かにお竜さんは美人だし、時折り可愛いなぁとは思うことはある。
最近覚えたばかりの料理の腕も悪く無いし、使い慣れない機械による家事もよくこなしている。長いこと一人暮らしだったから、家に帰って誰か居るのは嬉しい。一緒にテレビを見ながら人間社会のことを色々教えてあげるのも、休みの日に公園を散歩したり買い物も楽しい。
だが、これは決して恋愛感情ではないと思う。
だって、お竜さんはドラゴンだからね。
ドラゴンーーー。
この世界では、人間以外の異類との生活や婚姻は全く珍しくはない。お隣さんの奥さんはエルフ耳だし、その隣のお嬢さんは確か吸血鬼だった筈だ。
僕が住むアパートは、人間だけの住人の方が珍しいくらいだ。
エルフに吸血鬼。人間より遥かに長い命を持つ種族だ。
それは、ドラゴンも変わらない。
だがエルフや吸血鬼らは最初から人に近い形をしているから、生活もそれほど困難にはならないと言われている。
しかし、お竜さんはドラゴンだ。
ドラゴンは、第一級特定危険外来生物だ。
一緒に住んだり暮らすのは、難しいとされている。
何故ならーーー。
感情が昂った時、人外の生き物は本来の姿に戻る。
普段は上手く人に化けていても、いざとなったら街を破壊しかねないほどの力を秘めている。
夫婦喧嘩で世界が滅亡、なんてことだってあり得る。
それにーーー、もしも子供が出来てしまったら...
その子は一体どちらに似るのだろうか?
寿命はどうなるのか。何も、僕には分からない。
それを考えると、少しばかり気が引けてしまう。
「いや、別にお竜さんとそういうことになる予定は無いけどね。さすがに、ドラゴンはちょっとなぁ...」
そんなこんなでお昼になった。
弁当を開けると、美味しそうな匂いに思わず顔が綻ぶ。
ポットには暖かい味噌汁。
二段のお弁当には、僕が好きなおかずを詰めてくれている。
タッパーには、季節のフルーツが入っている。
「お、坂本くん。今日の愛妻弁当は豪華だねぇ」
「いやぁ、こいつは食べ切れますかねぇ」
「早く、籍入れれば?彼女、美人だって言うじゃないか」
「いやぁ。訳あって一緒に暮らしてますが、そういうんじゃないですよ」
「そうなのかい?もったいないなぁ...」
部長に冷やかされながら、弁当を食べた。
※
「リョーマ、お弁当食べてるかな...」
お竜さんは洗濯物を干しながら、空を見つめている。
助けてくれた男に一目惚れして押しかけてみたものの、うっかり食いに来たとか言ってしまったけどなんやかんやで一緒に暮らすことになった。
そう書くと、まるで悪い冗談のようだが事実だから仕方ない。
「はあ...」
リョーマは鈍いから、本当にお竜さんが食べに来たとしか思っていないようだ。
でも今更、一目惚れしたから嫁に来たとも言えない。
チャイムがなったので、玄関に向かう。
「セールスならお断りだぞ」
「失礼ね、違うわよ」
「ああ、なんだ。お前か」
そう言ってドアを開けると、隣のエルフ耳の人妻が居た。
「実家から野菜が届いたから、特別に分けてあげる」
「本当か?でもこれ、どうやって食べるんだ?」
「そう言うと思った。作り方教えてあげるから、上がっていいかしら?」
「本当か?お前に教えて貰った料理、リョーマが美味しいって。また教えてくれるのか?」
「ええ、良いわよ」
そうして、部屋に迎え入れる。
「どう?こちらの生活には慣れて?」
「ああ。最初は人間だらけで戸惑ったがな」
「私もまさか、神代の生き物がまだこの島国に居るとは思わなかったわ」
「お前、海外から来たんだろ?」
「ええ、そうよ。ギリシャって言ったら分かるかしら?」
「海外には、お竜さんみたいなのはもう居ないのか?」
