ひょんなことから、風邪引いてしまいーーー!?
僕の名前は坂本龍馬。
この東京で、しがないサラリーマンをしている。
突然だが、僕は今まさに死にかけている。
「リョーマァ...死ぬな...!」
「お竜さん...良いから...早く...」
「リョーマ、お竜さんを一人にしないでくれ...」
「お竜さん、早く...」
「リョーマ...」
ポロポロと流れる涙が、お竜さんの白い頬を伝う。
(ああ、綺麗だなーーー)
そんなことをぼんやりと思いながら、僕の意識はそこで途絶えた。
※
仕事が立て続き、ようやく明日から休みになる前の日の晩のことだった。
少し肌寒くなり始め、ほんの少しだけ寒気がしたのだ。
「..,.へっくしゅん」
「リョーマ、大丈夫か?」
「はは、誰か噂でもしてるのかな?」
呑気なことを言いながら鼻を啜る。
なんだか、ここなしか頭がぼんやりとする。
「へ....へっっっくしゅん!」
「リョーマ、お前....鼻水出てるぞ?」
「え、本当かい?やだなぁ...もう」
「ほら。これでチーンしろ、チーン」
そう言って、差し出されたティッシュ箱を受け取る。
「女の子がチーンとか何回も言っちゃダメだよ」
「おい、熱あるか?」
「そう言えば、寒いな...」
慌てて、体温計で熱を測る。
「...38.2度だ」
「リョーマ、これはつまり?」
「うーん、風邪かなぁ...?最近、忙しかったからね」
「風邪?風邪って...リョーマ、まさか...死ぬのか?」
笑いながらティッシュで鼻を噛む。
いつになく神妙な面持ちのお竜さんを見る。
「やだなぁ、お竜さん。今時は風邪くらいじゃ死なないよ。ははーーー」
「そうなのか?お竜さんのツバ...いや、ツバは傷にしか効かないから」
「大丈夫、こんなの一晩寝れば治るよ」
「病院とか、行かなくて良いのか?」
「大丈夫、大丈夫」
へらへらしながら答えると、少し早いが今日はもう寝ることにした。
※
そうして、部屋で寝ていると、ノックする音がして返事をする。
「ん?お竜さん、どうかしたかい?」
「リョーマ。具合はどうだ?」
「うん、ちょっとだるいかな,,,」
「そうか」
「まあ、寝れば平気だからね。移るといけないから、あんまり来ちゃダメだよ?」
「なあ、リョーマ」
「うん?」
「お竜さんが、つきっきりで看病してやる。そしたら早く治るだろう?」
「へ?」
「とりあえず、これを食べろ。精がつくぞ?」
「な、なんだろうな...」
渡されたトレイを受け取る。
「さあ、食べろ。そして肥え太れ」
「前半はまだしも、後半はなんだい?」
「お前はちょっと細すぎるんだ。そんなんじゃ、死んだ時に食いがいが無いからな」
「ああ、そういう...」
もしかしたら心配してくれてるのだろうかという淡い期待を抱く。
(いや、でも...お竜さんは僕を食いに来たわけだし。それは無いか)
恐る恐る、蓋を開ける。するとーーー。
どんぶりの中からぴょんっと飛び出してきたのは、
カエルだった。
それも一匹じゃない。
何匹もいて、大きさも色々なカエルだ。
よくもまあ、こんなに捕まえたものだ。
一際色鮮やかなカエルが、僕の顔に張り付いた。
「うわっ!うわっ、うわあああ!」
慌てて、カエルを手で跳ね除ける。
「あ、こら!逃げるな!待て!」
「お、お竜さん...な...なんだい、これ!?」
「見ればわかるだろう?カエルだ、カエル!こら、待て!」
突然のヌメヌメに不快感を露わにする僕をよそに、
お竜さんは逃げたカエルを捕まえるのにやっきになっている。
「なんで、カエル?しかも、生きてる?なんで???」
「カエルはなぁ、栄養があるんだぞ」
「へ?」
「焼いたり煮たりするより活き造りが良いと思ってだな。それに...」
「やっぱり、生が一番だろ?」
自信満々でそう言われ、僕は絶句するしかない。
「いやいや、女の子が生が一番とか言わないでね?」
「まあまあ。良いから、黙って食え。ほら!」
そうして捕まえたうちの一匹を掴むと、僕の方に向けた。
臭い。すごく、生臭いーーー。
「今日の昼間に近所で捕まえたばかりだからな、新鮮だぞ?」
「そうだろうね、臭いもヌメヌメもすごいよ...」
「活きが良いだろ?精がつくぞ?」
「いや、待って。本当に待ってって!」
「さあ、さあさあ」
「頼むから、僕の言うこと聞いて....!」
懇願するのを問答無用で、カエルをぐいぐいと押しつけてくる。
熱とだるさで朦朧とする頭で、必死に考える。
