訳あって、温泉旅行に来たお二人さん。
温泉で茹だってフラフラなお竜さん。
一組しか敷かれていない布団。
何も起きないわけがなくーーー。
お竜さんは、赤らんだ顔でこちらを見ている。
心なしか、いや、体調が悪いせいだろうか。
目が潤んで、ひどく弱々しく見えてしまう。
なんていうか、僕が守ってあげなくてはいけない。
そんな気持ちになる。
だがそれと同じくらい、良からぬことが頭に浮かんでしまう。
「一緒に、寝るーーー?」
「ああ、嫌か?」
言葉が出ず、思わず唾を飲み込んだ。
「お竜さん。そういうこと、女の子が言っちゃ駄目だよ」
「なんでだ?」
「それは...」
返す言葉に困っていると、甘えるように手に顔を擦り付ける。
「リョーマの手、ひんやりして気持ち良い」
「...そう?」
「ああ、火照った身体が少し楽になる...」
そう言われてしまえば、無理に引き剥がすのも可哀想だ。
「...お前は優しいな、リョーマ」
「そうかな?別に、普通だよ」
「こんな風に優しい人間は、お前が初めてだ」
そう言ったお竜さんは、なんだか悲しい目をしていた。
きっと、今までに色々と大変なことがあったのだろう。
「...お竜さん、あの場所にずっと一人だったのかい?」
「山の上か?」
「うん。封印される前は、どうだったのかなって...」
「...そうだな。お前に話したことはなかったな」
そう言うと、お竜さんは深く溜め息を吐いた。
「お竜さんのツバが、傷や怪我に効くのは前に話したよな?」
「ああ、確かそう言ってたよね」
「昔はな、それ目当てによく狙われた。まだ小さくて弱かった時は、捕まって無理やり取られたりな」
「...ひどいな」
「それだけで済むなら良い方だ。時には鬣を毟られたり鱗を剥がされた。なんで人間はこんなことするのか、吾には分からなかった」
「身を守る為に、牙を剥いて追い払ったり吠えて威嚇した。吾は大きくなり、振るう力も増えた。そのうち、死んでしまう人間も出た。人を殺す、悪い竜だと追われた」
「そのうち、吾の血肉を喰らえば不老不死になると言い出した奴がいた。その血肉を喰らえば、千年も万年も生きると。大陸から、わざわざ来るやつも居た。そんなもの、あるわけないのにな」
「吾を追う人間は、日増しに増えた。振り払う為に振るう力はより強くなった。死ぬ奴も増えた。さらに追われた。だから逃げた。どこかにある筈だ。安寧の場所が。誰も吾を狙わない、傷つけない。そんな場所がーーー」
「そんな場所、地上に在りはしなかったのにな」
「まあ、それなりに悪さもした。暴れもした。だから、矛が刺さって封印されたんだろうな。インガオーホーってやつだ」
「それで気が付いたら長い事眠りながらあそこに居た、というわけだ」
「そう...辛いこと、聞いたね?」
「いいや、平気だ」
そう言って、首を振る。
「今はな、リョーマが居るからすごく楽しい。前がどんなだったか、今の今まで忘れてしまうくらいにな」
「そいつは良かったよ」
まだ気分が悪いのか、目を瞑る。
息は荒く、汗ばんでいる。
水を飲むか訊くと、首を縦に振る。
こくりこくりと、静かに水を飲む。
しばらく、無言が続いた。
「...なあ、リョーマ。お竜さん、側に居て迷惑じゃないか?」
「どうしたんだい、突然」
そう尋ねると、お竜さんは口を開いた。
「なあ?こういうところって、本当は...大事な人間と来るんじゃないのか?」
「まあ、そうかもね。それが、どうかした?」
「リョーマ、本当は別のやつと来たかったんじゃないか?」
「え?」
「だって、普通は...夫婦とか恋人とかと来るんだろ?」
結婚はしていないし、付き合っている人も居ない。
お竜さんと行けと言われたから来た、とは流石に言えなかった。