少しだけ、ほんの少しだけ。仲間がまだ居ないか。
それを期待して、尋ねてみる。
「そうねぇ....先祖がドラゴンの血を引いてるとか、ドラゴンに似た能力があるとか、そういう人はたくさん居るだろうけど。純粋な個体は、最近はあまり見ないわね。居たとしても危険だから、特定の研究所や政府の管理下に居る筈だし」
「やはり、そうなのか...」
「神性の高い種族は、ほとんど世界の裏側に行ってしまった仕方ないわよ。今居るのはそこから弾き出されたはぐれ物か、わざわざ好き好んで残った変わり者だし」
「お竜さんは、どちらでもないぞ。ただちょっと、ヘマをしてあちらに行き損ねただけだ,,.」
「まあ、理由がどうあれ貴女だってドラゴンに近いわけだし。見つかったら、捕まるんじゃなくて?」
「それは、困る。まだ、リョーマから引き離されたくない...」
不完全とはいえ、危険生物に代わりわない。
聞いた話では、ドラゴンは管理されている
「そこに行けば、仲間に会えるんだろうが未だ行く訳には行かないんだ」
「なら、私があげたお守り。ちゃんと肌身離さず持ってなさい?ドラゴンもどきがトカゲもどきくらいには誤魔化せるから」
料理を教わると、お昼を食べてお茶にした。
「良い茶葉ね。悪く無いわ」
「最近淹れるの上手くなったって、リョーマも褒めてくれるからな」
お竜さんは、褒められてつい嬉しくなってしまう。
「リョーマがな、お弁当美味しいって」
「ふうん」
「それでな、今度の休みはユーエンチ?ってやつに行くんだ」
「へえ...」
「何か、気になるのか?」
「貴女...やっぱりあの男に騙されてるんじゃなくて?」
「な、なんでそうなるんだ?」
「あんな優男、今までたくさん女を騙してきたに違いないわよ。貴女のことも、匿うフリしてどこかに売り飛ばすつもりかもしれなくてよ?」
「そんなことない。リョーマは、良いやつだぞ?」
「そうかしら?かなり、胡散臭い顔してるわ」
「だって、優しいぞ?仕事だってしてるし、悪いことはしてないと思うぞ」
「そう思うのは、惚れた弱みってやつよ。それ。まあ、あまり深入りしないことね。所詮、人間なんて私たちより先に死んでしまうんだからーーー」
リョーマは人間だ。
多く見積もっても、あと50年くらい生きられれば良い方だ。
お竜さんは、数千年寝ていた。寿命もまだまだある。
どうあがいても、リョーマの方が先に死んでしまう。
「人間って、なんですぐ死ぬんだろうな。お竜さんの寿命、分けてあげられたら良いのにーーー」
「それが出来たら苦労しないわよ。もう行かなきゃ、ごちそうさま」
「もう行くのか?」
「ええ、夕飯の支度をしないと」
そうして見送ると、一人きりになった部屋でため息をついた。
※
夕方になり、家主が帰ってきた。
「おかえり。荷物、来てたぞ」
「ああ、ありがとう」
「リョーマ、何頼んだんだ?」
「ああ、これはねーーー」
箱から取り出したものを見せる。
「寒くなってきたから、マフラーだよ。お竜さん、首元寒いって言ってたし、いつも世話になってるからね」
ぐるぐると、首に巻いてあげる。
「あったかいな、これ」
「なら良かったよ」
「リョーマ、ありがとな」
いつも無表情の顔から、少しだけ笑顔になり口から八重歯が覗いた。
「じゃ、じゃあ。僕はもう寝るよ。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
※
ベッドに寝転ぶと、ぼんやり思い返す。
一緒に暮らし始めて数ヶ月だが、あんな顔で笑うんだなぁ。
「まあ、人間の一生なんて一瞬なんだろうし。飽きたら、そのうち居なくなっちゃうだろうしな...」
そう言いながら、心の中はもやっとしていた。