「お竜さん、あのね...?」
「なんだ?」
「実は、普通の人間はカエルを食べないんだよね」
「リョーマ、お前なぁ。良い歳して、好き嫌いはよくないぞ?」
「違うよ。そうじゃない、本当にそうじゃないんだよ...!」
思わず声を荒げてしまい咳き込む。
なんだか、本格的に気分が悪い。
部屋中に飛び散ったカエル。
ますます意識が朦朧としてきた。
「お竜さん。頼むから、もう、静かに寝させて...」
「カエル、食べないのか?」
「多分、人間が生で食べたら...寄生虫で一発で死ぬと思うんだ」
「そうなのか!?」
「うん...げほっ...」
声を荒げたせいか、喉が痛み咳き込む。
「リョーマァ...死ぬな...!」
「お竜さん...良いから...早く...」
「リョーマ、お竜さんを一人にしないでくれ...」
「お竜さん、早く...」
「リョーマ...」
お竜さんは大きな赤い目からポロポロ涙を流している。
僕が死んだら食べられるのに、どうして泣いてるんだろう?
もっと、太ってから食べたかったからだろうか?
「頼むから、早く一人で寝かせて...」
そう言うと、僕の意識はそこで途絶えた。
※
次の日、このままだと違う意味で死んでしまう気がした僕は
助けを呼ぶことにした。
「というわけで、飲み物と食べ物を適当に買ってきてくれないかい?」
「それは構いませんけど...」
「頼むよ....ゲホッゴホッ...」
電話をした相手は、会社の同僚の沖田くんだ。
彼女は家も近いので、すぐ届けてくれるという。
「というわけで、坂本さんから頼まれたものを届けにきました」
「ああ、助かるよ。本当に...」
お竜さんは、その様子を訝しげに見ている。
「坂本さん、坂本さん。あれが?」
「ん?何か?」
「あれが、例の....その...」
「ああ、そう」
「彼女?」
「だから、彼女じゃないって...」
「あんな若くて可愛い...いや、美人系?を捕まえるなんて、坂本さんもすみにおけませんねぇ」
冷やかされても、それどころではない。
「あんまりからかわないでくれよ、沖田くん」
「あ、そうですね」
「しばらく休むから、会社に伝えて欲しいんだ」
「はい。じゃあ、しっかり直してくださいね!」
そうして沖田くんから受け取った荷物を冷蔵庫に入れる。
これだけレトルトや飲み物があれば、しばらくは大丈夫そうだ。
「じゃあ、お竜さん。僕、寝るから...げほげほ」
「あいつ、なんなんだ?」
「沖田くんは、会社の同僚だよ」
「ふうん...まあ、.ゆっくり休め。何か必要になったら言ってくれ」
「うん...大丈夫だから。できれば、大人しくしてくれてるとありがたい」
そう言って、部屋に戻ろうとした。
「...なあ、リョーマ」
「ん?」
「お竜さんのせいで、なんか、ごめんな....」
しゅんとして下を俯くお竜さんを見る。
「...カエル、栄養あるからお前にも食って欲しかっただけなんだ」
「良いよもう。お竜さんだって、悪気があってしたわけじゃないんだし」
「お前に、早く良くなって欲しくて。だからな、」
「うん。それはもう、分かってるからね」
しょげている頭をポンと撫でる。
「お竜さんも、あったかくしなよ。何回も言うけど、移るからあんまり側に来ちゃダメだよ?」
「ああ...」
元気のないお竜さんをリビングに残すと、僕は部屋に戻った。
※
こんな夢を見た。
僕はどうやら世界を救うヒーローで、お竜さんはそんな僕にいつも寄り添ってくれていた。
二人で色々な世界を巡った。
救えた世界もあれば、そうじゃない時もあった。
そんな果てしない旅路の中で、僕らは魂をすり減らすような思いをしていた。
どうか、世界が平和になりますように。
みんなが笑顔になれる世の中になりますように。
その願いは、永遠に叶わないような気がしていた。
その途中で、僕らはある場所にたどり着いた。
そこは仮の居場所に過ぎないと、とっくに分かっている。
それでも、安らげる場所を得られたことが嬉しかった。擦り減った心が、少しだけ癒されたような気がした。
「リョーマ、ここは楽しいな」
「ああ、楽しいね。ここは」
そう言うと、僕らは笑い合った。
そんな、夢を見たーーー。
※
目を覚ますと、違和感を感じた。
誰かが僕の手を握っている。
うっすらと目を開けて驚いた。
すぐ横に、お竜さんの顔があった。
すうすうと、寝息を立てている。
寝息が顔にかかるくらい近い。
(な、なんで...布団の中に入り込んでるんだ?)