何故だろう。別に、言ってしまってもよかったのに。
そう言ったら、お竜さんが傷付くと思ったからだ。
「まあ、そうかもね。でも残念ながら、そういう人はいないよ。今はね」
「そうか...」
そう言って目を伏せる顔を見て、何故か少しだけ胸が痛んだ。
「でもね、お竜さんは大事だよ」
「本当か?」
「ああ。だって、もう家族みたいなものだからね」
「...リョーマ」
「だから、邪魔とか迷惑とか気にしないで欲しいな。お竜さんが居て助かってるのは、今じゃ僕の方なんだからね」
そういうと、熱で汗ばんだ顔を拭いてあげた。
「なあ、リョーマ。お前だって、いつかは番いを作るんだろう?」
「まあ、そうなるかもね...」
「お前に番いが出来るまで。それまでは、どうか側に置いて欲しい」
「僕が、誰かと結婚するまで?」
「あ、ああ...」
僕も、いつかは誰かと結婚するのだろう。
だが、どうしてだろうーーー。
このままずっと、お竜さんとのんびり暮らしてる想像しか出来なかった。
僕はおじさんになってもおじいさんになっても、若いままのお竜さん。
「今のリョーマはシワシワで、食うところが少ないな」
「え、なんだい。突然...」
「やはり、若いうちに食べておけば良かった」
「はいはい。年寄りになってごめんよ」
そう言いながら、相変わらずあの狭いアパートで仲良く暮らしてる。
そんな想像が、ボワッと浮かんですぐに消えて行った。
(あれ?それってつまりーーー)
何か答えに近いようなものが浮かびかけた、その時だった。
グーーー...キュルキュルキュル....と盛大にお腹の音がした。
勿論、僕ではない。
あからさまに目を逸らしている、お竜さんを見る。
「,,.お竜さん。もしかしなくても...お腹が空いたのかい?」
「すまん」
「いや、謝らなくて良いよ。健康な証拠だからね」
「違うんだ、リョーマ。風呂上がりのお前から、良い匂いがして」
「えっ」
「それで、つい腹が鳴ってしまったんだ...」
お竜さんは、腹の音が出たのを恥ずかしそうにしている。
それを見て、僕はつい笑ってしまった。
(やっぱり、僕を食べに来たのは変わらないんだなぁ....)
「...横になってると、うとうとするな」
「もうすぐ、夕飯だし。それまで少し眠ったらどうだい?」
「でも、リョーマは?」
お竜さんは不安そうに、手をぎゅうと握ってきた。
「大丈夫だよ。ちゃんと、側にいるからね」
「でも...」
「寝付くまで、手を繋いでるから。
「ああ、分かった...」
頭を撫でると、安心したのかすぐに寝入ってしまった。
※
人間なんか嫌いだーーー。
吾の唾に治癒能力がある。
それを目当てに随分追い回された。
肉を食ったら不老不死になると言われた。
薙ぎ倒して、毒を吐いて、自分の身を守った。
静かに暮らしたい。安心して眠りたい。
いやだ、こわい。
いたいのもこわいのもいやだ。
いやだ、いやだよう。
ただ、それだけだった。
人間だって。
鳥や猪を食うだろうに。
肉を食らうだろうに。
どうして、どうして吾ばかり責められる?
人を食ったことなど、一度も無いのにーーー。
そうして、気がつけばあの矛の下に居た。
どうして、吾は封印されねばならないのだろう?
数千年一人で寂しかった。辛かった。
人間のせいだ。人間なんか居るからーーー。
人間なんか、大嫌いだ。
でも、あいつは違う。
リョーマだけは。リョーマだけは違う。
だから、食いたくない。
食いたいけど、食いたくない。
リョーマ、大好きだ。お竜さんは、お前が好きなんだ。
でも、また言えなかったな。お前が好きだから来たんだって。
なんで、素直に言えないんだろう?
リョーマ、なんでーーー。
なんでいつも、お竜さんより先に逝ってしまうんだ?