長いまつ毛が、影になっているのが分かる。
あと少し動いたら、ぶつかってしまう。
それくらい、間近で寝ている。
(こうしていると、本当に普通の女の子にしか見えないな...)
そう、本当にそうなのだ。
どう見ても普通の女の子で、ドラゴンが化けてるなんて信じるのは難しい。
顔にかかっている前髪に軽く触れると、さらりと落ちた。
(生のカエルを食べるようには、到底見えないもんなぁ....)
そんなことを思いながら、歳のわりにあどけない寝顔をじっと見ていた。
「....ん?リョーマ...?」
起こしてしまったのだろうか。
眠たそうに目を擦るお竜さんと目が合う。
「起こしちゃったね。もしかして、夜通しずっと僕の側に?」
「ああ、その、リョーマのことが心配で...勝手に部屋に入ってすまん」
「そ、そう...」
「怒らないのか?」
いつの間に部屋に入ったのか、全く気がつかなかった。
ひんやりとした、しかし柔らかい手が触れる。
「こっそり様子を見に来たら、リョーマがうなされてから心配したんだ」
「....そう?」
「それで、怖い夢でも見てるのかと思ってな」
「それで、手を?」
「夢の中までは、流石に守ってやれないから」
軽く握られた右手を見る。
僕と比べれば、一回りほど小さな手だ。
骨張った僕の手に比べると、滑らかな白い手をしている。
「リョーマの手、あったかいな...」
そう言って、繋いだ手を軽く握り返してくる。
距離が近いせいか、変に意識してしまい顔が熱くなる。
「...まあ、熱あるからね」
「それで、手を繋いで少ししたらリョーマ唸らなくなったから。
安心したら、お竜さんも眠くなって。一緒に寝てしまったんだ」
そう言いながら、柔く笑うお竜さんを見る。
「ああ、だからかな。夢の中にお竜さんも、居たよ」
「...本当か?どんな夢だ?」
「内容、あんまり覚えてないけどね。
懐かしいような、楽しいような、そんな夢だったよ」
まるで、遠い日を思い返すように言った。
「...リンゴ、剥いてやるから、食うか?」
「え?」
「こういう時はカエルじゃなくて、果物とか剥いてやるものなのよ!って。隣のエルフ耳がくれたんだ」
「お隣さんが?へぇ...意外だな」
いつもゴミ出しや騒音にうるさい怖い人だと思ったけど、
本当は良い人なのかもしれないなぁ。
剥いて貰った林檎をしゃくしゃくと食べていると、額に手を当てられた。
「熱、下がったみたいだな」
「うん、そうだね」
「じゃあ、夜は何か精のつくもの作ってやる。リョーマ、何が食べたい?
「そうだなぁ...じゃあ、カエル以外で頼むよ」
「ふん。カエルだって、美味いんだからな」
ぶつぶつ言いながらふてくされるお竜さんに苦笑いする。
※
風邪が治り、久しぶりに出社した。
「坂本くん。体調、すっかり良くなったみたいだね」
「ご心配おかけしました...」
「沖田くんから聞いたよ。つきっきりで看病してくれるなんて、良い彼女じゃないか」
「だから、彼女じゃないんですって。お竜さんは...」
そう言いながら、熱で倒れた僕を見てポロポロと泣く姿を思い返す。
心配して、布団に潜り込んで様子を見てくれていた。
僕が死んだら食べることが出来るというのにーー。
「ーーー彼女じゃないですけど、大事な人ですよ」
そう言うと、少しだけ気恥ずかしくなってしまった。
今日は早く帰って、ケーキでもお土産に買って帰ろう。
お竜さん、喜ぶと良いなぁ。
つづく!
前回もお気に入りやしおり、ありがとうございました♫
寒くなってきたので、皆様も風邪にはお気をつけ下さい(´-ω-`)