※
「...さん。お....さん...」
遠くで、名前を呼ぶ声がするーーー。
「...お竜さん、お竜さん?」
「...ん?」
目を覚ますと、目の前に人間の男が居た。
いや、違う。これは、リョーマだ。
「夕飯が来たから、起きてご飯にしよう?」
見れば、テーブルの上には豪勢な料理が山のようにある。
「あれ、全部お竜さん達が食べて良いのか?」
「そうだよ」
リョーマが、何か言いたそうな顔をしていた。
「お竜さん、大丈夫かい?」
「何がだ?」
「いや、寝ながら泣いてたみたいだから」
そう言われ、慌てて顔を触る。
「本当だ、顔が濡れてる」
「悲しい夢でも見たのかい?」
「分からない。あんまり、覚えてない...」
さっきまで見ていたのに、思い出せない。
忘れてはいけない、大事な記憶だったような。
思い出しては、いけないようなーーー。
とまどって俯いていると、リョーマが肩を叩いた。
「ごめんよ。僕が昔のことなんか聞いたからーーー」
「いや、リョーマのせいじゃない。多分」
「でも、」
そうして、渡されたタオルで顔をごしごし拭いた。
「お竜さん、あのさ」
「ん?」
「今はもう僕が居るんだから、大丈夫だよ」
「ああ、わかってる。平気だ」
「実は...渡したいものがあって...」
「なんだ?」
リョーマが、差し出してきたものを受け取る。
「これ、開けて良いのか?」
「もちろん、どうぞ」
そうして、箱の蓋を開けた。
きらきらした、石が付いてる。
どうしていいか分からず黙って見ていると、リョーマが苦笑いした。
「...やっぱり、気に入らない?」
「いや、なんだ?これ?」
「もうすぐ、お竜さんが来て半年経つだろう?だから...」
「食い物じゃないのは、分かるんだが」
「ああ、そっちか。あのね、これは...」
そう言って、リョーマはお竜さんの腕にそれを付けてくれた。
「お竜さん、首は弱点だっていうから...これなら平気かなって」
「よく分からないが、すごく綺麗だな」
「これなら、家事の邪魔にもならないし失くしたりしないかなって」
「リョーマ...」
「別に、深い意味は無いからね?ただ、いつも助かってるからお礼がしたかったんだ。それでさ、」
「お礼?お竜さんに?」
「ああ、だから...嫌じゃなかったら、付けてくれると嬉しいかな...」
そう言うリョーマはいつになく真面目で、なんだか別の人みたいだった。
腕に付けて貰ったのは、金属の鎖みたいなやつだった。
お竜さんには、この価値はさっぱり分からない。
でも、リョーマから貰ったものだ。
それだけで、意味がある。
お竜さんにとっては、命と名前とカエルの次くらいに大事だ。
「さ、料理食べよう?冷めたら勿体無いからね」
「ああ、そうだな」
「ほら、これとか美味しそうだよ?」
そうして、またいつものヘラヘラリョーマになった。
それを見ながら、豪華な料理を堪能したのだった。
※
「ーーー電気、消すよ?」
「ああ」
そうして布団に入る。
お竜さんは向かって右の布団。
僕は向かって左の布団。
夕飯を平らげると、中居さんにもう一組布団を敷いてもらうようにお願いしたのだ。
「布団のこと、今更言うの少しだけ恥ずかしかったよ...」
「お竜さんは、リョーマと一緒の布団が良かったぞ」
そう言って、頬を膨らます。
「だから、女の子がそういうこと言っちゃ駄目だよ」
「なんでだ?」
「それは...」
「お竜さん、家族みたいなもんなんだろ?なら一緒に寝るのくらい、気にしなくて良い筈だ」
そう言われてしまい、たじろいでしまった。
だが、どう言い繕ったとしてもやはりお竜さんは若い女の子だ。
何か間違いがおきたらーーー困るのはお互いだ。
そんなことは露知らず、お竜さんは寝入ってしまったようだ。
見ると、浴衣のはだけた部分から綺麗な白い肌がのぞく。
思わず、目を逸らして寝返りをうつ。
僕だって、健康な成人男性だ。
何も考えないわけじゃない。
動揺する時だってある。
ほんの少し、少しだけ。
良からぬことを考える時だってあるーーー。
はあ、と溜め息を吐く。
料理や家事は、毎日少しずつ上手くなっている。
噛みつかれたって、少しは痛いが嫌な気はしない。
ある一点を除けば、至って普通の女の子だろう。
僕を食べに来た、ドラゴンだという点以外はーーー。
彼女が、人間の女の子だったら良かったと思う。
そうしたら、一緒に歳を重ねて老いていけただろう。
今度こそ、一人きりおいていかずーーー。
(今度?まるで、前はそうだったみたいじゃないか)
何か思い出しそうだったが、眠気には勝てなかった。
(僕も楽しいって、言えば良かったな....)
目を瞑ると、すぐに寝入ってしまったーーー。
つづく!
坂本さんが真面目過ぎて、お竜さんとなかなかフラグを立ててくれないので困りますね(;ω;)
二人の間に精神的な繋がりがようやく出来たので、二人が早く素直になってくれるのを願いたいです...^^;
10話までに完結を予定しているので、ようやく半分まで来ました。
次回の更新は今週末を予定してます♫
(たくさんのお気に入りやPV、ありがとうございます!)